けんぷファー With ~AGITΩ~   作:navaho

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第一話

 

 

「はあっ、はあっ、何よ!?!あいつは!?!!」

 

夜の街を一人の少女が逃げていた。時折背後を振り返る。表情は何かに怯え、それから少しでも遠くへ逃れるように………

 

少女の遥か背後から、それはゆっくりと歩みを進める。闇夜に浮かぶ一対の緑色の野獣の視線が、鋭く少女の背後に向けられている。

 

街灯の明りが、それのシルエットをあらわにする。それは二足歩行で立つ半神半獣の異形である。赤いマフラーをなびかせ、自身の頭上より光の輪を出現させ、

 

「KEMPFER」

 

強固な顎に並んだ牙を含んだ口より、言葉が紡がれると同時に光の輪より弓矢が現れる。

 

無防備となった少女めがけて、矢を構え、勢いよく放った。

 

”ヒュン”

 

勢いよく空を切り、矢は少女の胸を貫いた。背中からくる衝撃に対して驚愕の表情をするものの、はっきりとした感情を自覚する前に彼女の意識がこれ以降のことを自覚することはなかった………

 

アスファルトの上に倒れた少女の右腕には、仄かに光る青い腕輪が存在していた。

 

「KEMPFER」

 

獲物をしとめた狩人のごとく半神半獣の異形は、再び光の輪を頭上に発生させ、その中に昇天するかのように消えていった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けんぷファー With ~AGITΩ~

 

 

 

第一話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございま~す。ナツルさ~ん」

 

朝起きたら、ぬいぐるみが話しかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何事だ……っと言うのがオレの感想である。

 

オレの名は、瀬能ナツル。歳は今年で17になる一般的なとは言えない人間である。

 

普通ならごく平凡な○○学生というのだが、オレはどちらでもないのだ。というか、学生ですらない。過去に色々あって、学校というものを拒絶してしまった。

 

話を戻してどちらでもないというのは、オレは男でもないし、女でもないのだ。他人がオレを一目見たら、女と認識するだろう。髪も長いし、そう思われるのはしかたない。

 

平均的な女子の身長を超えているが、男子としては平均的、胸にあるものは男子になく、女子にあるもの。これがまた、でかいのだ。家庭教師の先生がいうところ、平均のものを軽くこえるらしい。

 

 

学校は行ってなくてもちゃんと、勉強はしているぞ。家庭教師の先生は、かなりの美人さんである風谷 真魚さん。オレは、真魚ねえと呼んでいる。

 

時々、真魚ねえをいやらしそうに見る男をみるとなんだお前と思いたくなる。

 

小柄で女らしい部分がちゃんと整っていて、可愛らしさとどことなく凛とした美しさがまぶしかったりする。

 

それに比べてオレは、只体がでかい。手も普通の女の人よりも大きくて、なんとなく男っぽい。真魚ねえは、オレの事をカッコいいと言ってくれるが、そうかな?

 

カッコいいって、オレみたいな男でも女でもない半端者じゃなくて、もっと男らしい人に贈る言葉だと思うが、女の人にもそれは適用されるらしい。よくは、わからないのだけれど。

 

学校に行かないからと言ってニートとかそういうのばかりじゃないからな。世の中、ちゃんとやっている人はやっているんだ。

 

また、話がそれてしまった。オレは、世にいう両性具有というやつで、男と女の両方の特徴を持っている体なのだそうだ。外見は、完全な女よりであり、声も高いソプラノ系である。

 

生まれた時は、男だったのに成長するに従って女寄りに変化するとは、人生わからんものだと常々思う。

 

以前、病院で検査をしてもらった時にわかったのだが、オレは男女両方の機能を持っていて、男としても女としても子供を作ることができる。生まれた子供は、オレをパパというのだろうか?それともママというのか?

 

いや、オレはパパにもママにもなれるらしい。などとこんなややこしい身の上、オレはきっちりルールづけられた世の中では非常に肩身が狭かったりする。

 

男でもなければ、女でもない。他人からすれば半端者でしか映らない。これのおかげで過去に色々あって、荒れたりもしたが、今となっては、自分の身の上を客観的に見えるまでに回復している。

 

「どうしたんですか?ナツルさん。聞こえてますか?」

 

ぬいぐるみが、返事の無いオレに対して、また話しかけてきた。ここで”返事がない。ただの屍のようだ”と言ったら、オレは間違いなく蹴りを入れていたと思う。

 

「まだ、寝ぼけているのかな?もう、そういう年だろうか」

 

花の十代という表現はどうかと思うのだが、オレが使ってもノープロブレムだから、大丈夫だ。ぶつぶつと呟きながらオレは洗面所へと向かって行った。

 

オレの部屋は二階にあるので、一階にある洗面所まで行かなければならないのだ。

 

「おおっ!!!!!ナツル、今日も朝が早いな!!!!!!!!」

 

洗面所へ向かう途中で、朝も早くからハイテンションな声が聞こえてきた。このハイテンションな声の主は、今、おれがお世話になっている下宿先であるレストラン アギトのオーナーシェフ 津上翔一さんだ。

 

ここでオレの下宿先が出てきたが、普段のオレはレストラン アギトで働いているんだぞ。どうだ、遊び呆けている同世代と違いオレは、しっかり働いているんだぞ。

 

