ローリング☆ガールズ~問答無用~   作:ぽんぴん

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※2016年06月12日:加筆修正しました。

大変お待たせしました。
第四話目を投稿します。


第四話「恋歌無用」

 その日、望未は何だか調子がおかしかった。

 いつも通りに学校へ行き、授業を受ける。すると不意に銅之助の顔が浮かんでは消えた。

 ついつい、家に残してきた彼はどうしているだろうかと考えてしまう。勝手にどこかへ行ってしまっていないだろうか。そんなことを考えては不安になる。かと思えば、家に帰って銅之助と過ごす時間のことを考えると、嬉しい気持ちで胸が弾む。

 とにかく銅之助のことで頭がいっぱいになってしまっていた。おかげで授業にも身が入らない有り様であった。

 今日は一学期の終わりを控えた金曜日の午前。土日を挟んで終業式という時期もあり、消化試合のような授業はあっという間に終わった。

 

「のぞみー、あんたさぁ、大丈夫?」

 

 教室の席に座っていた望未は、友人から声を掛けられた。

 

「え? 大丈夫って、なにが?」

 

「なにが、じゃないよ。なんだかこう、うわのそらーって感じ?

 まあ、もうすぐ夏休みだし? 大好きなま~ちゃんと四六時中ずっと一緒に過ごせるってんだから、楽しみでウキウキしちゃうのはわかるけどさー」

 

「ふぇ? ま~ちゃん?」

 

 望未は首を傾げた。

 望未がま~ちゃんこと有徳抹茶未と仲が良すぎることを友人は知っていた。のろけ話のような出来事を毎日のように聞かされていたため、今回もきっとそうだと思ったのだ。

 

「ほらまた、とぼけた声を出しちゃってさぁ」

 

「ううんっ、えっとたぶん、ま~ちゃんは関係なくって」

 

 あはは、と頭を掻きながら笑った望未だが次の瞬間に「しまった」と思った。

 うわさ話の類が大好きな、好奇心旺盛な友人の瞳がキラキラと輝いていたためである。

 

「ん? んんん? あのま~ちゃんっ子の望未がいったいどうしちゃったのかなぁ?

 ほらほら、いいからおねーさんに話してみ?」

 

 へっへっへと怪しく笑いながら、友人は望未の隣の席に座った。

 

「おねーさんって……私たちは同い年でしょ?」

 

「あたしの方が望未より誕生日がひと月早いでしょ? だからおねーさんでいいのっ。

 そんなことよりとっとと吐けぇ! 望未に男が出来たって、あたしの勘が言ってるんだっ!」

 

「お、おとこっ!?」

 

 望未は顔を赤くして叫んだ。

 望未には今まで浮いた話など全く無かった。それどころか男友達と呼べるような存在もいない。

 それなりに可愛い望未は男子の中でも隠れた人気があった。だが、彼女とお近づきになるためには大きな障害があった。

 ま~ちゃんこと有徳抹茶未である。望未自身が彼女が大好きなことに加えて、抹茶身も望未の周囲に悪い男が近付いてこないよう目を光らせていた。

 抹茶未は所沢の国家自警団の団長である。彼女に睨まれてまで、望未に近づこうという男子は現れなかった。

 そのため望未と関わりのある男性と言えば、父と、プロペラーズの田さんを始めとする団員たちくらいだったのである。

 

「隠すな隠すなっ。この恋愛関係で百戦錬磨の鬼と呼ばれたあたしのこの鼻が、あんたに芽生えた恋の匂いを嗅ぎとってるんだ! ぜんぶ白状するまで帰さないかんねっ」

 

「こ、恋っ!?」

 

 口をパクパクさせる望未。

 恋。望未の辞書にはなかった言葉だ。たしか特定の人を好きになって、会いたいとか、いつも一緒にいたいとか、そういう意味だったはずだ。

 

 森友望未は武甲銅之助に恋をしている。本当にそうなのだろうか。友人からの指摘に対して疑いを持った。何しろ望未の経験にないことだ。半信半疑になるのも無理はなかった。

 だが、昨日から自分の様子がおかしいのも事実だ。銅之助のことに関して、ときどき自分でも信じされないような行動をとってしまっていた。

 望未はこの感情の正体を探るべく、昨日のことを思い返すことにした。

 

 最初に違和感を感じたのは、あの練馬のモサから銅之助に助けれた直後であった。

 銅之助の口から年上好きである聞いたとき胸が何だかモヤッとした。なんだか残念な気がして、思わず口にまで出してしまった。

 それから家に帰り、母である日向代にデレデレする銅之助を見ているうちにモヤモヤがどんどん大きくなっていた。でも、それだけなら大したことなかった。

 

 やはり、その後だろう。

 

 夜になり、自室で休んでいた望未は悪夢を見た。それは昼間の出来事の続きであった。

 危ういところで目が覚めた望未は恐怖に身体を震わせた。

 悪夢の続きを見てしまいそうで、一人で眠るのが怖くなった。店に銅之助がいることを思い出した望未は部屋を出た。

 

 店内は真っ暗だった。時間が時間なため、銅之助も眠ってしまっているのだろう。そう思った望未がどうしようか迷っていると、物音に気付いた銅之助から声を掛けられた。

 明かりをつけると、様子がおかしい望未を心配した銅之助が側に立った。

 銅之助に悪夢のことを望未が話すと、彼は彼女を抱きしめ、自分が守ると言ってくれた。

 その言葉を聞いたとき、望未は胸が甘酸っぱいような気持ちで満たされていくのを感じた。

 そして胸にチクリとした痛みが走った。望未は私が守る――隣に住む姉代わりの女性に、かつて言われたことを思い出す。痛みはすぐに消えた。

 

