ローリング☆ガールズ~問答無用~   作:ぽんぴん

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※2016年06月12日:加筆修正しました。

第二話目を投稿します。
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第二話「一泊無用」

 あの沢庵との決闘の後、銅之助は望未を連れて病院へと向かった。

 医師の診察によると、沢庵に掴まれた望未の腕は折れておらず、全治三日ほどで治るとのことであった。

 病院を出た銅之助は望未に連れられて、日吉町プロペラーズの本部へと招かれた。

 そこでは所沢の危機を救ってくれた銅之助の為に、団員たちが細やかながら持て成す会を開いてくれた。

 

 そんな中、一人の男がプロペラーズの本部を訪れた。

 その恰幅のよい男は籾山(もみやま)といい、所沢国大統領の秘書をしている人物であった。

 彼が言うには、今回の一件で大統領がすごく感謝をしており、銅之助に直に会ってお礼を述べたいとのこと。

 流れモサである銅之助は断ったのだが、それでも籾山は引き下がらず、また明朝に参上すると言い残して去っていった。

 

 以前にも軽く説明したが、日吉町プロペラーズは所沢の治安維持に尽力しており、その他の内政は所沢大統領府が行っている。

 大統領府の建物は航空公園にほど近い、広大な茶畑の中心に存在していた。名産がお茶のせいであろうか。大統領府の建物は巨大な急須のような形をしている。

 プロペラーズを後にした籾山は、大統領府に戻ってきていた。

 時刻は夕方になっており、辺りは薄暗くなっている。建物の明かりもほとんどが消えていたが、ある一室だけは煌々と照明が付いていることが外からも分かった。

 籾山は建物に入ると、明かりがついていた一室――大統領の執務室へと足を運ぶ。窓際にある大きな机に、大人の女性が一人で座っていた。

 ややウェーブの掛かった長髪に、日本人とは思えぬ透き通るような肌。まるで異国人のような風貌である。

 彼女が所沢国大統領、御園ハルカであった。

 

「ただ今戻りました」

 

 籾山はハルカの机の前まで来ると、礼をした。

 

「ご苦労様。報告を聞かせてもらえるかしら」

 

 ハルカは机の上で腕を組むと、籾山を見つめながら言った。落ち着いた、凛とした声であった。

 

「まず、練馬の件から。国民からの通報があったとおり、練馬の国家自警団が国境付近にある茶畑を襲撃しました。モサの沢庵という人物により、茶畑は全壊。復興には時間が掛かるかと。

 モサが暴れた際に農作業者から怪我人が出ましたが、いずれも軽症で死者はゼロです」

 

「不幸中の幸いね」

 

「はい。その後、モサの沢庵は市街地へ移動し掛け、そこへ駆けつけたプロペラーズと交戦しましたが――結果は言うまでもありません」

 

「まあ、マッチャグリーンを欠いたプロペラーズでは止められないでしょうね。

 ではどうやって練馬のモサをやっつけたのかしら」

 

「たまたま国内にいた、流れモサの武甲銅之助という少年が沢庵を撃退したとのことです。

 まったく、彼がいなかったらと思うとゾッとしますな」

 

「本当にそうよ。だから私はマッチャグリーンが留守にするのには反対だったのよ。

 なのにあの子ったら……って、今はそんなことを言ってもしょうがないわね。

 で、その武甲なんとかくんはどうしたの?」

 

「こちらに連れてこようとしたのですが、断られてしまいました。

 今夜はどこかに一泊するとのことです。借りを作りたくなかったのでしょうな。宿泊施設の提供も断られました。

 その後の予定は教えてくれませんでしたが、流れモサは政府や自警団を嫌うものが多いですから、おそらく明日中には出国するのではないかと」

 

「そういう世間とのしがらみが嫌で、あちこちをさすらっているような連中ですものね。

 それで、直接会ってみてどうだったかしら。あなたの感想を聞かせて頂戴」

 

「まず歳は十五、六くらい。外見はちょっと逞しい普通の少年でした。

 彼に助けられたという少女の話を聞いた限りでは、腕の方は確かでしょう。

 性格は……なんというか、堅物という感じでした」

 

 籾山の感想に、ハルカは目を細める。

 

「私達の役には立ちそうかしら?」

 

「彼を手懐けるおつもりで?」

 

「ええ。東村山の動きが怪しいのは、あなたも知っているでしょう?