またまた、話がそれてしまった。この人のおかげで今のオレが成り立っているのだが、未だに慣れないのがこの人のおもしろくもない冗談を言うことと天然なところについていけない。

 

面白くない冗談の例としては、茶をだして”ちゃっちゃっと飲んでください”など、ダジャレを平気で空気を読まずに言うことである。このダジャレには、皆悩まされているが面と向かって否定できるつわものはいない。

 

「おはようございます。朝から早いんですね、もう少しゆっくりしてもいいんじゃ?」

 

「そういう、ナツルも早いじゃないか。ナツルはもう少しゆっくりしてればいいから、あっ、それと美杉先生のところまでお使いをお願いできるかな?」

 

「美杉先生のところにですか?一体、どういう?」

 

美杉先生。昔から、翔一さんがお世話になっている城北大学の心理学の教授で、荒れていたころのオレに色々と世話になってくれた人で酒癖は悪いが、基本的にはいい人で、信頼に足る人物だ。生意気な息子が一人いる。

 

奥さんは海外に出張していて、オレも翔一さんも未だにあったことがない。最初は、美杉先生のところに住んでいたのだが、これ以上お世話になるのもなんとなく気が引けてしまったので、オレは家出当然で、レストランアギトで下宿している。

 

”いつまでも、ここにいてもいいんだよ”と優しく言ってくれたのだが、オレ自身、これ以上、世話になって迷惑をかけたくなかったし、それ以上に早く自立がしたかった。

 

自立できれば、美杉先生にも迷惑をかけることもないし、一人立ちで来ているところを見れば、皆も安心するんじゃないかって思っている。以前、このことを家庭教師の真魚ねえに行ってみたところ、

 

”そういうものじゃないと思うけど、伯父さんが心配しているのは、ナツル君がこのまま私たち以外としかかかわらずに生きていくことを心配しているんだよ”

 

私たち以外か、実を言うとオレはこの体のため、実の両親から拒絶されている。昔見た漫画なんかでも”人間は、自分達の理解できないモノを拒絶する”という言葉があったのだが、これはオレが実を持って知った言葉でもある。

 

小学校卒業間近ごろに体に変化が起きてきたんだ。その時は、単なる成長期によくでるホルモンの異常かと思ったんだけど、そうでもなく、オレの体は本来なら男らしくなるはずなのに、徐々に女よりに変化していった。

 

初潮もそのころに迎えていて、このころにはオレの中にあった”女の部分”が完全に機能し始めたんだ。当然、皆が皆、こんな異常な体のオレを理解するのは難しく、自然とオレは煙たがられはじめた。

 

両親の方も、よくわからない生き物となったオレを自分たちの子供として見なくなっていた。そして、中学二年のころにオレの前から姿を消していった。ようするにオレの傍に居たくなかったんだな。

 

当然のことながら、学校では色々と影で言われたりした。男でも女でもないから、どっちにも居場所の無いオレにとって、居心地の悪さは相当なもんだった。意外と女よりも男の方がぐちぐち言ってたのが印象的だった。

 

おかげでオレ自身、精神的にかなりまいっていて、荒れてた事があった。そんな時に出会ったのが、美杉先生と翔一さんだ。二人のおかげでオレは、あの頃の嫌な思い出を帳消しにするぐらいの良い暮らしができるようになった。

 

良い暮らしといっても金があるとかとかじゃなくて、自分を理解してくれる人がいるっていう幸せなんだ。だからこそ、オレはいつまでもこの人たちに甘えてばかりじゃいけないし、助けられてばかりじゃいけないんだ。

 

美杉先生と翔一さんもオレの気持ちを察しているのか、こうして職場で下宿しているオレの事をあまり言わないのだが、時々、先生の家に招待されるので、寂しいということはない。

 

みんな以外の人達がオレの事を理解してくれるだろうか?最初は、仲良くできても、本当の事を知って”気持ち悪い”っていわないのだろうか。そうやって、拒絶されるぐらいなら、最初から誰にもかかわらないようにするのが良い。

 

「なんでも、大学までちょっと来てほしいんだって。今日のシフトは夕方からでいいから、大丈夫だよ」

 

翔一さんは、オレに対していつものごとく能天気な笑みで言った。いつもながら、思うのだが、この人には悩むということはないのだろうか?悩んでいるところをあまり見たことがない。

 

せいぜいスーパーのチラシをみて唸っているところぐらいしか。かというオレもその口なのだが。レストランで働いている口だから、料理には並々ならぬ関心を持っていたりする。

 

和洋折衷なんでもござれだ。

 

「それよりも、昨日上げた”ぬいぐるみ”だけど、どうだった?」

 

翔一さんのこの言葉にぎょっとしてしまった。あのぬいぐるみは、道に迷ってしまった女子高生を助けたことで御礼に貰ったのだそうだ。あまりに斬新過ぎるものだった。

 

内臓がはみ出た虎のぬいぐるみでご丁寧に短刀を持っていたところから察するに腹切りか?あれは、翔一さんは、

 

”なかなか、かわいいじゃないか”

 

と言っていたが、オレから見たら趣味の悪いぬいぐるみのそれ以外の何物でもないと思う。オレじゃなくても、十人中十人が趣味の悪いものだと答える。絶対に。

 

