廿一
魚を焼くのは飽きが来た、肉を焼こう。冷蔵庫にあるのは白い殻の小振りな有機卵、何処でも買えそうなくすんだ赤色の挽肉、冷凍庫には菠薐草が何百
卵そぼろとほうれん草を手早く作り、胡麻油と挽肉、多少の
「もしかしてなくても、俺寝ていたか」
寝起きというのもあるのだろうが、然程大柄でもなく、ただ
彼から発せられる情報の質量に私が戦慄したとしても平生の態度をするという選択肢しかない。
「ん、ああ。ぐっすりと。でも、ギターなんて随分懐かしい物を引っ張り出してきたな」
「ああ、活字だけで生きていける程の仙人じゃあないからさ」
私は皮肉と受け取ったが、相手は無自覚のようだ。そこで、私は話題を提示する機会と捉えた。
「えっと、そのことなんだけれど」
私は躊躇うにも後に引けなくなったので、強引に気持を推し進める。
「独りで外に行ってみたくはならないかい」
途端に瞳の色が元に戻っていく。
「いや、コンビニやスーパーに行きたい時ぐらいならあるだろう。そういう時の為に少し置いておこうかな、と」
此れは普通の提案だと思った。若干共依存の火種にはなりそうだが、それ以上に置いていかないと起こる不便は想像を逸脱するだろう。
「でも、それは悪いよ」
「遠慮するのも無理ないが、己を待っていたら何時までも檻の中だぜ」
「そうだけど、仕事探す意慾を失いそうだからさ」
私は今迄の情報の蓄積の果てに一つ、痺れを切らしてみた。というのも、判然と行動してくれないのに水面下で苛々させられるからで、色々と考えてしまう前に
「其処まで厳格になる必要はあるのか。普通の人間ならどんな状況だって厚かましい願望を持つものじゃないか」
「普通の人間、か」
熊谷はまるで彼がそうではない為に溜息を吐いていると見えた。私は一線を超えたのだと、即認識すべきであった。
「そうだ。もしそうで
熊谷は酷く眉間に皺を寄せて、暫し何かしらの葛藤の内に絡げられていた。そうして、真面目な口調で尋ねられた。
「何れだけ君は此処に住んでいるんだい」
「廿年少しさ。大学生から盛岡の何処かしらにはいる」
彼は顔を一
「どうしてなんだい。己が鬱陶しいとか、そういう不満話なら遠慮無く云えばいい」
「君はそう言うけども、僕は怖いんだよ。自分を誰かの胸に預けて上手く行った試しがないんだ。知人でも例外無く」
「だったら、それも含めて全部云ってしまおう」
矢張り突飛なる物言いだったかもしれない。彼は想像の通りに困惑していた。
「大丈夫だ。例え今から死ぬ程侮辱されたって追い出したりしないよ」
重い鎖の扉が開かれたようにゆっくりと話し出した。
廿弐
──塩竈湾の海上に浮かぶ諸島の内、尤も本土に近い島にて。
乱暴狼藉を働いて、近所では悪評高い男。此処らでは獣と呼ばれていた其奴は或る日も無理矢理どこからか女を捕まえては襲った。
「誰の子だろうが、産まなきゃ唯の
そんな獣の言葉に乗せられて、一年弱が過ぎた頃、已む無く産まれてきた子にその女は自分から喪われた平和を祈って
其処で、子供の為とはいえ結婚には物凄い反撥を喰らったようだが、男の方に唸る程の富だけはあった。諭吉の長判ブロマイドを誰かの目の前でちらつかせれば、何でも堪えられない程になるに違いなく、女の方は能面のように場面毎に表情を固めながら、此れがあくまで双方の完全な合意に基づいたかのようにしていた。これで女の側の親戚は誰一人彼女の味方をしなくなったが、二人は結婚した。
何年か経て靖人、つまり僕に物心付いた時、父は母と喧嘩していた。目立った道具は家になかったため、平手打ちか拳が母に飛んだ。母は
僕は観ていてとても怖がった。
渡し舟に乗って隣島の学校に通うようになって、ちょっとした世間向きの言い回しを習得する内に親父の喧嘩の相手をするようになった。直ぐに丈は頭打ちになってしまうが、体格だけは既に今から殆ど変わらないところまできていたから、小学校後半からは柔道の真似事をして親父をある程度はやり込める事が出来ていた。ただ、それ以来母は死ぬまで悲しみに満ちた表情をするだけだった。
