...成長した妹の顔を見た。最後に見たときから2年半しか経っていないのに、妙に大人びた表情をしていて、なんだか自分が妹になったような気分になった。
雑誌の写真に写る彼女の名前は『
「四十伽って誰なんだろ...」
「恐らく、今養ってくれている親の苗字ではないでしょうか。それから察するに、妹さんは...」
「多分、記憶を失っている...」
落下したガケ。そこは相当な深さの谷だった。M3中戦車は途中で岩に引っかかり止まったが、恐らく夏摘はそのまま転落し、谷を流れる激流に呑まれてしまったのだろう。確かにそれなら記憶を失ってもおかしいことはない。
「とにかく会ってみないと話は進みませんね」
「どうやって会うか...何かいい方法はないかなぁ」
「なら...これなんてどうですか?」
そう言って華蘭さんが見せてくれたのは、タンクガールズの別のページ。そこには大きな橋、並べられた三両の戦車、海が写った写真。そして華蘭さんが指をさしているのは、その見開きページの右上『冬季杯』という文字だった。
「『冬季杯』って何...?」
「冬季杯っていうのは...夏紀さん、戦練専って知ってます?」
「知ってるよ。例の新設校だよね」
戦練専。同じ山口県の下関市に本拠を置く高校で、今年できたばかり。なんでも武道のプロを育成するための学校なんだとか。もちろん戦車道とて例外ではなく、これからの全国大会において相当な驚異となることは明らかだった。
「はい。その戦練専が運営する新しい大会で、3両対3両で対戦する『
「へぇ...三叉戦ねぇ...それだと高機動戦車が有利になるんじゃ...」
「そうですね。だからこそ、これがチャンスなんですよ」
その一言に、私はピンと来ることはなかった。疑問だらけで首をかしげていると、彼女が続けた。
「『源流』の高機動戦術に、このルールはピッタリじゃないですか」
「...あぁ!」
源流。それは私の先祖たちが継承してきた戦車道流派。もちろん私も、妹も受け継いでいる。源流は第二次対戦終戦直後の日本で生まれた流派で、戦争で減った日本の戦車で大量に輸入されてきた海外製の強力な戦車を相手するため、自然に出来上がったものだった。日本の戦車の利点である『軽さ』これを活かし、敵を翻弄し、キリングレンジまで近づく。そうすれば小口径砲でも敵装甲の貫通が期待できるのだ。
しかし、今ではチューニングによって日本戦車と海外戦車の差は埋まったし、遠方から引き上げてきた戦車や、試作段階で終わっていた戦車なども加わったことで数の少なさもカバーされ、源流はその存在意義を失ってしまった。今ではその伝承者は私たち三城家だけとなり、絶滅の危機に瀕している流派なのだった。
つまり、高機動戦術を得意とする源流は、三叉戦をルールとしている冬季杯にはもってこいなのだ。
「...これをキッカケに、戦車道、始めませんか」
私は迷った。恐怖に震えたことを思い出して。悲しみに涙したことを思い出して。傷ついて苦しんだことを思い出して。
でも、私は前に進むしかないのだと思った。それが源流の教え。『起死回生の流派』である源流は、最後の最後まで諦めてはいけない。
『諦めないで』。夏摘が、そう背中を押してくれているような気もした。
「...私、やるよ。冬季杯に出て、夏摘と戦って...そしてまた、一緒に暮らすんだ」
そう決意を固めると、華蘭さんは微笑んだ。どこか、したり顔で。
「なら私もやります。夏紀さんを支えるのが、私に今できる事ですから」
心底驚いた。彼女は戦車道を経験したことがない。確かに母は戦車道履修者だったが、彼女には戦車の知識はあれどテクニックは一切備わっていないのだ。しかし、一人で飛び込むには広い世界。誰かが隣にいてくれるのは、とても心強いことだった。拒否できるはずもない。
「...ありがと」
私は、彼女をぎゅっと抱きしめていた。感謝を込めて。また、これからの戦車道に対する不安も込めて。
翌日、私達は校舎の外れにあるガレージを訪れていた。
「おっ、キミが期待の新入部員だね。会長!新入部員ちゃん来たよ!」
そう言うのは黒のショートポニーにぱっつん前髪が特徴の...確か生徒会書記の
「いらっしゃい。あなたの事は先生から聞いているわ。戦車道への復帰、歓迎するわ」
会長は私に握手を求めてきた。手を握ると、戦車乗りとは思えない艶やかな肌の感触が伝わってきた。
「よろしくお願いします。少しでもチームの力になれるように頑張ります」
「...うん。よろしく頼むよ」
時間が経ち、ある程度人が集まった午後5時。会長は部員全員を招集した。
「今日は新入部員を紹介するわ。こちらの、三城 夏紀さんと、四条 華蘭さん」
「「よろしくお願いします。」」
二人で揃って頭を下げた。目の前には10人ちょっとの部員が一列に並んでいた。
「じゃあ、自己紹介をお願いできるかしら?じゃあ、四条さんから」
いきなり名指しされて驚いたのか、ぴくりと反応したあと、一歩踏み出して華蘭さんは自己紹介を始める。
「2年B組、四条 華蘭といいます。趣味は戦車とジグソーパズルです。これからよろしくお願いします」
自己紹介が終わると、全員から惜しみない拍手が送られる。彼女は照れたように一歩下がる。次は私の番だ。硬いコンクリートを踏みしめて一歩前に出る。
「同じく2年B組、三城 夏紀といいます。中学三年まで戦車道をしていましたが、色々な事情があって離れていました。経験を活かして部の役に立ちたいと思っています。よろしくお願いします」