翔一さんは、真魚ねえに上げようとしたのだが、それはそれで真魚ねえが困ると思い、オレが無理に引き取ったんだ。その引き取ったぬいぐるみがしゃべりだしましたとは、言えない。

 

「あ、…あれ、机の上に飾ってある」

 

「おおっ!!!気に入ってくれたかっ!!!いやあ、かわいいものには、人間だれでもそう思うんだよな」

 

何かに納得するような翔一さんだったが、あれをもらった真魚ねえの困った顔とその後の対応を考えると、翔一さんが落とす爆弾は創作料理とおもしろくないジョークだけでいい。

 

「うん。でも御礼にぬいぐるみを手渡すなんて、女子高生の方も女子高生だな」

 

翔一さんにあんな趣味の悪いぬいぐるみを渡した女子高生の顔を一度、拝みたいと思いつつオレは、洗面所へと歩いて行った。

 

鏡の中には、オレがよく知る少女の姿があった。これが、オレ瀬能ナツルである。一般的にみて、オレの顔は美人といわれる顔立ちをしていて、なおかつ肌が日本人離れした白さなのだ。

 

さっきも言ったが、オレの体は完全に女寄りで胸はでかい上にひっこむところはひっこんでいて、スタイルは上に入る。自分でいうのもなんだが……

 

今や、連絡どころか消息すら分からない両親とも似ていない。本来通りに成長していたら、オレはきっと自他ともに平凡な奴になっていただろうな。将来の夢は、公務員に間違いない。

 

両性具有はどういうわけか、美系といわれる人間が多いらしい。お客さんは、オレの事を美人と言ってくれているが、オレ自身そういう自覚はない。見た目は良くても、中身にある理解できない秘密を知ってもそう思うだろうかな?

 

レストランアギトで働いている時も、時々男から声をかけられるのだが、これは完全に無視している。たまにだが、女の方からも(汗)

 

ガキの頃は癖っ毛で朝はすごいことになっていたのだが、成長するに従って髪はさらさらの質感に変化し、癖っ毛はなりを潜めている。いつものごとく見慣れた顔を洗うため、オレは蛇口をひね、顔を洗う。

 

「かわいいものをより多くの人に知ってもらいたいんだろう」

 

少し遠くの方で、翔一さんのつぶやきが聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お目覚めになられましたか?ナツルさん」

 

部屋に戻ると同時に、ぬいぐるみが話しかけてきた。どうやら、寝ぼけているわけでもなく、夢を見ているわけでもないらしい。そうだ、これは間違いなく現実なのだ。

 

この異常な事態に対して、オレがこんなに落ち着いているのを第三者が見たら、きつい言葉を掛けてくるだろう。

 

だけど、オレはぬいぐるみがしゃべりだすという事態以上の異常を知っているのだ。

 

「お前は、なんだ?」

 

それは、オレが翔一さん達と出会う前に血縁上の親に掛けられた言葉。オレのこのどっちつかずの体に現れたもう一つの変化を見たあの驚愕の表情。

 

自分の子供が”化け物”に変わるところをみたらな……

 

”お前は、なんだ?”

 

「わたしは、ハラキリトラ。調停者"モデレーター”のメッセンジャーです。簡単にいえば、神様のお使いである天使」

 

「内臓を出した天使なんて聞いたことないぞ」

 

これは、オレがこの異常事態に対して、初めて反抗した瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナツルは、一人バイクを走らせていた。美杉先生との約束のために彼が居る大学へ向かうためである。

 

(ったく、朝から変なことを聞いて、気がめいる)

 

ナツルの脳裏にあの趣味の悪いぬいぐるみことハラキリトラとの今朝のやり取りが浮かんでいた。

 

「ナツルさん。あなたは、モデレーター”調停者”に選ばれたのです。あなたは、これから戦わなくてはなりません」

 

選ばれた?誰に?

 

「一体、どういうことなんだ。戦うなら、警察か軍隊の方がいんじゃないのか?」

 

これは、もっともな意見だ。戦うのなら、いい心当たりがあるのでそこを紹介したいところだ。

 

「いえ、わたしにもどういうことなのか、わからないのです。ですが、あなたが戦わなくてはならないことだけは、確かなことなんですよ」

 

穏やかな口調でハラキリトラは、オレに話しかけてきた。わからないって、訳がわからない。

 

「そうなんですよ。モデレーター”調停者”は、けんぷファーを選ぶために、私たちをよこすんですが、あなたは、けんぷファーじゃないんです」

 

けんぷふぁー?何なんだ。選ぶため?ますます、訳がわからない。

 

「じゃあ、オレはけんぷふぁーとかいう奴じゃないのなら、どうして戦わなければならないんだ?」

 

話を聞くに、こいつは戦う存在であるけんぷファー選ぶためによこされるスカウトマンみたいなものだ。だけど、オレは、けんぷファーじゃないのだ。なのにどうして、選ばれる?

 

「そうですね。けんぷファーは戦うためだけに存在するので、絶対的な力が保障されます。だけど、あなたにはけんぷファーよりもはるかに強い”力”を感じます」

 

はるかに強い戦うためだけの力。まさか、こいつ!!!!!!!!!!!!

