三嶋 紅音
眼鏡を掛け、どこにでもいそうな女子高生。彼女の名は、三嶋 紅音という。
今朝、通学路で発砲騒ぎを引き起こした同姓同名の別人と思うだろうが、彼女達は同一人物なのだ。
彼女はけんぷファーであり、戦うために変身する。その時の変身が外見の変化と性格である。好戦的でかつ短気。今の彼女では、天と地がひっくりかえるようなことが起こらない限りそうはならないと思われがちだが、現実に起こっているのだ。
三嶋紅音は、今朝の事が頭から離れないでいた。
(あの女の人、一体。どういう訳なの?あんな人達と戦うとしたら、私は、十分に戦えるのだろうか?)
今朝の好戦的な性格とは真逆の引っ込み思案な思考である。彼女は、けんぷファーに変身すると好戦的でかつ、暴力的な気質が全面的に表れる。これは、引っ込み思案な彼女が戦うために必要なファクターだと思われる。
彼女の悩みは、今朝、自身が攻撃を仕掛けた”アギト”という存在に対してだった。けんぷファーよりも遥かに長けた戦闘能力。あの姿から感じたのは、日常を超越した非日常からくる神秘性。
あの存在は、一体なぜ、自分、けんぷファーの前に姿を現したのだろうか?あのアギトは、けんぷファーの事を知っていた。つまり自分たちに関わりを持つことは確かだ。
(まさか。あの力が必要とされる何かが起ころうとしているの?)
アギトの力を必要とするほどの事態。それは一体、何なのだろうか?想像がつかない。まさかと思うけど、アギトは何かと戦うと言っていたが、それはけんぷファーではないそうだ。
けんぷファーに関わろうとする恐るべき脅威。思考の渦に沈む紅音は、いつも降りる駅を過ぎてしまい、そのまま絶対に行かない駅へと向かって行ってしまったのだ。
悩んでいる紅音がこのことに気がついたのは、五つほど駅を乗り越してしまった時であった。
「えええっ!!!!!!!ここ、どこ~~~~~っ!!!!!!!!!」
ナツルはいつものように、レストランでの接客を行っていた。このレストランアギトの特徴は、一つのテーブルに対して、一人のシェフが付くという営業方法を取っている。
当然のことながらオーナーも一つのテーブルについて、料理をふるまうのだ。ナツルも見習いとして働いているが、その味には定評があり中々のものらしい。
若いながらしっかりしているとのこと。料理の師匠は、津上 翔一。彼の教え方がよかったのか、今のナツルは17歳にしてこのレストランのベテランでもある。
他にも津上翔一のお調子者でいいかげんなところを何気にナツルがフォローしているのは、どっちが先輩、後輩なのかよくわからないといった現象も発生していたこともある。
「ナツルちゃん。また、ごちそうになるね」
「はい。ありがとうございます」
営業スマイルでナツルは、いつもの常連の三十代のおじさんを送り出して、そのまま食器を洗いに裏方へと向かって行った。
ここでのやり方は、大衆向けレストランにはあまり向かないが、一人ひとりとの交流を持つというアットホームな雰囲気が人気の秘密である。人ごみが嫌いなナツルも仕事での付き合いなら問題なく接することができる。
元々の考えていることと過去の事もあってか、ナツルは親しい人以外には基本的には心を許していない面が存在している。接客業で求められる必要なスキルは持っているが、人づきあいに関しては、まだまだというところである。
これは、ナツルに関わる人間の悩みの種である。美杉教授、真魚ねえ、オーナーシェフ津上翔一も懸念している問題なのだ。
ナツルに関しては、自分の立ち位置に悩む複雑な時期に特殊な事例がいくつも発生してしまった故に、かなり難しい問題を抱えてしまっているというのが周りの見識である。
皿を洗い、テーブルを拭いているナツルに翔一からの声がかかる。
「ナーツール!!!!!!!お客さんだよ!!!!!!君と同じ年代の子だから、おねがーい」
「あ、はいっ。すぐに行きます」
(同年代の子か。珍しいな。ここは、学生の通学路から離れているから、めったに来ないんだよね)
三嶋紅音は、見ず知らずの土地に来てしまい、どこか落ち着ける場所ということでこのレストラン アギトへとやってきてしまったのだ。
このレストランアギトは駅のすぐ近くに存在しており、掲げられている龍の顔を模した独特のマークが印象的で必ず目にとまってしまう。
ウェイターの人から、ここのレストランは一つのテーブルに一人のシェフが付くという方法を取っていることを説明を受けた。
なんだか、大衆レストランというよりも場違いな高級レストランに来てしまったという想いに紅音が囚われていたとき、その人物は紅音の前に現れた。
「いらっしゃいませ。お客様、瀬能 ナツルです。今夜は、よろしくお願いします」
紅音が目が向けるとそこには、ビシッとレストランアギトの制服を着こんだ瀬能ナツルの姿があったのだ。
(こ、この人はっ!!!?!!!)
