更新遅くなりました。引き続き道場破り編です。
「お久しぶり。よろしくね、夏摘さん」
確かこの人は...五樹涼子さんと言ったか。
「うん、よろしく。ちょっと負担をかけると思うけど、頑張ってね」
言葉を交わすと、二人はⅡ号戦車G型に乗り込む。本来は3人乗りだが、通信手を必要としないため涼子さんと私の二人で戦う事になる。こうやって話すのは初めてだ。緊張もするが、楽しみでもある。
「さて、今回はどんな戦術で?車長どの」
「...真っ向から戦っていては間違いなく負けるから、回り込んだり、奇襲したりでチャンスを伺おう」
「了解。じゃんじゃん指示してね」
彼女は恐らく全国的に見てもハイレベルな技術を持つ操縦手だ。順応性、戦闘力は勿論のこと、車両をいたわったり負荷を減らしたりと、故障を減らすような立ち回りも出来る。
「...時間だね。全速前進、まずは山を突っ切って敵が通るであろう位置を押さえよう」
「おっけ、任せてよ」
Ⅱ号は地面を蹴って動き始める。小型軽量な車体に高出力のエンジンを与えられたこのⅡ号G型は、Ⅱ号L型やレオパルト等に似たものを感じる。私は昔から乗り慣れているからいいが、涼子さんが慣れるのには時間がかかるはず。だから接敵まで時間がかかるであろう山を通り、予定地点へ向かうのだ。
比較的新しく硬い土が広がる麓。急な坂ではあるが、その地盤を蹴る足はその硬い土を蹴りグイグイと車体を引っ張る。
「...なる程、トルクは並、出力は高くないけど車重か軽い...か」
こういう起伏の激しい地形には非常に適した車両である。出力は高くないものの軽く、登りよりも下りで真価を発揮するだろう。
「...さて、どのあたりで鉢合うかな」
対するクロムウェルの舞花は、山の中を全速で下っていた。ライトが僅かに照らす木を躱しながら、速度を殺すことなく急斜面を駆け下りていく。
「急ぐぞ。相手も機動力はかなりのもの。一度逃すと面倒だからな」
Ⅱ号G型の機動力もさる事ながら、操縦手のウデも確かなものだ。冬季杯の戦闘でそれは確認済みであったし、先ほどの戦闘も操縦手の高等技術があってこそのものだ、と海荷も言っていた。
「...車両性能は圧倒的に優ってるが、インファイトになると少し厳しいかもな」
機関砲とはいえ、こちらの装甲厚を考えると正面以外は抜かれてしまうだろう。そうなると単発のこちらの砲よりも連射できる機関砲の方が有利と言える。対して、こちらのアドバンテージは距離減衰の小ささ。近づかれる前に撃破できなければ厳しくなる。
「...どこかに陣取ろうか」
ライトを消し、クロムウェルは森へ。
じゃり、じゃりと音を立てながら、Ⅱ号は傾斜の緩くなった斜面を登っていた。
「そろそろ接触してもいい頃なんだけど...」
「見えないね。おかしいな...」
茂みや樹木の向こうに光が差すのを見逃さないように、目を凝らしていると...
耳元を掠める轟音。直後、激しく体を揺さぶる、風と音と熱。
「攻撃!?見られてる!全速前進!」
「了解!」
エンジンの音が一層甲高く変わる。
「発砲の方向から推察するに、敵は3時方向...」
土煙を巻き上げながら、30kmほどの速度で木と木の間をすり抜けるようにスラロームしていく。当たり前のように見せつけるテクニックだが、簡単なことではない。動体視力と瞬発力。並外れたそれらがこの動きを可能としているのだ。
「近づいてきてる...たった一発の砲弾からこっちの位置を推測したってのか」
舞花は驚愕と共に、笑顔を浮かべていた。如何に敵が強くとも、こちらがそれを凌駕すればいい。ただそれだけのことなのだ。
「...前進!すれ違ってすぐ転進だ!」
クロムウェルはハルダウンに使っていた岩を踏み越えて前進。Ⅱ号との距離を詰めていく。
「...撃て!」
停車と同時に車体を斜めに向けるクロムウェル。土煙を突き破って両者の砲弾が飛び交う。75mm砲弾はⅡ号の前にそびえる樹木を叩き折り、7.92mmEW141対戦車銃の射撃はクロムウェルの傾斜された正面装甲を叩いた。
クロムウェルがドリフトで転進する頃、Ⅱ号も同じく旋回していた。灯台の灯りのように周囲をぐるりと照らした前照灯が再び向き合う。そして再び、砲火が交えられる。
