冬季杯はアウトバーン女子学院の勝利で幕を閉じる。
ズレていた姉妹の人生の歯車が、再び噛み合う日は近いのだろう。
塵の幕が晴れると、そこには煙と炎を上げるファイアフライの姿があった。
イージーエイトの砲撃は砲塔と車体の境界部...被弾経始を用いても防ぎようのない弱点を的確に撃ち抜いていた。対するイージーエイトは、ファイアフライの最期の一撃を被弾し、辛うじて残っていた左の履帯を切断された状態で、柱に叩きつけられて停止していた。
ススと埃で顔を黒く汚した夏摘が、力が抜けたようにキューポラにもたれる。その姿に、私も体に力が入らなくなり、背中をもたれた。
「...全部、思い出したよ」
夏摘が言う。この戦いに過去の記憶が蘇ったのだろう。私も過去の練習や試合を、夏摘との生活を思い出して右目の疼きを抑えられずにいた。
「...そっか」
私はそれ以上の言葉を思いつかなかった。
「やりましたね、夏紀さん」
華蘭さんはそう言い、ハイタッチを求めてきた。私はそれに応じて、ぱちんとハイタッチ。
「...なんとか、なりましたね...」
汗をだらだらと流し、息を切らしているのは幹葉さん。彼女はそもそも体が強くなく、今回の戦いは相当な負担だっただろう。
「お疲れ様。『砲弾撃ち』には驚かされたよ...」
幹葉さんの起死回生の一撃、砲弾による砲弾撃ち。常人には不可能というより、常識的に考えて人間のスペックを凌駕している。
「もう一度同じことをしろと言われても、きっと出来ないな...」
疲労困憊ながら笑顔を見せる幹葉さんに、私は笑って返した。
「最後の一発は燃えたねえ...私も久々に興奮したよ」
琴音さんはドリフトする車内でもスムーズに装填を行ってくれた。それも普通ではないのだが、彼女の働きあってこその勝利であったとも言える。
「...あー...腕攣るかと思ったよ...まぁ、勝てて良かった」
涼子さんはハッチから顔を出して言う。最終局面では、被弾経始にドリフト、180度ターンに緊急停止と、涼子さんにただならぬ負担を強いてしまった。...まぁ、これからもそうなるだろうけど。
「...そうだね」
私は心地よい体の火照りと心の高鳴りに、自然と笑顔がこぼれていた。
水族館前の広場に戻ると、チームの皆が拍手で迎えてくれた。皆笑顔で、中には涙している人もいた。私はそんな彼女たちに笑顔で答える。
「凄かったよ、隊長。惚れ惚れする戦闘だった」
会長がそう言う。今回、Ⅳ号は早々に戦線を離脱することになってしまったが、序盤の分断状態を作るには、クジラさんチームの協力が必要不可欠であっただろう。
「いえ。今回の勝利は、皆さんの健闘があったからこそです。本当にありがとうございました」
私は深々と頭を下げた。すると先程よりも大きな拍手が注がれた。...勝利の味を、久々に噛み締めることができた。実に、3年半ぶりだろうか...
運び込まれてきた私たちの戦車は、どれも満身創痍で、傷だらけ。その傷は私たちの勝利の代償であり、勝利の勲章だった。私はその光景に、滴る雫を抑えきれなかった。
『優勝、アウトバーン女子学院!』
旗を高く掲げると、私たち戦車隊とその戦車に惜しみない拍手が送られた。歓声や指笛などの音もちらほらと聞こえる。
旗には雪の結晶を象った紋章の上から、十字に交差した道路を象ったアウトバーン女子学院の校章が描かれていた。
こうして、初開催となる冬季杯は、アウトバーン女子学院の勝利に終わったのであった。
私は門司で借りた赤のトヨタ・86に乗り、下関は壇ノ浦パーキングエリアへと足を運んでいた。真っ暗な下関市街地は、後夜祭の屋台や展示の明かりに照らされていた。
そんな私の隣に、青のスバル・BRZが停車する。クーペボディの長いドアを開いて降りたのは、私によく似た少女、夏摘だった。
「...お疲れ様」
「...お疲れ」
こうして待ち合わせたはいいものの、何と声をかければいいのか、お互いに迷っていた。切り出しにくいし、話しにくい。
「...夏摘はさ、これからどうするつもりなの?」
単刀直入に話題を振ることにした。こうして黙りこくっていてもなにも始まらないから。
「...私はモニュメントバレーに残って、今のお母さんに恩返しをしたい。お母さんに勝利を送ったら、私も帰るよ」
「...そっか」
正直、冬季杯が終わってすぐに帰ってくるなんて思ってはいなかった。彼女も私たちの元に帰ってくる気があるようで、今のところ安心したというのが私の気持ちである。
「お母さんは、私の命を救ってくれた恩人なんだ。だから、私が出来る一番の恩返しをしたい」
夜景を見ながら、夏摘は言った。
「...成長したね」
「...伊達に年取った訳じゃないよ」
夏摘が試合の直後に言ったとおり、確かに昔の記憶を取り戻しているようだ。それが嬉しくて、私は夏摘を強く抱きしめていた。
「...おかえり」
「...痛いよ、お姉ちゃん」
二人の瞳から同時に雫が滴る。夜の壇ノ浦は、私たちの涙で濡れた。
―――・――・――・―――・――・――・――
冬が明けた。3学期の授業が終わり、温まってきた春の陽気に心も体も脱力しきっていた頃。実家でニュースを見ながら紅茶を飲んでいた。
「...へぇ...戦練専の学園艦、完成するんだー...」
「前からニュースでやってたわよ。夏紀は本当にテレビ見ないのね」
「目が疲れるし、私はテレビより新聞派なの」
そんな他愛もない会話をしていたとき、ふとインターホンが鳴る。
ドアを開くと、そこには私のようで私ではない人物が立っていた。
「ただいま」
以上で冬季杯編は終了となります。次話の投稿は結構早い段階になるのではないかと。もしかしたら同日投稿するかも...?