ローリング☆ガールズ~問答無用~   作:ぽんぴん

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※2016年06月12日:加筆修正しました。

こちらの方が先に書けてしまいましたので、投稿します。


第三話「甘言無用」

 翌朝を迎えた。

 朝、銅之助が目覚めると望未の姿が布団から消えていた。恐らく夜が明ける前に自室へ戻ったのだろう。

 銅之助の肩に薄い掛布団が被さられていたのは、望未の仕業だろうか。

 

「ふむ……」

 

 変な姿勢で眠ってしまったせいか、肩が少し痛い。銅之助は椅子から立ち上がると、両手を上に挙げて身体を伸ばした。

 そして銅之助はお座敷まで行くと、ずだ袋から予備のTシャツを出して着替えた。ズボンは昨日のままだ。

 借りた布団と寝巻を奇麗に畳み、お座敷の端に寄せる。退かしていた机や座布団を戻していると、店の奥から日向代に声を掛けられた。

 

「おはようございます。もうすぐ朝食が出来ますよ」

 

「うむ。おはよう」

 

「昨夜はお楽しみだったようで」

 

 銅之助は盛大に吹き出した。

 

「女将!」

 

「冗談ですよ。あの子があんな大胆なことをするなんて、ビックリしましたけどね。でも、はしたないですから、後でよく叱らなくっちゃ」

 

「うむ。俺も全く同意見だ。よろしく頼むぞ女将。できれば俺のいない時に頼む」

 

「はいはい。かしこまりました」

 

 どこからどこまでかは分からないが、昨夜のことは覗かれていたらしい。

 銅之助は恥ずかしさで赤面した。

 そして銅之助は日向代の後について、森友家の居間へと足を運んだ。ちゃぶ台の前には制服姿の望未がうとうとしながら座っている。

 

「おはよう。望未」

 

「……ひゃっ! あ、お、おはよう!」

 

 銅之助が声を掛けると、望未はビックリした声を挙げて正気に返った。慌てた様子で銅之助に挨拶をする。日向代が料理を運んできて、三人で朝食を摂ることとなった。

 

 その後の望未の様子はどこかよそよそしいものであった。

 まず、銅之助と目を合わせない。顔を赤くしたまま、ずっと俯いている。食もあまり進まないようだ。

 きのう体調不良を疑われた銅之助だが、今度は望未の具合が悪いのではないかと気になってくる。

 

「望未。食欲が無いのか?」

 

「えっ、ううん? そんなことないよ? いつもこんな感じだよ」

 

「そうか? 少し顔が赤いようだが、熱があるのではないか? 俺が測ってやろうか?」

 

「うぇ? えぇぇぇっ!? 武甲くん、なに言ってるの!? そんな、朝から……!」

 

 ますます顔を赤くして狼狽する望未。

 

「お前こそ何を言っておるのだ。ははぁ、さては昨日お前がしたみたいに、おでこをくっつけるとでも思ったのだろう。俺はそんなことはせん。普通に手で測る」

 

「えっ、あ、そうなんだ……」

 

 残念そうに呟く望未。

 銅之助にはなぜ望未がシュンとなったのか、理由がよく分からなかった。

 そんな二人の様子を、日向代は微笑ましそうに見つめていた。

 朝食が終わると、望未は学校へと向かい、日向代は店を開ける準備を始めた。

 

「さてと。どうするか」

 

 学校が終わるまで勝手にどこかへ行くなと、望未には釘を刺されている。日向代の仕事を手伝おうかと思ったが、恩人であることを理由に断られてしまった。

 

「ふむ。望未が帰ってくるまでに戻れば問題あるまい」

 

 銅之助は日向代に少し出かけると伝えると、愛用の木刀を指したずだ袋を担いで、もりともを出た。

 朝のお日様の光が心地よい。今日も快晴だ。

 剣の稽古でもするべく、どこか広い場所を求めて、銅之助はぶらりと歩き出す。

 すると目の前に一台の黒塗りの車が止まった。ドアを開けて運転手が外に出る。

 

「お前か」

 

 銅之助の前に現れたのは、所沢大統領の秘書をしている籾山であった。昨日と同じく、伸びた長髪を後ろで結わえ、ピッチリとしたスーツに身を包んでいる。

 

「お探ししました」

 

「べつに探しに来なくてもよい」

 

 昨日、所沢大統領に会うよう籾山にお願いされて辟易していた銅之助だ。しぜんと口調も厳しくなる。

 

「不愉快に感じられましたら、申し訳ありません。ですがこれも私の仕事なもので」

 

「で、いったい何の用だ。また大統領に会ってほしいと言いに来たのか」

 

「はい。お話が早くて助かります」

 

 銅之助の言葉に、籾山はニッコリとほほ笑む。

 昨日みたいに突っぱねても構わないが、それだとずっと付きまとわられそうだ。それは鬱陶しい。恰幅の良い男に横にいられては、剣の稽古に集中できない。

 

「……よかろう。大統領に会ってやろう。会えば、お前の気が済むのだな?」

 

「はい。こちらへどうぞ」

 

 籾山は、車の後ろのドアを開けて銅之助を呼んだ。

 

「うむ」

 

 銅之助が席に座ると、籾山も運転席に入り、車を走らせ始めた。ほどなくして車は所沢大統領府へ到着する。

 車を降りて、急須に似た特徴的な建物を見上げる銅之助。個性的な建物だが、旅慣れた銅之助は驚かなかった。

 今のご時世、地元色の強い建物はどこにでも存在する。直前まで銅之助が滞在していた東京でも、かつての国会議事堂の外壁がアニメキャラのイラストで全面塗装されていたのを見てきたばかりであった。