 今日のことを忘れろと銅之助が告げると、望未はすぐに否定した。この気持まで忘れたくない。なぜかそう思った。

 銅之助が望未の身体を離し、ニッコリとほほ笑んだ。

 その笑顔を見たとき、望未は自分の身体に電流が走ったような気がした。銅之助が望未の前で笑ったのはそのときが初めてだった。

 

 銅之助が背を向けて戻ろうとすると、望未は急に不安になった。このまま離れたくない。もっと銅之助を感じていたい。心の底からそんな感情があふれ出た。

 気づくと、銅之助に添い寝をお願いしていた。言ってから自分もビックリした。だけど、取り下げようという気はいっさい起きなかった。

 

 銅之助は頬を赤らめながら、望未の申し出を了承した。

 寝床に入ると、銅之助は壁際を向いて望未に背を向ける格好になった。

 これで添い寝と言えるのか。望未は少しムッとした。

 その後の望未の行動は大胆であった。

 銅之助の背中にピッタリ寄り添うように身体を押し付けた。これで全身で銅之助を感じられる。彼の体温まで聞こえてきそうだ。望未の心と体もポカポカと温まってくる。

 銅之助の身体の熱い感触に、望未の不安が徐々に消えていく。やがて瞼が重くなってきて、幸せな気持ちのまま望未は意識を手放した。

 

 少しして目が覚めると、望未の隣に銅之助の姿はなかった。起き上がって周囲を見回すと、銅之助は店の机に座って眠っていた。

 望未は複雑な気持ちになったが、相手は手を掴まれただけで顔を真っ赤にするような銅之助だ。無理なお願いをしてしまったのだからと自分を納得させた。

 望未は銅之助の背中に薄い掛布団を被せ、自室に戻った。

 

 それから夜が明け、朝食を摂りにきた銅之助と食卓を囲むこととなった望未だが、どうしても昨夜のことが頭をちらついて、まともに彼の顔を見ることさえできなかった。ちょっとした会話でも、しどろもどろになる有り様だった。

 そして状況は今に至る。

 

「おーい、望未さーん? 顔を真っ赤にして、頭から湯気を出してる森友望未さーん?」

 

「えっ、えっ、あっ、なっ、なにっ?」

 

 いったいどれくらトリップしていたのか。

 友人が望未の顔の前で手をヒラヒラさせて呼びかけていた。

 

「いや、聞きたいのはこっちだって。ほんとに平気?」

 

「う、うんっ、大丈夫」

 

「よっし。それじゃあ、聞かせてもらいましょうか」

 

「えぇ~……」

 

 望未が嫌そうに洩らす。

 いくら仲の良い友人とはいえ、銅之助とのことを話すのはためらわれた。だが目の前の友人は望未の話を今か今かと待ちわびている。このままでは帰してくれそうにない。話さないと家にまで押しかけてきそうな勢いだ。

 それにこうしている間にも時間は刻々と過ぎていく。少しでも早く銅之助に会いたい望未にとって、それはとてももどかしかった。

 

「んも~……仕方ないなぁ」

 

 観念した望未は、銅之助のことを友人に話した。

 ただし内容は大幅にぼかしてある。沢庵との一件も、襲われそうになったところを助けてもらったと簡単に説明した。

 

「それなんていうボーイミーツガール!? うっわー! 興奮してきた!」

 

 友人は感極まった声で叫んだ。

 

「ちょっと、声大きいって!」

 

「ごめんごめん。あたしとしたことが。引き止めちゃってごめんね?

 これ以上、邪魔しちゃ悪いから、あたしは退散するね」

 

 友人は席から立ち上がると、自分の荷物を取って教室の入口へ駆け出した。

 

「それじゃね、望未! その彼氏さんによろしく! あと避妊はしっかりしなきゃダメだぞ?」

 

「ちょっ、なに言って!?」

 

 友人の言葉に吹き出しそうになる望未。

 友人は手を振りながら廊下を駆けて行った。

 教室に残されたのは顔を赤くしたままの望未ひとり。

 

「そんなまだ、彼氏ってわけじゃ……」

 

 席に座ったままモジモジとする望未であった。

 

◇◆◇◆◇

 

 ハルカの命をうけて大統領府を出た籾山は森友望未の通う高校に向かった。

 車を走らせること十数分。高校に到着した籾山は、校内にいる望未の呼び出しを教師に依頼した。

 もうすぐ一学期も終わるこの時期。授業はお昼前で終了となり、玄関は下校する生徒達で賑わっていた。

 その中に望未の姿もあった。上履きから履き替えようと、下駄箱から自分の靴を取り出したとき、校内放送が彼女の名を呼んだ。

 すっかり帰り支度を整えていた望未だったが、呼び出しを無視するわけにもいかない。

 望未は小さくため息をつくと、自分の靴を下駄箱にしまって職員室へ向かった。

 

 職員室で自分を呼び出した教師と会った望未は、教師に連れられて応接室に足を踏み入れる。

 室内では昨日、プロペラーズの本部に訪れた男がソファに一人で座っていた。

 籾山の応対は副団長の田さんが行っていたため、望未は彼の事をあまり覚えてはいなかった。

 ただ、籾山の顔をもっと昔にどこかで見たような気した。だがそんな気がするだけで、どこで見たかは思い出せなかった。きっと気のせいだろうと望未は思った。

 望未を連れてきた教師は籾山に頭を下げると、望未を残して部屋から去った。

 部屋にいるのは望未と籾山の二人だけ。

 望未がどうしようかと思っていると、籾山が口を開いた。

 