 

その瞬間、オレの頭に一気に血が昇るのを感じた。気が付いたらオレは、ハラキリトラの首を絞めるように持ち上げていた。

 

「な、ナツルさん。く、苦しいです。ちょっと、た、たんま」

 

「てめえ。オレのこれを知っているのか?どうやって、知ったんだ!!!!!!!」

 

オレには、この体以外にもうひとつだけ秘密がある。それは、絶対に知られたくない秘密だ。それをこいつは知っていると言いやがった。

 

「知りませんよ。ただ、あなたの力をモデレーター”調停者”が必要としているのです。何のためかは、わかりませんけど」

 

「じゃあ、そいつは今、どこにいる?」

 

もう少しきつくした方がいいのだろうか?はみ出ている腸に手を掛けてみる。

 

「わかりません。それ以上の事は、わ、わからないんです。あ、それ、私の内臓です」

 

本当にハラキリトラは何も知らないらしい。だとしたら、モデレーターとかいうやつは、必要最低限のことしかメッセンジャーには伝えてないのだろう。苦しそうなハラキリトラの首を持ち上げた手を放した。

 

「………そうかよ。じゃあ、誰と戦うかだけ教えろ?」

 

「それもわかりません。怒らないで下さいよ。本来なら、けんぷファー同士で戦わなければならないのに、けんぷファーでないあなたが戦うなんて、前例が今までにないもので」

 

前例がないか。ふざけた話だ。訳のわからない運命にもてあそばれるのかってか、これをあの人が聞いたら、まずモデレーターに手を上げることは間違いないな。

 

ちなみにあの人とは、このバイクを買ったお店の店主だ。店主の名前は、芦原 涼さん。翔一さんとは、古い付き合いの人だ。

 

ここでふと時計を見たのだが、約束の時間まで、まだまだある。少しだけ、走ってきて気でも晴らそう。オレは、ハラキリトラに言葉を掛けることなく、部屋を後にした。

 

初めて気がついたが、あのハラキリトラの声。昔の静香ちゃんの声だったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、いずれわかりますよ。だって、あなたの戦うべき存在は、けんぷファーのすぐ近くまで来ているのですから」

 

部屋に残ったハラキリトラは、扉の向こうに消えていったナツルに対して、そう言い放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バイクを走らせていると、横目に近くの学校であるセイテツ学園の生徒たちが見えた。本来なら、オレもあの中にいるんだろうが、実際のオレはあれの外にいる。

 

自分で拒絶した場所だ。未練もなければ、希望もない。オレには、オレの場所がある。それだけでいいんだから。

 

そんな時だった。何かが、オレの中を駆け巡った。

 

”キィィィィィィィィン!!!!!!!!”

 

まるでできの悪い電子音のような、耳を裂くような感覚がオレの体を走ったのだ。

 

「や、やばいっ!!!!?!!」

 

危うくオレは、ハンドルを切りそうになってしまった。切っていたら間違いなく大怪我をしてたな。この感覚がとても気持ちが悪く、我慢が出来るものではないので、一旦道の脇に逸れバイクを停止させた。

 

「はあっ、はあっ、はあっ、」

 

呼吸が荒くなり、胸が半端なく苦しい。何かに抑えつけられるような感覚で我慢が効かない。

 

「な、何なんだ。朝から、ぬいぐるみがしゃべりだすわ、選ばれただの、違うだの…」

 

気分が悪いのか、色々と愚痴が出てくる。男と女では、どっちかというと男の方がやたら愚痴るのだ。逆に女は決断が早く、物事をスパッと決めてしまう。

 

やたら愚痴るのは、オレの中にある男の部分が表に出るからだ。やたら、気分が悪い。どこかで休んだほうがいいだろうか。

 

「あ、あの~、顔色が悪いみたいですけど、大丈夫ですか?」

 

背後から、女の声が聞こえてきた。オレを気遣ってくれているようだ。こういうとき、人の優しさは身にしみるものである。

 

振り返るとそこには、十人中十人が美少女と応える容姿の女子高生が居た。身長は160前後で、きれいな茶色の髪を腰まで伸ばし、セイテツ学園の制服を着ている。学生に心配をかけるのもなんだし、

 

「うん。少し、気分が悪くなって、少しそこで休めば治るから、大丈夫……」

 

「本当に、大丈夫ですか?」

 

「うん。だから、早く学校へ行きなよ。遅刻するよ」

 

とりあえずオレは笑って答えた。笑っていれば大概の事は受け流される。オレの返事に対して女子高生がなぜか頬を赤く染めたのが少し気になったが、深い意味はないだろう。

 

オレはバイクを手で押しながら、近くの角を曲がった時にそれは、ぬっとオレの頭に突き付けられた。それは、この日本では絶対に見ることの無い拳銃だった。

 

「よお」

 

どこから聞いても好意的な声ではないのは、誰が聞いても明らかだ。

 

「お前が、あたしの敵なのか?」

 

視線を向けると、鋭い目つきをした赤髪の女が居た。こっちもセイテツ学園の制服を着ているから、女子高生だ。

 

「なんだか、情けねえつらしてるな。図体はでかいのに、」

 

そう言って、その女は、引き金に掛けた指を引こうとする。

 

「ちょ、ちょっとまてっ!!!!!!!」

 

