王城へ向かう為にクライムは中央通りを全速疾走で駆けていた。
今日はアルカード伯爵が会いたいとのことでラナー王女と共に待っているとの事だ。それなのにもう30分ほど遅刻してしまっている。原因は道中であった揉め事である。とある男女のカップルを集団が囲んでいたのだ。それを放っておくことなど出来ずに助けに行った。後悔はしていないが申し訳ない気持ちでいっぱいだった。助けに行ったものの集団は取り逃がし、アルカード伯爵は待ち惚けくわせてしまったりとため息が出る。
それにしてもあの男達は何だったのだろうか。そこいらの路地裏にいるゴロツキとは明らかに違った。服装も上等な物だったことから貴族かそれに近い者なのだろう。貴族だとしてもアルカード伯爵と比べてあんなにも違うんだろうか。
頭を振るい考えを払って今は兎に角走る事に集中する。
息を切らしながら到着した王城では整えながら多少見苦しくないように小走りで急ぐ。さすがにラナー王女とアルカード伯爵の前で汗だくで息を切らした状態で行くわけにはいかない。
ふとあのカップルの事を思い出してもし自分とラn…
ボンっと音を立てながら湯気を噴出したクライムはさっきとは違う理由で頭を左右に振るう。
そうこうしているうちにラナー王女の部屋に到着した。息を整え終わり、ゆっくりと深呼吸してからノックをする。中より「どうぞ」と声をかけられ扉を開ける。
「申し訳ありません。遅れてしまいました」
入ると同時に謝罪を口にしながら部屋を見渡す。そこには自らの主人であるラナー王女と蒼の薔薇のリーダーであるラキュースの二人だけだった。アルカード伯爵が居ない事に酷い罪悪感を抱く。
「アルカード伯爵なら先程出て行かれましたよ。領地で大仕事があるとの事で」
「そう…でしたか」
「そうがっかりしない。別に怒った様子は無かったわよ」
「にしてもクライムが時間に遅れるなんて珍しいわね?」
「街で集団に囲まれていた人たちがいたので…」
「ふふふ、クライムらしいわ」
嬉しそうに微笑を向けてくるラナー見ててれたクライムは恥かしそうに俯く。それを見たラキュースは少し眉をひそめながら満足気に息を付く。
「アルカード伯爵は私にどのような用があったのでしょうか?」
「養子にしたいと仰っていたわよ」
「「はい?」」
お茶を口に含みながら答えられた事に立ち上がったラキュースとクライムがハモって驚く。
「ちょっと待って。今なんて言ったの!?」
「え?アルカード伯爵がクライムを養子にしたいと…」
「聞き間違いじゃなかったのね…。にしても凄い事よねこの話は」
「ええ、だから他の方には」
「分かってるわ。私は何も聞かなかったし、聞いてない」
「ありがとうラキュース」
「お待ちください。何かの間違いでは無いのですが?私を養子にしてもあの方にはデメリットしかないように思えるのですが…」
そう思うのも無理は無いだろう。彼自身優れている所と言えば剣士としての腕であろうか。何の才能も持たないが努力に努力を重ねた結果、冒険者で言うならば実力は金にまで上り詰めている。王国の一般兵士はもちろん帝国の一般兵士以上の実力を持っているのだ。しかしガゼフやブレインなど上は多くいる為にそれほど注目されるほどではない。あとは王女お付と言う肩書きであるが姫に近づこうとすることぐらいにしか使えない。これはすでに仲良くなっているアルカードには必要ない。
「そうよね。それに相手は六大貴族にたった一人で肩を並べれる貴族だものね。国民からの支持率に資金力、そして武勇の数々…六大貴族に負けているとしたら軍事力ぐらいかしら?」
頷くラナーだったがもう一つ負けているものがある。それは会議での発言力である。確かに強い力を持っているのだが派閥相手が本気となれば会議の場での発言力はなくなってしまう。現在派閥に入っているとは断言できないフリーなのである。ザナック第二王子が何とか王派閥に引き込もうと算段しているがまず無理だろう。ゆえにラナーが用意しているのだ。やっと十名を越えた辺りなのだが秘密裏にやっている以上集まりが悪い。まぁそれでもあと少しでレエブン候がこちらに付きそうな所までしたのだが。
難しそうな顔をして悩んでいたクライムに渡すものがあったのを思い出して一枚の紙を渡す。
「これは?」
「アルカード伯が貴方にと?」
顰めながら手渡された小さい紙を見る。紙は二つ折りになっており開くと二分だけ書かれてあった。
『王都に戻った時で良いから答えを聞かせて欲しい』
この最初の一文は正直どうでも良かった。問題なのは二分目である。
『養子になれば君は貴族だ。君が想っている相手と歩める日が来ることを祈っているよ』
何度も読み返す。読み間違いでも無い。気付かれている!?いや、名前までは明記されてない。けれどそれはラナー様に気付かれないようにとの配慮なのでは?いやいやいや、もしラナー様が読まれていたら僕には想い人がいるっていう考えになってしまう。それに自分がラナー様と…
ふいに目をやると視線が合い、優しい微笑が向けられる。
ボンッ!!とさっきよりも湯気の量が30%増して起り、同時に顔が真っ赤になった。