学校では近所の噂を源流として次第に、家族の話が云わずとも知れてしまっていた。麻酔銃と称して、駄菓子屋で調達し得るような
高校で狭い諸島から離れれば状況は改善するかと思い
成績が指折の上位であれば生意気と叩き、少し苛立ちを打つけてしまえば嘲笑の後に珠玉の罵詈雑言が芸術的に彩られた。体に描かれないだけまだ状況は救われていたのかもしれない。
或る日、唐突に福澤先生から軽音部への誘いがあった。担任でも学年主任でも生活指導でもなく、化学の担当教員である。見兼ねる程私とは会う事もない教師から何故気にかけられたのかは判らないが、夢中で縋り付いた。
その部活の隅っこに自分が居ると、本当に他の干渉を受けない事を約束されていた。つまり、唯一自分が自分の意の儘に動ける貴重な時間だった。試験勉強も、他人と著しく趣味の合わない読書も、作り出す音楽も抑圧の反動で情熱は燃焼されていた。その間は貴重な友達も何人か作ることができ、
三年生になって、持病に牙を剥かれた母が突然亡くなった。親父は母の代わりに僕を相手取るようになった。とは言うものの、寝込みを襲っても、武器を持っても、柔道を個人的に習っていた僕には勝てなくなっていたから自然直ぐに収まったのだが。
高校を卒業し、幸運にも東北大学工学部へ進学した。勿論、金なんて親父が
「
それは普通の教師が言う台詞ではないとおもうのだが。
「いや、それは忘れましたが、代わりに
「熊谷君も結構性悪だなあ。無言で圧するなんて」
表向きは冗談めかして笑ったようだったが、何故か心配そうな顔を見た気がした。
その日も改まらぬ内に、父は動脈瘤破裂で亡くなったらしい。父方の親戚は私を嫌って縁を切り、皆葬式の費用まで搬出してはくれなかったから、専門家とも相談して安い土地を売ってまでほぼ単独で弔った。成仏さえしてくれれば、という思いで叮嚀にも止む
家を失って為す術を見失った僕は高校時代と変わらず福澤先生に相談した。すると、一桁の加法の計算のように簡単に言った。
「
「はい?」
「話によると、君には安定した収入源、頼れる親戚との縁、自分を売り込む為の肩書が全然無いんだよ。それじゃあ、今すぐ就職活動しても儘ならないし、今迄の苦労が全く報われないじゃないか。どうだい、此処はひとつ下宿だと思って」
僕は困惑した。悦びを表す手段が咄嗟に思いつかない。迷っている僕を端から見たら
「もしかして、お気に召さなかったかな」
「いや、そうじゃないんです。ただ、もう言葉も無くて…」
その後、下宿のように第一の居候生活が始まった。此処までは待ち侘びた順風の到来に思えた。
だが或る日のこと、僕は床の中からあまりの倦怠感に起き上がりたい体が全く動かせなくなった。食事も真面に摂れない。流行性感冒を疑う季節ではなく、福澤先生の協力を得て精神科を訪れる。他にも色々なものを疑って病院に行ってみたが、捗々しい結果が無かったから省略。
診断結果は、鬱病らしい。医師はそれを少しばかり重い風邪を診断するかのように重みのない調子で話した。もう
──前提が無いだろう初雁に少し説くと、総ての風景に黒い霧がかかったように鬱の気分になるんだ。手札があるのに手許辺りの視覚すらない眼が悪い人を想像して貰えばいいだろう。尋常ではない程の数多の症候群からなる精神障害の事だから、症状の軽重はある。中程度、なんて云われても解らないと思うが、最低限の基準に引っ掛かるのが軽度、生きているのすら危ういのが重度であるから、いざなってみると其れなりに生活に不自由するもので、不定愁訴ばかりが増える更年期など比ではない。
その所為で、療養中には症状に堪え兼ねて今まで抑えつけてきた、何度も聴いていて嫌になるだろう事項を散々福澤先生に喚いた。今思うと