 今日みたいなことはもう沢山よ。マッチャグリーンの留守を守る番犬が必要だわ」

 

「番犬……ですか」

 

 籾山が眉をしかめる。

 

「あんまり怖い顔をしないでくれる? ええ、その武甲なんとかくんには私達のために働いてもらうとしましょう」

 

「しかし、どうやって彼を引き止めるおつもりで?」

 

「手だったらいくらでもあるわ。流れモサとはいえ、所詮は子供よ。

 餌をちらつかせれば、いくらでも喜んで尻尾を振るわ」

 

「金に目が眩むような人物には見えませんでしたが」

 

「だったら別の餌を用意するまで。大人の用意した罠に引っかからないはずがないわ」

 

「はあ……あまり気乗りしませんが」

 

「あなたの意見は求めていないわ、籾山」

 

「差し出がましいことを申し上げました。すみません」

 

「では彼を懐柔する案を考えるとしましょうか。

 ……たしかその子は少女を助けたって言ってたわね。

 ふふっ。年頃の男の子の考えることなんて、いつだって単純で分かりやすいわね?

 決めたわ。彼がお金で釣れないときは、その少女を使いましょう」

 

「国民の少女を巻き込むので?」

 

「ええ。いま所沢を失うわけには行かないもの。私がなりふり構っていられないのはあなただってよく分かっているでしょう?」

 

 ハルカは机の上に置かれた写真立てに視線を落とす。そこにはハルカに似た、金髪の少女が映った写真が収められていた。

 

「それは、そうですが……」

 

「ではこれで決まりね。籾山、その彼を明日ここへ連れてきなさい。それから彼を出国させないように、国境の全ての関所へ連絡を」

 

「承知しました」

 

「さあて、明日が楽しみだわ。

 覚悟しなさいな、流れの少年モサくん。お姉さんがあなたを絡めとってあげるわ」

 

 そう呟くと、ハルカはニヤリと笑うのだった。

 

◇◆◇◆◇

 

 銅之助と望未は商店街が立ち並ぶ市街地を、もりともに向かって歩いていた。

 望未は愛用の自転車を押し進めている。

 もう夕方になっており、昼間に比べると通行人の数も少なくなっている。

 日も落ちてきていたので、銅之助は望未を家まで送り届けることにしたのだ。

 

「へっくしょん!」

 

「やだ、武甲くん、風邪?」

 

 大きなくしゃみをした銅之助を見て、望未が心配そうに顔を覗き込む。

 

「いや。そうではない。きっと誰かが俺の事を噂しているのだ」

 

「うわ~、出たよ。武甲くんのお爺ちゃんっぽいところ。そんなの迷信だってば」

 

「そんなことはない。俺のくしゃみは当たる」

 

 ズズッと鼻水をすする銅之助。

 もりともでも銅之助が咳をしていたことを望未は思い出した。あのときも少し思ったが、やっぱり彼は体調が悪いのではないだろうか。

 不安になった望未は確認することにした。

 

「武甲くん、ちょっとストップして」

 

「なんだ?」

 

 銅之助に止まるように指示を出す望未。銅之助はそれに素直に従う。

 望未は自転車をその場に停めると銅之助の正面に立った。

 

「ちょっと屈んで」

 

「お、おう」

 

 言われたとおり膝を曲げる銅之助。普段は望未より身長が高い銅之助だが、これで望未と頭の高さが同じくらいになった。

 

「えいっ」

 

 コツン。掛け声とともに、望未は自分の額を銅之助の額にくっ付ける。

 

「なっ、ななな!?」

 

 これに動揺したのは銅之助だ。何が起きたのかすぐに把握できず、変な声を漏らしてしまう。

 

「動かないで! わかんなくなっちゃうから」

 

「し、しかしそうは言ってもだな、望未」

 

 顔が近い。最初に会った時もそうだが、ときどき望未は行動が大胆すぎる。異性に対する用心というものが無いのか。

 銅之助は逃げ出したくなったが、動くなと言われた以上それもできなかった。

 

「う~ん、熱は無い、かな……念のためもうちょっと」

 

「もういいだろ望未!」

 

 恥ずかしさで銅之助の顔が真っ赤になる。

 

「あっ、なんだか熱くなってきた! やっぱり武甲くん、風邪引いてるって!」

 

「熱くなったのは別の理由だ! この馬鹿者!」

 

 頭に血が上り過ぎてクラクラしてきたため、銅之助は慌てて望未から離れた。

 

「馬鹿はひどいよ。こっちは心配してるんだよ。もう!」

 

 望未も本来は銅之助に負けないくらい異性に対して初心なのだが、この時は心配の方が上回っていたため、自分がした行為に気がついていない。

 もう望未の中で銅之助は風邪であることが確定した。銅之助がこれ以上なにを言っても納得しないだろう。

 

「もうはこっちの台詞だ」

 

 望未を置いて歩き出す銅之助。

 

「あっ、待って待って!」

 

 望未は慌てて自転車を押して銅之助に追いつく。

 

