停車したⅡ号、Ⅲ号戦車から降りてきたのは車長ふたり。今や全国に名を轟かせる、三城姉妹である。
「...来てくれたってことは、受けてくれるんだろ?」
「...えぇ。売られた勝負は買う。勝負の世界の常識でしょう」
白いライトが照らす二人から、後光を受けているかのような圧迫感を感じる。彼女たちは歴戦の戦士だ。放つオーラが違う。
「...改めて確認するが、勝負は1対1の2回勝負。互いに副将と大将を出して、副将を1pt、大将を2ptとしたポイント制で、先に3ptを取った方の勝ち。勝負は勝ち抜きだ。いいな?」
ルール確認の言葉に頷くと、彼女は自己紹介をする。
「私は三城 夏紀。源流宗家の後継者です」
「三城 夏摘。その妹です」
「相島 舞花、見島流の正当後継者だ」
「大島 海荷、見島流門下生よ」
4人の車長たちが目を合わせる。各々の目の奥に映る感情は、情熱、好奇心、優しさ、覚悟。成分は違えど燃えるような赤。
「始めようか」
「...夏紀さんが主将じゃなくてよかったんですか?」
「いいんだよ。私も夏摘も能力にそんなに差がある訳じゃない。それに...」
「それに?」
「...夏摘は、源流に忠実な子だからね」
V型12気筒のガソリンエンジンが調和の取れた音色を奏でる。そんなエンジン音に混じって、腕時計のアラームがか細い音で予定時刻を告げる。
「行きましょう。パンツァー・フォー!」
虎さんチームの皆を私事に巻き込んでしまったことを後悔しつつ、号令をかける。Ⅲ号は緩やかに加速を始める。
「『見島流』って初めて聞く流派なんだけど...どんな流派なの?」
琴音さんが問う。知らなくても当然だ。源流よりも小規模で、離島で育まれた流派であるため、知る人ぞ知る...いや、知る人しか知らぬ、という表現が正しそうだ。
「見島流は萩市の沖にある見島で生まれた流派だよ。その特徴は地形を生かした戦術。『地を知り天を知れば百戦危うからず』を基礎に戦術を組み立てるんだって」
「地を知り、天を知れば、百戦危うからず...」
地形の起伏、遮蔽物、茂みや雑木林、泥濘、そして天候。全てを知り、それを戦術に組み込むことができれば、確かに強い砲や頑丈な装甲よりも強力な武器となり得る。
「最初の予測地点に変更なし。このまま峠道を前進するよ」
「了解」
山を貫く一本の峠道。規格は高く、十分な幅員のある2車線の舗装道路だ。急勾配とはいえ、路上であれば35km/hは堅いⅣ号。しかしながら、峠道では相手のクルセイダーに利があるだろう。
「なんせパワーウエイトレシオが違うからね〜...予定地点は少し手前になると踏んでおくべきじゃない?」
涼子さんの言う通り、この2両の最も違うポイントは出力重量比だ。重量はⅢ号の方が重く、出力はⅢ号の方が小さい。故障率が違うとはいえ、十分に整備が出来る戦車道の環境では重要なポイントにはならないだろう。
「...そうですね...予定地点を300m西にずらします。皆さん、戦闘の準備を十分に」
「了解!」
その頃、峠を越えたクルセイダーは、舗装路を最高速で下っていた。
「もう接敵してもおかしくない。警戒しないと」
海荷は、開いたクルセイダーのハッチから体を乗り出して警戒していた。夜は敵が見えない。こうして前照灯を点灯して走行している以上、一方的に見つかる可能性が常に付きまとう。先に陣地を構築したものが有利になれるが、その前に最前線をはっきりさせておかないと、こちらが待ち伏せをするのにどこを狙えばいいかが分からなくなってしまう。つまり、最初はこの峠道をお互いに駆け上がり、そこが交戦地点になると踏んでいるのだ。