さすがに状況が状況なだけにオレも焦ってきた。いきなり路上で殺されかけるなど、日本のモラルはどこへ行った?とりあえず、この場合は正当防衛はOKだよな。

 

女が突き付けている拳銃を払いのける。払いのける力が意外に強かったのか、赤髪の女は、バランスを崩し、前に倒れこむような姿勢になった。

 

「いやに、力が強いじゃねえか、おまえ、けんぷファーか?」

 

力が女よりも強いのは、オレの中の”男の部分”のおかげ。見かけは女でも、体力とスタミナは平均の男子よりはある。それ以外にも理由があるが、そこまではしたくない。

 

「違う。オレは、けんぷファーじゃない!!!!」

 

ここで否定しなければならない。否定も何もオレは、けんぷファーに関係するが、当事者じゃない。

 

「だったら、なんでけんぷファーって言葉を知っているんだ?」

 

「さっき、お前が言ったじゃないか!!!」

 

「うるせえ、あたしの名は、三嶋紅音。冥土の土産に覚えておけ!!!!!!」

 

紅音は、そう言ってオレに向かって容赦なく拳銃をぶっ放してきた。これを何とかして避けるが、相手はまるで容赦がない。

 

「なんで、戦うんだ!!!!!」

 

いきなり因縁を突き付けてくるような相手に対して、話し合いが通じるとは思えない。

 

「うるせえ、お前があたしの戦うべき相手ってのは、あたしの勘が叫ぶんだよ!!!お前は、あたしの戦うべき相手だって!!!!!!」

 

そう言って、女はスポーツ選手顔負けの跳躍力でこっちに向かってきた。はっきり言って、女子高生としては異常だ。

 

「おらぁ!!!!早く、反撃してみろ!!!!お前の武器は、剣、銃、それとも魔法かっ!!!!」

 

何やら、色々叫んでいるが、オレの力はそのいずれでもない。ただ、言えるのは、人間からしたら、アレは、化け物以外の何物でもないだろう。

 

「………どっちでもないよ」

 

拳銃を放ちながら、紅音はオレに対しての攻撃をさらに強める。拳銃には弾数があるのだが、さっきから弾数を変える気配すらない。あの女の拳銃は弾数制限がないらしい。

 

仕方ないが、逃げてもこの紅音という女は、オレを逃がすつもりはなさそうだ。だったら、見せてやるよ。オレの秘密を。お前も秘密をしゃべったんだ。けんぷファーは、けんぷファー同士で戦うことを、

 

だったら、オレはモデレーターとかいう奴が送り込んだ”化け物”だってことを教えてやる!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナツルは、紅音と向かい合うようにして立った。それは、まるで覚悟を決めたかのように堂々とし、表情は精悍な面持ちであった。

 

「おっ、やっとやるきになったか?」

 

紅音は好戦的な笑みを浮かべて、オレを見る。腹部に力を込める。体に分散した力を感じる。それが一つになり、ベルトを作り出す。ベルトの中央にある!龍の目”が黄金の光を放ち、渦巻く力の本流を現していた。

 

「な、なんだ!!?それ?」

 

紅音は、さすがにこの力”アギト”の事を知らないらしい。両手を前に突き出し、すばやく交差させて、ベルトの左右にあるスイッチに手を駆ける。

 

「!!!!!」

 

光がオレを包み、昆虫に似た赤い大きな複眼をもった目、黄金の龍を模した角を持ったオレの大嫌いなもう一つの姿 ”アギト”へと変わる。

 

「なっ!!?!!!こ、こいつ、一体!!?!!!」

 

あかねは、半年前に聞いていたけんぷふぁーの特徴と大きく逸脱した”アギト”の存在に困惑していた。

 

けんぷファーは、女性にしかなれない存在とメッセンジャーから聞いていたが、この”アギト”はまるで性別を感じさせないしなやかな肢体と強固なプロテクターを思わせる黄金のボディの両肩にある突起物は鎧を思わせる。

 

(お、おい!!?!こんなけんぷファーが居るって聞いていないぞ。本当にけんぷファーじゃないのか?)

 

「……本当は、こんな姿には、なりたくなかった。だから、戦いをやめろっ!!!!!」

 

これは、オレの本心だ。この姿こそ、オレが実の両親に拒絶された最大の理由だ。忌々しい姿ではあるが、身を守るためには、アギトの力を必要としなければならないことがある。今のように常軌を逸した脅威から回避するためには、

 

「何をごちゃごちゃと、うるせえこと言ってんだよっ!!!!!!!」

 

紅音が拳銃を放ってきたが、今のオレには止まっているボールをバットで打つよりも簡単に銃弾を払い落すことができる。右手で構えをとり、放たれた全ての銃弾をアギトは弾いたのだった。

 

「は、弾きとばしただとっ!!!?!!こ、こいつ、素手で戦うのか!!!?!!」

 

紅音は、アギトの桁違いの力に完全に驚いていた。普通、けんぷファーは、武器を使って戦うのだ。中には、武器なしで戦うことのできるタイプが居るのだが、今、目の前にいるアギトはそれですらないのだ。

 

ただ、払っただけである。けんぷファーの戦闘能力は、それぞれが保有する武器を介するのが普通である。だが、アギトは銃弾を払っただけなのだ。武器は己の肉体のみと言いたいのだろうか。

 

「はあっ!!!!!!」

 