僕が明らかに普通ではない環境に住んでいたのは已にお互いの了解だった。とはいえ、何でも当然の事のように受け止めてしまう福澤先生には流石に
後で聴いたが、福澤先生には親戚は多いが、子供が居なかったらしい。それでなのか、私立学校の坊みたいで内心は厭がっていたが、無理を押して大学に行く為に送り迎えしてもらって、無事に大学は卒業した。
それからの十八年は仙台の小さな工場へ繁く通って技師や開発者としての仕事ができた。会社の足手纏いには成らないぐらいのすれすれの業績を上げる生活は慣れれば幾らか愉快で、子供のように浮かれていたのだろう。
ところが隙を突かれる。あまりにも燈を升の下に匿さなかった僕は、そこでの居場所をある時に自分が作った機械に追い出されたのだ。温情で何とかなる程度ではない程に技術が発展して、その会社は沢山の社員を切った。退職金は僕がその機械を作り上げた丁度の年、確か一年前かに制度を廃止した為に出なかった。
とんでもない職場に働いていたようだ。僕は同僚に怨まれ、近辺の企業との繋がりが深くなかった為に再就活も遠くに行ってやり直さないといけなくなった。
時を同じくして福澤先生を喪った。申し訳も無く、遺族には頭を下げた。幸いにも僕は御咎め無しだったが、もう知人の振りをする義理は相手にない。これでもう僕を大事に思う人なんていなくなったのだけれど、それでも先生の努力が無駄にならないようにはしたかった。遺品整理の際に
というのが、事の次第である。──
廿三
ひしゃげた年賀状を受取った私はそれまで文脈を逸れて架空の
彼の話は私の実感と想像から乖離してしまった。梗概ばかりを聴いたが、充分何かを感じた。
「熊谷が此処に来た文脈は解った。全くの総てではなかろうが、信じるに不足は
一呼吸置いて熊谷を見た。まだ固唾を飲んだような顔だ。
「ただ。家族の話はさて置き、何で会社の為に貢献したお前が損しているんだよ」
訊いたのは、此処に来た直接の理由の癖に説明が何となく杜撰に思えたからだ。
「だって、間違いなく他人の仕事を奪う開発をしていたんだ。会社からしたら、元凶の僕を早々に切った事にすれば何方の側の人間からだって注意を逸らせるのが良いだろうよ」
「それで良いのか」
「何も悪くない」
「お前
「そんな物求めて僕は駄目になったんだ。もう止してくれ」
彼は悲痛を怺える顔をした。常人には堰止めに
「遅かったけれど、御馳走様」
いつの間にか平らげられていたそれを片付けに行ってしまった、勿論お替りもせずに。
彼とはしばらく無言になってしまった。静かに風呂に入るのは話好きな私には滝に打たれる気分だ。
そもそも私は熊谷からあんな情報が飛んでくるとは覚悟して居なかった。あと一歩踏み込んで嘗ての友達に限りなく収束できるかと想定していたら危うくもその足を運ばずに済んだ、という物哀しさばかりだ。
「悲しいだろうなあ」
振り返ると、またあの亡霊が居た。最早
「またか」
「そうだ。君の穴が埋るまでは延々と続く」
「何で己に構うんだよ」
彼は嗤う。裸ではないのは安心した。自分の裸を見せつけられるのも堪った物ではないからな。
「放っておかれているからさ。君は自分に蓋をしているだけなのに、それに気付かない。もう少し露骨に言えば、私を無視している」
「己らしくもないな」
「そりゃあ、今では私も独立した片輪物、話振りだって不安定になるだろう」
双子みたいなものかと思った。その場合も性格は環境に応じて細部が異なりゆくらしい。
「見た目がそっくりなだけに苛々するだろう。私はそれが目的なんだ。君が困っているところに現れて、綺麗なだけの君を棄ててもらう」
「何でさ」
自分の言う事が当然と決めて、私の愚を訝るのが此奴の嗤いの根源か。
「君の記憶の抜けた所は私が保持している」
「何だと」