「ねえ、具合が悪いんだったら無理しちゃダメだよ」

 

「だから何ともないと言っておる。もし風邪だとしても、寝ていれば治る」

 

「またそんなこと言ってる」

 

 銅之助の頑固さに望未は参ってしまいそうだ。だが今回は折れるわけには行かない。何しろ自分のピンチを救ってくれた恩人だ。もし倒れて大変なことになってしまっては困る。

 

「ねえ武甲くん。今日はどこに泊まる予定なの?」

 

「……そんなことを聞いてどうする?」

 

「決まってるよ。私も一緒に行って、武甲くんを看病するの」

 

「んなっ!?」

 

 銅之助も望未の頑固さに参ってしまいそうだ。だが、本当の予定をいう訳には行かなかった。言いあぐねていると、望未の追及が始まった。

 

「そういえば大統領の秘書さんがホテルを用意するって言ってくれたとき、もう泊まる場所は決めているって言って断ってたよね?

 武甲くんって、お金持ってるの? それとも所沢に知り合いとかいるの?」

 

「ああ」

 

「その「ああ」は、どっちに対して言ってるのかな。ちゃんと教えてほしいな」

 

 銅之助の態度に不信感を持った望未は口調を強める。気のせいだろうか。銅之助には彼女の背中から黒いオーラが見えた気がした。

 

「し、知り合いがいる」

 

「それはどこのなんていう方でしょうか。私の知っている人? どんな関係?」

 

 望未は追及の手を緩めない。

 

「名前は……忘れた。だが、所沢のどこかに住んでいるのは確かだ」

 

「へえ~、名前も憶えてない知り合いのところに泊まろうとしてたんだ。へえ~……

 じゃあ、その人のお家まで連れてってほしいな。そうしたら私も諦めるから」

 

「家はこれから探す予定なのだ。もう遅いし、望未は自分の家に帰るべきだ」

 

「武甲くん」

 

「お、おう」

 

「正座」

 

「ちょっと待て望未。ここでか? 辺りに人がいるんだぞ」

 

「正座」

 

「おい、話をきけ」

 

「正座」

 

「……はい」

 

 銅之助はその場に正座した。

 望未は自転車を停めると、銅之助の正面に立って、腕を組みながら彼を見下ろした。

 銅之助はチラッと望未を見上げたが、すぐに顔を戻した。望未の頭に鬼のような角が生えたように見えたからだ。

 あの屈強な練馬のモサを撃退した銅之助だが、今は望未の気迫に完全に押されてしまっていた。

 

「武甲くん。私は怒ってるんだよ。何でか分かる?」

 

「俺が嘘をついていたからだ」

 

「やっぱりそうだったんだね。本当はどこに泊まるつもりだったの?」

 

「の、野宿……だ」

 

 銅之助の回答に、望未は大きくため息をついた。

 

「そんな身体で野宿とか絶対駄目だよ。それに知り合いがいるとか、分かりやすい嘘をつくし……」

 

「それは嘘ではないのだ! 信じてくれ、望未!」

 

「ほんとかなぁ」

 

「本当だ! 名前は覚えていないが、静岡の辺りで知り合った男だ。

 山賊に襲われていたところに俺が通りかかって助けた。それから京都まで一緒に行って、お礼に何日か宿に停めてもらったのだ。その時は仕事の都合でこっちに出てきてたとかで、所沢に家があるということをその時に聞いた!」

 

「はいはい。分かったよもう」

 

「信じておらんな! まだ嘘だと思っておるな!」

 

 実は本当の出来事なのだが、宿泊について嘘を言ってしまったため全く説得力が無かった。

 その後、銅之助は正座したまま、今日は望未の家に泊まることを了承させられ、ようやく彼女に許してもらったのである。

 

「あ、そうだ。武甲くん」

 

 もうすぐもりともへ着こうとする頃、望未が思い出したように呟いた。

 

「分かってると思うけど、あの、今日のことお母さんには……」

 

「安心しろ。ちゃんと心得ておる。練馬のモサとのことであろう」

 

「うん。脅されて、お嫁さんになるって言わされちゃった~、なんてお母さんに知られるわけにはいかないもん」

 

 念のため説明させてもらうが、あんな状況で、しかも役所に届け出をしてない婚姻などもちろん無効である。それは望未も理解している。だが今日は只でさえ、母親を心配させてしまった。もうこれ以上母親を不安にさせたくなかったのである。

 

「それもそうだ……あ」

 

「どうしたの? 武甲く……あ」

 

 話し込んでいた二人は、もりともの前まで辿り着いていたことに気がつかなかった。

 さらに言えば娘の帰りを心配して、家の前で到着を今か今かと待っていた母親の姿にも。

 