オレは、両足の力を込めて紅音の前まで躍り出た。さすがのけんぷファーも”アギト”の早さに反応しきれていないのか、その目が驚愕に見開かれていた。

 

「くそっ!!なんてスピードだ!!!!!」

 

反射的に紅音は、アギトに発砲するものの、アギトはそれらの銃弾を払いのけ、紅音に対して蹴りを上げる。

 

空を切るように紅音の顔すれすれで、近くの壁に蹴りを加え、まるで砂糖菓子を壊すかのようにいとも簡単に壁を砕いたのだ。

 

「!!?!!!」

 

ギョっとして、紅音は砕かれた壁に目を向けた。アギトの蹴りが入っていれば、自分は間違いなく一瞬で終わっていた。

 

(おもしれぇって、言えねえ!!!!)

 

紅音は、相手はけんぷファーのように武器を使わずに戦えることと自分などよりも遥かに上の実力を持つ相手に対して焦りのようなものを感じていた。

 

だが、その焦りは少しだけ苛立ちへと変わる。ここまでの反撃を見せてもアギトは、戦いに対して消極的なのだ。その事実が、彼女の頭に血を登らせていく。

 

「くそっ!!!!ぶっ殺してやる!!!!!」

 

苛立ちながらもアギトに対して攻撃の手を緩めずに、銃弾を放つがアギトはそれらを煩わしそうに払うどころか、全てを一瞬で交わしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まるで猛犬だな。この紅音って子……)

 

紅音の戦いぶりに対して、アギトはそんな感想を抱いていた。一度くらいついたら、絶対に離さない猟犬の執念さながらのものを彼女から感じる。

 

アギトは、騒ぎが大きくなってしまう前に決着をつけなければと考えていた。見た目、一般の女子高生のけんぷファーと違い、アギトの姿ははっきり言って目立つ。

 

人が着たりしたら、大変である。収拾がつかなくなったら、それこそ自分が終わってしまう。

 

(紅音ってこには、悪いけど。ここは、思いっきりやるしかないか)

 

腹を決めて、アギトは紅音の背後に回り、軽くその細い首元に手刀を入れようとするのだが、

 

「はっ!!!!!意外と消極的なんだなっ!!!!!アタシは、積極的にやるぜ!!!!!!!!」

 

紅音はアギトが、戦いに乗り気でないことを察しており、アギトが自分を気絶させる方に動くのではないかと読んでいたのだ。

 

「戦いなんだから、もっと真剣にやらねえと!!!!!!命はねえ!!!!!!!喰らえ!!!!!!!」

 

紅音は至近距離でアギトの顔面めがけて銃口を向け、発砲する。それは、紅音がとっさであるが持てる限りの力を込めて放った”力”であった。

 

強大な爆発音とともに爆炎が上がり、その反動を利用して紅音は近くの電柱へと飛び移った。

 

「よっしゃ!!!!あのやろうの角をへし折ってやったぜ!!!!!」

 

ガッツポーズを決めて、己の勝利を確信するあかねであったが、爆炎から現れたのは、倒れたアギトではなく手のひらを正面に掲げる不動の”アギト”の姿だった。

 

「なぁっ!!?!!って、無傷かよ!!!あの野郎!!!!!」

 

紅音は、己の力がまるで通用しないことに対して驚きの声を上げた。それも当然だろう。常識の範囲内であれば、けんぷファーの力は絶大だ。戦うために求められるあらゆる能力が秀でた戦士であるからだ。

 

だが、目の前にいるアギトは、その常識の範囲をはるかに超越した”非常識”の極みである。紅音は本能的に察した。”こいつは、けんぷファーなどよりもはるかに強い存在”であることを。

 

戦いの中で熱くなっていた気持ちが冷めていき、僅かに後悔の念を瞳に浮かべた。

 

「……はっ、手を出したのはあたしだ。けじめはつけねえとな」

 

これだけの事をすれば、たいていの相手は攻撃してきた相手を許すことはないだろう。紅音は、とんでもない相手に手を出してしまった己の浅はかさを恨みつつ、徹底抗戦を決めた。アギトから反撃が出るかと思いきや、

 

「やめろっ!!!!オレは、確かにけんぷファーを知っている!!!!だけど、戦う相手を知らないんだ!!!!!わかるだろ、オレのこの”アギト”と”けんぷファー”は、戦うべきじゃない!!!!」

 

アギトこと、ナツルはこの戦いに対して、一つの結論を導き出していたのだ。今朝のハラキリトラの話を察するにモデレーターは、アギトをけんぷファーに関わる何かと戦わせたいらしい。

 

アギトが戦うべき相手は、けんぷファーではないのだ。

 

「けんぷファーと戦わないっだ?じゃあ、お前は、一体!!!!」

 

紅音は、アギトが戦う意思がないことに内心ほっとするが、納得できないでいた。アギトは、けんぷファーを知っているのだが、別に戦わなくてはならないと言っている。

 

じゃあなんだ?けんぷファーに何か、やばいことが関わり始めたのか?このとんでもない”アギト”という存在を必要とするほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わからないんだ。オレ自身、どうしてこうなってしまったのか。オレは、誰とも戦うつもりはないんだ!!!!!」

 