紅音は、胸が飛び出んばかりの衝撃を受けた。なぜなら、今朝、戦いを演じた人物と日をおかずにその日のうちに再開するなど、冗談どころではないのだ。
改めて気がついたが、この店の名前は”アギト”と言った。アギトと言えば、目の前に居る瀬能ナツルが変身した”戦士の姿”の名前ではないか。
まさか、この店は”アギト”の集結する店では?
(ちょっと、なんでこんなところに来ちゃったんですか。私はっ!?!!けんぷファーだって知られたら)
けんぷファーを目の敵にしているアギトも存在しているかもしれない。そんな被害妄想を抱いた紅音は動揺するようにアタフタとし始めた。その様子にナツルは、
(急にどうしちゃったんだろ?この子?もしかして、あがっちゃったのかな?こういうときは、落ち着かせるためには……)
この時、ナツルの脳裏にある人物の言葉が浮かんだ。”女性はガラス細工のように扱うものです”
ナツル自身は男でも女でもあるゆえにここは、男の部分で、彼女をリードするべきだろう。この言葉は、ナツルがお世話になったとある刑事さんから送られたものである。
思春期 十代の少女というのは非常に多感なものらしい。刑事さんの話だと………落ち着かせるためにナツルは
「お客様。そんなに緊張しなくてもいいですよ。ここは、アットホームが売りなレストランですから」
ナツルは紅音の正面に座るように腰掛、笑みを浮かべて彼女に語りかけた。ここは、自分が頑張るべきだとナツルは思った。男として…いや、女でもあるんだった……本当にややこしい。
男でも女でもない。本当に自分はどこに落ち着けばいいんだろうか?ここで、オレが悩んでも仕方がないので、目の前の事に集中する。
「えっ!!?!!べ、別にわ、私は!!!!」
話しかけられた紅音は、さらにアタフタとし始めた。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。ここは、そんなに気を使うようなところじゃないし、オレの事はナツルって、気軽に言っていいから」
紅音に対して、ナツルはまるでなだめるように諭し始めた。アタフタとパニックを起こしてしまった相手を落ち着かせるためには、まずは相手を見ることから始めなければならない。
相手を見るためには、自分から名乗り、自身を理解してもらうようにしなければならないのだ。とくに女性は、先ほどナツルの脳裏に浮かんだある刑事の言葉のように扱わなくてはならないのだ。
”ささいなことで落ち込んだり、なんでもないことで喜んだりと複雑なんです”
続けて、刑事さんが教えてくれた言葉である。そういうもんなのか?頭の中に聞こえてくる言葉を守るようにナツルは
「だから、緊張しなくていいよ。ここでは、ゆっくりと気楽でいいんだから」
大胆にもナツルは、慌てふためいている紅音の手を取り落ち着かせるように再び語りかける。その時の様子に対して、いけない想像をした方は、ちょっと表に出なさい。
「えっ!!?!わ、私は。べ、別に……」
正面に近い位置にナツルの整った顔が紅音の前に現れた。
(す、すごい美人です。は、肌も雪みたいにし、白い。わ、私、どうしちゃったんでしょうか?こ、この人の顔を見ると胸がドキドキします)
ナツルがアギトである以前に、このナツルという人物、自分の胸を高鳴らせる何かを持っている。紅音は無自覚ながらにも感じるのだった。
「だからね。ナツルって呼んでよ」
ナツルは、紅音が話しやすいように笑みを浮かべて話しかけた。
「あ、は、はい。それじゃあ、ナツルさん」
顔を赤くして、紅音は最期は消え入りそうな小声で答えたのだった。
(何だろう。私、ノーマルだと思っていたけど、本当は女の人が好きなのかな?)
