紀伊は驚愕していた。まさに開いた口が塞がらなかった。
「...何だ、それ...」
レオパルトが、立体駐車場の二階からワイヤーでぶら下がっていたのだ。総じて戦車の弱点である天板に、垂直に砲弾を撃ち込んだのだ。それならどんな車両でも仕留められる。
「停止!三号車はⅣ突を見張ってろ!まだ行くなよ!」
T-44が旋回するとほぼタイミングを同じくして、レオパルトはIS-3の上に落ちた。恐らく重量制限を超えたワイヤーを使っていたのだろう。そこまで計算ずくだったのだろうか。
レオパルトは降りると同時に煙幕を展開。霧と相まって視界はほぼゼロになる。
「上手く行ったね!でも、まだ仕事は終わってないよ!」
煙から飛び出し、T-44の横を通り過ぎて、SU-152を追い越して路地を左折する。すると敵はそれに続いた。
SU-152はレオパルトを追って前進した。全速力のまま交差点を左折し、射界が開けると思った瞬間。
霧の向こうから現れたのは、Ⅳ突の正面装甲だった。
「なっ...!?」
Ⅳ突とSU-152の正面と正面がぶつかる。火花と衝撃。
「...撃て!撃てーッ!」
152mm砲が轟音と共に火を噴いた。霧が吹き飛び、Ⅳ突とSU-152の周囲の視界が開ける。
「...運が、悪かったわね!!」
Ⅳ突の75mm砲が唸りを上げると、SU-152の正面装甲を貫通し白旗を上げた。
Ⅳ突の正面装甲に、大きくえぐれた場所がある。先ほど152mm砲の砲弾が着弾した箇所だ。そこはコンクリートの増加装甲が盛られた場所であり、コンクリートが割れる事により衝撃を受け止めたのだった。
「山猫さん、T-44が来るわ!かく乱して逃げる時間を稼いでくれる?」
「了解!任せてください!」
レオパルトが霧を突っ切って元来た道を戻っていく。そして交差点でT-44と鉢合わせになった。
「牽制でいい、撃てるだけ撃て!」
時計回りに旋回しながら1発、2発と撃つ。しかし敵は正面をこちらに向け続けるため撃ち抜くことが出来ない。
「5cm砲なんて怖くないのよ!いい加減に...観念しろッ!」
T-44がレオパルトに軽く体当たりすると、レオパルトは姿勢を崩してスピンする。122mm砲がレオパルトを見据えている。なかなか撃たないのは砲精度が悪いため、的を絞っているのだろう。
「前進!」
レオパルトはその間に前進。『大洗の首狩り兎』よろしく懐に突っ込んで砲で照準できないようにしているのだ。
「小癪な...ッ!押し返してやりなさい!」
馬力的には拮抗しているためか、押し合いになってもあまりレオパルトは押されていない。両者の履帯が地面を掴みきれずに空転し、アスファルトがばりばりと剥離していく。
「行くぞ!『ボレー作戦』!」
琴音はハッチを開けると、砲塔の上に立って、発炎筒を敵の車両正面に投げ込んだ。白い煙があたりに充満し、かろうじて見えていた視界をゼロに変える。
「マズっ...兎に角動いて!全速後退!」
全速で後退して敵のレンジから脱出する。5cm砲が正面装甲を叩くが、貫通とはならない。
「何も...見えない...!」
前も後ろも視界が効かない。最早どこに何があるのかすら分からない。どこに行けばいいのか、どこに撃てばいいのかも、何も。
衝撃。後方の何かにぶつかったようだ。よく見てみれば、ビルがそこにはあった。
「...あぁ」
右側面をⅣ突の砲が貫通。白旗を上げた。
「すごいですよ会長!最後の指揮は流石でした!」
「...運が良かっただけよ。SU-152を仕留められたのは運意外の何物でもなかったわ」
SU-152がもし少しでも外側を通って曲がっていたら。SU-152の射撃がもっとしっかりと狙ったものだったら。それだけで今回の試合の結果は違う物になっていただろう。
「テニス部の皆さんも、いい活躍でしたよ」
今回の山猫さんチームの活躍は勲章ものだ。全ての車両の撃破に寄与し、動き回り、最大の脅威であったIS-3を排除した。火力が不足しがちな軽戦車でこの活躍は全国を見ても稀なものだろう。
「それを言うなら虎さんチームも凄かったですよ。普通あの集団の中に突っ込んで無事には帰って来れませんって」
「そうね。あれが無ければ最後の撃破も無かったわ」
そんな会話をしていると、霧の中をかき分けて走ってきたのは軍用ハンヴィー、M1151。戦車道救護者の規定に合わせて増加装甲とカーボンコートが施された特殊仕様だ。側面には弓・刀・戦車の描かれた戦練専の校章。戦練専の車両であることがわかる。
