骸骨と共にぼっちが行く   作:チェリオ

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第177話 「鮮血皇とアルカード」

 最初は報告者の言葉を疑い、次に言葉を聞いた自身の耳を疑い、さらに書面で提出させた報告書の真偽を疑い、最後には現地で見た光景を疑った。

 バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは自室から出て帝国魔法学院に設置した臨時の前線司令部に赴いていた。そこでは大量の食料が逃げ込んできた帝国臣民に炊き出しとして振舞われていた。塞ぎ込んでいた兵士や民が少しでも明るい笑顔を振りまいているのは良い事だ。

 それを行なっている相手が彼ではなければだが。

 

 アルカード・ブラウニー伯爵。リ・エステーゼ王国貴族で大商人。

 リ・エステーゼ王国女王のラナーとの密談で商人の自由な往来と商売は認めたが、まさかこうも早く来るとは思ってなかった。しかも私が現地に到着する前に兵士たちはアルカードの指示に従う始末。損得関係なしに炊き出しなどを行う事で信頼関係も構築し始めている。

 

 「アルカード伯。少し宜しいかな?」

 「これは皇帝陛下。お初に御目にかかります」

 「形式的な挨拶はいい。今は非常時だ。少しでも無駄な時間を省きたい」

 「畏まりました」

 

 炊き出しを自らも配っていたアルカードに声をかけると柔らかな口調で受け答えし、顔を隠していた面を外して素顔を晒した。これだけここの指揮系統を実質奪っておきながらこちらを敬う仕草に見た目では判断出来ないと理解した。ラナー同様の警戒が必要とまで思うほどに。

 

 「私はラナー女王と商人の往来と自由な商売は約束した。だから貴公がここに居る事も容認している」

 「はい。ラナー女王陛下より承っております」

 「そして貴公の実力は敵対した私がよく理解しているつもりだ。騎士に策士としても帝国に勝る者がいないほど優秀な事もだ」

 「恐れ入ります」

 「だが、私はここの指揮権を預けたつもりはない」

 「ええ、勿論。ここは帝国。そして彼らは帝国の騎士。私は隣人として手助けするだけです。迷惑とあれば手を引きましょう」

 

 演技に見えないほどの言葉に内心舌打ちする。

 奴の言葉は周りの者にも聞こえており、手を引くの一言で不安げな表情を浮かべている。どれだけ民や騎士の心を掌握しているのやら、それを理解しての言葉か。ここで断ってしまえばいろんな意味で面倒だ。

 ジルクニフは心情を悟られないようににっこりと笑みを浮かべて視線を合わす。

 

 「我らが大切な民や騎士を救うべく動いてくれた。そんな貴公を迷惑など言う筈がない。礼を言わせて貰いたい」

 「誰かが困っていたら助けるのは 当たり前――私の友人の言葉です。私は彼のように高潔ではありませんが目にした以上は放って置けません。たとえそれが以前敵対していた者だったとしても」

 「………そういえば独自に部隊を鍛えているとか。見せてもらっても構わないか?」

 「勿論です。どうぞこちらに」

 

 優しげな笑みを浮かべたアルカードの後に続いていく。

 やはり王国には化け物が住み着いているのか。人心掌握術に戦術・戦略で優れている男。もしかしたら攻めて来たヤルダバオトや千年公と繋がっているのではないか?表立って支配するは面倒事が大きい。ゆえに実質は自分が支配できるように騎士や民に好印象を与えて取り込もうとしているのではないか?

 不安が大きくなりつつあるジルクニフは魔法学園敷地内の広場へと足を踏み入れた。そこでは大の大人達が少年に師事を請い、グループごとに鍛錬に励んでいた。

 

 「マイン」

 「師匠!?とりあえずさっきの通りに」

 

 師事を出していた少年は名前を呼ばれると嬉しそうに駆け寄ってくる。その様子に何故か尻尾をブンブンと振るう犬が思い浮かんだが間違いではないだろう。

 

 「どうされましたかアルカード様?」

 「ああ、訓練の様子を見に来た。マイン、こちらはバハルス帝国のジルクニフ皇帝陛下だ。ご挨拶を」

 「皇帝陛下?えっと、始めまして…マイン・チェルシーと申します」

 「噂は私の耳まで届いている。バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。今はどのような訓練を行なっているのだ?」

 「技術的な鍛錬ではなく心構えですかね」

 「心構え?」

 「はい。そこそこ腕の立つ者達には自分たちが引いたら仲間が民が家族がどうなるかを具体的に教えただけですよ」

 「…具体的にか」

 「上手く伝わっていれば良いのですけど皆青い顔していたから大丈夫だと思うんですけど。とりあえず恐れで引くような者は出ないでしょう。あ!一応技術としては三人で一体を相手にするよう教えました」

 「そうか…」

 

 剣を振るう騎士達の表情は鬼気迫るものがあり、あそこまで追い詰めて上手く伝わるも何もないだろう。彼らならたった一人でも引くこともなく死ぬまで戦えそうだが見ていて底知れぬ不安が押し寄せて来るんだが。

 三人一組で鍛錬を積んでいるもの以外にも剣を振るう一団が要るがその者達は必死さとやる気が半端ではなかったし、フライの魔法を取得した者達は王国最強の魔法詠唱士のアルシェ・イーブ・リイル・フルトにより飛行訓練を受けていた。