 籾山に案内されて、銅之助は大統領の執務室へ足を踏み入れる。

 

「武甲様をお連れしました」

 

 窓際にある大きな机に座っている御園ハルカに籾山が告げた。ハルカは銅之助達に気付くと立ち上がってお辞儀をした。

 

「初めまして。私が所沢国大統領、御園ハルカです」

 

「武甲銅之助だ」

 

 お辞儀をするハルカに、銅之助も頭を下げる。

 年上美人のハルカに見惚れそうであった銅之助だが、相手が所沢大統領ということを思い出し、気を引き締めた。

 

「昨日の練馬国との一件。国を代表して御礼を申し上げます。

 すでにご存じかとは思いますが、いま我々の自警団団長とモサは所沢を留守にしています。

 あなたが居合わせてくれなければ、今ごろ所沢は破壊され、この国は練馬のものになってしまっていたでしょう」

 

「俺はあの者の狼藉を見かねて剣を振るっただけだ。礼を言われるほどの事はしておらん」

 

「そんなご謙遜を……武甲様、実は折り入ってお願いしたいことがあります」

 

 ハルカは銅之助の瞳をジッと見つめながら続けた。

 

「このままモサとして、所沢国に仕えてはいただけないでしょうか」

 

「俺を雇いたいと?」

 

「はい」

 

 やはり、と銅之助は思った。実はこのような展開は始めてではない。

 銅之助は今まで渡り歩いてきたいくつかの国で、同じような申し出を受けていた。

 国と国との争いが頻発している昨今。ツインタワー宣言により、話し合いで解決できない国同士の紛争は、自警団の代表者同士による対決で解決しなければならない。

 その際の代表者は、ほとんどの場合がモサとなる。このためどの国も強いモサを手に入れたいというのが実情なのである。

 ましてや所沢の場合、国内にいるモサはマッチャグリーン一人だけと聞いている。今回のように彼が不在の場合に備えて、予備の懐刀が欲しいといったところか。銅之助はそう推測した。

 

「謹んでお断りする。俺は未熟者だ。今はさまざまな国々を回り、剣の腕を磨きたいと考えている。仕官する気はない」

 

 銅之助はキッパリと断った。

 しかしハルカは眉一つ動かさなかった。この答えも予測のうちに入っていたからだ。

 

「仕官とは、また時代が掛かった言い方ですね。せめて、詳しいお話だけでも聞いていただけませんか? 所沢のモサになっていただければ衣食住は保障致しますし、報酬もそれなりにお支払するつもりですが」

 

「……」

 

 銅之助はハルカの話を黙って聞いている。

 相手に喋らせたいだけ喋らせ、最後に改めて断りを入れる。しつこい相手に対して、銅之助はいつもそうしていた。

 言いたいだけ言わせれば、相手も気が済むだろうというのが銅之助の考えなのである。

 ハルカも粘り強く高額の報酬や待遇を提示してみた。だが、一向に食いついてこない銅之助に若干の苛立ちを覚え始める。

 そこでハルカは方針を変えることにした。

 古来から流れ者が欲しがるのは金と名誉、そして女であることが多い。ましてや相手は年頃の少年だ。異性に興味が無いわけがない。

 金と名誉に靡かない銅之助に対し、ハルカは手を変えて攻めることしたのである。

 

「そういえば、武甲様は一人の女子高生を助けるために剣を振るったとお聞きしましたが」

 

「……成り行きだ。郊外から爆発音がするので行ってみれば、大男が望未を襲おうとしていた。だから助けた。それだけだ」

 

 それまで沈黙を貫いていた銅之助が、口を開いた。しかも早口で捲し立てるように。

 どうやらハルカの意図を掴みかねているようだ。

 攻めどころを見つけた――ハルカはそう確信した。

 

「その少女は望未さんというのですか。呼び捨てにするだなんて、ずいぶん親しい間柄のようですが……昔からのお知り合いでしょうか?」

 

「いや、きのう初めて会った」

 

「そうでしたか。ところで武甲様。あなたはこの所沢へは初めていらしたご様子。

 慣れない土地でモサの活動をしていただくのは、何かとご不便でしょうね。

 こういうのはいかがですか? その望未さんを武甲様の助手につけるというのは」

 

「助手?」

 

「ええ。昼夜を問わず一緒にいていただき、武甲様のサポートを行って頂きます。

 助手というほどではありませんが、わが所沢のマッチャグリーンも団長の有徳抹茶未(うとくまさみ)に何かと援助を受けております。

 武甲様も、年頃の女の子にあれこれ世話を焼いていただくのは嬉しいのでは?」

 

 ハルカの思わぬ申し出に、銅之助は黙った。

 頭の中に望未の姿が浮かんだ。あの自分と同年代の可愛らしい少女に世話を焼いてもらう――

 武甲銅之助十五歳。その人生の大半を剣術に打ち込んできた彼ではあるが、一皮むけば只の思春期の少年に過ぎない。

 ハルカの提案は抗いがたい魔力のように銅之助の心を乱していく。

 ふだん表に出さないようにしているつもりの、女性に対する欲求や願望がここぞとばかりに膨らみ始める。年上好きの銅之助から見ればややストライクゾーンから外れている望未だが、それを差っ引いてもハルカの提案は魅力的であった。

