水族館の前には、アウトバーン校の戦車道に携わる皆が集まっていた。力を合わせて冬季杯を戦い抜いた、私の頼れる仲間たちが。
「...いよいよ決勝戦です。私事は抜きにしても、絶対に勝ちたい試合です。三年生の皆さんは、最後の公式戦ですしね」
この冬季杯を最後にクジラさんチームの皆さんは引退となる。虎さんチームも山猫さんチームも1年生と2年生で構成されているから誰も引退しないが、チームを引っ張る生徒会の皆がいなくなってしまうのは、チームとしても、一人の隊員としても辛いものがある。
「私たちも精一杯やるよ。まだ慣れないクルマだけど、何とか乗りこなしてみせる」
会長は胸に手を当て言う。その自信なさげな言葉とは裏腹に声音や表情には自信が見える。
「私たちも全力でサポートします!」
寿璃さんは笑顔。その笑顔は自信の表れであろう。テニス部の皆も同じような表情でこちらを見ている。寿璃さんの下で扱かれただけあって、流石に肝が据わっている。
振り返ると、いつもより穏やかに流れる関門海峡をバックに、共に戦った3両の戦車。
「...夏摘」
ここのところ感じなかった右目の痛み。私の乗機だったM4が手元に来てから頻繁に起こるようになった。やはりトラウマのようなものなのだろうか。
もう一度皆の方に向き直ると、虎さんチームの皆がすぐ近くに来ていた。
「大丈夫。私たちがついてます」
皆の笑顔。その頼もしさに、私の右目の痛みはすっと消えた。そこに残ったのは、大きな自信と、強いやる気だった。
「行きましょう。パンツァー・フォー!!」
号令と共に動き始める鉄の獣。先頭を往くファイアフライはその磨き上げられた深緑色のボディを輝かせ、市街地の入口である高架をくぐった。
「...私は負けられない。私を救ってくれた、母さんのためにも」
本当なら私は今生きていない。あれだけ長時間漂流して尚生きていられるのは、彼女のおかげだろう。そんな母に恩返しをする。そのために私は優勝という称号を手にしなければならないのだ。
...なんであれあの人は私の母であり、守るべき人だ。
「...でも、本当にあの人は隊長のお姉さんなんですか?」
「分からない。だけど、その可能性が高いとは思ってる」
彼女は私によく似た戦いをする。高速車両を重きに置く機動戦術、緊急被弾経始等の技術。普通の流派ではやらないような事だ。
「...それは今は置いといて、私たちの仕事をきっちりこなそう」
「わかってるよ、隊長」
チャーフィーが速度を上げ、ファイアフライを追い越していく。初期偵察は機動戦の初歩。これが出来るのと出来ないのとでは今後の作戦展開が大幅に変わってしまう。
「3号車はフラッグより2ブロック後方を進行。援護の体勢を整えておいて」
「了解。任せて」
トルティーヤは車両を減速させ、ファイラフライと距離を取った。さて、これで展開できた。後はチャーフィーからの偵察情報を元に作戦を構築、持ち前の足を活かして先を取り続けるだけだ。
「...でも、まさか相手がM4に乗り換えてくるとは」
パンターを相手する事を前提に作戦を考えていたから、事前に立てた作戦は使えない。それを骨組みとして、細部を更新して対応するしかなさそうだ。
「...敵、見えました。数1、レオパルトですね」
「敵発見!チャーフィーです!」
「やっぱり斥候を出してた...そりゃあそうだよね。だったら...」
相手の先を取る。簡単なことではないが、上手くいけば相当な優位が取れる。ここからの展開が重要になる。幸い相手はこちらと同じ流派。自分ならどうするかを考えれば、自ずと相手の行動が把握出来る。
「クジラさんは虎さんに付いてきてください。山猫さんは敵の索敵範囲から撤退、街を大きく迂回して後方へ回り込んでください」
「了解!」
「了解しました、やってみます!」
レオパルトが街を飛び出して山側の裏道へと入っていき、イージーエイトとⅣ号は海側へと展開していた。視界の開けている海側を進軍し敵の注意を引くことでレオパルトを安全に進行させることが出来るし、逆にレオパルトが一緒にいない事から敵を警戒させることも出来る。もちろんどちらも博打だが。
「ファイアフライの利点を生かすためにはロングレンジの射撃を狙ってくるはず。そこを釣り出して、仕留められれば...」
餌を見せて釣り出す短期決戦。それが私の出した答えだった。
「敵本隊、発見しました。海岸を全速で西進しています」
キャセロールからの報告を受け、ファイアフライとヘルキャットは陣地転換を開始する。今までと同じように高所を取り、一方的射撃を敢行する。
「了解。そっちは敵の後方を脅かす準備をしておいて。ヘルキャットは予定変更。A-11地点へ移動を」
「了解」
レオパルトの動きが見えないのが不審だ。偵察行動をしているなら、同じく偵察を任務としているチャーフィーと再び接敵するはず。となると、レオパルトは別行動していると見るべきだ。やるとすれば、裏取りだろう。それを封じるためにヘルキャットを展開させた。
「...作戦を破綻させるのが先決。相手が作戦を立て直しているうちに一気に畳み掛ける」
こちらもこちらで、短期決戦を狙っている。
銀のボディに黒のラインが入っているピックアップタイプのトラック。荷台部に書かれた『アサギ・パンツァーワーク』の文字が示すとおり、同社の社用車だ。
運転席から降りたのは銀色の髪をなびかせる女性。ヴィヴィアン...いや、麻木 美穂子というのが正しいだろう。
「...この勝負、どう見てるの?アナタは」
「さぁ。正直分からないですね。私としてはアウトバーンに勝ってほしいですが」
助手席から降りたのは茶髪のツインテールを揺らすメガネの少女、越前 紀伊。彼女たちが一緒にいる理由は単純。友人だからである。
「...同感ね。私も...ふあぁ...アウトバーンに勝ってほしいわ」
眠たげに欠伸を一つ。紀伊にうつり、彼女もまた可愛らしく小さな欠伸をした。
「でも驚きましたよ。まさかセンパイがアサギ技研のご令嬢だったなんて」
「ご令嬢だなんて。私は親が体にムチ打って続けてた仕事を引き継いだだけよ」
アサギ技研は戦車専門に旧式部品の製造、中古車の斡旋、資料の収集など戦車に関わる全般的な事業を行う中規模な会社だ。決して大きくはないものの、お客様のニーズに的確に答える運営は好評だったという。
「...私がアウトバーンに勝ってほしい理由はまぁ、商売的な意味合いもあるね。あのⅣ突改を作ったのもウチだし」
夏紀は私の会社だってこと知らないんだけどね、と笑顔で言う美穂子。
「この勝負で彼女たちが勝ったら、スポンサーになってあげようと思ってね。勝ってくれるとメディアへの露出が増えて、宣伝の機会も増えるしね」
賢い人だ。そう思いつつも、遠くの街を見る。海岸では、今まさに砲火を交えようかという状況が展開されていた。
爆音。それと同時に建造物の崩れる轟音。射撃ポイントは遠い。どこか...
