前の登場は…38話の「セバスのとある休日」以来ですかね。覚えてます?銃をぼっちに届けて以来登場してなかったんですよ。(銃の事を忘れていたチェリオ…どうしよう)
ナザリック地下大墳墓の主人である『アインズ・ウール・ゴウン』に仕える執事、セバス・チャンは現在リ・エスティーゼ王国の王都リ・エスティーゼで職務に励んでいた。
情報にユグドラシルには無かったこの世界で発達した魔法などの収集などを主に行なっているのだ。
視界の端で老婆が重い荷物に四苦八苦して進んでいるのが見える。今歩いている道路は人が少ないということは無く多くの人間が歩いている。が、誰も手をかそうとはしなかった。
「大丈夫ですか?お手伝いしましょう」
セバスはにこやかに老婆に近づき声をかけていた。
荷物を持ち老婆の速度に合わせて歩み始める。本来なら無視して帰宅した方が良いのかも知れない。だが、セバスは、タッチ・ミーより創造された身としては放っておく事など出来るわけはなかった。子は親に似ると言うがまさにそれだ。
そんなセバスを見て周りに居た女性陣が騒ぎ出す。悪い意味ではなく、他愛も無い話だ。
落ち着きがあり、柔和で紳士的。礼儀正しく、年齢を重ねた美しさを持っているセバスを女性陣が話題に出さないはずが無かった。
『お茶に誘われたら絶対について行くわ』とか『渋くてカッコイイお方ですわね』など概ね高評価を呟かれているのだ。中でも一番なのは主を含む物だろう。主と言ってもアインズではなく主の芝居をしているソリュシャンの事である。ソリュシャンは我侭ですぐにヒステリックを起こす美人令嬢として有名になっている。おかげで『悲劇のヒロイン』ではなく『悲劇の執事』と言われる事が多いのである。
老婆を送った後は裏路地に入って陰に潜むシャドウデーモンに『帰りは遅くなります』とソリュシャンへの伝言を頼んでもっと奥へと進んでいく。
これはただ散策すると言う訳ではなく、いろんな所を歩き地図を描いているのだ。本当ならぼっちの方が向いているのだがこのようなことで至高の御方の手を煩わせるわけには行かない。
「今日はこの辺に致しましょうか」
もう空が赤く染め上げられていく中、帰ろうと踵を返そうとしたセバスの耳に何かを落としたような音が聞こえた。気になり振り返ってみると見るからに汚い大きな袋が転がっていた。それも中に大きな物を入れているらしく大きく膨らんでいた。すぐ近くに男が見えた。多分彼が置いたのだろう。そのまま何をするでもなく中に入っていった。
袋を眺めつつ横を通り過ぎる。通り過ぎようとした時何かが裾を引っ張った。振り返ってみると袋の口が開いており、中から女性らしき物が裾へと手を伸ばしていた。と言うのも酷く暴行をされたらしく腰まで長い金色の髪と衣類ぐらいでしか判別が出来ないのだ。特に顔は通常の人の2倍は腫れ上がっている。
「手を離しては下さいませんか?」
まず最初に口から出たのはそんな言葉だった。ナザリックの他の者なら無理に振りほどいても進むだろうがセバスはそうではなかった。
「…貴方は困っているのですか?もしそうであるなら…」
誰かが困っていたら助けるのは当たり前。少しかがみつつ彼女に近づくがそこに先ほど男が戻ってきた。
「おい爺!どこから湧いて出てきやがった」
男はセバスを見た瞬間敵意を剥き出しにした。すっと立ち上がり男と対峙する。
「おい、おい、おい。爺、なに見てやがんだ。とっとと失せな」
汚れた軽装に鍛えてない肉体。レベルにしては10以下といったところでしょうか?