 つまるところ、銅之助の心は傾き始めていた。だが、彼にはどうしても確認しなければならないことがあった。

 

「ちょっと待て。いま言った団長というのは、この国の自警団のことだな。

 有徳抹茶未というのか? 俺の聞き間違えでなければ、女の名前に聞こえたのだが」

 

「え、ええ……我が国の自警団の団長、宇徳は女性ですが。それが何か?」

 

 要領を得ない銅之助の質問にハルカは眉をひそめる。

 有徳抹茶未。ハルカの話が本当であれば、彼女こそが望未の言っていた「ま~ちゃん」に違いない。

 ま~ちゃんが望未の想い人、つまり男だと思っていた銅之助はここでようやく誤解に気付いた。

 だとすると、きのう銅之助が沢庵に言ったことの一つはとんだ見当違いということになるのだが、そんなことは今さらどうでもいい。

 

 問題は望未だ。

 ま~ちゃんについて話しているときの彼女の様子は、まるで恋しているかのようであった。銅之助から見て、あれは同性を思ってする顔ではなかった。

 もしかすると望未は女性が好きなのだろうか。

 そう考えると、望未が時折り見せる大胆な行動にも説明がついた。額をくっつけて熱を測ってきたのも、添い寝を頼んできたのも、あれは男というものに興味が無いからだ。だから、ああいったことができたのだろう。

 

「なんということだ……」

 

 昨日知り合ったばかりの少女の意外な一面に、銅之助は愕然とした。ごく普通のどこにでもいるような少女だとばかり思っていたが、人は見かけによらないものだ。

 人の好みをとやかく言うつもりは銅之助には無い。只々、驚くばかりであった。

 

「あの、武甲様?」

 

 急に考え込み始めた銅之助に、ハルカが恐る恐る話しかける。その声に銅之助は我に返った。

 

「あ、いや、すまん。知人の思いがけない姿を知ってしまったものでな。ちとビックリしておった」

 

「武甲様は、宇徳とお知り合いで?」

 

「いや。会ったことはない」

 

「……そう、ですか?」

 

 全く状況が呑み込めないハルカだが、これでは話が進まないと、コホンと咳払いをして仕切り直すことにした。

 

「話を続けてよろしいでしょうか。望未さんを助手にするという条件で、所沢のモサになっていただけないでしょうか」

 

「ふうむ」

 

 ハルカの提案について銅之助は再び考えてみる。だが望未の真の姿を知った今となっては、先ほどとは感触が変わっていた。

 望未は女性が好きなのだ。男である自分の世話などしたくはないだろう。それを強要するのは酷というものだ。

 

 銅之助は落ち着きを取り戻し、先ほどまで傾きかけていた心は元に戻りつつある。

 彼の表情からそれを読みとったハルカは内心焦った。年頃の少年など、女子をあてがえばホイホイ言うことを聞くだろうという打算が崩れようとしていた。

 それは困る。首に縄を付けてでも、銅之助を所沢に留めておきたい。それだけの理由を彼女は胸に秘めているのだ。だがどうすればよいのか。

 軽く唇を噛んだハルカの頭に次の一手が浮かんだ。

 

「望未さんがお気に召さないのであれば、所沢の別の女性を助手にすることもできますが。

 所沢の女性でしたら、誰でも構いませんよ」

 

「なにっ」

 

 ハルカの言葉に銅之助が初めて食いついた。

 昨日初めて入国したばかりの銅之助にとって、所沢で顔を知っている女性は少ない。

 望未、プロペラーズの事務所で会った名前も覚えていない女性団員達、そして望未の母の日向代くらいだ。日向代は年上好きの銅之助のストライクゾーンに位置する女性であった。

 そんな日向代にあれこれ世話をしてもらえる――そう考えた瞬間、銅之助の心は再び傾き始めた。いや、だが、ちょっと待て。お世話と言っても、どれくらいまでのことをしてもらえるのか。それを確認せねば。甘い話には裏があるものだ。勢いで返事をしてはならない。

 

「一つ訊ねたいのだが……助手というのは……その……あーん、をしてくれるものなのだろうか?」

 

「あーん……?」

 

 ハルカの頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。

 

「いやほら、若い男女がよくやるであろう! 女が食べ物を相手の口に持って行って、あーん……と!」

 

 銅之助は赤面しながら、身振り手振りを交えてハルカに説明する。

 ようやく合点がいったハルカは心の中で笑みを浮かべた。

 このまま押せばいける、と。

 

「はい。助手はモサのサポートをするのが仕事ですから。武甲様が望めば、あーんどころか食べ物を口移しで運んでもらうことも……」

 

「く、口移し!? いや、それは俺には早すぎる!」

 

 思わず想像してしまった銅之助は両手で頭をクシャクシャにして悶えた。

 

「でっ、では、膝枕はしてもらえるのかっ!?」

 

「はい。ついでに耳掃除もお願いしてみてはいかがでしょう?」

 

「それは素晴らしい!」

 

 銅之助は興奮して自分の膝を叩いた。

 長年蓄積されてきた妄想の種は尽きない。挙句の果てには東京国でお土産にもらった、バニーガールの衣装を袋から取り出し、これを助手に着てもらえるのかとハルカに確認する始末だった。

 ハルカはそれらを全て肯定した。

 こんなやりとりが、かれこれ数十分は続いた頃。いい加減うんざりしきったハルカは話をまとめることにした。

 

「武甲様? それでは武甲様が気に入られた女性を助手にするという条件で、私に雇われていただけますか?」

 