「まぁ、ひとまずお座りください」

 

 望未は頷くとテーブルを挟んだ反対側のソファへと腰を下ろした。

 

「確か昨日、プロペラーズの本部で顔をお見かけしましたね。

 私は所沢大統領の秘書を務めさせて頂いている籾山と申します。今日は森友望未さんにお願いしたいことがあって参りました」

 

 所沢大統領の秘書がいったい自分に何をお願いするというのか。

 望未が思い当たるのは姉のように慕っている有徳抹茶未に関係することくらいだった。

 

「あのっ、ま~ちゃん、じゃなかった……宇徳抹茶未さんに何かあったんでしょうか」

 

 望未が恐る恐る尋ねると、籾山は首を横に振った。

 

「いいえ。今日お伺いしたのは武甲銅之助君についてです」

 

「武甲くんですか?」

 

「はい、実は……」

 

 籾山の話によると、大統領は銅之助を所沢のモサとして雇いたいと考えているとのことだった。

 それは望未にとって良い話であった。モサとして雇われるということは、銅之助が所沢に居続けるということになるからである。銅之助が気になって仕方がない望未は素直に喜んだ。

 

「ですが、問題がありまして。ご本人があまり乗り気ではないのです。

 そこで説得を続けましたところ、武甲君ご自身が指名した人を助手にすれば、雇われてもよいと仰られまして……」

 

 籾山はそう言って望未を意味ありげに見た。

 望未はその視線にドキッとした。この話の流れで、大統領の秘書が自分に会いに来る要件といえば――

 

「あのっ、もしかして、武甲くんっ、その助手というのに私を指名したんですかっ」

 

 望未は顔を赤くして叫んだ。助手というのはよく分からないが、なにか大事な役目には違いない。それに自分を指名したということは、少なからず彼に悪く思われていない証拠と思ってよいだろう。気になっている相手からのまさかのアプローチに、望未はソワソワする。

 

「いえ、彼が選んだのは我が国の大統領です」

 

 籾山の答えに望未の表情が一気に暗くなる。

 望未はハルカと直接会ったことは無いが、大統領府が配布しているフリーペーパーなどで彼女の顔だけは知っていた。

 落ち着いた雰囲気の美人さんだ。年上好きを公言する銅之助だったら気に入るかもしれない。

 だんだん望未の胸に怒りが湧いてくる。なぜ銅之助は自分を選んでくれなかったのか。そんなに年上がいいのか。

 と、そこで望未の頭にある疑問がよぎった。

 籾山はどうしてこんな話を自分にするのだろうか。望未は少し考えてみたがよく分からなかった。

 

「あの……落ち込まれているようですが、大丈夫ですか? 話を続けてもよろしいでしょうか」

 

「あ、はいっ、すみません……」

 

 急に暗くなった自分を心配した様子の籾山に、望未は頭をさげた。

 

「実は、武甲君の申し出には我々も少し困っているのです。

 大統領はとても忙しいですから、とても助手などをやっている時間はありません。

 そこで望未さん。大統領の代わりに武甲君の助手になっていただけないでしょうか」

 

 今度は籾山が望未に頭をさげた。

 

「えぇっ!? あっ、変な声を出してしまって、すみませんっ!」

 

 望未は籾山のお願いを聞いてビックリしてしまった。ここでようやく望未は籾山がどうして自分に会いに来たのかを理解した。

 

「いきなりでしたから、望未さんが驚かれるのも無理はありません。

 こちらとしても切羽詰ってしまっておりまして……」

 

「いえ、私はぜんぜん気にしてませんので……

 あの、その助手っていうのは何をするんでしょうか? 私みたいなモブにできるんでしょうか」

 

「そういえば助手について説明していませんでしたね。すみません。

 簡単に言えば、武甲君と常に行動を共にして、彼をサポートしていただくことになります。

 助けるといっても、道案内とかその程度です」

 

 銅之助の側にいられる。それは望未にとっては嬉しいことであった。

 だが、銅之助の近くにいれば危険に巻き込まれるかもしれない。そう言ったことに関して敏感な人間が望未の周りには多い。

 望未の自警団員入りについても、本部の留守番や町のゴミ拾いといった危険のないことしかしないという条件でようやく抹茶未や両親に認めてもらったほどだった。

 いくら望未が乗り気でも、周りに止められてしまいそうだ。

 

「あぁ、もちろん望未さんに危害が及ばぬよう、配慮します」

 

 考え込み始めた望未を見て、籾山が付け加えた。

 

「そ、そうですか……」

 

 助手になっても、昨日のような目にはあわない。これだったら抹茶未たちにも納得してもらえそうだ。望未は膝の上に載せていた両手を、それぞれギュッと握りしめた。

 

「それにモサが増えれば、マッチャグリーンやプロペラーズの負担も減ることになります。

 そういえば、望未さんはプロペラーズの団長の有徳抹茶未とお知り合いなのですか?」

 

「あ、はい。小さいころからの幼馴染で、私にとって姉みたいな人なんです」

 

「そうでしたか。望未さんが銅之助君の助手になってくれれば宇徳抹茶未も助かるでしょうね」

 

「ま~ちゃんが……」

 

 望未の頭に抹茶身の顔が浮かぶ。この一言が望未に最後の後押しをした。

 いつも守られっぱなしだった抹茶未の助けになる。銅之助の側にもいられる。危険もない。望未にとっていいことづくめだ。もはや断る理由などなかった。

 

「望未さん、どうか所沢のために武甲銅之助君の助手になっていただけないでしょうか」

 

 籾山は立ち上がり、望未に丁寧にお辞儀をした。

 

「は、はいっ! あ、でも……武甲くんは大統領さんを指名したんですよね?

