今回は試合への前置きとしての回です。
新学期が始まり少しの時が経ったある日。アウトバーン女子学院戦車部は、山口市の奥地にある演習場にやって来ていた。過疎化が進み人口が著しく減った地区をアウトバーン女子学院が買い上げたもので、普段は畜産業や農業などの実習場となっている。
ぎゅらぎゅらと鉄と鉄の擦れる音を立てながら田の中をゆっくりと進むのはⅣ号突撃砲。1年生たちの乗り込んでいる車両だ。
「ここからなら射線が通るね...あぜ道に上げて」
Ⅳ号突撃砲があぜ道に乗り上げる。ずしりと質量を感じさせる音を立てて大きく揺れる車体から顔を出したのは車長の茜。ずり落ちたメガネを整えると、辺りを見回した。
「...いない?...いや、何処かにいる。絶対に...」
双眼鏡を当てた瞬間、目の前の家屋の影に敵影を見た。パンターだ。ジャーマングレーのボディには可愛らしくも勇ましい虎のエンブレムが描かれている。
「後退後退!」
しかし時既に遅し。練習弾の当たったⅣ突は激しい衝撃に揺られる。
「いたた...皆大丈夫?」
「大丈夫だよ。やっぱり射線の通る場所に出るときには先に確認しないとダメだね」
「そうだね...」
真知の冷静な分析。彼女は昨年までは装填手であったが、今は砲手に転向している。そもそも彼女は集中力の高さが持ち味であり、装填手にはあまり向いていない部分があった。そのため砲手となったのだ。
『田畑の真ん中で戦うのはあんまり良くないね。戦うにしても茂みだとか家屋を盾にしないと、装甲の厚くないⅣ突じゃ抜かれちゃうよ』
「は、はい...」
『じゃあ、今日の練習はここまでで。戻ろうか』
5両の戦車が18t重ハーフトラックに引かれて峠道をゆっくりと走る。牽引力向上のチューニングが施され、ティーガーなど重量のある車両も余裕で牽引できるようになっており、緩やかな傾斜を描く峠道も難なく登っていく。
「いやぁ...回転砲塔がないってキツイですねぇ」
18t重ハーフトラックの後ろについて走るマウルティアの荷台で茜が言う。彼女たちの中学時代の乗機であったM3中戦車も主砲は固定だ。しかし副砲は回転砲塔に搭載されており、牽制や軽装甲車両への攻撃にも用いることが出来た。敵の撃破は難しいが、あるのと無いのとでは大違いである。
「そうだね。まぁそれにはゆっくり慣れてもらうしか無いかなぁ...車両がもう少し増えればⅣ突の良さも発揮しやすくなると思うんだけどね」
Ⅳ突の良さは主砲の攻撃力と車高の低さにある。敵を待ち伏せて攻撃するのに適した防戦向きの車両であり、必然的に攻めの姿勢にならざるを得ない現状では少し厳しいものがあるのだ。
「...ちょっと飲み物買いたいからコンビニ寄ってくれる?」
『了解ー、ちょっと遠いけど我慢してねー』
30分ほどで到着したコンビニ。あまり広いとは言えない駐車場に、5両の戦車を牽いたトレーラーと大型の装軌トラック。圧巻の一言であった。
...いや、正確にはもう一両、アウトバーン以外の学校の車両が見受けられた。トヨタ製KC型トラックシャシをベースに四輪駆動とされたKCY型トラックだ。そのドア部には歯車にボーリング機で杭を打つようなエンブレムが描かれている。
「...あれは...試錐学園の公用車ですかね」
試錐学園。広島県に本拠を置く高校で、建築と工業を主に学ぶ事が出来る。少々学園艦の治安が悪いが、学力は非常に高く就職率も良好。地元周辺企業から引っ張りだこなのだとか。
「それにしても...試錐の人がこんな所に何の用ですかね」
それはそうとて喉が乾いた。私はマウルティアから飛び降りて、コンビニに入る。ドリンクのコーナーで品定めをしていると、横から聴き慣れた少女の声が。
「...あら、誰かと思ったら三城サンじゃない」
「...あっ、誰かと思えば...!」
黒髪のツインテールに青の下ブチメガネ。私は彼女を知っている。中学校時代のライバルで、決勝戦で戦った出雲付属の隊長。越前カンナだ。
「頑張ってるらしいわね。弱小チームでよくやるわ」
「...何よ。アンタこそこの3年間ロクに表舞台にも上がってこなかったくせに」
「準備期間よ。私たちは今年、全国を総ナメにしてみせるわ」
その目は冗談でも言い訳でもなく、本物の信念に満ちていた。彼女は間違いなく強くなっている。
「...そのために優秀な戦車を集め、優秀な人材を育成した。負けなど有り得はしないわ」
「優秀な戦車と優秀な人材があっても、優秀な指揮官がいなければ勝利など有り得ないけど、そこはどうなの?」
高飛車な彼女の性格。久々に少し遊びたくなって煽ってみる。
「しろしい!ウチだって頑張っちょるんじゃけぇ!ぶち強うなって見返したろーって...よいよ苦労したんよ!...って、何言わすんよ!」
彼女は怒ると方言が出る。島根県の出雲付属出身の彼女だが、生まれも育ちも山口県。だからその名残があるのだ。
ちなみに、今のを訳すと『うるさい!私だって頑張ってるんだから!滅茶苦茶強くなって見返してやろうと...すごく苦労したんだから!』である。
「...と、兎に角。私は負けないわ。少なくとも、アナタにはね」
「...もしかして、試錐学園に...?」
「そうよ。私たちは強い。試錐の名を全国に轟かせる。凝り固まった全国大会に、第二の杭を打ち込んでやるわ」
彼女は、コーラを一本手に取ると身を翻して歩き出した。...第二の杭。第一の杭は恐らく大洗のことだろう。
「...また今度、戦いましょう。次こそ勝つわ」
「うん。楽しみにしてるよ」
心地よい電子音と共に自動ドアが開き、カンナは店を出た。
「教えておいてあげる。私は『パイル』。試錐学園の隊長よ」
格好良くKCY型トラックに乗り込んだ彼女に、店員が駆け寄ってくる。
「お客さん、お会計がまだですが」
「...あ、すみません」
...パイル。大丈夫なのだろうか。
その頃。下関の街に大きな学園艦が接岸した。乾ドックで建造中の戦練専学園艦の隣に停泊したそれは、航空母艦赤城を模したものだ。
「荷物の積み下ろし急げー!鉄道ダイヤ開けて頂いてるんだから、時間には遅れられないぞー!」
隊長の西の指示の元、知波単学園戦車部隊の荷物がコンテナとして積み下ろされる。『九七』や『九七新』と大きく書かれたコンテナには戦車が積み込まれている。
「来たねぇ...」
海と山が寄り添うように存在する海辺。澄み渡る空気を深呼吸で胸いっぱいに取り入れる。
「...楽しみだなぁ...いよいよかぁ」
新型車の車長、下村遥は緊張と待ち遠しさが高い次元でバランスを取った、一種の高揚感に胸を躍らせていた。初めての試合で、ここまで緊張せずに戦えるというのは幸せなことであろう。
手にしていた缶コーヒーを飲み干して手近なゴミ箱に投げ込むと、ブラウスの袖を捲って歩き出す。目指すは一路山口市。今や強豪の一角に名を連ねるアウトバーン女子学院との試合だ。
さて、今回は試合の前置き、キャラ掘り下げ、そして伏線建てといろんな事を詰め込みました。次回からは知波単学園との練習試合になるのではないかと思います。