急勾配が20tの鉄の塊を位置エネルギーで引きずり下ろそうとする。速度はスペック上の最高速度を上回り、景色が後ろに吹っ飛ぶように流れていく。
その時、雑木林の向こうにちらつく光。敵だろう。
「射撃用意」
砲塔が指向される。恐らく敵もこちらを見つけている。すれ違いざまの撃ち合いになる。
「撃て!」
砲撃音が二つ。こちらの砲撃はⅢ号の防盾に、あちらの砲撃はフェンダーを斜めに叩いた。
「反転して!もう一度!」
後ろを振り返ると、Ⅲ号も同じく旋回中だ。お互いに速度を殺さぬようドリフトでターンし、再びすれ違いざまの撃ち合い。お互いに車体正面の予備履帯を弾き飛ばした。
「敵は...そのまま行くのね。追うよ、反転!」
再びドリフトで転身したクルセイダーは、逃げるⅢ号が残す白の光跡を頼りに、峠道を下っていく。
「逃がすもんか...捕まえてやるんだから」
「やっぱり少し速度差があるね。じわじわ詰められてる」
「捕まったら勝ち目はない...なんとかちぎらないと」
「...ちょっと、任せて貰ってもいい?」
涼子さんが言う。その声音からは自信が見えた。
「...いいよ、任せる」
「少し協力して欲しいことがあるんだ。いいかな」
「...何なりとどうぞ」
「...という訳だから、もう少し交戦しよう」
涼子さんの作戦は、彼女のスキルと私のタイミングが噛み合う必要がある。操縦手と車長のチームプレイ。
「ともかくまずは交戦だね。合図と同時に急制動、お願いします」
「了解、車長殿」
リバティーエンジンの音が近づいてくる。確実に詰められている。
「...今!」
Ⅲ号は殺人的なブレーキで急制動。クルセイダーは勢い余って履帯をロックさせ、慣性に従い前方へと滑る。
「撃てッ!」
砲撃は車長のとっさの判断か、アクセル全開のスピンターンで回避され、ドリフトしながらの相手の砲撃は、後方のガードレールを弾き飛ばした。
クルセイダーはⅢ号の横を通り過ぎて山の中へと入っていった。Ⅲ号はそれに続く。
「ここからは敵のフィールドだと思ってかかってください。距離を詰めすぎないように」
「了解!」
「R1、L1、R3スリップ、オーバークレスト100!」
ラリーのコ・ドライバーの応用で、ペースノートを読み上げていく。要領はラリーとほぼ同じだが、数字は角度を示している。例えば、『R1』の場合は『右方向 10%旋回』という意味だ。
右に左に切り返し、腐葉土の溜まった滑りやすい路面をドリフトしながら右へ。雑木林をそうやってかき分け、先の見えない坂を登りきると100mの直線区間。
「Ⅲ号はついて来てる...さすが、タンクアタックの優勝ドライバーね」
こういう段差やスリッピーな路面の多い森の中では、クリスティー式の優れたサスペンションを持つクルセイダーの方が少し上手だ。それに相手にはペースノートもない。それでもついてくるのは、単に車長との連携と、操縦手のウデだ。
「...仕掛けるよ。見島流のいやらしさ、思い知るがいいわ」
再び先の見えない坂を上る。少し車体が飛び跳ねて、着地する。転輪が半分程埋もれてしまうような、柔らかな腐葉土の路面。これが海荷が最初に張った『天然の罠』である。
「...今!」
「次、坂だよ!」
「オーバークレストね、あいよ!」
涼子さんは楽しそうだ。彼女の本業はサーキットであり、ラリーではない。だが、その操縦は熟練者のそれであり、練度の高さをうかがわせるものだった。
坂で視界が効かなくなる。そしてスピードを乗せたまま斜面から飛び出した瞬間、目に入ったのは...