「望未……あんた、いま何て」

 

 日向代は真っ青になった顔を両手で覆っていた。

 

「わぁー! お母さんっ、どこから聞いてたのっ!?」

 

「脅されたとか、お嫁さんになったとか……」

 

「わぁー! もうお終いだー!」

 

「あの、女将。こうなったら仕方ない。落ち着いて話を聞いてほしい」

 

 こうなったら全てを誤魔化すのは無理だ。せめてオブラートに包んだ形で説明しようと、銅之助が口を開いたときだった。

 日向代は仇を見るような目つきで銅之助を睨むと、望未を自分の方へ抱き寄せた。

 

「わぁっ!」

 

 主を失った自転車が、ガシャンと音とを立てて倒れる。

 望未は日向代の胸に顔を埋めるような格好で、しっかりと抱きしめられた。

 

「あんたうちの娘に何をしたんだいっ! こんな怪我までさせて、しかも脅すとか嫁とか何とかっ! ふざけるんじゃないよ、このケダモノ!」

 

 銅之助に向かって、日向代は一気に捲し立てた。

 

「け、ケダ……」

 

 昼間とはまるで違う日向代の口撃に、銅之助の心は滅多刺しにされる。銅之助は日向代に好感を抱いていたため、とかくそのダメージは大きかった。

 男は涙を流さぬものと心に決めている銅之助だが、このときばかりは泣きたくなった。

 

「ま、待ってお母さん! 違うの、誤解なんだってば!」

 

 日向代の胸からなんとか顔を覗かせた望未が大声で叫んだ。

 だが、興奮した日向代は望未の言葉に耳を貸さなかった。日向代の中では銅之助は娘に乱暴をした狼藉者ということになってしまっていた。

 

「いま自警団に連絡するから、逃げるんじゃないよ!」

 

「お、お母さんってば! 武甲くん、お母さんに事情を説明するから、どこにも行かないで!」

 

 日向代は望未を抱きしめたまま、店内に入った。

 ドアがピシャリと閉まる。

 その音に、日向代の言葉に半ば放心していた銅之助は我に返った。

 店内からは望未と日向代が言い争うような声が聞こえてくる。恐らく日向代の誤解を解こうと、望未が頑張っているのだろう。

 銅之助はこのまま姿を消してしまいたがったが、例の旅先の話をするという約束を思い出し、その場に留まることにした。

 もりともの隣のベンチが空いていることに気付いた銅之助はそこへ腰掛ける。肩のずだ袋から愛用の木刀を取り出し、周りの包帯を剥いた。

 街灯の明かりに木刀の刀身が映し出される。

 

「日河白鳳(ひかわはくほう)よ……」

 

 それが、銅之助が愛用する木刀の名であった。

 かつて銅之助に剣術を教えた藤原春が、地元の大木から切り出して作ってくれた一品である。長い間、銅之助とは苦楽を共にしてきた文字通りの相棒であり、そして唯一の友と呼べる存在であった。

 こうして何かあると木刀に話しかけるのが銅之助の習慣となっていた。沢庵に話していたことは本当だったのである。

 

「参ったな。まさか女将さんにあんな風に言われるとは思わなんだ」

 

 先ほどの日向代の言葉は銅之助の心にまだ突き刺さっていた。

 望未が頑張ってくれているようだから、誤解はすぐに解けるだろう。

 

「望未は家族に大事にされているのだな」

 

 望未を抱きしめながら己を睨む日向代の姿を、銅之助は思い返す。娘に対して愛情が無ければ、あんなに本気では怒れないだろう。

 

「家族……か」

 

 銅之助は両親とは幼いころに死別していた。

 それからは残された姉と二人で力を合わせて生きてきた。五年前、とある事情で故郷を出奔して以来、姉とは一度も会っていなかった。

 

「たまには帰るべきだろうか。だが、今さらどんな顔をして……お前はどう思う」

 

 銅之助は日河白鳳に問いかける。日河白鳳は鈍く光るだけで何も返してはこなかった。

 そこへ、もりともから望未が飛び出してきた。

 それに気づいた銅之助は木刀に包帯を巻いて袋に戻す。

 

「武甲くんっ、やっとお母さんが分かってくれたよ!」

 

「そうか。それはよかった」

 

「ううん、ところでベンチに座って何してたの?」

 

「木刀に話しかけていた」

 

「えっ、なにそれ」

 

 望未は若干引きつった顔をして後ずさる。昼間の銅之助と沢庵のやりとりは望未の耳には入っていなかったようだ。

 

「ああ……おい望未。可哀想な奴を見る目でこちらを見るのはやめてくれ」

 

「銅之助君、いろいろ大変だったんだね。でも安心してっ!

