「...えっ?戦車、無いんですか?」
それは唐突だった。この戦車部には戦車が存在しない、と会長から告げられたのだった。
「いや、無いって言っても一時的によ?すぐ返ってくるわ。修復に出してるだけだから」
以前、千葉県にあるとある高校の戦車道チームと練習試合をしたという。勝利こそしたが、敵の日本戦車は相当なチューニングがされており、ギリギリ勝てたという。その直後に部員が二人抜けて、今に至っていたという。
「どうせ3両程度も動かせないんじゃ、どこも練習試合組んでくれないし、公式戦にも出れないし...ってことで、長期のメンテナンスに出してたの。まぁ..あと1週間は返ってこないわ」
「そう...ですか...」
戦車がないんじゃ練習も出来ない。まだ時間こそたっぷりとあるが、私たちがこうして足踏みをしているうちに、他の高校はどんどんレベルアップしていってしまう。特に戦練専なんて、毎日みっちり戦車道をしているわけだから、新設校とはいえ私たちとは比べ物にならないほどの練度を持っているはずだ。
「戦車って何があるんですか?それだけでもわかれば戦略くらいは組めるんですが...」
そう尋ねてみると、会長は奥の棚からファイルを取り出した。
「...これが、ウチの車両リストだね」
それを見て、私は驚いた。いや、戦車道経験者...もっと言えば戦車好きなら誰でも驚くであろう光景がそこにはあった。
「...6両中5両が...自走砲!?」
見開き1ページに1両のスペックや特徴、特有の戦法などがリストアップされてるのだが、書いてあるのは3両だけ。さらに回転砲塔を搭載しているのはただ1両だった。
「うーん...まぁ、ティーガーとかもいた事にはいたらしいんだけど...売ったらしくてね」
長く、黒いもみあげを弄りながら会長は言う。ティーガーは高校はおろか大学や社会人クラスでも通用する強力な重戦車。しかしそれは既にリストにはなく、あるのは中戦車1両と、自走砲5両だけだった。
「あっ、でもパンターはいいですね。強力ですし」
Ⅴ号戦車 パンター。重戦車並みのスペックを持ちながら、中戦車相応の機動力を持つ、ドイツ製の傑作中戦車だ。
次のページに書かれているのは、Ⅳ号突撃砲。パンターの前身にあたる、Ⅳ号戦車を自走砲に改装したものだ。どちらかと言えばⅣ号駆逐戦車の方が人気だが、Ⅳ突の方が機動性・操縦性に優れると聞く。
「...で、これは何ですか?Ⅲ突...?」
「いや、これは『10.5cm突撃榴弾砲42』。私たちは略して『10突』って呼んでる」
つまり、Ⅲ号戦車をベースとした自走砲、Ⅲ号突撃砲に、10.5cm榴弾砲を搭載したものだ。榴弾は戦車戦においても非常に有用だが、必須かと言われれば、そんな事はない。
「...なるほど。パンター1両、Ⅳ突3両、10突2両、ですか」
「えぇ。煮るなり焼くなり好きにしてくれたらいいわ」
とにかくこの異常に偏った編成は早急にどうにかしなければならない。何両か売って、新しい車両の購入を検討する必要があるだろう。
「とりあえず、この状態で編成を考えてみます」
「うん。頼んだよ」
ガレージの隅に置かれた机に向かい、ペンを握った。
デスクワークに疲れた私は、散歩がてら本校舎に設置されている自動販売機を目指していた。グラウンド周辺に無いわけではないが、私の好きな炭酸飲料『ミスター・ペッパー』は本校舎の自販機にしかない。疲れた頭がミスペを求めるので、少し遠いが、私は本校舎に行かなければならなかったのだ。
校舎までの道のりの途中、テニスコートの脇を通る。テニスコートでは、今は部員数減少により活動停止中の軟式テニス部の皆がテニスをしていた。彼女たちは一時的に戦車部に所属しており、今の計画では10突に乗ってもらうつもりのチームだ。
「寿璃さん!」
私から見て右側のコート、ネットに近い前衛のポジションを守るのが、元部長、現在は車長の松岡 寿璃さん。幼い頃から戦車道をやっていて、優秀な指揮能力を持っているという。