 魔法詠唱士の動きはただフライの魔法で浮いて淡々とファイアボールを放つだけのフールーダの弟子達より動きは良く、全体技術では叶わないだろうが連携と必死さは帝国の中堅騎士以上ものを見せている。この脅威が去った後に生き残った彼らによって帝国はより一層の強さを手に入れれるだろう。しかし、それは王国の力の一旦で帝国独自のものではない…。

 ゴクリと無意識のうちに唾を飲み込み、額がべたりと張り付くような脂汗を掻いている気付く。

 

 たとえ帝国が危機を乗り越えても今まで通りではいられないだろう。

 アルカード・ブラウニー伯とラナー女王によってこの地は絡め盗られる。表立って動くのではなく帝国臣民や貴族達の心に撮り込み、大手の帝国商人は淘汰されて行くのだ。

 ギリリと歯を食い縛り、握り締めた拳は手の平を爪が破り血が垂れていた。

 

 

 

 

 

 

 どうする事も出来ない現状に何も出来ず奪われていくのだろうと勝手に思い込んでいるジルクニフだったが当の本人であるぼっちにそんな考えはなかった。

 それどころかどうしてこうなったのかとずっと考えていた。

 ラナーちゃんに商人の自由な行き来と商売をしても良いというので詳しい話しも聞かずに下見に来ただけだった。それが何故帝国の学生達や騎士見習いを鍛え上げる事になってしまったんだろうか?

 この都市に到着して真っ先にここの防衛に専念していた騎士に出会い前に、ヤルダバオトと千年公――つまりデミウルゴスとモミが起こした騒乱のどさくさに都市へと襲い掛かってきたゴブリンの先遣隊を一人で潰し、本隊を叩くのに平野での実績から指揮をとることになり、勝利した。

 そこからというもの戦えそうな男手と魔法学園学生を鍛えながら、防衛に当たっている騎士連中と新たな防衛計画を組み直したりと忙しくなった。商品を輸送してきた馬車と護衛に当たっていたマインとアルシェも合流し、物資はこんな惨状だから皆に配給して、マインとアルシェにも強化計画を手伝ってもらった。

 

 ほんとうになんでこうなったかな?

 

 学生と一般人の訓練を見学していた皇帝さんが帰った後の広場でただボーとしていたぼっちは大きなため息をついた。手で仮面の上からだが頬を掻きながらマインが教えている大多数の者へと視線を向けた。なんでも一般人や学生の中から剣の腕が悪い奴らを集めて鍛え直しているらしいが少し気になって向いたのだが…。

 

 「チェエエエエエストオオオオオオ!!」

 「はい。今のは良い一撃です」

 

 なんか凄く知っている掛け声と同時に敵に見立てた案山子に渾身の一撃が振り下ろされた。剣の型としては不出来だが彼の気迫と一撃にかけた威力は中々のものだった。あれが数日前までド素人の学生や一般人のものなのだからたいしたものだ。

 だけど…。

 

 「・・・マイン」

 「はい!今行きます」

 

 教えていた彼らに一言言ってこっちにかけてくるマインにまさかなと思いながら微妙に冷めた笑みを浮かべる。

 

 「どうしましたか?なにか問題でも!?」

 「・・・彼らに・・・何を教えた?」

 「えーと…一撃になんもかも込め後の事を考えるな。外したらさぱっと死せい。黄泉路の先陣。武士の誉れとテテテテテ!いはいへす」

 

 理解したぼっちは躊躇いなくマインの頬を引っ張った。抵抗する事はしないが涙目を浮かべて疑問符を浮かべる。

 

 「誰が薩摩兵子を量産しろと言ったか?」

 「はってほれしほうがはえにひってふえはほとじゃあ?(だってこれ師匠が前に言ってくれた事じゃあ?)」

 「言ったがこれから仲良くなる筈の帝国で量産することないだろう!下手したら帝国の死者数がドッと増えるだろうが」

 「ほうへしは!(そうでした!)」

 

 やっぱりかと想うのと予想通りドリフターズの豊久殿の真似事に多少の興奮を覚えて自分がスラスラしゃべれていることに気付いていなかった。

 そっと手を離して頭を抱えるがやってしまったものは仕方がない。有効に立ち回れるようにするだけだ。

 大きくため息をついたぼっちにマインは怯えながら顔色を窺っている。

 

 「その…不味かったですか?」

 「いや・・・まぁ・・・良い・・・それより・・・な」

 

 空中を見つめるとアルシェが簡易だが飛行訓練を終えてばてた魔法詠唱士を休ませ、ゆっくりと近付いてくる。

 

 「・・・どう?」

 「まぁまぁ使い物になった…」

 「ならば・・・行ける」

 

 仮面を外してニヤリと笑うぼっちに安心した笑みを向けるマインと、嫌な予感を感じて何かを諦めたような表情をするアルシェがそれぞれ違い意味合いで見つめる。

 

 「さっさと・・・終わらして・・・商売をしま・・・しょう」

 「はい!」

 「えぇ…そうね」

 

 三人は並んで歩く。

 嬉しそうに、呆れたように、面倒くさいのだが笑みを浮かべながら……。


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