紅音はナツルの顔をまともに見れないのか、顔を赤くしてうつむいてしまった。これに対して、ナツルは少し首をかしげる。
(……すごいあがり症だな。なんというか、最近の子は難しいのかな?)
ナツルも紅音とそんなに変わらない年齢なのだが、いかんせん同年代とあまり付き合ったことがないのでこのあたりの感情を察する能力に欠けていた。
「三嶋紅音です」
紅音は、ここでナツルに名前を告げた。彼女なりのナツルに対しての言葉であった。ナツルの脳裏に今朝の騒動で出会った赤髪の目つきの悪い女子高生の姿が浮かんだ。
「紅音ちゃんって言うんだ。三嶋 紅音?どこかで聞いたような」
ナツルは、今朝自分に襲いかかってきた銃を持ったやたら目つきの悪い猛犬のような赤髪の女子高生の姿が浮かんだ。
「あ、はい。私です」
私ですって?どういうことですかい?あなたは、三嶋紅音ですね。
「あの~今朝。会いましたよね。銃をナツルさんに突き付けた女の子……私なんです」
紅音は恥ずかしそうに、それでいて申し訳なさそうな声でナツルに告げたのだった。ナツルは目の前に居る少女と今朝の猛犬女子高生の姿がオーバーラップする。
「ええええっ~~~!!!!!!!三嶋 紅音って、あの三嶋紅音!!!!!!!!」
突然、告げられた事実に対してナツルは声を上げてしまった。
「そ、そんなに驚かないでください。は、は、恥ずかしいです」
ナツルは周りを見る。周りがこっちに視線を向けている。普段のナツルと違う様子に対して、常連さんは目を丸くしてこっちをみている。
「あ、ご迷惑をおかけしました。大丈夫ですから、そのままで」
謝罪の言葉と一緒にこの場の収拾を図るナツルであった。席に落ち着き、少し コホンと一呼吸入れる。
「で、紅音ちゃんは、どうしてオレの事を?」
「はい。あの時、突然変身してしまったんです。話によるとけんぷファーは、戦うべき相手が近くに居る場合、強制的に変身してしまうんです……」
この時、ナツルはけんぷファーについて知ることとなる。
「これが誓約の腕輪なんです」
そう言って紅音ちゃんは、オレに右腕にはまっている腕輪を見せてくれた。青い腕輪だ。
「けんぷファーの証なんです」
「オレは、けんぷファーじゃないからそういうのは、ないんだけど」
オレは、紅音ちゃんの顔を穴のあくほど見ていた。
「ねえ、もう一度確認するけど本当に今朝の女の子なんだよね?」
「………はい」
もじもじしながら、紅音ちゃんは再び顔を赤くした。
「………あれ、私なんです」
「色々とすごいこと言ってたけど、変身するといつもあんな感じ?」
ぶっ殺すだの色々とすごいことを言ってたけど、ここで言うのは、やめにしよう。オレがいじめをするみたいだから、あんな生き地獄はやるのもやられるのも嫌だ。
「はい。どういうわけか、気が大きくなって、人を撃ちたくてしょうがなくなるんです」
「…………物騒なって思いたくなるけど、オレもアギトになったばかりは、力が暴走して目の前にあるものをやたら壊したくなって大変だった」
「ええっ!!!!アギトって、暴走するんですか!!!!!」
「暴走したってのも前の話しだし、今はそういうことはないから…」
まだ翔一さん達に出会う前のころだ。アギトになった時、不安定だった精神状態も手伝ってかオレは力の赴くままにあらゆるものを破壊していた。
その犠牲になったのは、もう帰ることの無い実家なんだが、今ではみるに堪えない廃屋になっていると思う。あるいは、更地に……
「そうですか。話が遅れちゃいましたけど、今朝の事はすみません。こういうのって、私が最初に謝らなければならないのに」
「いいよ。紅音ちゃんが悪いってわけじゃないから。変身して、そうなっちゃうのは仕方がないってことだから」
「ありがとうございます。どうして、けんぷファーに変身してしまったんでしょうか。けんぷファーが戦う相手はけんぷファーなのに、どうしてナツルさんのようなアギトに…」
「悩んでも仕方がないし、紅音ちゃん。ご飯、まだだよねって、ご飯食べてないからここに来たんだった」
「あ、そういえばここ、レストランだったんですね。メニュー、見せてもらっていいですか?」
「うん。いいよ」
オレは、紅音ちゃんにメニューを渡して注文を待った。この時、オレ達に視線を向けるあの人の存在に気が付かなかったのだが、
「よかった。ナツル君にもちゃんと、友達が居るんだな」
オレにとって一生頭の上がらない美杉先生が居たことに………
オレは紅音ちゃんが注文した料理を作りに一旦テーブルを離れた。紅音ちゃんが注文したのは、スパゲッティだった。ペペロンチーノね。
紅音ちゃんは。、オレがここでのシェフッて云うことにも驚いてたけど、それ以上にオレと同い年にびっくりしていた。オレって、そんなに老けて見えるのかな?