熊谷を留めずとも済む話だったではないか。私は打算をあまりしない質だが、今回ばかりは大いに心乱れる。それを透かして、彼は言う。
「決して熊谷君の所為ではないのだ。彼の話は十中八九は本当だが、残りの一分は嘘か、足りないかさ。君はその怪しい物を調べるんだ」
「畜生」
私は僅かな声量で呟いた。彼の御使をする気にはなれない。結局はそうなるのだとしても。
「私にも君の不老の理屈は無い。だから、記憶は後々くれて遣れるが──」
彼はここで、自分の話に新しい言葉で割り込むという至極奇妙な言動をした。
「まあ、勿論君を納得させるだけの事実は有るが、そんな物だけを渡すなんて美味しい事は絶対にしない」
私は応えられずにいた。咀嚼に時間を掛けていたのだ。
「私は君の中に何時だっている。自分で調べ、納得さえすれば自ずから一つになろうぞ。あと、呉々も熊谷君は大事にし給へ」
私は如何すべきなのかが全く判っていないようだ。拳で壁を打つ、寸での所で鏡を叩き割らずに済んだようだ。一先ず、風邪引くといけない、という迷信を未だに信じて揚がる。尤も、引いたことなど無いのだが。
居間に入らず、台所に向かう。牛乳を一瓶取り、紙の蓋を剥がして勢い良く呑んだ。蒸風呂から雪原に飛び込むようなこの益無き行いが大いに愉快で仕方がなく、日課となっている。
そんな事も済んで、居間に大人しく向かうと熊谷は澄ました態度でまた本を読んでいた。今度は東海道中膝栗毛。当時の口語体は現代の標準語の基準とされたから、読めるのも当然か。だとしても、絶対に問題とすべきなのはその話ではない。
「ねえ」
熊谷は私に気付いて、慎重に伺うように話しかけてきた。
「さっきのあれは済まなかった。情緒不安定だけど、最近はあんまり怒ったり悲しんだりはしないよう努めてきたんだよ。でも、時折巧くいかなくて、中途半端な態度をとってしまうんだ」
私は熟考した。
「それは先刻の話から解ったさ。己は熊谷が思うよりは怒ったりしちゃいない…というか、怒ってはいけないんだ」
廿四
「何を…」
私は構わなかった。
「確かに七面倒臭い事情を背負って上がりこんできたが、誰の所為という訳でもなくそういう流れになったのだから、何とも言えない」
「だから何を言いたいんだ」
「言いたいことばっかり云って、本当に欲しい情報は何一つ貰えない。そんな不満には眼を瞑るから、思春期だろうが更年期だろうが大人しく言うことは聴いてくれ」
「初雁、それは呑むけど。これこそ『普通』から見て譲る条件が大分ずれているんじゃないかな」
と言われても、私は自分で言ったことを理解した日はない。
「まあ。昔、梟に怒らないって言っちゃったからなあ」
──私は狭い準備室のような場所に連れて行かれた。そこには地球儀や世界図の巻物が雑然としていた。
そもそも、此処は事実上の隔離部屋である。理由としては、私は調子に乗った同級生を殴ったのだ。勿論、本当に深刻な一線を超えてはいけないように、腹に一発のみ打ち込んだ。多分、相当
目の前に私を連れてきた人物が座った。
福澤
「本当は君だって承知しているんだろう」
「何だよ」
彼は中途半端に口角を上げた。目元の筋肉迄もが動いていることから、作り笑いである事が窺える。どや顏に近い表情だと言えば通じるだろうか。彼は表情を改めて言った。
「観る分には、彼は確かに一番学級で根性が曲がったような事をしている。気弱な級友から金を喝上げしたり、何も知らない人達を然り気無く色々な虐めの共犯に仕立てるというのは浅ましいからね」
何か勘違いをされてしまう気配がした。お互いに解った振りをしながら決定的にずれていく。
「己に正義感なんて物は無えからな」
私は義憤の類の感情は持ち合わせていなかったが、結果としてそう見られる事を酷く嫌った。思春期の特徴として毒付きたくもなるのと同じ理由で。
