途方もなく広い部屋。多数のデスクトップPCの置かれたそこは、アウトバーン校の情報教室。大人数用に広く作られているため、5人で使うには広すぎる。
「IS-3の攻略法、思いつきませんね」
華蘭さんが言う。私たち虎さんチームは、来る2回戦の相手である戦練専への対策を練っているのだ。
「うん...正面は硬すぎるし、回り込もうにも機動力が高いから厳しいかな」
速く、硬く、強い。走攻守が高いレベルでまとまっているIS-3は非常に強力だ。こちらの砲ではなかなか貫徹は見込めないだろう。
「IS-3だけじゃないよ。T-44も、SU-152もこちらにとってはかなりの驚異だ」
涼子さんの言う通り、残りの二両も強力な戦車だ。問題を抱えているとはいえ、高い火力と機動力を持つT-44。傾斜装甲による高い防御力と、152mm砲の規格外の破壊力が強力なSU-152。
「乗員の練度も凄そうです。特に隊長の越前さんは、『島田流』の門下生だったらしいですよ」
「島田流...か」
島田流は、西住流と並び称される、日本の戦車道流派だ。変幻自在の戦法を得意とし、基本を尊びつつも、常に変革し続ける。そんな島田流は、逐一変わり続ける高速戦闘において有利であるとも考えることが出来る。
「...そうだ、『大洗紛争』の映像を見ようよ」
そう言ったのは琴音さん。どこからか取り出したUSBをPCに差し込み、ファイルを展開した。
戦闘は、島田流の後継者、島田愛里寿の駆るセンチュリオンが本格的に戦闘に介入しはじめた後半から始まった。
「超信地旋回での緊急避弾経始...島田流にもあるんだ」
ぐりぐりと車体をその場で旋回させながら、車体旋回速度で砲塔旋回速度を補う。弾丸を弾き、生まれたスキを利用して高威力の砲弾を叩き込む。
「...すごい...これが、島田流...」
それは圧巻の一言に尽きる。良好な足回りを生かした日本戦車たちの連携攻撃を捌ききり、奇襲や裏取りで敵を殲滅してゆく。
「...ちょっと待って」
幹葉さんが言う。映像を止めて、彼女の言葉の続きを待つ。
「さっきからさ...奇襲ばっかりしてるよね」
「...!」
確かに言われてみれば、車両性能を活かした大立ち回り以外は、味方の取りこぼしや敵の失策のスキをついた奇襲が多い。それが島田流の特徴なのだろうか。
「不意の接敵に強いのは、おそらくゲームメイクが上手いからだよ。味方から提供される情報を元に敵がいるであろう場所に駆けつけてるんだ」
「成程...接敵機動と遭遇戦の繰り返しで撃墜を稼いでるわけか」
敵の未来位置を予測、その場所に急行し、奇襲気味に敵を突き崩す。それが島田流ということだろう。
「後手後手の西住流と、先手を取る島田流って感じかな?」
「...だったら、やりようはあるか...」
「何か思いついたの?」
琴音さんの問に、静かに頷く。
「相手が私たちの先を取るなら、私たちがその先を取ればいいんです」
日も暮れた下関。ガレージの中で、ツインテールの少女はボディに不釣り合いな程に長く太い砲身にそっと手を触れた。
「紀伊ちゃん、何やってるんだい?」
声の主はIS-3の車長、志摩 伯耆。銀髪のショートヘアに赤いカチューシャの映える少女だ。
「換装した砲の最終チェック...かな」
黒い下ブチの眼鏡のずれを直して、越前 紀伊は答えた。
ここは戦練専の校舎にあるガレージだ。T-44の他にもIS-3、SU-152、その他少数の工作車や輸送車などが置かれている。
「わざわざこのタイミングで換装作業しなくたっていいのにね...ただでさえ扱いにくい車両なのに」
LB-1 100mm砲は非常に高いスペックを見せていた。シャシー性能が足を引っ張り照準精度は劣悪であるが、その火力は殆どの車両の装甲を問題なく貫通できる。
「...どう考えても、オーバースペックだよね」
そもそも敵を遠距離から撃破するだけの性能は、IS-3とSU-152で事足りているのだ。T-44は市街地戦に適した軽量な砲が求められるのだが...
「これをどう使うかが『課題』って事なのかな」
戦練専は武道を学ぶ学校だ。公式大会すら、実習の舞台として活用する。前回の課題は『如何に短時間で決着できるか』だった。このオーバースペックなシロモノをどう活かすか...それが今回の課題だと考えた。
「相手の主力はパンターだったよね...」
「まぁ、パンター以外は恐るるに足りないかね。レオパルトなんて豆鉄砲もいいとこよ」
「ははは、まぁね...」
しかし、紀伊はレオパルトを警戒していた。
「あの隊長...いったいどんな戦術をとるのかしら」
戦術次第では軽戦車でも重戦車を仕留められることを、彼女は知っていた。
「四十伽くん、この書類も頼むよ」
「あ、はい...わかりました」
学園艦は書類上は『飛び地』として扱われる。地元に戻る機会が少ないため、学園艦上には各行政機関の出張所があり、市役所や税務署などと同じ役割を担うことが出来る。
四十伽 畔は久留米市役所 学園艦出張所の戸籍管理を担当していた。学園艦の全ての人の戸籍を管理し、出入りや出生の全てを管轄する部署のトップだったのだ。
「...全く。今日も残業ね」
うずたかく積まれた書類の山にやる気がジェンガの如く崩れたところで、デスクの上に置いた写真を見た。
「...頑張らなきゃね」
そこには娘、夫と共に撮った最後の写真。それを懐かしむ暇もなく、業務に戻るのだった。
かつて、私には夫と娘があった。
若くして結婚し、子宝にも恵まれた幸せな家庭だった。小さいながらも家もあり、共働きだったが娘にもそれなりの生活をさせてやれていた。
しかし、ある日。旅行へ出掛けた夫と娘を見送った後、テレビを見ていた私はあるニュースに目を疑った。
『今朝、福岡を出航した連絡船が、瀬戸内海で沈没したとの...』
その船は、私の夫と娘の乗る船だったのだ。
私は泣きながら2人の帰りを待った。しかし、2人が帰ってくることはなかった。
ようやく手に出来た幸せが手から零れ落ちてゆく。掬っても、掬っても、するりするりと逃げてゆく。
1人取り残されて絶望していた私は、学園艦の母校である博多湾から遠くの海を眺めていた。
その時、見つけたのだ。テトラポットの上にぐったりと項垂れる少女の姿を。
運命としか思えなかった。娘によく似た少女が、海から帰ってきたのだ。別人だとは分かっていた。それでも、彼女に縋ろうと考えてしまった。
そして関係を偽り、今に至る。娘である夏摘も高校生だ。既に私が本当の母でないことは分かっているだろう。いずれ私の元を離れていくこともわかっている。それでも、今を生きるためには、夏摘の存在が必要だった。
「...よし、今日も頑張った...!」
既に終業時刻はとっくに過ぎていた。まあいつもの事だ。
いずれ話そう。そう何度も思いながらも、その機会を見つけられずにいる自分。情けなさに苛まれながらも、明るい表情で家に帰る。
「ただいま」
「おかえり」
久々の更新は、2回戦の前置きとして書きました。スマホからだと自分が何を書いてるのかたまに分からなくなりますね...ww