降りてきたのは隊長の越前。悔しそうな、それでいてどこか吹っ切れたような表情でこちらを見ている。
「...今回は、私の完敗だったよ。戦術で劣り、対応力で劣り...そちらの戦略に、呑まれ続けていた」
「そんなこと無いですよ。こちらだってパンターを犠牲に差し出さないと撃破のキッカケすら作れませんでしたから」
本当はもっと簡単に行くと思っていた。パンターはもしかしたら囮にしなくてもIS-3は撃破できるのではないかと。しかし蓋を開けてみればその圧倒的防御力と火力に完封されてしまったのだった。
「...私は、少し調子に乗っていたのかもしれないわ。もう一度一から勉強しなおすことにする」
くるりと身を翻すと、ツインテールが螺旋を描く。
「...そしたら、また戦ってくれるかな」
「...ええ。当たり前じゃないですか」
「そう...ありがとね」
ただそれだけ言うと、彼女はM1151に乗り込んで霧の中へと消えていった。
「...次は、決勝ですよ」
華蘭さんが言う。――――決勝戦。いよいよだ。いよいよ夏摘と対決できるのだ。
「...そうだね。ようやく来たね」
下関に立ち込める純白の霧が晴れてゆく。それはさながら、私の心のようだった。
試合が終わり、疲れきった体で学校へと帰ってきた。浅い眠りから目が覚めて、マウルティアの荷台からガレージを見ると、ガレージの前に見慣れない赤黒いコンテナが置いてある事に気がついた。
「...?なんだろ。何も聞いてないけど...」
停車したマウルティアから降りて、コンテナに歩み寄る。そこには宛名と他、様々な書類が貼り付けてあった。
「...送り主...維新中学校...まさか!?」
カギを開けて、ドアを開く。重たい鉄の扉が音を立てて開くと、そこには私が見慣れた戦車があった。
「なになに?...これは...」
歩み寄ってきた華蘭さんや琴音さんも、驚いたような表情をした。
「...M4...私の...M4だ...」
涙がじんわりと溢れてきた。中学校時代の私の愛機、M4シャーマン中戦車だ。砲塔側面に貼り付けられた日の丸と『維』を象った校章は、紛れもない維新中学校の車両であることを示す証拠だった。
よく見てみると私が載っていた頃とは違う。足回りに改良が加えられ、砲塔を換装され、その他装甲等にマイナーチェンジを施した『M4A3E8 イージーエイト』仕様となっているようだ。
「...一つ、お願いがあるんだけど...いいかな」
「言ってみてください。出来ることなら、何でも」
「決勝...これに乗って戦ってもいいかな」
――――――――――――――――――――――
「...ちょっとそこに座ってくれるかしら」
母に言われ、私、夏摘はリビングの椅子に座った。
「よく聞いて。貴女のこれからの人生に関わることだからね」
母は私に紅茶を差し出すと、自分もカップを取りそれを啜った。私も一口口に含む。
「...貴女は私の子供じゃないわ。知ってるかもしれないけれど」
「...うん。何となく、わかってた」
そう言うと、母は「やっぱり」と呟いてため息をついた。
「貴女は私が偽装した偽りの娘...本当の母は、別にいるわ」
「...それは知らなかったかな」
私の人生を左右する大事なことを聞いているのは分かっているが、驚きや焦りのようなものはなかった。それどころかどこか非現実みを帯びていて、『なんだ、そんなことか』と思ってしまっていた。
「...ここからが大切なんだけどね。私は貴女を本当の母の元に返すつもりでいるわ。それはいつでもいい。...夏摘は、どうしたい?」
「...私は...」
言葉が続かない。本当の母もわからないし、私がどこに帰るのかも分からない。だけど、今やるべきことだけはわかる。
「...私はお母さんに恩返しをしてから帰るよ...戦車道でね」
『....隊長!』
「隊長ってば!」
肩を叩かれて目が覚めた。
...夢を見ていたようだ。夢の内容は昨日の母との話。
「...どうしたいか、か」
「どうかしましたか?」
「...何でもないよ。さぁ、行こうか」
ファイアフライの履帯がアスファルトを踏みしめて進み始める。
「...Go ahead!」
準決勝 モニュメントバレー田園高校 Vs 私立ブリテン高等学校の試合が幕を開ける。
Vs戦練専戦はこれで終わりです。極力臨場感と迫力を、と思って書かせていただきましたが、どうだったでしょうか。批評お待ちしております。
次話はモニュメントバレーVsブリテンとするか、別の話を挟むか検討中です。