「あ、なっちゃん隊長!どうしたの?」
この特徴的なあだ名は、テニス部全員が使っている。こんなあだ名で呼ばれるのは始めてなので最初は戸惑ったが、今では何も感じていない。
「ちょっと自販機に。皆さんはなにを?」
「見てわからない?テニスだよテニス!休止中もウデがなまらないようにしないとね!」
ソフトテニス部は廃部にはなっていない。いつ復帰となっても良いように、練習は欠かすことができないという。
「大変ですね。頑張ってくださいね」
「うん、なっちゃん隊長こそ、がんばれー!」
大きく手を振ってテニス部の皆と別れる。道をさらに進み、校舎の裏へ。そこには沢山の生徒が利用するため、大量に設置された自販機がある。その中で、唯一ミスペを置いている自動販売機の前へ。ボタンを押すと、魅惑的なメタリックレッドの缶が吐き出される。プルタブを起こして一気に煽ると、特徴的な香りが喉の奥の奥まで染み渡っていく。
「美味しい?それ...」
『うげぇ』という声が出そうな顔をしながら話しかけてきたのは、同じ戦車部の二葉 琴音さん。いつもテンションが高く、チームのムードメーカー的役割をしている。
「え、美味しいよ...?何か変かなぁ」
「なんか、すごい独特な味がしない?それ」
「それが良さだからね」
ミスペはアメリカ生まれの飲み物。ジャンク的な風味を持つこの飲み物は日本人の口にはなかなか合っておらず、美味しいと思ってくれる人が少ないことも事実だ。
「...飲む?」
「いらない」
即断られた。押し付けるつもりもないのでそのままにしておこう。
「じゃあアタシは戻るよ」
「戻るってどこに?」
そう尋ねると、上を指さした。上には視聴覚室があるため、多分そこだろう。一体何をしにいくのか。気になりはしたけれど、聞かないことにした。
ミスペをゴミ箱に投げ入れて、ガレージに帰ろうとした時にふと思い立ち、靴を履き替えて校舎へと入った。校舎は比較的新しく、整備も行き届いている。広さも異常な程であり、流石は学園艦の象徴といった感じである。
そんな校舎の3階に、私の目的地はあった。大人数が収容できる、超大規模なコンピュータールーム『情報室』。そこは1クラスはおろか、1学年も入ってしまう恐ろしい程の広さで、その人数分のパソコンが用意されている。最新機種...とはいかないものの、現代のソフトウェアやアプリケーションを使うにあたって差し支えない程度の性能を持ったものだ。
放課後になると自由に使用することが可能となるその部屋には、まばらではあるが生徒の姿があった。同級生や上級生は私を見たってなんとも思わないが、入ったばかりの下級生たちは、黒い大きな眼帯をしている私を横目で追っているのがわかった。やはりこの眼帯は目立つのだろうか...?いつもするものだから少しでもおしゃれなものを、と思ったのだが、かえって厨二病のように見えているのだろうか。
...とまぁそんなことを考えながら、中央あたりの席についた。既に起動されていたパソコンのキーボードを叩いて、なんでも知ってる物知り先生に質問を投げかける。
開いたサイトは『Panzer.NET』。戦車道にまつわる様々なニュースの他に、戦車の詳細情報、中古車両、大会の開催予定などを調べることができる。私はそのうちの中古車両情報を開いた。
「えーっと...どこかな...あ、あったあった」
検索ワードは『ドイツ 偵察車両』。冬季杯に必要で、安価で、あつかいやすい車両といえば軽戦車だろうと考えたのだ。アウトバーン校はドイツ戦車を主力としているため、ドイツで揃えたかったということもあり、ドイツに絞り込んでの検索とした。
「...ほう」
検索トップに表示された戦車。小さなその戦車を見つけ、私は直感的に『これしかない』と思った。
すっかり日が落ちた頃。ガレージに戻ると、皆が集合していた。
「三城さん、待ってたよ。...皆にお知らせがあります」