 おう、と返事を仕掛けた銅之助だが、寸前のところで重要なことを思い出した。

 会ったことはないが、日向代には旦那がいる。既婚の女性に、あんなことやこんなことをしてもらうのはまずい。

 そんなことをしたら望未にも責められそうだ。望未はああ見えて、時々グサリとくることを言う。お爺ちゃんみたい、程度ならまだいいが、日向代に膝枕などさせている姿を目撃されたら何を言われるか分かったものではない。

 かといって、銅之助には他に女性の心当たりが無かった。

 年上で、落ち着いていて、美人。そんな女性は他には――いや、ちょっと待て。いるではないか。

 考えをまとめた銅之助はハルカに向かって言った。

 

「ああ。俺が選んだ女性を助手にしてくれれば、ここのモサとして働いてやってもいい。

 あ、モサにはなるのだが、決して助手に釣られたわけではないぞ。

 所沢の人々が困っているようなので、仕方なくモサになるのだ。そこのところ、誤解されぬようお願いしたい」

 

 少し恥ずかしくなったのか、今さら表面を取り繕ってみる銅之助。

 ここで迂闊に刺激してはいけないと、ハルカも笑みを浮かべて頷いた。

 

「承知しております。ちなみに、助手にしたい方というのはどなたでしょうか?

 やっぱり望未さんかしら?」

 

 ハルカは机の上の書類入れから契約書を取り出しながら、銅之助に尋ねた。

 

「あんただ」

 

「……は?」

 

 顔を引きつらせて、ハルカが固まった。

 今まで事の成り行きを黙って見つめていた籾山も同じように硬直している。

 

「聞こえなかったか? あんただ。所沢大統領、御園ハルカ殿。俺はあんたを助手にしたい」

 

「なっ、なっ、なぁっ……!?」

 

 それまで落ち着き払っていたハルカが初めて取り乱した。

 ハルカにとって、まったく予想外の回答であった。慌てすぎて、取り出しかけていた契約書をクシャッと握りつぶしてしまったほどだ。

 

「ご冗談……ですよね?」

 

 なんとか作り笑いを浮かべるハルカ。

 

「いや、冗談などではない。あんたに俺の助手になってもらいたい。

 所沢の女性なら誰でも構わないと言ったではないか」

 

「確かに、言いましたが……」

 

 ハルカは言葉を濁らせる。

 自分で言ってしまった以上、覆すのは難しい。だが何としてでもこの状況を何とかしなければ。ハルカは先ほどまで銅之助の妄想をさんざん聞かされたばかりだ。このままでは彼の要求を全て自分が受け入れなければならない。それは彼女にとって耐えられることではなかった。

 

「さあ、さっさと契約書にサインをさせてくれ。あんたほどの美人にあれこれしてもらえるかと思うと、もういてもたってもおられんのだ」

 

「私には所沢大統領の仕事があります。あなたの助手をしている時間はありません」

 

「ふむ。仕事はそこの籾山とかいう秘書に任せるがよい。

 どうせ部下の報告を聞いてハンコを押すとか、そんなもんであろう」

 

「そんな簡単なものではありませんっ! だいたいどうして私なんですかっ!

 私なんかより、他にもっと若くて奇麗な子がいるでしょうっ」

 

「いや、お前がいい。お前でなければ駄目なのだ」

 

「なっ……!?」

 

 半ば告白のような台詞にハルカは言葉を失う。

 大統領の仕事で忙殺される日々を送っている彼女にとって、年下とはいえ男性からストレートに自分を求められるのは久々であった。いや、もしかしたら初めてかもしれない。女としての本能が呼び出され、胸の奥が甘く疼いてしまう。悪い気分ではなかった。

 銅之助はまっすぐハルカの瞳を見つめている。その視線に耐えきれなくなったハルカは頬を赤らめ、目を伏せてしまう。

 

「あ……そ、その、どうして私なのよ? こんなオバさんなんて、興味ないでしょう……?」

 

 顔の前で人差し指を重ねて手慰むハルカ。体もモジモジしていた。

 前日には籾山の前で、銅之助を絡めとると息巻いていたハルカだが、今はすっかり銅之助の言葉に惑わされてしまっていた。

 いわゆるミイラ取りがミイラに、というやつである。

 

「いやそんなことはない。俺から見て、あんたはとても魅力的だと思う」

 

「魅力的……! あの、あんた、じゃなくて……ハルカって、呼んでもらえないかしら?」

 

「わかった。ハルカ。お前が欲しい。俺の助手になってくれ」

 

 銅之助の言葉がハルカの胸を甘く激しく貫いた。ハルカは口がパクパクとし、誰から見ても正常ではない様子だった。

 

「あ、あの……私……」

 

「……武甲様。大統領も困られているご様子。回答はまた後日ということで」

 

 陥落しそうなハルカを見かねて、籾山が横から口を挟んだ。

 

「そうか。それでは仕方がないな。確かにすぐには決められぬだろう」

 

 ハルカに背を向けて、あっさりと引き下がる銅之助。

 

「え? え? ちょっと待っ――」

 

「それではハルカ。返事は今度聞かせてくれ」

 

 そう言って歩き出そうとする銅之助。

 状況に取り残されたハルカがポカンとした顔をして銅之助と籾山を交互に見る。

 

「あ、熱中症の人」

 

 銅之助が執務室を出ようとすると、頭上から声を掛けられた。

 銅之助が見上げると、執務室の二階のテラスのような場所から、金髪の少女が身を乗り出して三人を見下ろしている。

 