なんだかんだ言って、オレは注文した料理を持って紅音ちゃんの待つテーブルに戻るにいたったんだけれど。
「おいしいです!!!!ナツルさん!!!!!!!」
「オーナーからの直伝だからね。翔一スペシャル、お勧めだから今度、試してみる?」
「はい!!ナツルさんがお勧めなら、きっとおいしいんですね。あ、そういえば、ナツルスペシャルっていうのがメニューにあったような」
「ああ、あれオレの創作料理。その日の特選食材で作るコースだよ」
ナツルスペシャル。最近、ここで許されたオレのメニューだ。メニューのなるぐらいだからオレの腕は相当なもんになっている。カップめんしか作れない奴らとは大きく違うのだよ(悦)
「ええっ!!!じゃあ、明日もここに来ます!!!!!来てもいいですよね!!!!!!!」
期待がこもった目で紅音ちゃんはオレを見る。
「うん、良いよ。明日もちゃんといるから、いつでも歓迎するよ」
うれしそうにいう紅音ちゃんに対して、オレはなんとなく嬉しくなった。だって、女の子は笑っている方がいいよね。
オレがアギトだってことを知っていてこんな風に笑ってくれる子なんて、この先絶対に遭うことはないと思ってたけど。
やっぱり、けんぷファーも変身だって言うから、アギトとわかりあえるところがあるのかな?
だけど、オレのどっちでもない体についてはどう思うのかな?
気持ち悪いって言わないかな……そんなことを仕事中に考えるのはよそう。今は、紅音ちゃんが喜んでくれるならいいんだ。
オレはいつも心の隅に置いている暗い影が浮かび上がってくるのを感じつつ、紅音ちゃんの笑顔を見ていた………
それから、しばらくは、紅音ちゃんと話しつつも楽しい時間は過ぎて行った。時間も時間だったので、紅音ちゃんは一時間ほどで店を後にした。
オレに向けてくる笑顔がすごくまぶしく見えたんだ。
駅のホームでは、紅音が名残惜しそうにレストランアギトに視線を向けていた。
「ナツルさんか。すごく綺麗な人…あ……」
紅音はナツルの事を思い出すと胸が高鳴るのを感じた。悪いものではなくどことなく心地の良い響の鼓道だった。
聞きなれた汽車の音を聞き、紅音は乗り込んだ。窓から遠ざかっていくレストラン アギトをいつまでも眺めていた。
駅から降りた紅音の背後に光の輪が現れたことに彼女は気が付かなかった。
光の中より現れたのは、半神半獣の異形 ジャガーロード。
「……KEMPFER……」
ジャガーロードに反応するように紅音は背後を振り返る。
「なんだ!?!!てめぇは!!!!!新手のけんぷファーか!!!!!!?!」
紅音は左手の青の腕輪を光らせたと同時にけんぷファーへと変身する。彼女の目に映ったのは、古代の遺跡に描かれた半神半獣の神々に似た姿を持つ異形。
彼女は勇ましく銃を構え、獣のように鋭い眼光を”けんぷファー 三嶋紅音”に視線を叩きつけるジャガーロードと対峙し、気が短い紅音は銃の引き金を勢い良く引く。
硝煙のにおいと勢いよく吐き出された空薬きょうがアスファルトの上を跳ね返る。発射された弾丸はまっすぐジャガーロードに当たるが、
「GUUUU」
ジャガーロードに当たった弾丸は、火花を上げるもののその体には傷らしい傷が存在していなかった。
「ああっ!?!効かないだ!!?!」
紅音は、このジャガーロードに対して足が僅かに後退するのを感じた。今朝のアギトのようにけんぷファーでは、太刀打ちできないすさまじい力を持っていることだけは確かなのだ。
アギトのように消極的ではなく、こいつは、自分を殺すつもりで前に現れた。そう思わずにはいられないほどの殺気を感じたからだ。
そのころ、ナツルはレストランアギトで食器の後片付けを行っていたのだが、
「それにしても、なんでオレ、紅音ちゃんと話したんだろう?」
ナツルは先ほどまでの時間を不思議に思っていた。今朝は、けんぷファー、自身のアギトに関することに関しては一生関わりたくないと思っていたのに、どうしてけんぷファーである紅音という少女と関わってしまったのだろうか?