「...土ッ!?」
巻き上げられた土煙。枯葉や木屑が混じったこの土は、恐らく腐葉土。湿っていて重たいため、本来ここまで巻き上がるはずのないものだ。
「...罠だ!!」
飛び上がったⅢ号の下。腐葉土の煙幕を突き破って出てきたのは、砲塔を後方に指向した状態のクルセイダーだった。
「着地と同時に回避を!」
「くっ...任せ..てッ!」
着地。細身の履帯が腐葉土に沈みきる前にトラクションをかけて、Ⅲ号は右方向に急旋回。何気なくやっているように見えて、繊細なレバーワークが要求される高等テクニックだ。
クルセイダーの砲撃は辛うじて砲塔側面を擦るにとどまった。そして反転したクルセイダーを追って再びⅢ号は加速する。
「そろそろ仕掛けたいね。どうにか前に出ないと...」
「...任せて」
そう小さくいうのは幹葉さん。その目と声は、冬季杯決勝の舞台で砲弾を撃った時のそれと同じだ。
「...お願い」
海荷は、先ほどの煙幕からの立体交差射撃で仕留めるつもりでいた。そのため次の戦略を組み立てるのに時間を要していた。
「どうしようかな...道路に誘い出してまた遊撃か...いや、ここは第二ポイントに誘導しよう」
そんなことを考えていると、後方から発砲の音。ほぼ同時に着弾音が右前方でした。爆発音があったことから榴弾であろうと推測出来る。
「...なんで榴弾なんて撃ったんだろう。足を止めるつもりかな」
この時、次の作戦を考えることで頭がいっぱいになっていた海荷は、単純なことに気が付くことがなかった。
「車長、前ッ!」
砲手からの報告で、非常事態にようやく気づく。そして、先ほどの榴弾の意味も。
こちらに倒れ掛かってくる大木があった。当たれば、撃破は免れないほどの大きさだ。
「どうする...そ、そうだ、榴弾を使えば...ッ!」
海荷は榴弾を装填した。砲手はその意図を汲み取り、照準する。
衝突を避けるため、操縦手は減速をかける。榴弾が放たれ、大木を叩く。榴弾が爆ぜると大木は二つに叩き折られ、吹き飛んだ。
木片の幕を抜けると、舗装路に出た。ダム湖を囲む道路だ。
「ここまで来れば、パワーウエイトレシオの差で引き離せる...!」
その時、進行方向の道路に土煙が立つのが見えた。先ほどの大木の余波だろうか。そう思っていると...
「...さ、Ⅲ号...!?なんで!?」
煙の中からⅢ号が現れたのだ。先程までⅢ号は確実に後ろに居た。大木に時間を取られたことを考慮しても、前に出られるようなミスはしていない。
「...まぁいいか。追う立場ってのも、悪くないからね...」
Ⅲ号は、大木を叩き折った直後に驚くべき行動に出た。
「行くよ!歯食いしばってね!」
涼子さんは、車体を120度旋回させ、アクセル全開のまま、左後方から倒した木に突っ込んだ。すると左右履帯が大木に乗り上げ、履帯のグリップを生んだのだ。
オーバルコースのバンクを使ったコーナリングのように、倒木を使って車体を傾斜させることで、擬似的にコーナリングフォースを作り出す。それに、腐葉土の地面より木の繊維の方がグリップ力が高いことも味方した。それにより、高いコーナリング速度で旋回し、立ち上がりも非常に鋭いものになった。
「前が取れた!」
「...よし!」
飛び出した場所はクルセイダーの進行方向上。予定通りだ。
「じゃあ、『ニンジャ作戦』行くよ!」
「了解!」
Ⅲ号は加速。クルセイダーに8車身ほどの差をつけて走行中だった。
「捉えるよ...次のポイントまで待たなくてもいい!」
クルセイダーは発砲を開始。地面にぽつり、ぽつりと穴が穿たれていく。
その時。
茶色い煙が視界を奪った。先ほど私たちがやった事と同じ、腐葉土を用いた煙幕だ。しかし今回は、袋に詰めた腐葉土を投げつけるという単純な方法だ。
「...煙幕程度、こんな平坦路で何の役に立つ...!?」
煙を抜けた瞬間、目の前にあったのはⅢ号の正面装甲。そして、5cm砲...
乾いた音と共に、クルセイダーの砲塔から、白旗が上がった。
「...やるね。まさか負けるなんて...」
「いえ、こちらこそ。もう少しでやられてました。危なかったですよ」
お互いの車両は土と木屑で茶色くなっている。
「地形を使った戦法を得意とする私が、地形に翻弄されるなんて...まだ見島流の境地には程遠いってことね。でも」
「彼女なら負けないわ。絶対にね」
クロムウェルの砲塔に立つ少女。相島舞花は、不敵な笑みを浮かべていた。
「次はアタシが相手だ。そっちは手負いだが...きっちりと仕留めさせてもらうぜ。それが『狩り』だからな」
「...望むところです。負けないですから」
2両の戦車は、再び試合開始地点へ。第二戦、副将・大将戦が始まろうとしている。