「誰だお前は?」

 

 銅之助は少女に見覚えがなかった。首を傾げて考えてみるが、やはり顔を見た記憶が無い。だがあの舌っ足らずで、幼い感じの声はどこかで聞いたことがある気がした。

 

「千綾(ちあや)様! そんなことをしたら危のうございます!」

 

 籾山が声を荒げる。声の音量にビクッとした少女がバランスを崩した。そのまま一階部分に向けて落下してしまった。

 

「う、うわわっ!」

 

「千綾!」

 

 ハルカが叫んだ。銅之助は肩に背負っていたずだ袋を投げ捨てると、千綾を見据えたまま両手を広げる。次の瞬間、落ちてくる千綾を銅之助は受け止めることが出来た。

 

「ビックリした……」

 

「それはこっちの台詞だ」

 

 呆けたように呟く千綾を抱きとめながら、銅之助が言った。

 

「千綾、怪我はない!?」

 

 ハルカが二人の元へ駆け寄ってくる。

 

「うん。大丈夫」

 

「まったくもう、あんな危ないことしちゃ駄目じゃないの」

 

 ハルカは叱りながら、千綾の頭を撫でた。

 

「えっと、ごめんなさい、お母さん」

 

「お母さん?」

 

 ハルカに謝る千綾の言葉を聞いて、銅之助が首を傾げる。

 

「千綾様はハルカ様の娘なのです」

 

「なんと。そうだったのか」

 

 籾山の説明を聞いて、銅之助は納得した。

 長い金髪に、異国人みたいに透き通るような肌。言われてみればハルカに似ている気がする。ただし髪の毛はハルカと比べて所々ハネていた。

 年齢は望未と同じくらいだろうか。いや、望未より少し背が小さいから、年下かもしれない。

 薄い青色の花の髪飾りを両サイドに付けており、襟に白いファーが付いた緑色のフィールドジャケットを羽織っていた。

 

「ねぇ、降ろして?」

 

「おう」

 

 千綾が銅之助のシャツを引っ張って催促する。銅之助は腕の中の千綾を床に降ろすと、膝を曲げて彼女に尋ねた。

 

「お前、千綾って言うのか。俺のことを知っている様子だったが、どこかで会ったか?」

 

「熱中症の人、覚えてない?」

 

 銅之助を見つめてキョトンとする千綾。

 

「だからその熱中症の人、というのは何だ? ん? 待てよお前……」

 

 銅之助は千綾の姿をまじまじと見つめる

 。彼女の来ているジャケットをどこかで見た気がしたからだ。

 それに金髪、熱中症、特徴的な幼い声。今まで点となって散らばっていた情報が線で繋がっていく。

 

「ああ、もしかしてお前、もりともの客か? 今日はあのガスマスクは付けなくていいのか」

 

「あれは外に行くときだけ。絶対に付けろって、お母さんが」

 

「おいハルカ。ガスマスクはどうかと思うぞ」

 

「この子は体が弱いのよ。だから仕方がないの」

 

「ふむ。そんな理由があったのか」

 

 母親が言うのならきっとそうなのだろう。やや過保護な気もするが、銅之助は納得することにした。

 

「ねえねえ、熱中症の人はお母さんの知り合い?」

 

「まあそんなところだ。今日初めて会った。それから熱中症の人はやめろ。

 俺は銅之助。武甲銅之助だ」

 

「ぶこう、どうのすけ。ちょっと言いにくいね?」

 

「俺もそう思う」

 

「私は千綾!」

 

「知っている。さっきハルカと籾山から聞いた」

 

「お母さん、籾山、どうして先に言っちゃうの!」

 

 自分で名乗りたかったのだろうか。千綾は頬を膨らませて二人に抗議した。

 ぷりぷりと怒る様子が小動物みたいで可愛らしい。

 

「ご、ごめんね千綾? さっきは慌ててたから咄嗟に」

 

 千綾に責められて、おろおろするハルカ。最初の澄ました雰囲気からはとても想像できない姿であった。今の方が人間味が感じられてハルカに似合うと銅之助は思った。

 

「ねぇ、武甲、いま暇?」

 

 千綾がくるりと銅之助の方を向いた。

 

「籾山。いま何時(なんどき)だ?」

 

「まもなく10時です」

 

 腕時計を見た籾山が答える。

 望未が学校から帰ってくるのはだいたいお昼頃だと銅之助は聞いていた。何でそんなに早いのかと望未に尋ねたら、もうすぐ終業式だから、とのことであった。

 大統領府と望未の家はそんなに離れていないから、もうしばらくはここにいても大丈夫だろう。

 銅之助は籾山に礼を言うと、千綾の方を向いた。

 

「暇と言えば暇だが、俺に何か用か?」

 

「私と武甲、一緒に遊ぶの!」

 

「遊ぶ?」

 

「……もしよろしければ、付き合っていただけないでしょうか。この子は病弱で、学校にも行けていないんです。きっと、武甲様のような同じ年ごろの子と話せて嬉しいんでしょう」

 

「そうであったか」

 

 ハルカの話しを聞いて、千綾に同情した銅之助は一肌脱ぐことにした。

 

「千綾。俺でよければ、遊んでやろう」

 

「やったぁ!」

 

 千綾は両腕をバンザイして喜んだ。

 

「で、どこで何をして遊ぶ?」

 

「武甲様。外で激しい運動などは控えていただけますと……」

 