これまでのナツルは、人とは違う”身体”故に他人に理解されず、それゆえに壁を作り他者を拒絶していた。その壁を乗り越えるものは誰ひとりとしていなかった。
ナツルが壁を乗り越えることを許さなかったからだ。一度会えば、それっきり。それだったのに、継続的な関わりを持とうとする存在が現れた。
三嶋 紅音。どうして、彼女の笑顔を心地よく思ったのだろうか?自分の普通とは違う身体に対して、彼女はどう思うのだろうか?
”明日もまたきて良いですか!!!!”
いつも客が言っていて、聞きなれた言葉なのにどうして、彼女の言葉は自分に響くのだろうか?
ナツルが、そんなことを考えていたとき、突然、それは、ナツルの身に降りかかってきた。
”ギンッ!!!!”
すさまじい感覚がナツルの体を駆け巡る。
「な、なんだ?またかよ…今日は、なんだっていうんだ」
なれない感覚に対してナツルは手元を滑らせ、持っていた食器の何枚かが床に落ち、派手な音を立てて割れていく。
脳裏に紅音の姿が浮かび、彼女に忍び寄る黒い影の存在が映し出された。
「あかねちゃん!!!!!!!!」
ナツルは、満面な笑みを浮かべる彼女の姿を思い出すと同時に彼女の身に恐ろしい危険が迫っているのを感じ取っていたのだ。
気が付けば、ナツルはエプロンを投げ捨て、ものすごい勢いで店を飛び出していった。居てもたってもいられずに店を飛び出したナツルを見て、翔一は。
「ナツルっ!!どこへ行くんだっ!!!!」
裏に止めてあったバイクに乗ったナツルの背を見送るように翔一は呼びかけていたのだが、
”キィィィィィィィィィンッ!!!!!”
ナツルが感じたのと同様の感覚が翔一にも感じられた。
「この気配。まさか、アンノウン?」
数年前に感じ、今まで感じられなかったあの恐ろしい存在たちの気配を……
自分も行かねばという思いにとらわれるが、ナツルは誰かの名前を叫んで飛び出していった。アンノウン。かつて、翔一たち”アギト”が戦ったある”力”に従属する”異形の天使”達。
ナツルは、このアンノウンの気配を感じたからこそ、飛び出したのかもしれない。翔一は
「ここは、ナツルに任せてみるか。なんだかんだ言って、頼りにしているからな。俺も」
そう言って、店内に戻ってしまった。ここは経験者が行ってもと思うのだが、翔一はナツルが行ったのならと安心しているのか、それ以上のことはとくに言わなかった。
「がんばれよ、ナツル。何かあったら、無理しないで逃げて来いよ」
夜の郊外の道路から銃声が響く。銃声の先に存在するのは、半神半獣の異形が一体とそれと勇ましく戦う女子高生。
「くそっ!!!どうなってるんだ?」
何度も銃を撃っているのだが、相手にはまるで効果がないのだ。効かない攻撃を繰り返しても意味はない。
ここは、逃げるしかないと思ったのだが
「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!!!!!!!!!!」
ジャガーロードは、まるで空を舞うかのように飛翔し紅音めがけてその鋭い爪を掲げたのだ。
「うわっ!!!!?!あぶねえ!!!!!!」
戦いのエリートとしての能力が高いけんぷファーの驚異的な反射神経で回避するが、僅かに額に傷を受けてしまった。勢いよく前方へ飛び、左手でアスファルトをつかむようにブレーキを駆け、両足で踏ん張りつつもジャガーロードと距離を取る。
避けた先にいたのは、アスファルトに出来上がった摩擦熱によって引き裂かれた道路であった。
「なんつう…こいつ、どうしてけんぷファーを襲うんだ?」
まるで因縁をかけるようである。この怪物は、最初から自分を狙っている。圧倒的な力を持って……
「GUUU……」
離れようとするあかねに対して、ジャガーロードは容赦することなく近くに止めてあった乗用車をつかみ、その車体に驚異的な握力で爪をくいこませて持ち上げ、紅音に向かって投げ飛ばしたのだ。
「お、おいっ!!!!!無茶すんな!!!!!!」
紅音は急いでよけるが、勢いよく投げ飛ばされた車体がアスファルトに撃ちつけられた衝撃に対して、足もとを崩し、転倒してしまった。
体に痛みを感じつつ、紅音は立ち上がろうとする。気が付くとそこには、ジャガーロードの鋭い視線が自分を見下ろしていたのだ。
「しまった!!!!」
ジャガーロードは紅音の頬を叩くようにして殴り飛ばした。その際に、紅音は銃を落としてしまい、完全な無防備な状態へと追い込まれてしまった。
「や、やべえ……」
何とかして武器を取りも出さなければならないのだが、武器はすでにジャガーロードの遥か背後にあるのだ。アレを出し抜くなんて正直無理だ。
(くそっ!!!あたしは、ここで死ぬのかよ!!!!じょうだんじゃない!!!!明日も行くって約束したのに、こんな訳のわからない奴にころされるなんて!!!!!!!くそ!!!!!)
