雪が降っていた。しんしんと降り積もる白雪は、ふんわりとした純白の絨毯となって野山を埋め尽くす。
そんな新雪の積もった山を、1両の戦車がゆっくりと走る。深緑の、全高の高い戦車だ。
正面走行はなだらかな傾斜を描き、側面、背面と可も不可もなく綺麗にまとめられている。砲塔は本来はこの車両の物ではなく、この形式になってから搭載されたものだ。防盾から勇ましく伸びるのは、M1A2 76.2mm戦車砲。全体的に角ばったボディは、洗練されたスタイリッシュさを感じる。
M4A3E8。シャーマンイージーエイトと呼ばれるこの戦車では、アウトバーン戦車隊のフラッグとして戦うために、乗員の慣熟訓練が行われていた。
「涼子さん、どんな感じかな?」
「そうだね。走行性能はパンターと変わらず、って感じかな。操作性って部分ではこっちのほうが一段上かも」
M4はアメリカ軍のベストセラー。どこで誰が使っても容易に動き、何にどう使っても壊れない。そんな安定性がM4の良さであり、戦後も長らく使い続けられてきた理由だ。それは操縦に関してもそうであり、何かと気を遣うドイツの精密機械とは良くも悪くも正反対のようだ。
「目標、3時の方向。射撃用意」
あらかじめ設置しておいた的が見えた。合図と同時に模擬弾が装填され、砲塔が指向、照準する。
「...撃て!」
発砲。炎と煙を従えて76.2mmの模擬弾が撃ち出され、的を射る。
「命中。続いて8時の方向。射撃用意」
砲塔と車体が旋回されると、揺動が収まるのも待たずに幹葉さんは発砲。雪の山を弾丸が掠めて純白の煙幕を形成する。煙幕が晴れると、そこには大穴を穿たれた的があった。
「おぉー、お見事!」
ここのところの幹葉さんの成長は目を見張るものがある。砲塔旋回にクセのあったパンターに慣れていたのに、M4に乗り換えても即座に順応したし、今のような曲芸とも言える射撃もこなすようになった。
「練習したから...まぁ、まだまだだよ」
そう言うと彼女は再び照準器を覗いた。照れ隠しなのだろうか。そんなことを考えて微笑んでいると、遠くの丘の上が巻き上げられた雪で白くなっているのが見えた。
直後、発砲煙と共に模擬弾が撃ち出され、車体に直撃する。模擬弾なので貫通はしなかったが、衝撃が車内を襲う。
「いったぁ...おデコ打っちゃったよ」
涙目で額をさすりながら琴音さんが言う。今の射撃は...
「...クジラさんだね」
クジラさんチームの車両は、また二回戦の時から更に変化していた。それも今度はとびっきりにだ。
側面のシュルツェンは金網のトーマ・シールドに。低かった全高は高さを増し、代わりに旋回砲塔を手に入れた。このジャーマングレーの戦車は、『Ⅳ号戦車J型』。Ⅳ号突撃砲の車台をベースに、逆ドイツ式の改造を行って作り上げたものだ。
「やっぱり75mm砲はかなりの火力ですね...ドイツの主力を担っていただけはあります」
華蘭さんの冷静な分析。主砲はⅣ突から変わらず、機動性や汎用性、耐弾性は向上。車高が上がったことと整備性が下がったことがネックだが、市街地戦を前提としていればあまり関係は無いだろう。
「...そろそろ10時だね。一発撃ち込んで帰ろうか。転進!4時の方向!」
イージーエイトは雪を踏みしめて旋回。Ⅳ号J型のいる方向へと吶喊する。
「来た!こっちも行くよ!」
Ⅳ号は斜め前方へ前進。トーマ・シールドを盾に一気に詰め寄るつもりだろう。
「敵の動きをトレース!未来位置を取るよ!10時の方向!」
小ぶりな岩を踏み越えて、更に前進。敵の未来位置を押さえる挙動で、敵に思い通りの動きをさせない狙いがある。
「「...撃て!」」
Ⅳ号J型の砲弾は白煙となりイージーエイトの後方に着弾。イージーエイトの砲弾は、Ⅳ号J型の砲塔側面を強く打ち据えた。
時刻は午後10時。日付は12月31日。大晦日である。
学園艦アウトバーンの甲板上、アウトバーン女子学院のガレージの前。4両の戦車が並べられていた。
「...えー、今年一年、お疲れ様でした」
目の前に並ぶ戦車部の皆。その顔は真剣だったり、笑顔だったりと人それぞれ。
「...いよいよ冬季杯決勝戦です。今年の練習の成果を十分に発揮し、勝利できることを願っています」
皆の顔が引き締まる。これは忘年会であり、同時に決起集会なのだ。
「...では、乾杯ッ!」
「「かんぱーい!!」」
星空に掲げられたコップ。私は自然と頬が緩んでいた。
「隊長」
「...あぁ、キャセロール」
手渡されたビンのコーラを開けて一気にあおると、炭酸と甘味で口の中がリフレッシュされていく。
「...元気無いですねぇ。どうしたんです?」
長い銀髪を揺らして首をかしげる。いつも彼女には敵わない。私の心の中身も、考えていることもお見通しだ。だが、今日ばかりは私が読めないらしい。
「...実は、相手の隊長、私の姉かもしれない...らしい」
「...なるほど。確かに似てますもんねぇ」
「...そう、なのか」
実感はないがそうなのだろう。確かに身長も体つきも、顔つきもどことなく似ている気がしないでもない。
「まぁ、深く考えなくても...姉なら姉で、妹になればいいんじゃないですか」
「...へ?」
確かに私は、『あの人が私の姉』という感覚はあっても『私はあの人の妹』という感覚が無い。そうか、姉ができるということは、自動的に妹になるということなのか。
「隊長のお姉さんなんです。きっと優しい人ですよ」
「...かもね」
...私は今決めた。冬季杯で優勝したら、家族のもとに帰ろうと。これ以上心配をかけるわけにもいかないだろう。
「...だが、今一番大切な家族は、皆...隊員の皆だから」
ワークキャップを深く被り、踵を返して歩き出す。
「分かってます。付いていきますよ、隊長」
風が吹く。甲板上を攫う空っ風は、まるで心をかき乱すようだった。
1月1日の朝8時。6両の戦車が神社の下に並べて停車していた。神主が振るう幣が、6両の車両に加護を振りまく。これからその戦車の手となり足となる少女たちにも、同じように加護を与える。
これから始まる戦いが、より安全に、そしてより激しく、中身のあるものであるように。
今年の始めの戦いが、今年一番の戦いが、始まろうとしている。
「只今より、モニュメントバレー田園高校 対 アウトバーン女子学院の試合を開始します。互いに、礼!!」
「「「お願いします!」」」
互いが互いの思いを胸に、力と力をぶつけ合う。
神事とかよく分からないのでとても曖昧な描写になってしまったことをお許し下さい。
さて、次回からはいよいよ冬季杯決勝戦となります。どれくらい書くかは分かりませんが、1話ということはないと思います。
※ シャーマンイージーエイトが信地旋回をする描写を訂正しました。