 なのに代わりが私なんかで、納得してくれるんでしょうか」

 

「そこは私からも彼に相談してみます。望未さんも彼に会ったら、説得していただけないでしょうか。念のため、彼を外に出さないように国境の関所へは連絡済みです。何か困ったことがあったら大統領府までご連絡を」

 

「わかりましたっ」

 

 早くも助手としての使命感が出てきたのか、緊張した面持ちで望未が頷く。

 望未の回答を聞いた籾山は優しく微笑んだ。彼はこの後も用事があるとかで、応接室を出て行った。

 やや遅れて、望未も立ち上がった。

 銅之助は家で待っているはずだ。とにかく早く家に帰って銅之助に会おう。全てはそれからだ。

 望未は応接室を出ると廊下を駆けて行った。

 

◇◆◇◆◇

 

 銅之助は、もりともに戻るべく市街地を歩いていた。

 彼の横を一台の中型バイクが通り過ぎていく。道にでも迷っているのか、運転手はしきりに周りをキョロキョロと見回していた。

 何かにでも躓いたのだろうか、そのバイクが銅之助の目の前で倒れた。その勢いで運転主が地面に投げ出され、頭からヘルメットが外れて落ちた。

 

「おい、大丈夫か!」

 

 銅之助はバイクの元へ急いで駆け寄り、倒れた運転手を抱き起す。

 運転手は銅之助と同年代の少女であった。紺色のジャケットを着こんだ下には白いスカートが姿を見せている。髪は肩より少し上くらいの長さで切りそろえられていた。中型バイクを運転していたとは思えない、細い体つきであった。

 

「う……」

 

 微かなうめき声とともに、少女が瞳を開ける。

 

「気をしっかり持て。どこか痛むところはないか?」

 

「すみません、だ、大丈夫です……あ、あぁっ、荷物が」

 

 彼女のバイクに積まれていた荷物が、倒れた拍子に地面に散らばってしまっていた。

 それを一つ一つ拾いはじめた少女を見かねた銅之助は、自分も手伝うことにした。

 

「本当にすみません。助かります」

 

「なに。困ったときはお互い様だ。うん? なんだこれは」

 

 銅之助の目の前に封が空いた大きな封筒が落ちており、中に入っていた紙が散乱していた。

 その中の一枚を銅之助は手に取る。そこにはデフォルメされた特徴的なタッチで人物が描かれていた。

 

「ふむ。これは漫画か」

 

 銅之助は呟いた。最近はとんとご無沙汰だが、幼いころはよく姉から漫画を借りて読んでいた。

 しかし手に持ったこれは印刷されて製本されたものとは違う。人の手で紙に直接描かれた原稿だった。

 

「わっ、わぁっ! こ、これはダメですっ!」

 

 少女が慌てた様子で銅之助から原稿をひったくった。そのまま嵐のような勢いで残りの原稿を拾い集め、封筒に戻していった。

 

「それはお前が描いたのか?」

 

「え、えぇ……」

 

 封筒を両手で大事そうに抱きしめ、伏し目がちに少女は頷いた。

 

「よかったら、俺に読ませてくれぬか?」

 

 興味が湧いた銅之助は少女にお願いしてみた。

 少女は眉をしかめ、どうするか悩み始めた。数秒後、少女は首を横に振った。

 

「すみませんが、まだ人にお見せできるレベルではありませんので……」

 

「そうか。ではまた今度頼む」

 

「は、はい」

 

 嫌がっているのに無理強いをしても仕方あるまい。銅之助は少女の漫画を諦めて、荷物拾いを再開した。

 二人で手分けをしたため、荷物はすぐに集め終えることができた。

 

「……ご面倒をお掛けしました。私は先を急ぎますので、これで失礼します」

 

「うむ。なにやらよそ見をしておったようだが、もうやめておけ。それでは達者でな」

 

 礼儀正しく銅之助にお辞儀をすると、少女はバイクに乗って去っていた。

 

「おやおや。ずいぶん優しいんだねぇ」

 

 銅之助が少女を見送って歩き出そうとすると、いきなり背後から声を掛けられた。銅之助が振り向くと、彼の知らない女性が大型のバイクを停めて立っていた。

 銅之助は彼女を見て目をみはった。

 

 年齢は銅之助よりも上。恐らく二十代の半ばくらいであろう。整った顔立ちで、かなりの美人である。腰まで伸びた長い黒髪が初夏の風に緩やかに舞う。体つきは一見華奢に見えるが、どことなく力強さを秘めているような気がする。

 黒色の派手な革製のライダージャケットを着こんでいるあたり、熟練のバイク乗りであることが伺えた。ライダーと言えば首にマフラーを巻いているようなイメージがあるが、彼女は首元にはなにも着けていなかった。

 

 彼女こそが、昨日のモサ同士の闘いを見物していた執行その人である。

 だが、銅之助は自分の闘いを見ていた者がいることなど知りようがなかった。見知らぬ美人に声を掛けられたことに動揺してしまっていた。

 執行の外見は、年上好きな銅之助の好みのど真ん中を貫いていたのである。

 もう女性に惑わされないと愛刀に誓ったばかりの銅之助だが、それは早くも破られてしまいそうだ。すでに彼の鼻の下は伸び始めていた。

 銅之助は早鐘のように鳴る胸の鼓動を押さえながら、口を開いた。

 