 念のためハルカが釘を刺すと、銅之助は頷いた。

 

「安心しろ。ちゃんと心得ておる。千綾、部屋の中で遊ぼう」

 

「わかった! 武甲、こっち来て」

 

「おい、そんなに引っ張るな」

 

 千綾は銅之助の手を取る。千綾の自室は二階のテラスに続く階段を上った先にあった。千綾はそこへ銅之助を連れて行くつもりなのだ。

 銅之助は荷物が入った袋を掴むと、そのまま千綾と共に去っていく。

 

「千綾様、楽しそうでしたな」

 

 感慨深そうに籾山が呟く。

 病弱なため、学校に通えていない千綾には同年代の友達がいなかった。

 多忙なハルカに代わって籾山がたまに遊び相手を務めていたのだが、歳が離れているせいか、つまらなそうにしていることが多かった。

 

「それはいいんだけど、あの武甲っていう子、千綾に変なことをしたりしないでしょうね?」

 

 階段を上がっていく二人を見て不安そうに漏らすハルカ。

 

「歳が近いですからな。若干の不安はありますが……あまり心配なようでしたら、何か差し入れる振りをして様子を見に行かれてはいかがでしょう」

 

「そうね。絶対そうするわ」

 

 籾山のアドバイスにハルカは頷いた。

 

「それはそうと。ハルカ様。武甲様の助手の件は如何なさいますか? まさか本当にハルカ様が……」

 

「……さっきはどうかしてたわ」

 

 そう。本当にどうかしていた。場の雰囲気に流され、籾山の助けが無ければ銅之助の助手となることを了承してしまっていただろう。そうすればバニースーツを着させられ、彼にあんなことやこんなことをしなければならない。想像しただけでハルカは顔から火が出そうになった。

 

「とにかく助手の話には食いついたから、作戦自体は間違っていないと思うの。問題は生贄ね」

 

「生贄、ですか」

 

「言い方が悪いのは分かってるわ。でもね、実際そうでしょう?

 まあ、武甲とかいう子のことが好きで、喜んでお世話してくれるような女の子がいれば話は別だけれど」

 

「例の、武甲様が助けた望未という少女はいかがでしょう。

 危機一髪のところを救われたのですから、彼に好意を持っているかもしれません」

 

「そうね。やっぱりその子に頼むのが一番ね。籾山、説得をお願いできるかしら」

 

「かしこまりました。すぐに行って参ります」

 

 籾山はハルカに礼をすると、足早に執務室を出て行った。これで一安心だ。籾山ならきっと少女を説得してくれる。

 安堵したハルカの意識は千綾の部屋へ入って行った二人に移っていった。

 しばらくしたら様子を見に行こう。そう考えながら、溜まっている仕事を片付けるべく、ひとまずハルカは机に戻った。

 

 籾山が大統領府を出発した頃、銅之助は千綾の部屋にいた。

 女の子の部屋に入るという経験は銅之助にとって珍しいものであった。なぜかついそわそわしてしまう。

 部屋の中は女の子らしく奇麗に片付いていた。千綾はたこ焼きが好きなのだろうか。部屋の中にたこ焼きを模したアイテムが所々に置かれている。

 よく見ると千綾自身もたこ焼きのような模様が入ったスリッパを履いていた。

 

「千綾はいつも何をして遊んでいるのだ?」

 

「いつも? ご本読んだり、写真撮ったり、ときどき猫さんと遊んだり?」

 

「猫さん?」

 

「ときどき遊びに来るの」

 

「そうだったのか」

 

「うん」

 

 やはり一人遊びばかりのようだ。せっかくだから、普段とは違う遊びをしてやりたい。

 しかし女の子と遊んだ記憶が銅之助にはあまりなかった。彼には幼いころからベッタリと付きまとってくる幼馴染がいたが、小学校に入ったころには気恥ずかしさから避けるようになってしまった。

 あと両親が生きていた頃には姉にもよく遊んでもらった。

 そういえば剣の師匠である藤原春の娘、藤原桃(ふじわらもも)とも稽古や家事の合間に面倒をみてやった覚えがある。

 なんだ。こうしてみると、そこそこ経験はあるではないか。はて、そのとき何をしていたか。銅之助は腕を組んで思い出そうとする。

 

「武甲、考えごと?」

 

「ああ、何をして遊ぼうかと思ってな。千綾は何かやってみたいことはあるか?」

 

「えっとね。おままごと!」

 

 千綾の回答に銅之助は大きく噴き出した。

 

「……すまん。それ以外で頼む」

 

「どうして? おままごと、嫌?」

 

「俺が耐えられそうにない」

 

 銅之助が断ると、千綾も指を顎に当てて他の遊びを思案し始める。

 どうやらすんなり諦めてくれたようで、銅之助はホッとした。

 だが油断してもいられない。また変な遊びを言い出されかねない。代案を提示せねば。それも早急に。

 

「じゃあ、お医者さんご――」

 

「こういうのはどうだ? 千綾」

 

 何やら口走りかけた千綾を制するように、銅之助は袋に手を突っ込む。彼が取り出したのは四角い形をした色とりどりの紙の束だった。

 紙の表面には鮮やかな模様が印刷されている。いわゆる千代紙である。

 

「わあ、きれい。これ、どうやって遊ぶの?」

 

「ふむ。よっく見ておれ」

 

 銅之助は慣れた手つきで千代紙を折り始めた。

 千綾は目を輝かせながら、その様子を見つめている。ほどなくして、一体の鶴が出来上がった。

 