 これからは私が友達になってあげるから! たくさんお話しようねっ!」

 

 あまりに銅之助が不憫に思えたのだろう。望未の目は涙で潤んでいた。

 今までのやりとりから、こうなった望未に何を言っても無駄だということを承知していた銅之助は反論を諦めた。

 

「さて、望未。これから俺はどうすればよいのだ? お前の家に泊まることも女将は承知してくれたのか?」

 

「あっ、そっちを話すの忘れてた。これから頼んでみるから、とりあえず一緒に来て」

 

「おう」

 

 銅之助は望未に連れられて、もりともの店内へ入った。

 そこには日向代が待っていて、先ほどのことを銅之助に謝った。そもそもは日向代に隠し事をしようとしていたことが原因であったため、銅之助もそれを受け取った。

 続いて望未が、銅之助を一泊させてほしいと日向代に頼んだ。

 先ほどの誤解の件があったとはいえ、若い男を一泊させることについて日向代は難色を示した。

 望未は銅之助は泊まるところが無いことと、彼の体調が悪いことを理由に説得を続ける。

 

「でも見たところ、顔色も普通みたいだけどねぇ」

 

 日向代が自分の顔に手を当てて銅之助を見つめる。

 

「私も最初はそう思ったんだけど、ちょっと熱があるみたいなんだ」

 

「本当かしら。元気そうに見えるけど……」

 

 日向代が銅之助の前に立った。

 

「ちょっと屈んでくださいな」

 

「おう」

 

 日向代に言われるまま膝を曲げる銅之助。同じ台詞を望未に言われたことを銅之助が思い出したのは、その直後だった。

 

「えいっ」

 

 コツン。掛け声とともに日向代は自分の額を銅之助の額にくっ付ける。

 

「女将っ!?」

 

「お母さんっ!?」

 

 銅之助と望未が同時に驚いた声を挙げた。

 なんやかんや言ってもやはり親子である。望未と日向代は行動がそっくりであった。更に日向代は銅之助の頬に両手を添えた。

 

「あ、う、お、おおお」

 

 惹かれかけていた女将の顔が銅之助の目の前にあった。なんだかちょっと良い香りが鼻をくすぐる。銅之助は一気に興奮していった。

 

「お母さんっ! 何やっちゃってるの!?」

 

 自分も同じことをした事は棚に上げ、日向代に抗議する望未。

 

「うるさいわよ望未……あ、確かにちょっと熱っぽいわね」

 

 すでに銅之助の顔は真っ赤だ。恥ずかしさは限界を超えようとしていた。頭がクラクラし始めているが、この夢のような時間を終えたくはなかった。耐えろ、気を失うな。耐えるのだ。銅之助は沢庵と対峙したとき以上に神経を集中させた。

 

「ちょっと、お母さんっ! そろそろ離れてってば!」

 

 胸にモヤモヤするものを感じた望未が二人の間に割って入ろうとする。

 ちょっと待て望未。そうではない。抗議するなら女将の後ろからにしてくれ。そうすれば女将の顔が前に動いて、うっかり口づけをしてしまうようなアクシデントが発生するやもしれぬ。もしそんなことが起きたとしても、それは事故だ。事故では仕方がない。

 銅之助は朦朧とする頭でそんなことを考えていた。

 

「あっ、武甲くん、鼻血!」

 

「なぬっ」

 

 望未の指摘に銅之助は驚いた。確かに左の鼻の穴から、何か生暖かいものが垂れる感触があった。

 

「あらっ、これは大変ね」

 

 鼻血に気付いた日向代は銅之助から離れると、店内のテーブルの上に置いてあるティッシュの箱に手を伸ばす。日向代は何枚かティッシュを抜き出すと銅之助に手渡した。

 

「かたじけない」

 

 銅之助は受け取ったティッシュの先端をこより状に丸めると、鼻血が出た方の鼻の穴に押し込んだ。

 

「とにかく横になった方が良いよ」

 

 銅之助は望未に案内されて、店内のお座敷の上に仰向けになった。

 

「確かに具合が悪いみたいですね。望未を助けていただいた御恩もありますし、仕方ありません。今夜は家でゆっくりしていってくださいな」

 

 銅之助を見かねた日向代は、彼が一泊することを了承した。

 

「迷惑をかけてすまんが、お言葉に甘えさせていただくことにする。

 そうだ、ご厄介になる以上、ご主人に挨拶をしたいのだが」

 

「主人って、お父さんのこと? お父さんだったら、町内会の旅行に行ってていないよ?」

 

「なんだと?」

 

 望未の言葉に銅之助が固まる。

 

「うん。本当はお母さんも連れて行くつもりだったみたいなんだけど、店を休むわけにいかないって、お母さんが」

 

「留守を知らない、隣町から来てくれる常連さんも、うちには大勢いらっしゃいますから」

 

「ちょ、ちょっと待て!? するとこの家にいるのはこれで全員か!?」

 

「そういうことに……なるかな?」

 

「そんな話は聞いておらん! 主人が不在の、女だけの家に泊まることなど出来ん!