「判っているさ。君は一応犯人で、過失を全く否認しない。私だってそこは叱らないといけない」
「君は巧くやった方かもしれない。打撲で済むようにしっかり位置を決めているし、程度の割には派手だから大向こうを唸らすようにはなっていたな」
奇妙な事に、彼は公平性を欠いている。行動自体はきちんとしているのに、感情は私側に著しく傾いている。人間の良し悪しは二枚の
「だが、相手への
「御高く留まって言えるなんて羨ましい限りだな」
私は力を籠めて彼の腹に一発拳を咬ました。すると、その拳は柔らかい感触を認識したその後に、強烈に固い凸凹した壁に当たった。
「武力だけは諦めた方がいいと思うな。こっちだって柔道は三十年やっている訳だし。それに、ほら、棍棒外交ってのがあるだろう」
要するに、武力は
廿五
何処までも話は脱線し、内容は堕落していたから、仕切り直す為にも長嘯のごとく声を鳴らした。
「閑話休題」
「どうぞ」
物腰柔らかに言われた。
「塩竈に出向くとしたら何時がいいかなあ」
これだけ言うと、方向転換が俄にあったからか何を言っているのかが理解されていないようだった。
「大崎が二人で来いと言うものだから、都合の付く日を決めたいんだが」
彼は嗚呼、と息を吐き出すように
「何時だって良いよ」
「暇だもんね」
以上は無い、という程に投げ遣りに返事をされたから嫌味を込めて投げ返す。彼はそれには呉れる目が無いようで、応えとしては巨きな欠伸一つ吐いた。
「それよりも、もう
もう真面な議論をする余裕は持ち合わせていないのだろうから私も普通の生活に戻るよりなかった。
「じゃあ、先に
その後熊谷に風呂に入りだされると、私には何も無かった。かと言って、今日はどうして大崎に連絡すべきだろうか。
結果として纏まった物を記録、録音する。それはきっと完成しない。宮澤賢治だって銀河鉄道の夜に死ぬまで稿を重ねたのだから。
風呂場への硝子戸がガラガラ鳴って、洗面台辺りがドライヤーによって
熊谷は私が敷き終えて
「もう寝るわけじゃないよな」
「さあな」
実際に寝るかは判らない。睡気は恒にあるが、寝る気は無かったのだ。酒が入らなければ何時までも起きていられる。だから、ぶっきら棒に答えるぐらいの反応しかしてやれなかった。
ところで、鼻が馬鹿になっていなければ、彼から仄かに
其処で明かりを消した。それでも寝付けなかった。初めの頃にあった修学旅行のような気分も抜けて落ち着いてきたものの、寒い所為か頭は寝ているも同然だが身体は厭に醒めている。丁度夢から無理矢理醒めた時に起る金縛りと反対に。
音だけを聴いていた。幽かに寝息が聞こえる。私の
──私は次に見た風景は道だった。多分洋画で観るような石畳の洒落た通りがあるから、海外なのだろう。ある一人を追いかけるように体が進んでいく。追いかけられているのは多分目の前の探偵のような外套を着た邦人だ。背は高く、六尺を超えているだろう。それは通りを抜けて
三、四階程の建物が並ぶような如何にも欧州らしい通りを過ぎて、草原が見え隠れするような田園の端で彼は降り、私もそれに続く。十分程歩くと、白と硝子の方形の建物があった。英語の表札を参照するに私設の研究所らしい。
私はどうやら三人称視点では無く、憑依して一人称になっているようだ。彼は声を掛けてきた。
「ああ、漸く来たか。少しばかり遅れてくるのでも言ってくれる約束じゃなかったかい」
私が返答に迷う間も無く、言葉は口を衝いて出てきた。
「すまん、
それは奇妙な返答である。距離はあったが、少しばかり速歩きして声を掛けるぐらい造作なかった筈だ。それなのに、遅れて歩いたということは何か不本意があったのだろうか。彼はそれに大して構わずに続けた。
「これからやる事は背理法みたいなもので、純粋な計画の結果しかもたらさないものだ。猶太や基督、回教の神も例外なく、創るということは、神になるということはそういうことだ」──