「鳥さん?」

 

「鶴だ」

 

「すごいすごい!」

 

 銅之助が折った紙鶴を手に取ってはしゃぐ千綾。そんな彼女を横目に、銅之助は千代紙で2つ目の作品を作っていく。

 

「できたぞ。次はカエルだ。しかも跳ねる」

 

「ちっちゃくてかわいい! ねえ、鶴さんとカエルさん、私にも作れる?」

 

「もちろん出来るぞ。俺が教えてやろう」

 

「うんっ、私が作って、お母さんに見せるの」

 

「そうかそうか。では、俺が作るのをよく見て覚えるのだぞ」

 

 銅之助は千綾の目の前で、鶴とカエルの折り方をゆっくりと実演するのだった。

 それから十分後。今度は千綾が一人で鶴を折り始めている。千代紙を初めて触る千綾には難しいらしく、悪戦苦闘中だ。

 銅之助は千綾からハサミと数本のマジックペンを借り、彼女の横で千代紙を使った工作をしている。

 

「武甲、なに作ってるの?」

 

 銅之助が気になったのか、千綾が手を止めて訊ねる。

 

「これか? 姉様人形だ」

 

「あねさま、にんぎょう?」

 

「昔の子供が遊ぶ時に使っていた、紙で出来た少女の人形だ。

 俺が小さい頃に姉上が作ってくれたのを思い出してな」

 

「武甲、お姉さんがいるの?」

 

「ああ……よし、出来た。意外と覚えてるものだな」

 

 話しているうちに銅之助は工作を終えた。

 完成したのは、黒い長髪の女の子が着物を着た、手のひらサイズの人形だった。

 黒髪の部分は紙をマジックペンで黒く塗りつぶし、顔は模様が印刷されていない裏地を使って表現していた。また、顔の丸い部分は紙を折るだけでは再現できないため、予めハサミで切って形を整えている。

 

「お人形さん、着物着てるね」

 

「うむ。やはり姉様人形を作る時は千代紙が一番だな。折り紙だと柄が無いから、どうしても地味になる」

 

「これ、武甲のお姉さん?」

 

「ああ。髪型を少し似せた。たしか姉上が作ったときは、母に似ていた気がする」

 

「ねぇ武甲、私も姉様人形、作ってみたい」

 

「これは難しいぞ?」

 

「大丈夫! あのね、お母さんと私を作るの!」

 

「親子の人形か。それも面白いかもしれんな。だが、頭の部分は難しいから俺がやる。千綾は身体を作ってくれ」

 

「うん、わかった」

 

 銅之助と千綾が部屋へ行ってから三十分が経過した。

 そのあいだハルカは執務室で書類仕事を行っていたが、二人の様子が気になってしまい、どうしても集中出来なかった。一緒にいるのが男の流れモサとあっては尚更である。

 一般的に流れモサは荒っぽいものが多いと世間では思われている。

 ハルカはあの少年が変な気を起こさないか心配であった。

 しかも部屋のドアが厚いため、中の話し声はハルカの耳まで届いてこない。それがハルカの不安を煽った。

 二人はいったい何をしているのか。まさか何も知らない千綾を銅之助が騙して、いかがわしいことをしているのではないか。

 そんな妄想がハルカの脳内に拡がっていく。

 そこでは衣服をはぎ取られ下着姿になった千綾を、銅之助が乱暴に押し倒していた。

 

『ぐぇっへっへっへ。千綾よ、大人しく俺の物となれー』

 

『あーれー、なりませぬー、なりませぬー、たすけてー、おかーさーん』

 

 パキッと音がした。使っていたペンをハルカは握りつぶしていた。

 やはり二人っきりにしたのがそもそもの間違いだったのだ。年頃の男の子など、異性のことで頭がいっぱいのはず。ハルカはそう思っていた。

 心配が極限まで達したハルカは、籾山のアドバイス通りに紅茶とお菓子をお盆に用意して、千綾の部屋の前へ向かった。そっとドアに耳を当てて、中の様子を伺ってみる。

 

「んんっ、あともう少し……いや、無理だ。大きすぎて入らん」

 

「武甲、がんばって。私もう、我慢できないよ」

 

「ちょっと待ってくれ。お、なんとかいけそうだ。このまま一気に押し込めば……」

 

「あ、あぁっ! そんな乱暴にしちゃだめぇっ、千綾、もう壊れちゃうぅっ!」

 

「何やってるのあなたたちっ!?」

 

 バンッと大きな音を立てて、ハルカは勢いよくドアを開けた。ハアハアと息を荒げながら、室内の様子を確認する。

 

「……あら?」

 

 ハルカの想像とは異なり、二人はちゃんと服を着てカーペットの上に並んで座っていた。何かを作っていたのだろうか。銅之助達の周りにはハサミやマジックペンといった道具や、細かく刻まれた紙のようなものが散乱している。

 銅之助は人形の頭と胴体のようなものを、それぞれの手に持っていた。

 

「どうしたのだハルカ。そんなに血相を変えて」

 

「お母さん、大丈夫?」

 

「……なんでもありません。よろしかったらお茶でもと思いまして」

 

 ハルカは何とか平静を装いながら、二人の前にお盆を置いた。

 激しいアクションをした割には奇跡的に紅茶とお菓子は無事であった。

 二人と向かい合うようにハルカも腰を降ろす。

 

「かたじけない。馳走になる」

 

 そう言ったものの、銅之助は作業を続けている。切りのよいところまでやってしまいたいのだろう。

 