「ちっ!爺、耳が遠くて聞こえねぇらしいな?」
「ふむ…」
「なん…」
観察を終えたセバスは今までの優しげな雰囲気を破棄する。そこに居たのはナザリックの執事であり階層守護者に並ぶ実力者。みるみる中に顔が青くなり、一歩後ろに後退した。発せられる気だけで彼はようやく相手がどう足掻いても敵うはずのない別格の相手と認識したのだ。
「彼女は『何』ですか?」
「う、うちの従業員だ」
「私は『何』と聞いた答えは従業員ですか…『物』ではなく『人』として扱っていると言う事ですね。ではこれから貴方は彼女をどうするつもりでしたか?」
「え、あ、し、そうだ!し、神殿に連れて行く」
「私は嘘はあまり好まないのですが…」
あからさまな嘘に苛立ちを隠せなずにゆっくりと近づいてゆく。その度に男は震えながら一歩一歩後退して行く。
「う、う、う、嘘じゃねえよ!」
「では私が連れて行っても問題はありませんね」
「いや!あんたがちゃんと連れて行く保障はねえだろ。それにそいつはうちのもんだ!それを勝手に連れて行くってこたぁ法律上誘拐にあたるんじゃないかぁ」
「…」
ここで男は法律を持ち出した。法律を熟知していれば何らかの反論を出来たかもしれない。しかし出来なかった。多分だが相手はそこまで知識が回る相手ではない。ゆえに誰かが彼に吹き込んだ知識なのだろう。しかし学が無くとも悪知恵は働くらしい。答えられない事にこちらも法律に疎い事を理解しニヤリと嗤った。
「そしたらあんたのご主人にも迷惑がかかるんじゃねえのかな?んん?」
形勢逆転した事に態度が大きくなり余裕が見え始めた。確かにここで私ではなく主役をやっているソリュシャンを今回の出来事に巻き込んでしまったら大変な事になる。下手をすればアインズ様の命令をこなせない。
「これは酷いですね」
「!?だ、誰だてめぇは」
「私ですか?私はただの神父ですよ」
「神父?」
突如聞こえた聞き覚えのある声に振り向くとそこにはザーバ・クンスラァだった。いや今は『スカーレット・ベルローズ』と呼んだ方が良いでしょうか。
この王都には私とソリュシャン以外にも数名がナザリックから訪れている。一人は至高の御方であるぼっち様。そしてもう一人が目の前に居る神父である。
ベルローズが嗤う。私はあの男が好きになれない。行っている事は周りから見れば善であるが彼の本質は悪である。どうしても内面まで踏み込めば相容れない存在。その男がすべてを飲み込むように嗤う。
「確かに法律上誘拐に当たるかも知れませんがこの状況でどうやって貴方は彼女が従業員である証明をするのでしょうか?」
「証明?そんなもん…」
「それにこの現場だけを見れば貴方が女性に暴行を働いた現場にも見えますね?」
「なぁ!?」
目が合う。慌てる男に気付かれないように嗤いではなくこちらに笑いかけてくる。どうやら助けてくれるらしい。ならばここは乗るべきでしょうか。
「暴行罪、誘拐、拉致監禁、死体遺棄…はまだ生きているからないとしても殺人未遂などですかね」
「そうですね。確かにそうです。ならばこれは人を呼んできたほうが宜しいでしょうかね?」
「いやいやいや!ま、ま、ま、待ってくれ!!そんな事されたら…」
「『そんな事されたら』?別に従業員を神殿に連れて行くのなら問題ないですよね?」
「やれやれ…先ほどの態度は何処へやら」
慌てふためき墓穴を掘り始めた男をあざ笑いながらベルローズはセバスと男の中間。少女を庇うように立った。
「貴方はそこの老執事を信用できない。逆に老執事はあなたを信用できない。ならばこうしませんか。彼女は私が預かります。私の証明は…この近くならウェルキン卿がしてくれるでしょう」
ウェルキン卿の名は知っている。あまり位の高い貴族ではないが人当たりが良く、領地の民に好かれている貴族である。有名な部類の貴族の名を耳にして青かった顔が青を過ぎて白へと変わり果てた。
「貴方の主に伝えなさい。彼女はスカーレット・ベルローズが預かると」
嗤いと共に込められた殺気により男は呻き声を漏らしながら去って行った。
「ありがとうございますベルローズ様」
「感謝の言葉は受け取りますがこの子はどうします?」
感謝の言葉を述べたセバスにベルローズは選択を迫る。彼女を私が引き取れば我々の任務に支障が出るかも知れない。逆に彼に託せば彼の孤児院で働き手として雇って貰えるかもしれない。が…彼は人の死に愉悦を求めている。
「私が預かりましょう」
「そうですか…いえ、分かりました」
彼女を抱えて去ろうとした時、一輪の黄色いバラが投げ渡された。不思議に思い首を傾げると彼は微笑みながら去って行った。
「Good Luck!悪の中の善なる執事君」
去って行ったベルローズから彼女に視線を移す。これだけの外傷を治すのは自分には不可能と判断して思考する。魔法回復なら主であるアインズを思い起こしたが主を巻き込むなど言語道断。ならばソリュシャンに頼む事とする。あとは彼女を運ぶ際に見つからないようにするだけですね。よもやこんな所で地図を描いていたのが役に立つとは…
彼女を抱えて走り出すセバスには一切の迷いが無かった。ただ困っている人を助ける為に…
セバスが少女を保護している間にも物事は進んでいく。
王国に招かれたぼっちとマインに魔の手が迫る!!
次回「純愛の王女と蒼の薔薇とのお茶会」お楽しみに