「優しいとは、なんだ? なんのことだ」

 

「ほら、いまバイクが倒れた女の子を助けてたじゃないか」

 

「見てたのか」

 

「あぁ、しっかり見させてもらったよ。いろいろとねぇ」

 

 いろいろと見た、という執行の言葉には含みが感じられるが、執行に心を奪われかけている銅之助は気づけなかった。

 いま彼は頭の中で、これは逆ナンパというものなのだろうか、などと考えてしまっている。

 

「優しい男の子は嫌いじゃないよ」

 

 まるで相手を見下しているような、どこか挑発的な目をしながら執行が歩いてくる。まるで吸い込まれてしまいそうな瞳に、銅之助はその場に立ったまま動くことができなかった。

 執行が銅之助の顔を覗き込む。美人に見つめられて銅之助の顔が紅潮していく。

 

「おや、近くで見るといい身体をしてるじゃないか。ちょいと触らせてもらうよ」

 

 執行の言葉に銅之助は耳を疑った。触らせてもらう? まるで散歩中の犬の頭を撫でてよいか飼い主に尋ねるような、気軽な口ぶりだった。

 返事を待たず、執行の手が銅之助の胸に触れる。その瞬間、銅之助の身体が微かに震えた。

 

「んふふ、いいねぇ。こりゃ楽しめそうだ」

 

 執行は遠慮なく、銅之助の身体を撫でまわしていく。柔らかい手の感触がたまらなく心地いい。

 銅之助は執行の成すがままとなってしまっている。引き締めていた表情も緩んだ。

 そんな銅之助の様子がおかしいのか、執行が妖しげな笑みを浮かべた。

 

「あたしばっかり触ってちゃ不公平かね」

 

 執行は不敵に呟くと、恋人のように銅之助の腕に抱き着いた。豊かな胸が押し当てられ、ぐにゃりと形を変える。それに彼女がつけている香水の匂いが銅之助の鼻をくすぐった。

 これが他の女性だったら銅之助は慌てて振りほどいたかもしれない。だが執行に魅了されてしまった銅之助の頭には、その選択肢は浮かばなかった。

 彼女はいったい何者なのか。そんなことは微塵も考えなかった。ただこの至福のときを少しでも長く味わっていたかったのである。

 

「んー? 顔を真っ赤にして可愛いねえ? 何だか苛めたくなってゾクゾクしちまうよ。

 それにさっきから黙っちゃって、どうしたんだい? ほらほら何か言わないと、お姉さんがイタズラしちまうよ?」

 

 もう十分にイタズラされているような気もするが、これ以上は困る。

 なにしろここは往来だ。先ほどから通行人もチラチラとこちらを見ている。彼女の行為がさらにエスカレートするようであれば、せめて場所を変えてもらわねばならぬ。

 

 そう言おうとして銅之助が執行に顔を向けた瞬間、彼はギョッとする。

 まるでくっつきそうなほどの近い位置に、執行の顔があった。慌てて顔をそむける銅之助だが、彼はそこで再びギョッとした。

 

 自転車に乗った森友望未が、いつのまにか銅之助達の側にいたのだ。

 そういえばここは初めて望未と会ったときに、二人でもりともまで歩いた場所だ。つまりは望未の帰り道だ。

 大統領府を出てから一体どれくらい時間が過ぎたのか。こんなところにいれば、いずれ下校中の望未と出くわすことは当たり前だった。執行に夢中になるあまり銅之助はそのことに気づいていなかった。

 望未は自転車に跨ったまま、驚いた顔をして二人を見ている。

 

「あ、や、望未……?」

 

 銅之助はひとまず声を掛けてみた。緊張で声が掠れた。今までボウッとしていた頭が、水をぶっかけられたように一瞬で冷静になる。

 我に返ったのだろうか。望未はハッとした顔をしたかと思うと、目に涙を浮かべ始めた。

 いかん。これはまずい。何がまずいのかは分からないが、とにかくまずい。銅之助の中で本能が危機を告げていた。

 

「ぶ……」

 

 泣きそうな顔をして、望未が口を開いた。

 

「武甲くんの、助べえーーっっ!!」

 

「の、望未ぃっ!?」

 

 望未は自転車を猛烈なスピードで走らせ、去って行ってしまった。銅之助が止める間もなかった。

 あまりの事に銅之助にはなにがなんだか分からなかった。だが、とにかく望未を泣かせてしまったということだけは確かである。

 

「えぇっと、今のはあんたの彼女かい?」

 

 呑気な口調で執行が言った。

 

「な、彼女ではない!」

 

「そんな風には見えなかったけどねぇ」

 

「ふざけるのはいい加減にしろ! というか、一体なんのつもりなのだ!」

 

「なんのつもりかって? そんなのきまってるじゃないか」

 

 執行は銅之助の腕から離れると、彼の前に立った。

 

「あんな子のことなんか忘れてさ。場所を変えて、あたしとイイことをしに行かないかい?」

 

 銅之助に密着するように正面から執行が抱きついた。彼女の両腕が銅之助の腰に回される。

 

「お、おいっ、離せっ!」

 

「そんなつれないことを言わないでおくれよ。これからたっぷり、二人きりで楽しもうじゃないのさ」

 