 何かあったらどうする!」

 

「何かって、なに?」

 

「お、俺の口から言えるか! 女将が俺を泊めたらがないのも当然だ。体調のことなら問題ない」

 

 銅之助は荷物を手に取って起き上がる。

 

「ちょっと待って武甲くん! せっかくお母さんも納得してたのに!」

 

 出て行こうとする銅之助と、引き止めようとする望未のすったもんだが始まる。

 それを見ていた日向代は、やれやれといった様子で二人の間に割って入った。

 

「武甲さん、でしたっけ? 聞いての通り、いま家には私と望未しかおりません。所沢は治安が良い方ですが、やっぱり女性だけで夜を迎えるのは少し不安です。

 望未から聞きましたが、武甲さんは腕利きのモサなんでしょう? そんな強い方が家にいてくだされば私達も安心なのですが。

 私達の護衛、ということで今夜は家に泊まっていただく、というのはどうでしょう」

 

「そういうことであれば話は別だが……女将、本当にそれでよいのか?」

 

「まぁ、あなたが悪い人では無さそう、というのは見ていて何となく分かりました。それに……」

 

 チラリと望未を見る日向代。

 

「この子もあなたにだいぶ入れ込んでいるみたいですし」

 

「ちょっとお母さんっ! なに言ってるの!?」

 

 日向代の言葉に狼狽える望未。

 こうして話はようやくまとまり、護衛という形で銅之助は森友家に宿泊することとなった。

 銅之助が風邪を引いていると思ったままの望未が、徹夜で銅之助を看病すると言い出したが日向代に止められた。

 若い男女を二人きりにすることは問題があること、そして明日は金曜日で学校があることが理由である。

 それからしばらくして銅之助の鼻血は無事に止まった。

 その後、銅之助は日向代のお手製の夕飯を食べ、風呂まで頂かせてもらった。

 空いている部屋が無いとのことで、店内のお座敷に布団が敷かれ、銅之助はそこで就寝することとなった。

 よほど旅の疲れが溜まっていたのだろう。銅之助が横になってから眠りに落ちるまではあっという間であった。

 

 しばらくして銅之助は目を覚ました。店内は真っ暗だ。

 体を起こすと、体中が汗でぐっしょりと濡れていた。どうやら寝苦しくて起きてしまったらしい。

 眼が冴えてしまった銅之助は枕元に置いていた木刀を手さぐりで掴むと、周りに巻いてある布を解いた。

 

「日河白鳳よ……」

 

 銅之助が木刀の感触を確かめていると、店の奥から物音がした。

 

「誰だっ」

 

 急いで起き上がり、木刀の切っ先を音のほうへ向ける。店内は真っ暗で、音の正体はわからない。時刻は真夜中。普通なら誰もが眠っている時間だ。

 鼠などならまだいい(飲食店なので本当はよくない)が、賊の可能性もある。所沢は治安が良いところと聞いているが、不埒な輩はどこにでもいるものだ。

 あまり考えたくはないが、練馬の連中が昼間の仕返しにやってきた可能性も有り得る。

 銅之輔が逡巡していると、店内に明かりがついた。

 突然の光に目が眩みそうになる。それをこらえながら、銅之助は侵入者の姿を確認しようと目を細めた。次第に目が慣れてくる。

 

「……望未?」

 

 店内と住居部分を繋ぐドアの傍に望未が立っていた。

 今まで就寝中だったのだろう。可愛らしいパジャマ姿である。だがその表情はどこか浮かないものであった。

 銅之助は木刀を布団の上に置くと、お座敷を降りて望未の下へ向かった。

 

「望未、こんな夜遅くにいったいどうしたのだ。明日も学校があるのであろう?