オレはとにかく、戦うつもりはないと紅音に叫んだ。紅音も紅音で戸惑っているようで半分頭がパニックを起こしているらしく、表情が酷く困惑していたのだ。

 

訳のわからない状況である。いきなり、戦わなければならないということを突き付けられ、しかも戦うべき相手がわからないといった状況に困惑しない方がおかしいであろう。

 

オレが戦うべき相手は、けんぷファーではない。だが、けんぷファーは、どうやったのかは知らないのだが、オレ、アギトの力を感じ、戦うべき相手と決めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何にもわかっていないだぁ?どんな暢気な脳味噌してんだよ」

 

紅音は、アギトに対して半ばあきれた感情を抱いていた。執拗に攻撃をしてきた相手に対して、まったく戦う意思を見せないのは、心があまりにも大らかなのか、思考が恐ろしく能天気なののどちらかだろうと思った。

 

戦わなくていいのなら、それはそれで構わないと紅音は思う。先ほどまでは戦う気満々であったが、こうまで圧倒的な実力の差を突き付けられると、戦うことで命を落としかねない。

 

(こんなのと、戦っていたら、埒があかねえな。こいつは、戦う気がないっていうし、けんぷファーとも戦わないってんなら、それでもいいか)

 

紅音は、この場から離れることにした。相手があまりにも悪すぎるということと、その相手が戦う気がないのなら、自分がこれ以上攻撃をする意味はないのだ。

 

常人をはるかに超える跳躍力であっという間にアギトの前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが、戦わなければならない相手?けんぷファー?」

 

まったく、訳がわからない。オレが一体、何をしたというのだろうか。使いたくもないアギトまで使わなければならないほどの事をしたのか?

 

半ば、思考に囚われながらもナツルは、一瞬でアギトの変身を解き、もとの姿へと戻った。いつものごとく十代後半の女の姿だ。

 

「はぁ。この分だと、まだまだろくでもないことが続きそうだ」

 

悪いことは連鎖的に起こる。これは、ナツルが持つ持論である。一応、社会に出ている身なのでこういうことは、慣れっこのはずだがこれが続くとさすがに気がめいるかもしれない。

 

「あ、あの………」

 

背後からまた、あの女子高生の声がした。さっきの紅音とかいう女も同じ学校の制服を着ていたな。オレに話しかけているみたいだが、どう答えたらいいのかわからない。

 

長々と悩んでも仕方がないので、とりあえず笑っておくことにした。騒ぎが大きくなる前にここから退散したほうが無難だろう。

 

女子高生に笑いかけてから、オレはどさくさで倒れてしまったバイクを起こしてからその場を後にした。

 

「………素敵な方………」

 

後に残ったのは、去っていくナツルの後ろ姿を見る女子高生 佐倉 楓、只一人。しばらくしてから、学校の方でチャイムが鳴るのを聞いてから、一目散に駆けだしていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物陰より現れた赤いマフラーを身に付けた異形の影に誰も気がつかなかった。

 

「……………kempfer……」

 

物陰より現れたそれは、半神半獣の姿を持ったジャガーであった。ジャガーロードである。獣のように鋭い眼光と知性を併せ持った目が私立セイテツ学園に向けられる。

 

「……kempfer……」

 

鋭い牙が並んだ大きく裂けた口を開けて、ジャガーロードは頭上に発生した光の輪に溶け込むようにしてその場から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城北大学 

 

ナツルは、何度か足を踏み入れている大学のキャンパス内を歩いていた。

 

先ほどからずっと紅音という少女とのやり取りが離れずにいたのだ。

 

(けんぷファーか。あいつらも変身するのか?だとしたら、アギトの一種か、何かか?)

 

普通ではない体。アギトの力を持つナツルにも同様のことが言える。

 

けんぷファーは、見た目はまったく普通の人間とは変わりない。自分、アギトのような劇的な外見の変化とは違う。

 

(何かと戦うって、言ってたよな。じゃあ、何だ。あいつらはけんぷファー同士で戦いあっているっていうのか?)

 

あのハラキリトラは、けんぷファーとかかわる何かとアギトを戦わせたいらしいのだ。正確にはモデレーターとか言う奴が。

 

昔、翔一さんから聞いた話だけど、どんな願いでもひとつだけ叶えることの出来る権利をめぐって13人の人間たちがアギトに近い力を使って互いに戦いあったということがあったらしい。

 

誰も願いをかなえることなく終わってしまったと聞いた時は、心底恐ろしいと思った。

 

絶対的な力の赴くままに戦うことの先は、破滅しかないのだ。だからこそ、オレはアギトの力を忌まわしく思うことがある。こんな力がどうして必要なのかと。

 

このアギトの力の意味について翔一さんは、”決められた運命を変える力”であり未来に伝えなければならないといった。運命を変える力。

 

よくはわからないのだけれど、アギトの力は時として誰かを守るために必要な時が来ると教えてくれた。オレは、そうとは思わない。このアギトの力のせいでオレは実の両親から拒絶されている。

 

アギトの力さえなければいいのにと何度思っただろうか。この人間には理解できないアギトの力を誰かのために使うなんて、オレには考えられない。

 

今朝の件みたいに、オレ自身の身を守るだけで精いっぱいなのだ。だからこそ、オレは誰にも関わらないようにしている。けんぷファーに関わるのも正直、嫌だ。

 