胸の内で悪態をつき、ゆっくりと迫りくるジャガーロードに対して自分は何もできないのだ。そんな時だった。
”ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッンッ!!!!!!!!!!!!!”
「GUUッ!?!」
背後から強力な力の本流をジャガーロードは感じた。そこに立っていたのはナツル。
「な、ナツルっ!!!!!」
紅音は、突然現れたナツルに対して驚きの声を上げた。ナツルは、先ほどとはうって違って険しい表情でジャガーロードを見据えていた。
ナツルの腹部には、アギトの力の象徴ともいえるベルト”オルタリング”が巻かれ、その中央には”龍の眼”が黄金の光を放っていた。
両手を前に突き出し、すばやく交差させてベルトの左右にあるスイッチに手を駆けると同時に
光の渦が一気に輝きを増したと同時に、アギトへの変身を遂げる。
「はっ!!!!」
構えをとり、ジャガーロードに対して静かながら闘志のこもった視線をアギトは向けた。
「AGITO!!!!」
ジャガーロードは、アギトに対して驚きの声を上げるとともに、自身の頭上に光の輪を発生させて、そこから槍をとりだしたのだった。
「や、槍っ!?!あんにゃろ、武器も使えるのかよ!!!!!!」
あの只でさえ厄介な奴が武器を持ったら、それこそ無敵ではないかと紅音は思った。
ジャガーロードは槍の切っ先を立てて、アギトへの攻撃を開始する。獣の俊敏性からくるスピードと卓越した戦闘術から繰り出される突きはまるで凶暴な嵐を思わせるほどすさまじいものであった。
空を切る音が切れることなくあたりに木霊する。アギトはこれを難なくかわし、カウンターとしてジャガーロードの下あごに向かって強烈なアッパーを浴びせた。
「U、GUOOOOOッ!!!!!」
二メートルはあろうかという巨体が宙に打ち上げられ、そのまま地面に受け身を取る暇もなく叩きつけられた。
倒れたジャガーロードにアギトは冷静に目を向けつつ、ベルトの左にあるボタンに手を掛けると同時に龍の目から槍状のものが飛び出し、それを手に取ると同時に左半身に鎧のようなものが現れ、胸部のプロテクターが青色に変化する。
「青くなった!!?!!」
アギトの形態”超越精神の青”ストームフォーム。ストームフォームにチェンジしたアギトの姿と自分の右手にある青い腕輪と交互に見る。槍状のものは、一瞬にして両刃のナギナタに変形する。
「フンッ!!!!!」
アギトは、軽々とナギナタを振るう。そのアギトに対して、ジャガーロードは起き上がり槍をつきたてながら、向かっていく。
「GUOOOOOOOOO!!!!!!!」
獣を思わせる方向を上げながら、槍をアギトに振う。
「ハッ!!!!!」
これをアギトは両刃のナギナタを振うことによって弾くと同時に反撃をも行う。ジャガーロードはこれを回避し、反撃を行う。
二体の異形達が振う刃の交り合う金属音と空を切る音だけがあたりに木霊する。互いに攻撃を行いつつ、アギトは距離を置くべくいったん下がった。
「ハッ!!!!!」
アギトは、ナギナタを両手で器用に扱いながら、回す。それと同時に周囲の空気に変化が起こった。
戦いの行方を見守っていた紅音は、風が突然強くなったのを感じた。風が強くなっていく。
「な、なんだ!!!一体!!!!!」
細かい砂、石が巻き上げられていく。この風の中心に居るのは、
「ナツル!!!!!お前が、この風をっ!!!!!」
周囲に風の力を発生させたアギトの両刃のナギナタには、目に見えて分かる風の渦が存在していたのだ。風の渦をまといながら、アギトは一瞬にしてジャガーロードの正面に立ち、