「見えた!立体駐車場の上!」
立体駐車場の上には、煙ののぼる17ポンド砲をこちらに向けているファイアフライが見えた。恐らくアレが私たちを狙い撃ったのだろう。
「遮蔽を取って!ここで交戦します!」
ファイアフライに対し遮蔽物を挟み射撃の体勢を作る。攻撃力で劣るが、こちらは2両。手数で勝負だ。
17ポンド砲が建造物を叩き、音を立てる。こちらの砲も敵を捉えることが出来ずにいた。
「...もしかして、当てに来てない...?」
相手の砲手の腕なら、停止状態のこちらを狙い撃つことなど造作もないだろう。だとすれば、我々をここに釘付けにするのが目的のはずだ。となると、狙っているのは...
「挟み撃ちか!全速前進ッ!」
遮蔽を飛び出し、前進する。敵チャーフィーやヘルキャットに挟み撃ちにされると、一気に劣勢に立たされる。下手をすれば二両同時撃破、ということも有り得るだろう。
ファイアフライに正面を晒し、広場に出る。出来れば避けたかったが致し方ないだろう。こうして体を晒している以上、敵もこちらの撃破を狙ってくるはずだ。
「...後ろ!チャーフィー!防御体勢ッ!」
車体を斜めに構えて防御体勢を作る。しかし今度はファイアフライがこちらを狙おうとしている。きっとタイミングを合わせてくるはずだ。
発砲音とほぼ同時に、Ⅳ号がイージーエイトの側面...ファイアフライとの間に滑り込む。トーマ・シールドに浅い角度で当たった17ポンド砲は、斜め上へと弾かれた。チャーフィーの砲も、45度ほどに傾斜させた側面装甲で防ぐ。
「ファイアフライとのインファイトに持ち込みます!立体駐車場へ!」
「了解!ついて行くよ!」
装填の合間を縫って、立体駐車場へと入っていく。
立体駐車場の2階。下ってきたファイアフライとの交戦が始まる。
Ⅳ号に正確に狙いを定めていた17ポンド砲を、イージーエイトの砲塔で押しのけて照準をズラす。そのスキにⅣ号が懐に飛び込むも、ファイアフライはそれを体当たりでいなす。イージーエイトの砲撃は被弾経始によって弾かれた。
「支援に来たよ!撤退するなら今のうちに!」
チャーフィーが増援として2階へ。ファイアフライは2両を押しのけて1階へと撤退を開始。イージーエイトがこれを負った。Ⅳ号もそれに続いて追撃を開始しようとしたところ、チャーフィーからの砲撃を砲塔に受ける。
「...なる程。ここで仕留める必要がありそうだね」
チャーフィーとⅣ号は、立体駐車場にて交戦を開始。イージーエイトはファイアフライを追って立体駐車場を脱出した。
「...よし。街に入るよ。兎に角主力からの情報があるまでは後方待機かな...」
高架を潜り、西側から街へ。敵の背後を脅かすべく待機する。
『...こちら虎さんチーム、山猫さんはE-21地点で合流をお願いします』
「了解。行くよ、皆」
車体サイズの割に幅広の履帯がアスファルトを踏みつけて前進する。E-21地点はそれなりに距離があるが、レオパルトの俊足ならすぐに到着出来る。
駅前のロータリーを通過し、海沿いの大通りに出ようとしたとき、脇道から突然の射撃を浴びる。かろうじて当たらなかったものの、当たっていたら撃破は免れなかっただろう。左方の建造物に大穴が穿たれていることが何よりの証拠だった。
「な、何!?」
見ると、こちらをヘルキャットが睨んでいた。私たちが回り込むことを予見していたようだ。
「...いいよ。相手したげる!」
猫が猫に牙を剥く。こうして戦況は三ヶ所で1vs1の戦いが展開される事となった。
冬季杯・決勝戦その1でした。
あと2話か3話ほどで冬季杯編は終わる予定ですが、ストーリーはまだ続けます!その為の繋ぎを話の中に紛れ込ませて行こうと思います。