そんなことを考えていると、オレの周りを楽しそうに騒いでいるキャンパスの学生達が嫌にまぶしく思えたのは、オレの気が動転していると思いたい。

 

なんだかんだ言ってオレは、お世話になっている美杉先生のオフィスの前に立っていた。

 

「先生。ナツルです」

 

軽くノックをしてから、名乗る。

 

「ああ、ナツル君か。よく来てくれた、早く、入りなさい」

 

いつもの先生の声が返ってきたのを確認してオレは、オフィスへと足を踏み入れたのだった。

 

「これを見てくれないか?」

 

そう言って、先生はオレに学校のパンフレットを数冊出してくれた。

 

「先生。これは?」

 

もっともなことをオレは聞いてみる。

 

「ああ、君もあのころよりも大分落ち着いてきている。そろそろ、自分のやりたいことを見つけに外へ出て行ってもいいんじゃないかな?」

 

美杉先生は、真剣な面持ちでオレに話しかけてきた。

 

「君は、立派に働いている。だけど、まだまだ伸びる可能性を秘めている。だからこそ、外へ出て、いろんな経験を積んでみることを考えてみてもいいんじゃないかな」

 

そう言って、美杉先生はいくつかの学校の案内の特別枠を紹介してくれた。オレみたいな中学中退でも、入れる枠がいくつか存在しているのだ。特別な枠ではあるが、学校へ行くことができる。

 

だけどオレにとって、学校は悪夢のような場所だった。はっきり言って、あまり関わりたくない。今でも思い出すあの生き地獄。未熟な人間が集まっているところで、半端なオレが受け入れられるだろうか?

 

「先生。オレの事でこんなに真剣に考えてくれるなんて、すごくうれしいです。だけど、オレは今のままで構いません」

 

「それは、どうしてだね?」

 

美杉先生がいかにも曇った表情でオレに訪ねてくる。

 

「はい。オレ自身、今の生活にすごく満足しているんです。働ける場所があって、オレを理解してくれる人、オレを叱ってくれる人、オレの事を心配してくれる人が居て、なんていうか自分の居るべき場所って感じがして」

 

なおかつアギトの事を知ったうえで受け入れてくれる人たちは他にはいない。美杉先生もオレのアギトの力を知っている。先生は、オレが生まれるはるか前にアギトを知っていたんだって。

 

オレ以外のアギトもいる。オレがお世話になっている津上翔一さんも”アギト”の力を持っている。

 

「そうだな、君がそういうのも無理はないか。だが、君を理解できない人は確かに存在するが、それ相応に理解してくれる人も存在するんだぞ。そういう人たちに出会うためにも、人とかかわることを最初から怖がっては、理解してくれる人には出会えないぞ」

 

「…………わかっています。ただ、きっかけがわからないんです」

 

これは、オレの本心。学校を拒絶したと言ったが、オレは中学校を卒業していないのだ。いわゆる中退である。学校へ行くにはそれなりの特殊な枠組みでしか入学できない。やれることも限られる。

 

だけど、先生は特別な枠であるが、入学できる術を見せてくれた。この好意は、オレのことを考えての事だと思う。

 

「そうか、私が無理に言ってもダメか。わかった、調理師学校なんてのもあるから、その辺は一応探しておくから、頭の隅にでも置いておいてくれよ」

 

「わかりました」

 

オレは、一礼をして美杉教授のオフィスを後にするのだった。

 

「なんだかんだ言って、オレって先生にすごく迷惑を掛けているんだよな」

 

どことなくオレは、ぼやいてみた。先生のところでお世話になって、早く自立がしたくて家出当然で先生のところを飛び出して、翔一さんのレストランで下宿し始めたオレの将来について色々と考えてくれるあの人には、いつまでたっても頭が上がりそうにない。

 

見ず知らずの他人であるオレのためによくやってくれると思う。先生はオレに人と多く接して、多くの事を学んでほしいのだろうな。

 

オレは、休みの時もとくに用事がない限りは、ほとんど下宿先の自分の部屋で過ごすか、美杉先生の所へ遊びに行くことぐらいしかしない。オレは昔の事もあって、人ごみというものが大嫌いなのだ。あの中で、オレの事が知られたら、まさに悪夢だ。

 

只でさえ、人間ってのは、自分の都合のよいものは受け入れる癖に悪いものは徹底的に拒む我儘な生き物なんだから、オレみたいなのが受け入れられるのは、皆無に等しいと思う。

 

先生が学校の話をしてくれたのは、嫌な気分半分とうれしい気分だった。また、嫌なことに関わって嫌な思いをするという気持ちもあったが、正直、オレ自身は同年代の皆と遊んでみたいという願望もあった。

 

一度は拒絶したのに、こういう憧れをもつのはあまりに図々しいというか、かなり勝手だと思う。オレ自身、

 

「別に良いんだよな。オレは、このままでも」

 

学生でにぎわう大学のキャンパスを横目にオレは、なるだけ周りを見ないようにしてこの場から離れていった。その時に、胸が少しだけ苦しくなったのを、感じないように………

 

離れていくナツルを窓から、美杉は

 

「ナツル君も嫌な傷を負ってしまって難儀なことだ。せめて、一人でも事情を理解して上げられる友達が居れば…………」

 

 

 

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