「ハアアアアアアアッ!!!!!!!!!!」
ジャガーロードに対して、鋭い一線を振うと同時に集中させた風の渦が一気に爆発し、ジャガーロードを吹き飛ばしたのだ。
「GUGUGUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そのまま近くのマンションの壁に叩きつけられ、ジャガーロードはほとんど虫の息の状態であったが、それでも何とか立ち上がり、アギトに向かっていく。
アギトは、青い形態ストームフォームの変身を解き、通常形態に戻ると同時に向かってくるジャガーロードの腹部に強烈なこぶしをぶつける。その衝撃により、再び後方へ押し戻される。
「ハアアアアアアア………」
拳法を思わせる構えを取ると同時に額にある黄金の角が二本から六本に展開したと同時に足もとに光り輝く龍の顔を思わせる紋章が現れる。
「フンッ!!!!!」
アギトは垂直に飛びあがり、後方に押しも出されたジャガーロードに対して鋭い蹴りを繰り出したのだ。
「破アアアアアアッ!!!!!!!!!!!!」
ジャガーロードの胸部に強烈なエネルギーを伴った蹴りが加えられ、その力によりジャガーロードはさらに後方へ吹き飛ばされ、坂を勢いよく転がるモノのように転がっていく。
勢いよく吹き飛ばされたジャガーロードは、後方に不法に止めてあった車両にぶつかり、勢いが止まり、胸をかきむしりようにして苦しみだしたと同時に頭上に光の輪を発生させて
「GUOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
獣の咆哮を上げると同時に、爆発した。止めであった車のガソリンにも引火し、周囲を一瞬にして明るくしたのだった。この光景に対して紅音は
「………やりすぎだっつーの」
自分が手に負えなかったあのジャガーの化け物を圧倒的な力で倒したアギトことナツルに対して、そんな感想を漏らしたのだった。
「でもな。助けてくれたことには、感謝するぜ」
ニッと笑って、紅音は背後の炎をバックにこちらへ歩み寄るアギトに笑みを向けるのだった。アギトから元の姿へナツルは戻る。
「あかねちゃん。怪我はって!!!!、血が!!!!」
紅音が額から血を出しているのを見て、あわてて駆けだすが、
「良いんだよ。かすり傷だ。どうせ、変身を解けば、怪我は治るんだ」
紅音は、そう言って元の引っ込み思案の眼鏡の少女へと戻る。
「ですから、大丈夫ですよ。この通りです」
先ほどまでの怪我はなく、いたって健康な紅音の姿がそこにあった。
「本当に治るんだ。便利だね、アギトはそうもいかないんだよね」
アギトの場合、ダメージが深刻すぎると変身を解いた後でも続く場合がある。そう思うと、けんぷファーは便利かもしれない。
「そうなんですか。けんぷファーにもアギトよりもすぐれているところはあるんですね」
ここで紅音が感心する。戦闘能力の面ならアギトはけんぷファーよりもすぐれているが部分的には、けんぷファーの方がすぐれている面もあるようだ。
「うん。でも、少し騒ぎが大きくなりすぎたから、離れようか。紅音ちゃんちは近いよね?」
「ハイ。すぐ近くですが」
「じゃあ、早く離れよう」
紅音の手を取り、ナツルはすぐ近くに止めてあったバイクにまたがって、紅音の家まで走るのだった。
この時、ナツルは先ほどの敵に対してこんな感想を抱いた。
(もしかして、けんぷファーに関わる脅威って、あの怪物の事なのか?)