そう挨拶をした。皆、眼帯をした私のことを怪訝に思うでもなく、華蘭さんの時と同じように拍手をしてくれた。...しかしただひとり、ほかの人とは違う目で私を見る人物が居ることに、私は気がついた。
一通り私たちの歓迎が終わったあと、その人物は私に話しかけてきた。三つ編みのおさげが印象的な少女で、赤いアンダーリムのメガネをかけている。
「...壱崎 幹葉っていいます。あの...もしかして、中学校全国戦車道大会優勝者の、三城さん...ですか?」
少し内気そうな彼女、壱崎さんは、そう問うてきた。中学戦車道のことまで知っているなんて、相当なマニアだろう。
「...そうです。無様な戦いを見せちゃいましたかね...アハハ」
適当にごまかしておこうと思ったのだが、彼女は私の予想とは真反対の言葉を口にした。
「...凄かったです、あの試合...特に最後、たった1両で4両も、しかも性能的に劣るM4でT-34を...」
「そ、そんなこと...あの試合、私にとっては失ったものが多すぎました」
「...もしかして、なんですが...今月のタンクガールズを見て、急遽入部したんじゃ...」
完全に図星を突かれた。まさかそんなことまで知っているなんて。固まる私を見て確信したのか、さらに突っ込んだ話題を振ってくる。
「やっぱり、ですか。ということは、目標は、冬季杯...?」
「...うん。モニュメントバレーの隊長、どう見ても私の妹で...もう一度逢いたくて、戦車道に戻ってきたんです」
「...なら、私に協力させてください!貴女が隊長なら、私はより強い砲手になれる...そしたら、親だって...」
彼女には、彼女なりの事情があるのだと悟った。それなら、私も頑張らなければならないだろう。
「わかりました。一緒に頑張りましょう...いや、頑張ろうね、幹葉さん」
手を差し出すと、彼女はぱぁっと明るい顔になり、笑顔とも泣き顔とも取れない顔を見せた。
「はいっ!もちろんです!」
私の今までの経緯とこれからの目標を話すと、会長はそれに賛同してくれた。
「なるほどね、冬季杯...実のところ、出場は考えてはいたんだけどね。隊長を誰にするかが決まってなくて」
「え?それなら会長がやればいいんじゃ...」
そう返すと、会長は首を横に振った。
「私は砲手だからね。それに作戦立案には自信がないわ。だから、誰に頼もうかと思って。...いいところに来てくれたわ、ホント」
会長は私の肩に手を置いて、頼むように、それでいて高圧的にお願いをしてきた。
「チームの隊長をやってもらえないかしら」
「で、でも...新入部員が隊長なんて、厚かましいですよ」
「それは大丈夫。ほかに適任がいないんだから、貴女しかないのよ。ねぇみんな。そうでしょ?」
私たちが話しているガレージの隅の机から会長がみんなに問うた。するとみんなは一斉に『いいよ!』『もちろん!』と声を上げてくれた。
「...と、言うこと。大丈夫だから、心配しないで」
「は、はぁ...なら」
こうして、半ば強引ながら、私はアウトバーン校の隊長を務めることになったのでした。
――高知県沖 学園艦『モニュメントバレー』甲板上――
轟音が鳴り響く。キャタピラーが地面を踏みしめる音、砲が吠える音。砂埃を上げながら、二両の戦車が疾走している。等間隔に置かれたパイロンの間を、左右に旋回しながら通ってゆく『スラローム』という練習の最中だった。それを少し離れた位置から眺めているのは、隊長である四十伽 夏摘。
「もっとスムーズに。パイロンから離れすぎです」
走っている戦車は、二両ともチャーフィー軽戦車。非常に良好な足回りは不整地でも40km/hという高速を実現し、少し高価だが偵察車として社会人チームや大学チームで重宝されているらしい。
そのうち、左のレーンを走る2号車の車長、三年生のキャセロールが言葉を返した。
「超新地旋回が出来る車両ならまだしも...流石にこれ以上は無理だよぉ」
「もうすこし。あと5cmだけでも詰めてください」
まるで生糸のようなとても長い銀髪を揺らして、キューポラから顔を出したキャセロールは、いつもどおりカンロ飴を舐めていた。ババくさいというと殴られるから言わないようにしないといけない。
「...まぁ、車長には伝えとくよ〜」
すると、次の一本は確かに5cmほど詰まっていた。
「3号車は...いい感じですね」
3号車のチャーフィーはいいライン取りでスラロームしていた。
「ホント?やったーホメられた!!」
3号車の車長は茶髪のウェーブが特徴的な三年生。トルティーヤと名乗っており、いつもハイテンションだがさらにテンションが上がると口笛を吹き始める。
「ホメたのは操縦手であって車長ではありませんよ」
「んまぁ...知ってるけどさ」
ノルマを達成したので練習が終わる。ガレージに4両の戦車が並んだ。M24チャーフィー軽戦車が2両、オープンヘッドのM18の砲塔をM36ジャクソンの物に換装したスーパーヘルキャット、そしてシャーマン・ファイアフライ。その4両の前で、乗員15人が集合する。
「年末には冬季杯が控えています。私たちは他の公式戦に参加出来る車両がありません。ですから冬季杯に全力を注ぎたいと思っています。...目指すはもちろん、優勝です」
夏摘は揺るぎない目でそう言った。もちろん部員の表情にも驚きはない。
「高機動戦術・高機動戦車、それに追従出来る高い練度...この三つが揃っていれば、負けはありません。頑張りましょう!」
優勝候補の一角として、雑誌に特集ページを組まれるのは、この少し後の話だった。
少し間が開きましたが、二話をお送りしました。次回は作品内での時間が少し空く予定です。