sonic.exe ~the unknown story~ 作:トラちゃん
Eternal eclipse
「ま、待ってよ、アリス~!!」
「相変わらずあなたは足が遅いですわね! 置いていきますわよ、母上に見つかれば大変なことになりますもの」
裕福な家庭の広い庭で、子供が二人走っていた。
片方の子供は美しいブロンズが特徴の少女で、もう片方は茶色の艶やかな巻き毛が映える少年だった。
少年は、いつも一つのぬいぐるみを肌身離さず持っていた。
二人とも裕福で、幸せに満ちた生活を送っていた。
また仲が良く、二人は姉弟ではないのだが、まるでそのように接し合っていた。
「早く早く! あと少しですわよ」
「ゼー……あ、うん!」
少年は、ぬいぐるみ地面に落とさないように抱き抱えながら、少女の後を走っていった。
二人は庭の奥の、草花が舞うように植えられている美しい場所へ走っていった。
ある程度進むと、大理石でできた小さな椅子二つとテーブル一つが見えてきた。
彼らはそこに座って、テーブルの上に、持ってきたティーセットを出した。
先程アリスと呼ばれた少女が紅茶を淹れると、芳しい香りが辺りに満ちた。
「わぁ…アリス、君は本当に紅茶の名人なんだね! 僕の家に毎日いてほしいぐらいだよ」
「まあ、何をおっしゃいますの、ジェイク? 私は『紅茶の女王』ですことよ」
アリスの冗談返しに、ジェイクと呼ばれた少年は大笑いした。
「やっぱり君って素敵な人だね。 僕が今までに見た人の中で最高だよ。 母はいつも僕を可愛がってくれるけど、物ばっかり与えて、僕とあんまり話をしようとしないんだ。 このぬいぐるみぐらいしか、僕には家での遊び相手がいないんだ」
「そうなんですの? 私の母上も似たようなものですわよ。 私を可愛がっているのかいないのか、定かじゃありませんこと」
アリスが紅茶を淹れ終わり、二人はしばし紅茶を楽しんだ。
夕方の金色の光が、彼らを優雅に映し出した。
呼べば天使や妖精でも、何でも来そうなぐらい、彼らは美しかった。
「美味しかった。 明日もまた来ようね、アリス」
「勿論ですわ。 またいらしてね」
二人は庭の奥から出てきて、それぞれの家路についた。
その夜は月食だった。
空には、気味の悪い緋色の月が掛かっていた。
明くる日、また二人は庭へ集った。
今日は奥には入らず、親から見られてもいいような庭の開けたところで、二人はティータイムの準備をしていた。
手は休ませなかったが、アリスはジェイクと盛んに話した。
昨日は緋色の月が掛かっていて、なんだか怖かったこと。
今日の紅茶の種類のこと。
最近のアリス宅の外の様子のこと。
ジェイクの生活のこと。
話し込んでいるうちに、すっかり準備が整い、アリスは早速紅茶を淹れ始めた。
その途中で、アリスがさりげなく聞いた。
「…そういえばジェイク、最近体調はどうですの?」
ジェイクは相変わらずぬいぐるみを離さずに話した。
「まあまあだよ。 でも医者には用心しろって言われてるんだ。 昨日の夜にまた発作が出たんだよ」
「昨日の夜、ですか…。 あ、淹れ終わりましたわ。 どうぞ。 今日は少し濃いめですのよ」
紅茶を口に運ぶジェイクを、アリスは嬉しそうに見つめていた。
「うん、やっぱり美味しいや。 アリスってば、やっぱり『紅茶の女王』だね」
冗談めいてジェイクはそう口にしたが、心なしか元気がなかったようだった。
「…ジェイク、大丈夫ですの? 何だか顔色がよろしくないですわよ」
ジェイクは、全く気にしない様子で紅茶を飲んだ。
「大丈夫。 薬も飲んだしね。 …なんだか、今日は夜までいたい気分だな… アリス、夜までいて大丈夫?」
ジェイクがそんなことを言うなんて、アリスには珍しかったが、顔色が悪いジェイクの言う通りにしないと可哀想だったので、仕方なくそうすることにした。
「…ええ、構いませんわよ」
彼女の言葉を聞いて、ジェイクは満足そうに微笑んだ。
彼のぬいぐるみも心なしか、笑っているようだった。
それからすぐに夜になった。
肌寒くなってきたが、ジェイクはまた気にしない様子で、月を眺めた。
「月が綺麗だね、アリス」
「え、ええ……」
ジェイクは先程よりもずいぶん顔色が悪くなっていた。
…まるで、昔に本で見た、死霊のように。
流石のアリスも心配になってきた。
一向に動かないジェイクを、アリスは説得しようとした。
「ジェイク、そろそろお屋敷に……」
アリスがそう言い終わるか終わらないかのうちに、ジェイクは立ち上がって、アリスの手を握った。
その手があまりにも冷たくて、白くて、アリスは心底怖くなった。
「…あの、ジェイク…?」
「…アリス。 最期に君といられて、本当によかったよ」
「え、な、何をおっしゃいますの!?」
「いつか、また会おうね」
その一言を最後に、ジェイクは地面に崩れ落ちた。
…ぬいぐるみを手から離さないままで。
「ジェイク…? ジェイク!?」
アリスはジェイクの頬に触れた。
それは、あまりにも冷たくて、凍えそうだった。
彼の側では、古いぬいぐるみが、まるでアリスと この世界を嘲笑うように、貼り付けた笑みをたたえていた。
霞んだ雲で覆われた夜の園に、少女の泣き叫ぶ声が響き渡った。