 耳元で甘く囁かれ、一時は冷静を取り戻していた銅之助の心が再び麻痺していく。

 まるで脳がとろけてしまいそうな声であった。

 すっかり骨抜きにされてしまった銅之助は執行に促されるまま、彼女のバイクでどこかへと連れて行かれてしまったのである。

 

◇◆◇◆◇

 

 話は少し巻き戻る。

 

 籾山との話が終わった後、望未は駐輪場へ向かっていた。

 そこには望未が普段通学に使用している自転車が止めてある。姉代わりと言える、宇徳抹茶未からお下がりで貰ったものだ。

 

 自転車の前カゴに鞄を押し込み、前輪付近に取り付けられたロックを外す。

 他にも並んでいる自転車の列から自分の自転車を引っ張り出すと、望未はサドルの上に跨り、ペダルをこぎ始めた。校門付近を歩いている下校中の生徒達を追い抜いていく。

 望未は急いでいた。銅之助に会って、やらねばならないことがあったからだ。

 一つは銅之助に所沢のモサになってもらい、望未が彼の助手となることを了承させること。

 そしてもう一つは自分の気持ちの確認だ。

 友達からは恋ではないかと指摘されたが、やっぱりまだどこかピンとこない。でももう一度彼と会えばそれがはっきり分かるような気がしていた。

 

 通いなれた道を進んでいくと、風景がガラリと変わる。

 望未の視界の左右に広大な茶畑が拡がった。昨日の今ごろ、望未と武甲銅之助が初めて出会ったのもこの辺りであった。

 

 まさかあの時は目の前の少年によってこんなに悩まされるとは思わなかった。

 茶畑で作業をしている夫婦――抹茶未の両親に手を振りながら、望未は籾山から依頼された件について考え始める。

 銅之助に所沢のモサになってもらい、自分を助手にするよう説得しなければだが、それは何とかなるような気がしていた。

 まだたった一日の付き合いだが、銅之助はなんだかんだいって女の子の頼みを断れない性格だということを望未は把握しかけていたのである。

 籾山は助手について、道案内レベルの仕事だと言っていた。

 だとすれば銅之助を連れて所沢をあちこち案内すればよいのだろうか。独立国としては最小規模の所沢だが、それなりに国土は広い。手間の掛かる仕事になりそうだ。

 

 と、望未はあることに気づく。

 若い男女が二人きりであちこちに行く。これはいわゆるデートというやつではないのだろうか。

 それにもう暑い季節だ。案内の途中に喫茶店などで休憩することもあるかもしれない。

 いけない。ますますデートっぽくなってしまった。

 そういえば前に抹茶未から借りた少女マンガでも、ヒロインと恋人が喫茶店でデートするシーンがあった。たしか漫画の二人は同じコップにストローを二本差してジュースを飲んでいた気がする。望未の頭の中に漫画のそのページが再現されていく。だが、なぜかヒロインの顔は望未に、恋人の顔は銅之助になってしまった。

 思わず吹き出した望未は自転車を急停止させる。

 いったい自分は何を考えているのか。ああ、顔が熱い。でもこれは夏の日差しのせいだ。きっとそうだ。

 望未は顔の汗をハンカチでふき取ると、自転車を再発進させる。彼女の顔は赤いままだが仕方がない。

 

 望未は助手の件に思考を戻す。

 所沢を案内するといっても、どこに行けばいいのか。中心部以外は茶畑や公園くらいしかない。最初のうちはいいかもしれないが、同じような場所ばかりでしだいに飽きてしまいそうだ。

 望未が悩んでいると、茶畑の向こうで何かがきらめくのが見えた。

 それは所沢に唯一ある遊園地の観覧車だった。あの遊園地は老若男女問わず人気がある場所だ。銅之助にも知っておいてもらったほうがよいだろう。

 望未も小さいころに両親と抹茶未たちに連れて行ってもらったことはあるが、最近はご無沙汰だ。そう考えると何だか懐かしさも伴って、遊園地に行きたくなってくる。決めた。もし助手になれたら絶対に銅之助と一緒に行ってみよう。

 

 と、望未はあることに気づく。

 若い男女が二人きりで遊園地へ行く。これはもうデートというほかないのではないだろうか。そうえいばあの遊園地は、娯楽の乏しい所沢国のカップルたちにとって定番のデートスポットだ。周囲からも二人は恋人同士と思われてしまうだろう。

 なぜか自転車のハンドルを握る手に力が入り、グネグネと蛇行しながら道を進んでしまう。

 望未の脳内では、銅之助と二人で楽しく遊園地デートをする光景が流れ始めていた。

 

 一緒にコーヒーカップに乗って、次はメリーゴーランドに乗って……遊び疲れた二人は園内のベンチで、ちょっと一休み。

 望未の膝の上には、先ほど売店で買った軽食のたこ焼きの箱が置かれている。

 箱の封を開けた望未は、楊枝でたこ焼きを一つ刺すと、片手を添えながら銅之助の口元へ運ぶ。

 甘ったるい声と表情で銅之助に囁いた。

 

『銅之助くん。はい、あ~んっ』

 

 ぼふっ、と、現実の望未の頭から湯気が噴き出した。

 

(ちょっと私ってば、あ~んって!)