「あの、武甲様。それは?」

 

「これか。千代紙で作った人形だ。千綾に頼まれて、二人で手分けして作っているところだ。

 この小さい方の人形の首が大きすぎてな。なかなか胴体に入らなくて困っている」

 

「頭は武甲で、体は私が作ったの。これ、お母さん! あっちは私の人形!」

 

 千綾はそう言うと、先に出来上がっていた母親似の人形を嬉しそうにハルカへ手渡した。

 先ほどドアから聞こえたやり取りは、千綾をモデルにした人形の胴体に、銅之助が無理やり首を押し込めようとしたのを千綾が止めていたところだったのである。

 ハルカは銅之助が千綾を襲っていると思い込んでしまったが、それが誤解であることを知り、ようやく安心した。

 

「まあ」

 

 人形の出来栄えにハルカは素直に感心した。胴体は着物を着ているが、髪の毛はマジックペンで黄色く塗られていた。恐らくハルカの金髪を模したのであろう。

 

「これも武甲に教えてもらって、私が作ったの。今度、お母さんに作り方を教えてあげるね?」

 

 銅之助の作業を待つ間に作った紙の鶴とカエルをハルカに見せ、千綾は楽しそうに微笑んだ。

 それはハルカが久しぶりに見た千綾の笑顔であった。

 

「千綾……!」

 

 紙人形を持ったまま、ハルカが千綾を抱きしめる。

 

「いつも寂しい思いをさせてごめんね……お母さん、絶対にお休みをとって、千綾に作り方を教えてもらうから」

 

「うん、お母さん……それまで私、いい子で待ってるね」

 

 ハルカの瞳の端に、涙が潤んでいた。千綾の温もりを確かめるように、娘を抱きしめる力を強くする。千綾も目を閉じてそれに応えた。

 

「よし、できたぞ」

 

 銅之助は呟くと、完成したばかりの小さな紙人形を千綾に手渡した。そしてハルカが用意した紅茶を一気に飲み干すと、自分の荷物を持って立ち上がった。

 

「俺はこれにて失礼する。親子水入らずを邪魔するのは心苦しいからな」

 

「武甲」

 

 部屋から出て行こうとする銅之助を千綾が呼び止める。

 

「また、遊びに来てくれる?」

 

 一瞬答えに詰まった銅之助がハルカに視線を送る。ハルカは銅之助に向かって頷いた。

 

「ああ。またそのうちにな。そうだ、今度は千代紙でたこ焼きを折ってやろう」

 

「たこ焼き!? うん、待ってる!」

 

「うむ。それではさらばだ」

 

 銅之助は千綾に手を振りながら部屋を出た。そのまま大統領府の建物を後にする。そして手近の茶畑の側へ腰掛けると、ずだ袋から愛用の木刀を取り出して語りかけた。

 

「日河白鳳よ、また俺の悪い癖が出てしまった」

 

 自分を雇いたいとハルカに最初に言われたとき、銅之助は断るつもりであった。

 だが、ハルカに出された助手の提案に心がぐらついた。興奮して自分を見失ってしまった。

 

「女子(おなご)に惑わされるのは、いい加減にしなければな。問題は助手の件だが……」

 

 忙しいハルカのことだ。自分が助手になるという条件は呑み込めないだろう。

 だとすれば代わりの女性を連れてくる可能性がある。それも銅之助の好みのタイプの女性だ。

 もしそうなったとしても、今回のように乗り気になってはならない。全国を回り、剣の腕を磨きたいという目的が銅之助にはあった。一か所に留まっていては、それが行えない。冷静になった銅之助はそう考えている。

 今回は半ば保留にした状態で出てきてしまったが、次にハルカに会ったときはきっぱり断ろうと銅之助は思った。

 

「よし。これから先、どんな美人が目の前に出てきても、俺は決して誑かされたりせぬ。

 日河白鴎、俺の相棒よ。俺はお前に対して誓おう」

 

 銅之助は木刀に包帯を巻き、袋に戻すと意気揚々と立ち上がる。

 千綾と遊んでいたせいで、だいぶ時間が経ってしまった。急いで戻らないと出掛けたことが望未にバレてしまう。

 

 望未といえば、彼女が同性が好きというのも驚いた。だがこれはデリケートな問題だから本人の前では触れないでおこう。

 銅之助は一人で頷くと、もりともへ向かって足早に歩き出した。

 そんな銅之助を遠くから見つめている人影があったことに、彼は気づいていなかった。

 

「おやまぁ、意外とあっさり見つかったもんだね。それじゃ、ちょいと吟味させてもらおうかね」

 

 銅之助を視界に捉えながら、執行が呟く。その顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。

 

 所沢国に雇われるという事態をいったんは回避できた銅之助。

 だが、ハルカはまだ銅之助を諦めてはいない。そして彼に妖しく接近するもう一人の美女、執行。

 そしてハルカの娘、千綾との出会いはこれから銅之助に何をもたらすのか。

 

◇◆◇◆◇

 

 はいどーも! 国境の関所の窓口お姉さんだ!

 所沢の大統領さん、お固いように見えてけっこう言い寄られると弱いタイプみたいだなぁ?

 銅之助くんもああいうことを軽々しく女子に言っちゃいかんど?

 次は銅之助くんが気になり始めた望未ちゃんが大暴走!?

 いや~っ、若いってのはええもんだべなぁ? オラも昔を思い出してまったぞ!

 次回「恋歌(れんか)無用」!

 んだばまず!




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