現場から去っていくナツル達を二体の異形の影が見ていた。獣のような鋭い眼光を向けながら…
「AGITO」
「AGITO」
紅音は、新しくおもちゃを買ってもらった子供のようにうきうきとした気持ちで携帯電話の画面を見ていた。
<瀬能 ナツル>
ご丁寧にも顔写真の画像も存在していた。これは数分前に交換したナツルの番号とアドレスのデータなのだ。
”紅音ちゃん。また、何かあったらオレに言ってよ。すぐに駆けつけるから”
”えっ!!?!な、ナツルさんがまた、助けてくれるんですか!!?!”
”うん。何かあったら、大変だろ…それに…”
”それに?”
”アギトの事を知って、オレに笑いかけてくれるのって、紅音ちゃんしか知らないから……”
どことなく照れたような様子でナツルは、紅音に対して答えるのだった。
「おいっ、紅音。何か、良いことがあったのか?」
紅音に話しかけてきたのは、血走った赤い目の黒いウサギのぬいぐるみだった。小さな手に刀を握り、臓物がはみ出ている。名をセップククロウサギという。
「はい。今日、素敵な女の人と知り合えたんです。あ、でも、そんなんじゃなくて…あ、でも、でも、ナツルさんとだったら、私、良いかも」
突然紅音は、顔を赤くしてうつむいてしまった。そして、もだえるようにベットに付して転がり始めたのだ。
「きゃー!!!!きゃー!!!ナツルさん!!!!だめですってば!!!!!女同士で!!!!!」
「そこまで聞いてねえよ。いいことがあったのか?」
口がこれまた悪い。今の紅音には、セップククロウサギの声が届いていないようである。それどころか、何か楽しいことを思いついたように嬉しそうな笑みを浮かべている。
「……バイクに乗ってきて、怪物たちと戦う正義の味方か。あの噂の人って、もしかしてナツルさんかな」
自分がクラスメイトから聞いた赤いイナゴを模したバイクに乗った銀色の男の話。その男は、”仮面ライダー”と名乗ったそうだ。
ナツルは、黄金の体をしており、噂の男とは正反対である。
「ナツルさんは、アギトって言ってたから、仮面ライダーアギト。仮面ライダーアギト」
良い響だと紅音は思った。たいていヒーローは、カッコいい男性がやるのだが、これからの時代カッコいい女性がヒーローであってもよいではないかと思う。
「こんど、ナツルさんに言ってみようかな」
「仮面ライダー?アギト?紅音、今度は、ヒーローものでもチェックを入れ始めたのか?」
「TVの話ではありません!!!!現実の話です!!!!!!!」
この夜、セップククロウサギは”瀬能ナツル”なる人物について、紅音からたっぷり語られることとなったのだ。
「ったくよ~~。その女に一目ぼれかよ?付き合えよ、いっそのこと」
「ええっ!!!わ、わたし、そんなんじゃ!!!!」
顔を赤くして、照れる三嶋紅音。彼女は、ものすごくシャイなのだ。
翌日、紅音のマンション付近でなぞの爆発事件が起こったことが新聞の一面を飾ったのだが、真相は依然闇の中である。
「ナツル。最近、また事件が起こっているな」
翔一が珍しく新聞に目を通していた。話しかけられたナツルは、その話題に触れたくないのか、僅かだが視線が泳いでいた。
「そ、そうですね。夜は危険が多いっすね」
わざとらしく翔一に返事をするナツルであった。口調もなんだか変になっている。
「だから、用心しないと」
ここでもわざとらしく、戸締りの点検を始めてしまうのだった。
都内の高級マンション
ここは、高額所得者が住むセレブの高層マンション。このマンションの一室で、新聞を見つつ窓に反射した少女の姿が映し出された。焦点の定まらない光の無い目をしている。
新聞に載っているのは、ここより離れた場所で起こった爆発事故についてだった。
「この間のアレは、無駄にはならなかったみたい」
薄暗い室内で少女は笑みを浮かべる。色白の肌に切れ目のような笑みを作りながら、
「でも、いけませんよね。あなたは、けんぷファーに関わっちゃいけないのに、関わろうとする”不確定要素”だけと戦えばいいものを」
少女は静かながらも僅かに怒りがこもった調子で言葉を紡ぐ。
「だから、あなたにとってかけがえのないものを奪います。そうすれば、あなたは関わらずに戦ってくれます」
少女は、背中に黒い影を抱えながら、部屋を後にする。部屋に残されたのは、臓物アニマルシリーズのぬいぐるみたちが不気味に鎮座している光景だけであった。
「赤のけんぷファー達には、もっと動いてもらわないと……そうしないと話が進みませんから」