 

 恥ずかしさで思わず顔を隠したいが、自転車を運転中のためそうもいかない。

 本人の動揺をよそに妄想は進んでいく。いつのまにか妄想上の望未は銅之助に膝枕をしていた。膝の上でウトウトしている銅之助の頭を望未が優しく撫でている。

 

『気持ちよさそうだね、銅之助くん。帰ったら、耳掃除もしてあげるね?』

 

「……く、くぅっ……!」

 

 もう恥ずかしすぎて顔も上げられない。

 ここはのどかな田舎道。幸いなことに通行人も対向車もいなかったため、交通事故は免れることができた。

 

 妄想の最後は観覧車だ。

 車内で対面になるように、望未と銅之助が席に座っていた。二人を乗せたまま観覧車はゆっくりと上に移動していく。

 そして観覧車が頂上に差し掛かったころ、二人は見つめあったまま顔を近づけていき――

 

「すとっぷ、ストップ!」

 

 望未は自転車を急停止させた。

 これ以上はアウトだ。望未の基準では不純異性交遊になってしまう。未来の自警団員が不純異性交遊をしたとあっては、話にもならない。

 ハンドルを握ったまま、肩を上下させて息を整える。自分の妄想力の逞しさに望未は驚いた。

 

「……でも」

 

 望未は空を見上げる。今日も雲一つ無い、いい天気だ。

 

(こんな妄想をしちゃうってことは……)

 

 妄想の中で、望未は銅之助の恋人役に自然と収まっていた。

 望未はそのことに気づいてしまったのだ。

 

(私、やっぱり武甲くんのこと……)

 

 そう考えると、胸の奥がキュウッと痛くなった。苦しくなった。

 今まではこの痛みの正体に自信が持てなかった。だが、長い妄想の道のりを越えた今ならはっきりと言える。

 森友望未は武甲銅之助に恋をしていると、自覚した。

 もしかしたら友人の言葉に影響されて、そう思い込んでしまっただけかもしれない。

 でも、そんなことは関係ない。本人が恋と思ったら、それはもう恋なのだ。

 

「よっし!」

 

 望未は自分の頬を両手で叩いた。

 籾山と約束したとおり、銅之助を説得する。そして彼の助手となるのだ。やっぱり、このまま離れ離れになってしまうのは耐えられない。

 望未は再びハンドルを握ってペダルを漕ぐ。まもなく市街地だ。

 

 まず家に帰り、銅之助と会おう。もし彼がいなかったら探しに行かなければならない。

 その場合、最初は自警団の本部へ向かおう。そこで手掛かりが得られなかったら、大統領府に電話して籾山を呼び出してもらえばいい。望未に説得をお願いしてきたのだから、銅之助の居場所くらい掴んでいるはずだ。

 いつもの望未では考えられないくらい、捜索の手順がスラスラと組みあがっていく。

 恋は盲目と世の例えには言うけれど、どうやらそうであったらしい。

 理性や常識を超えたもの凄いエネルギーが望未に発生していた。

 

 と、望未は突然自転車を止めた。

 少し離れたところに、見覚えのある少年の後ろ姿があった。間違いない。銅之助である。

 家で待っているように伝えたのに、なぜこんなところをウロウロしているのか。望未は少しムッとしたが、それよりも彼を無事に捉えることができたことにホットした。

 安心したせいか、望未の中にちょっとしたイタズラ心が沸いてくる。

 思えば、先ほどまで妄想でさんざん恥ずかしい思いをしたばかり。仕返しというわけではないが、このまま後ろから近づいて、銅之助を驚かせてしまおうと望未は思った。

 

 企みに顔をほころばせながら、望未はゆっくりと銅之助に近づいていく。

 すると、あることに気づいた。

 最初は銅之助に隠れていて気づかなかったが、彼のそばに誰かが立っていた。相手は望未の知らない女性だった。

 それも年上の、落ち着いた感じの美人である。

 二人が何を話しているのかまでは聞き取れないが、女性は顔に笑みを浮かべていて、何だか楽しげな様子だ。

 銅之助の好みが年上であることを知っている望未の胸に、先ほどまでとは異なるチクリとした痛みが走った。

 

 望未が観察していると、女性が銅之助の身体をペタペタと触り始めた。銅之助は嫌がるそぶりもみせず、女性の好きにさせている。

 自分が手を掴んだときは顔を赤くして、離すように言ってきていたのに。

 すると、女性は銅之助に密着するように腕を絡ませた。しかも腕だけではない。胸や体もくっつけている。

 二人の姿は、まるで往来でいちゃつく恋人同士のようだ。

 また、チクリとした痛みが望未の胸に走った。それと同時に怒りも沸いてきた。

 なぜ、銅之助は女性の腕を振り払わないのか。

 いくら女性が苦手っぽいとはいえ、モサである銅之助ならそれくらい簡単だと望未は思った。

 今度は女性が銅之助の顔に向けて自分の顔を近づけていく。まさか銅之助にキスをしようとしているのだろうか。

 望未は自分でも気づかないうちに、ハンドルを力いっぱい握り締めていた。

 女性の行動に気づいた銅之助が顔を背ける。

 その拍子に望未と目が合ってしまった。望未は自分でも気づかないうちに、二人のすぐ側まで近寄ってしまっていた。

 

 「あ、や、望未……?」

 

 銅之助が驚いた顔で望未を見ている。

 望未も見つかった拍子で驚いてしまっていた。

 そのまま見つめあうこと数秒。

 我に返った望未の胸の中が、怒りとも悲しみでわけが分からなくなる。

 目頭が熱い。なにか銅之助に言わなくては。でもなにを言ったらいいのか。

 

「ぶ……」

 

 望未の喉から絞るように、言葉が漏れた。

 

「武甲くんの、助べえーーっっ!!」

 

 気づくと望未は大声で叫んでしまっていた。

 叫んだまま望未は全力でペダルを漕ぎ、銅之助たちの横を駆け抜けた。

 

「の、望未ぃっ!?」

 

 後方から銅之助の声がしたが、望未は振り向けなかった。

 目元から溢れそうになった涙を見られたくなかった。

 

(武甲くんのスケベ! 武甲くんのスケベ! 武甲くんの銅之助の助は、助べえの助!)