75mm砲はⅡ号の左フェンダー部を叩き、ひん曲がったフェンダーが履帯に巻き込み火花を上げて千切れ飛ぶ。Ⅱ号はすれ違いざまのドリフト旋回からクロムウェルの後方を取る。
「させるな!旋回!」
対するクロムウェルはその場でスピンターン。巻き上げられた土煙に7.92mmの連射が加えられると、吹き飛んだ煙の隙間からヘッドライトの光が差す。クロムウェルの正面装甲は貫通を阻止された機銃弾がめり込んだままで、痛々しい見た目となっていた。
「森を抜けるぞ!全速前進!」
逃げるクロムウェルを追って、Ⅱ号も森を抜ける。
「...逃がすもんか!追うよ!」
「分かってる、任せて!」
Ⅱ号のエンジンが唸りを上げる。グイグイと速度を増していくクロムウェル。第二次大戦中最速の異名を取るだけあって、無茶苦茶な速度だ。クリスティー式の足回りが地面をしっかりと捉え、舗装路の上ではこちらが追いつけるはずもない。
...普通なら。
「...よし、追いついてる!」
じわじわと距離が詰まっていることを確認すると、夏摘は車内に戻る。射撃の用意をするためだ。
「...信じてるよ、お願いね」
「大丈夫。スピードだけなら絶対に負けないよ」
クロムウェルが減速し、コーナリング。対するⅡ号はコーナーに入る手前からドリフトの姿勢を作り、コーナーの出口を向いたまま進入、加速しながら抜けていく。
「...追いつくよ!」
「回り込んでッ!」
クロムウェルより半車身前に出たⅡ号は、右にドリフトするように旋回し、クロムウェルの前に立ちはだかる。Ⅱ号の砲が虚空を撃ち抜いたとき、クロムウェルの砲手は反射的に引き金を引いていた。
「バカ、今撃ったら...!」
ベルトリンク式の給弾機構を持つ7.92mm対戦車銃に対し、クロムウェルは75mmの戦車砲。装填時間は無防備である。
「行っけえええェ!!」
「チィっ!プッシュしろ!抜け出すぞ!」
Ⅱ号が急斜面でドリフトしながらクロムウェルの後ろを取ろうとする。クロムウェルはⅡ号の後方をプッシングしてスピンさせようとするが...
「外された!?速すぎる!」
姿勢を崩したクロムウェルの後方にピタリと付けるⅡ号。次に7.92mm機銃が火を噴いた時は、クロムウェルの砲塔から白旗が上がるときだった。
警報と共にダムが放水を始める。小さな飛沫とマイナスイオンを浴びながら、両チームは向かい合っていた。
「負けたよ、完敗だ。まさかここまでとは...」
「源流は機動戦の流派。舗装路に持ち込んだ時点で勝負は喫していたのかもね」
「...はは、成る程。戦術組立ての差ってことか」
クロムウェルに体を預けた舞花。力を抜いて目を閉じると、過去の情景が思い出されるようだった。
「...復讐なんてガラじゃなかったんだな。ただ認めて欲しかっただけだったんだ、きっと」
「復讐...?」
彼女の戦う意味。その全てを聞いた。恨みと誇り。彼女はそれに囚われただけの少女だったのだ。
「...誇りなら、守れたんじゃないかな」
夏摘が言う。私はそれに合図地を打ち、続ける。
「あなたが持っているその心。それが誇りでしょ?」
「...そうかもな」
復讐心。それは自分を、自分の流派を誇らしく思うが故のもの。守りたい誇りは、彼女の中でずっと守り続けられてきたのだ。
「...ありがとな。まさか励ましてもらえるなんて思ってなかったよ」
ハツラツとした笑顔を見せた舞花は、クロムウェルの砲塔に飛び乗った。
「また今度な。今度は一緒に戦えるのを楽しみにしてるぜ」
舞花の隣に立っていた海荷もクルセイダーの車内に戻る。2両の巡航戦車は、破裂音のような機関音を立てて演習場を後にした。
「...悪い子じゃなかったね」
「うん。彼女は彼女なりに、守るもののために戦ってたんだ」
最後に見せたあの笑顔こそが、彼女の心からの笑顔なのだと直感的に伝わった。
だとすれば、私たちは彼女の心の曇りを晴らした事になるのだろう。
「...帰ろっか」
「ご飯食べて帰ろうよ!」
「いいねぇ、賛成!」
春の夜。まだ肌寒い森で繰り広げられた戦いは、こうして幕を下ろしたのだった。
道場破り編はこれで以上になります。次は学校内のストーリーを進めてから次章に進もうと思います。