心配そうにするラナーに恥かしくなり誤魔化そうとするクライム。そんな二人を微笑ましそうに眺めるラキュースはこんな日々がずっと続くように祈るのだった…
帝国から出立した馬車は大きく揺らしながら王国との中間地点であるカッツェ平野へと向かっていた。
馬車の数は三台で荷台には多くの剣士風の男達が乗っていた。彼らは帝国の兵士になるべく試験を受ける者達である。帝国は王国と違って戦争するからと言って農民などを引っ張って来たりしない。一から育て上げるのだ。そのおかげで戦争になっても国の生産力を落とす事無く、実力を持った兵士を持つことが出来るのである。代わりに一人の兵士にかかる金は馬鹿にはならない上に数は少ない。が、それでも農民など非戦闘員を兵士として数だけ揃えた士気の低い王国兵に対しては関係ない。
馬車に乗っている者達は20から50歳と一から育てるとしても遅すぎる者達である。彼らはもしも腕が立つ者が居るならば雇ってやろう程度で帝国が定期的に行なっている試験に参加したのだ。雇われたとしても彼らはもと盗賊やら傭兵やら余所者だったりするので戦争では使い捨ての駒、良くても末端の指揮官ぐらいで立身出世はそれほど望めないのである。
二台目の馬車内の空気は最悪だった。通常なら「俺はやってやるぞ!!」と息巻いた連中の為に活気だけはあるはずなのにお通夜のような空気になっていた。それもそのはずである。馬車に乗る前から「近付いたら殺すぞ」と言わんばかりの視線と殺気を振りまく男がいるからだ。
男とは思えないほど美貌を持ちその手の趣味がない男でも見惚れてしまうほどのである。見慣れぬ上等な着物に目を奪われた者も居たが概ね前者がほとんどだ。近付いた者は冷たい言葉一言で撃沈していったが…
その殺気を放っているのはカストル・トレミー。ぼっちが創ったNPCで第11階層防衛副長の肩書きを持つ。カストルが馬車に乗っているのは任務の為だ。
王国はセバスにモモン(アインズ)、アルカード(ぼっち)が情報収集も行なった為にほとんど集まったが帝国に関しては情報が少なすぎるのだ。その為にカストルが選ばれたのだ。ナザリックの人型の者で人間社会に紛れ込める者は少ない。王国の情報収集で概ね全員が行ってしまった為に人間社会に紛れ込むには難のある者しか居ないのである。中でカストルが選ばれた理由は第11階層の特徴が大きいだろう。第11階層は唯一隔離できるエリアである。もしも何かに襲われそうならナザリックより切り離すだけで防衛出切るのだ。それにそこまで敵が来ているのならナザリックは墜ちているだろう。ゆえに防衛能力は少なくても問題ないのだ。
ちなみに放っている殺気に鋭い睨みを利かせているのは苛立っているからとか理由がある訳でなくカストルのオプションである。
「あの…少し良いですか?」
帝国兵士ですら目すら合わせなかったカストルに声をかける猛者が居た。猛者なのか空気を読めてないのかは別としようか。
「なんだ?」
「貴方も立身出世を望んでこられたのですか?」
赤毛の少年に視線を合わせる。年齢は17歳前後で容姿は平均以上。これは兵士の体格としてはではなく美男子としてである。目をキラキラ輝かせてくる少年から視線を外す。
「…くだらん」
「え?」
「そんなものに興味はない」
「そうなのですか…」
「貴様…貴族か?」
「え!?いや、私は…」
「気付かぬとでも思うたか?歩き方から仕草まで教育を受けたように感じる。服装は誤魔化しているようだがそれでも一般人からしてみれば手は届かない。剣に至っては武器ではなく美術品の類、それに細すぎる手足に切り傷の痕一つ無いキレイ過ぎる手の平…小さな子供でもするような労働もしたこと無いのだろう。それにここに居るのは20代以上がほとんど。貴様の年齢なら兵士として育てて貰えるだろう。それがここに乗っていると事は他国の貴族か」
驚きを隠せない少年はポカーンと口を開けたまま硬直した。
「凄いですね。すべてお見通しとは…」
「…ふん」
横に腰掛けた少年を気にせず鼻を鳴らす。
今日は変だ。何故こんなに喋ってしまったのだろうか?妹と話すときでさえ一言二言なのだが…
「私は…ピ…バイアと言います。私も出世は望んでません。私は両親達と違って何時までも貴族って事に拘りたくないので…」
「つまり独り立ちの為だけにここに来たと?」
「そういうことですね…昔からお話で聞く英雄譚に憧れてと言うのもありますが…兄のように王都に残るのも嫌だったので」
どうでも良かった…何かの情報にでもなるかと会話してみたが砂粒ほどの価値も無かった。時間の無駄か…
ため息を付きながら外を睨み付ける。
しばらくすると馬車が止まり目的地に着いたことを知らせてくれる。中に居たものが意気揚々と降りる中、カストルと一緒に居た者達は我先にと逃げ出すように飛び降りてった。
少年、バイアに続いて降りると隠れる所も主だった大地の起伏も無しで戦うには小細工も通じそうに無い場所だった。平地がほとんどだから敵の発見は簡単そうだったが運悪く霧が出ていた。いや、運悪くは違う。この試験にはこの霧が必要不可欠なのだ。
馬車に乗っていた帝国兵士の中、隊長格らしき人物が皆の前に立ち声を張り上げた。
「これより貴様らの採用試験を開始する!