 早く寝ないと授業中に居眠りをしてしまうぞ」

 

 どことなく望未の様子がおかしいことに気づきながらも、銅之輔はいつもの飄々とした口調で話しかける。

 

「うん。私もそう思って寝たんだけど……そしたら……笑わないでね。ちょっと、怖い夢を見ちゃって」

 

「怖い夢? どんな夢だ」

 

「うん、昼間の……ほら私、モサの人に襲われちゃったでしょ? その時の夢。

 昼間は武甲くんが助けてくれたけど、夢の中だと誰も助けに来てくれなくて、私、モサの人にシャツを破かれて……それから――」

 

 望未の声は震えていた。今にも泣きそうなくらいに顔を歪め、懸命に恐怖と戦っていた。

 今まで明るく振る舞っていた望未だが、その心には暴力の爪痕がしっかりと刻まれていたのだ。

 望未は只のモブの女子高生である。それが屈強な大男に襲われ、あと少しで取り返しのつかないような目に会うところだった。そう簡単に立ち直れと言う方が無理であった。

 

「もういい望未。それ以上言うな」

 

 気付くと銅之助は望未を抱きしめていた。これ以上、こんな望未の姿は見るに堪えられなかった。何としてでも慰めてやらねばと思ったのである。無我夢中の行動だった。

 

「あれは俺の落ち度だ。望未は何も悪くない」

 

「そんなこと、ないよっ……」

 

 望未は銅之助の胸に顔を埋める。銅之助はそんな望未の頭を撫でてやった。

 

「いま思えば、お前の後をすぐ追えばよかった。呑気に団子など喰っている場合ではなかった。到着が遅れたのも、食事の後に急に走って腹が痛くなったせいだ。全く情けない。

 現場に着いてからも、まっさきに望未を助けるべきであった。策を練ってあやつの武器など隠さなくても、俺なら何とかなった。相手の力量を一目で見抜けなかった俺が悪い」

 

「うっ、うぅ……」

 

 銅之助の弁解を聞きながら、首を横に振りながら、望未は大粒の涙を流していた。

 

「安心しろ望未。ここにいる間は俺がお前を守る。あんな奴にはもう二度と、指一本たりとも触れさせはせん。武士に二言は無い。約束は守る。絶対にだ」

 

「ぶこ、くん……」

 

 望未が銅之助を見上げる。その顔は涙でくしゃくしゃになっていた。

 銅之助はその涙を手で拭ってやった。

 

「お前が泣き止むまでこうしててやる。落ち着いたらぐっすり眠って、今日あったことは奇麗さっぱり、全部忘れろ。それがいい」

 

「ううん、私……忘れ、ないよ」

 

「なに?」

 

「武甲くんの事まで、忘れたく、ないもん……だから、今日のことは、忘れないよ。絶対、自分で乗り越える……乗り越えたい、よ」

 

 たどたどしく言葉を紡ぐ望未の瞳には輝きが戻り、新たに決意の色が現れていた。

 

「そうか。強いな、望未は」

 

 そう言って銅之助はニッコリと笑った。それは望未が初めて見た、銅之助の笑顔であった。

 

「そうだな。俺に出来ることがあれば、何でも言ってくれ」

 

 銅之助の言葉に望未は頷く。

 

「おおっと、す、すまん! 汗臭かっただろう」

 

 望未を抱きしめていたことに気付いた銅之助は慌てて身体を離した。

 気恥ずかしさから望未に背を向ける。

 

「ううん。そんなこと、ないよ」

 

 心ここにあらずといった様子で呟く望未。

 

「とにかくだな、今日はもう遅い。これでお開きとしよう。よく眠るのだぞ」

 

 そう言って寝床へ向かおうとする銅之助の背中を、望未が掴んだ。銅之助は足を止めて後ろを振り返る。

 

「あのね、武甲くん。お願いが……あるんだけど」

 

「お、おう」

 

「ああは言ったものの、やっぱりまだ怖くて……だから、その……」

 

 銅之助の寝巻を掴んだまま、頬を赤らめてモジモジする望未。目を伏せたままで銅之助の顔を見ようとしない。だが、やがて何かを決心したかのように望未は銅之助の顔を見上げる。

 

「一緒に……寝てもらえないかな。だめかな?」

 

 望未の発言にピシッと音がしたような気がして、銅之助が固まった。

 

「えっと……添い寝、してくださいっ……」

 

 固まったままの銅之助に、望未が言い直す。

 銅之助の背中からは変な汗が噴き出していた。

 

「あ……いや、それは……色々とまずいであろう?」

 

 何とか言葉を紡ぎ、断ろうとする銅之助。

 

「さっき、何でもしてくれるって、言った……よね?」

 

「物には限度というものが、あってだな。それに女将に叱られるぞ」

 

「じゃあ、少しだけ。落ち着いたらすぐに戻るから……」

 

「……ちょっとだけだぞ。あと明かりは消すな」

 

 先ほど約束してしまった手前、断りきれなかった銅之助は望未と共にお座敷へ向かった。

 銅之助は布団の上に横になると、壁際の方へ身体を向けた。その隣に望未が寝そべる。

 

「そっち、向いちゃうんだ」

 

「ああ」

 