 

 ぐちゃぐちゃになった頭のまま、望未はひたすらペダルを漕ぎ続ける。

 目元からこぼれた涙が一つ、また一つと風に流れていった。

 望未は自転車を走らせ続け、もりともへ到着する。店の脇に自転車を乱暴に停め、涙の跡をゴシゴシと手で拭い取ると、望未は中へ入った。

 店内では日向代がだんごを焼いているところであった。

 

「おかえり。望未、おだんごあるよー」

 

「いらないっ!」

 

 八つ当たり気味に日向代に返すと、望未は店内に備え付けられている冷蔵庫からビン入りの炭酸飲料「チョリオ」を取り出した。

 まだ胸の中のモヤモヤは収まっていない。

 ヤケ酒ならぬヤケチョリオをして気を紛らわせようと望未は思った。ちなみに望未が勝手に飲んだ分はお小遣いから天引きされる約束になっている。

 チョリオの蓋を開け、腰に手を当てるようにして中身を一気に飲み干す。ビンから口を離すと、ぷはぁ、と息を吐き出した。

 そんな娘の後ろ姿に、日向代はやれやれといった表情を浮かべる。

 

「もう、風呂上がりのお父さんみたいなことしないの。

 そういえば武甲くんだけど、ちょっと出かけてくるって」

 

「……知ってる。そこで、会ったもん」

 

「あら、一緒に帰らなかったの?」

 

「……」

 

 望未は無言でビンをテーブルの上に置いた。

 

「望未?」

 

 なんだか様子がおかしい娘を見かねて、日向代が作業の手を止める。

 望未は鞄を掴むとそのまま店の奥へと引っ込んでしまった。日向代は望未を呼び止めようとしたが、あいにく客が来てしまい、後を追うことができなかった。

 自室に戻った望未は鞄を部屋の隅に向かって放り投げると、部屋の隅に畳んである布団の上にうつ伏せに倒れ込んだ。

 知らない女性とイチャつく銅之助の姿が頭に浮かぶ。望未の目から涙が溢れた。

 

 あの女性が誰なのか、望未は知らない。

 でも往来であんなに仲が良さそうだったのだ。きっと、銅之助とはただの関係ではないだろうと望未は考える。

 よくよく思い返してみれば、望未は銅之助のことをほとんど知らなった。

 彼がどこで生まれて、どのような人生を過ごしてきたのか。

 分かっているのは彼が年上好きということ、それにモサですごく強くて、木刀を大事にしていることくらいだ。

 だから、彼にあんなにきれいな恋人がいることも知らなかった。

 なのに一人で先走って、甘酸っぱい妄想に夢中になってしまった。そんな自分が嫌で、馬鹿みたいだった。

 

「……うっ、うぅっ、あ……あぁっ……!」

 

 胸が張り裂けるように痛い。次々と感情の波が押し寄せてきて止まらない。

 それでも、まだ銅之助のことが心のどこかで愛おしく思えてならない。

 やはり、森友望未は武甲銅之助に恋をしているのであった。

 望未は下にいる日向代に聞こえぬよう、声をこらえながら泣きはじめた。

 

「……あ」

 

 それからどれくらい時間が過ぎたのだろう。いつのまにか眠りこけてしまっていたらしい。

 外から聞こえてくる激しい雨音に望未は目を覚ました。

 昨夜望未が銅之助にしてやったように、だれかが望未の背中に薄い掛布団を掛けてくれていた。少し寝たせいか気持ちは落ち着いていた。

 だが完全に整理がついたわけではない。これからどうしようか、と望未は思った。

 

 まっさきに浮かんだのは籾山から依頼された、銅之助の助手の件。

 だが、望未は銅之助と会うのが怖くなってきていた。

 きっと彼に会えば、先ほどの件を弁解してくるだろう。そうすると彼の口から恋人の存在を聞かされることになってしまう。それは望未には耐えられそうもなかった。

 

 このまま二度寝してしまおうか。そんな逃避めいた考えが望未の頭に浮かぶ。

 その時であった。雨音にまじって、なにか大きな音が聞こえた。

 最初は雷かと思ったが、なにかが違う。まるで、きのう聞いた爆発音によく似ていた。

 望未が耳を澄ませていると、また同じ音が鳴った。やはり雷ではない。

 なぜか銅之助の顔が望未の頭に浮かんだ。

 

「武甲、くん……?」

 

 望未は自分の胸に得体のしれない不安が広がっていくのを確かに感じていた。

 

◇◆◇◆◇

 

 はいどーも! 国境の関所の窓口お姉さんだ!

 銅之助くん、いくら執行さんが美人だからって、ちょっとあんまりでねえか?

 あんなに辛そうにしている望未ちゃん、オラは見てられねえど。

 次は銅之助くんに近寄った執行さんの目的が明らかに!

 銅之助くんは鼻の下を伸ばしてるけんど、どうやらあんまい展開にはならないみたいだど?

 

 次回「血闘無用」!

 んだばまず!




お読みくださり、ありがとうございました。

名前に助が付いている皆様、すみませんでした。
最後の望未の罵倒ですが、一個人に対するものであって皆様には該当いたしません。
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