内容は簡単だ。この霧に紛れているであろうアンデットの討伐である!単騎でも複数で狩ろうとも構わない。どんな手段を使ってでも倒せば良い。
試験前に書いて貰った書類通りでここでの生死に関しては帝国は一切責任は持たない!
以上、解散!!諸君らが我ら帝国兵士と共に歩める事を望む」
心にも無い事をたんたんと喋り終えると元の馬車に戻って行った。そんな事に気付かぬ者達は雄叫びを上げてアンデットを探しに行った。徐々に濃くなっていく霧の中を…
霧の中での探索など索敵能力が無ければ不可能だし、考え無しに探し回った所で迷子になるだけだ。そもそもアンデットは生命体を感知して襲って来るのだから待ってれば良いのだ。
何故か隣に並んでいるバイアを気にせずに兵士達の会話に耳を傾ける。
「霧が濃くなってきたな…」
「どうしますか隊長?撤退ですか?」
「いや、もう少し…」
「ぎゃああああああ!!」
会話を盗み聞きしていると叫び声が上がった。何事かと周囲の兵士達が慌しく動き始める。
霧の先より武器投げ捨てて必死に逃げてくる男達を確認できた。
「たっ、助けぴぇ!?」
「あべしっ!?」
逃げてきた二人は後ろから白い何かに跳び付かれ、覆われて行った。
「ス、スケルトン…」
誰かが呟いた。ユグドラシルでお馴染みの雑魚であるスケルトンである。今見える数だけでも10体前後…勝てないわけでもない。
「俺が貰ったー!!」
斧を構えた男が一直線に駆け出した。確かにスケルトン相手にならこいつらでも何とかなるだろう。しかしそんな奴らでも逃げ惑うと言うことは何かがあった。いや、居たのだろう。
パカラ、パカラ、パカラと馬の駆ける音が響いてきた。そのものは霧から矢の如しに駆け抜けてきた。
骨の馬に乗った骨の騎士『スケルトン・ライダー』である。駆けて来たスケルトン・ライダーはそのままの勢いで斧を構えていた男を槍で貫いた。あれも雑魚だが今のこいつらの装備では勝てないだろうな。
スケルトン・ライダーはこちらに気付き、辺りのスケルトンに告げるように手を振って教える。目標に定めたスケルトン達が敵意向きだしで走ってくる。最初に動いたのはバイアだった。叫び声を上げながら剣を振るって行った。
剣は装飾品を多く飾ったレイピア。スケルトンには斬撃はいまいちなのを知らないのだろう。それ以前に美術品で武器ではない物だ。当たった瞬間にぽきりと折れた。それを笑うように顎を動かすスケルトン。手が伸びる事に恐怖を感じて肩をぴくりと震わして目を閉じた。
痛みが伝わる前に鈍い音が耳に届いた。恐る恐る目を開けると先程のスケルトンの頭が叩き割られていた。
「…邪魔だ」
後ろから声をかけられて振り向くと眉一つ動かしていないカストルが刀を鞘に納めたまま片手で構えていた。
「…スケルトンには斬撃ではなく打撃系が有効だ」
「え?…あ!はい。でも打撃系の武器なんて…」
「知るか…鞘でも使え」
押し退けてスケルトンへ向かって行くカストルにスケルトン・ライダーがランスを構えて突撃してきた。突き出されたランスの先を左手で軽く受け止め、右手の鞘付きの刀で馬の膝を砕く。足を砕かれ倒れた馬より立ち上がったスケルトン・ライダーは難もなしに頭を砕かれた。
「…何のまねだ」
「私も…私も戦います」
「ふん。…勝手にしろ」
カストルは赤毛の少年と共にスケルトンに向かって行く。
殿の命令を遵守する為に。
この後、活躍を聞いた皇帝直々に直属に入らないかと誘われたが拒んだことでカストルの名は有名になった。
やっと領地へ行ける。ぼっちさんが領地に行ける。長かったけどもうすぐ戦争なんだよな…原作に追いつきそう…ヤバイ