 抗議を含むような声色の望未に、銅之助は短く返答した。これ以上は譲ることは出来ない。

 諦めたのだろうか。望未は静かになった。

 先ほどから銅之助の心臓が早鐘のように激しく鼓動している。油断すると気が狂いそうだ。モサとはいえ銅之助は思春期の少年である。隣に同年代の女子が寝ているとあっては、平常心を保つことは難しい。

 そんな銅之助の様子を知ってか知らずか、望未が次の行動に移った。

 背中を向けた銅之助にピッタリ寄り添うように、自分の身体を押し付けたのだ。柔らかい二つの膨らみの感触が背中からダイレクトに伝わってくる。

 

「望未!? 話が違――」

 

 これでは動きたくても動けない。無視しているのか、望未は応えない。

 銅之助の全身から汗がドッと吹き出る。これはいかん。これはまずい。どんどんいけない気持ちになってくる。このままでは勢いあまって望未を襲ってしまいそうだ。そんなことをしてはならない。欲望のままに振る舞ってしまったら、昼間の沢庵と同じではないか。銅之助は自分に必死にそう言い聞かせ続けた。

 どれほど時間が過ぎただろうか。

 やがて後ろの望未から微かに寝息が聞こえ始める。

 銅之助は望未を起こさぬよう、そっと布団を抜け出した。

 座敷から下りて、店内の椅子に座る。望未の身体の感触はまだ背中に残っていた。銅之助は悶々とする気持ちを抑えたまま、その場で眠ることにした。

 

◇◆◇◆◇

 

 時間は数時間前に巻き戻る。

 

 ここは所沢の隣国、東村山である。

 その国内のホテルの一室に、二人の若い女性の姿があった。今日の昼間、銅之助と沢庵の闘いを目撃していた執行と音無である。二人はソファに並んで座ってくつろいでいた。

 二人の目の前のテーブルには中身が空になった缶ビールや、おつまみの袋が散乱している。

 

「東村山との話し合いがうまく言ってよかったですね」

 

「あたしらとあいつらの利害が見事に一致したからね。それも全部お前の下調べのおかげさ。感謝してるよ、音無」

 

「そんな執行様ぁ、それほどでもありませんっ」

 

 執行に褒められたことが嬉しかったのか、音無は顔を赤らめながら悶えた。

 

「さあて、これで下準備は整ったけれど。問題はマッチャグリーンがいつ帰ってくるかだねぇ」

 

 執行はテーブルに置いてあったチーズをつまむと、口に運んだ。片手に持ったビールでそれを喉の奥へ流し込む。

 

「今のところマッチャの消息は所沢も掴めていないようです」

 

「となると、あたしの目的が達成できるのはいつになることやら」

 

「しばらく旅が続いておりましたし、マッチャが戻るまでここで休息を取られるのはいかがでしょうか? その……私と、二人っきりで」

 

 音無は媚びるような口調で呟くと、執行の肩にピットリと寄り添った。

 だが執行は彼女の行動を気にも留めず、二つ目のチーズに手を伸ばした。

 

「こんな何もないところにずっといろってのかい? 退屈で死んじまうよ。

 暇潰し用に目を付けていた練馬のモサは知らない坊やに倒されちまうし、どうも最近ついてないねぇ」

 

 チーズを口に放り込み、つまらなそうに執行が呟く。

 

「あの少年については東村山も知りませんでしたし、本当に正体が謎ですね。私が調べておきましょうか?」

 

「いや。あんたも疲れてるだろうし、そこまでさせちゃ悪いよ。

 あたしが直々に探してみるさ。それでもし気に入ったら……んふふっ、あたしが頂いちゃおうかねぇ……あぁ、想像したら興奮してきちまったよ」

 

 執行はゾクゾクする気持ちを抑えきれないのか、唇に付いたチーズのカスを嘗め取ると不敵に微笑んだ。

 

 ハルカ、そして執行。武甲銅之助を中心に、様々な者達が思惑を張り巡らせていく。

 果たして銅之助を待つものは天国か地獄か。

 

◇◆◇◆◇

 

 はいどーも! 国境の関所の窓口お姉さんだ!

 銅之助くん、鼻血を出しちまうなんてモサなのに案外初心なんだなあ?

 何やらきれいなお姉さんたつが銅之助くんを狙っとるみたいだし、オラちっと心配だど。

 年上が好みらしいんけんど、オラもストライクゾーンに入っとるんだべか?

 次はそんな銅之助くんに所沢の大統領さんが、あんま~い罠を仕掛けてくるみたいだど。

 銅之助くんはまんまと手懐けられちまうんだべか?

 

 次回「甘言無用」!

 んだばまず!




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