会長は左手に持っていたクリップボードに挟まれた紙を、皆に見えるように突き出した。
「...私立ブリテン高校との練習試合が決まりました」
「...えっ?」
皆の声が揃った。あまりにも唐突で、状況が飲み込めていないのが原因であろう。
「場所は私たちのホームグラウンド、萩市街地。試合形式は、三叉戦で行われます」
「三叉戦ってことは、冬季杯と同じ...」
「ええ。冬季杯に向けた練習だと思ってくれればいいと思うわ」
萩市は、アウトバーン校学園艦が母校としている仙崎港のすぐ近くにある街だ。歴史的価値のある建造物も多く、なかなか戦車道で使用することが認可されなかったが、今回始めて使用出来ることとなったようだ。
「でも、今戦車ないですよ...?」
「大丈夫。戦車は一週間後には返ってくることになったわ。練習試合は2週間後だから」
幹葉さんの質問に、会長はそう返したが、全然大丈夫ではない。逆に言えば練習時間は1週間しか無いのだから。その1週間、死に物狂いで練習する必要があるだろう。
「そういうことだから、皆、心の準備と予定を空けておくことを忘れないようにね。じゃあ、解散」
「「ありがとうございました!」」
その日の帰り道は、同じ車両に乗る仲間と一緒に帰路についた。
私、華蘭さん、幹葉さん、琴音さん。そして非常に優秀な操縦手で、プリン色のセミロングヘアが特徴的な五樹 涼子さん。過去には『タンク・アタック』という戦車のタイムアタック大会で総合優勝を成し遂げたことのある凄腕ドライバーだとか。
「ブリ校ってどんな学校だっけ?」
琴音さんの質問に、学生戦車道マニアの幹葉さんが答えた。
「ブリ校はイギリス歩兵戦車を主力とするイギリス流の学校です。グロリアーナのような上品さではなく、奇抜で、変わり者の多い学校だという印象が、強いですね...」
「強いの?」
「...はい。それなりに。特に主力たるブラックプリンス歩兵戦車の装甲と火力は、下手すればティーガーやISに匹敵するほどの驚異となりますね」
ブラックプリンス。チャーチルの装甲を強化、砲塔を換装し、英国の傑作戦車砲、『オードナンスQF17ポンド砲』を搭載した歩兵戦車。グロリアーナのチャーチルも相当速かったから、多分ブリ校のブラックプリンスもチューンナップでかなりの速度を発揮するのではないかと予想がつく。
「やっぱりあの装甲を抜くのは大変だと思う。でも機動力では勝ってるから、うまく回り込んで弱点を狙いたいところだね...って、そっか、自走砲ばっかなんだった...」
「大変ですね、隊長は...」
華蘭さんが私の頭を撫でる。くすぐったくてすぐに手を振りほどいた。
「...そんなことより、どこかに寄って帰りませんか?」
「アタシはお腹が空いたよ...ファミレスいかない?」
「私は...戦車道ショップが...」
「私はどこでもついていくよ〜」
皆の意見がバラバラで全くまとまっていなかったので、皆の視線が私に注がれた。『決めろ』という意思表示に見えた。
「...なら、私もお腹すいたからファミレスに行こうよ」
そうして、私たちはファミレス目指して日の落ちた帰路を歩くのだった。
1週間半後...仙崎港
仙崎港に、一際大きな...仙崎の街を優に超える大きさの船が入港してきた。イラストリアス級空母に良く似たその船には、グレートブリテン国旗に良く似たユニオンフラッグの中心に『B.H.C』と書かれた校旗が立てられている。この船は、『私立ブリテン高等学校』の学園艦である。
甲板上、学園の中に存在する豪華絢爛な部屋。そこは生徒会室で、生徒会活動とは無縁に思える天蓋付きのベッドや、玉座などが置いてある。その天蓋付きベッドに寝ている銀髪ウェーブの少女と、それを起こそうとしている銀髪ツインテールの少女。
「起きてください隊長〜!もう仙崎港につきましたよ〜!」
「...もう着いたの...?早いね、まったく...」
実は既に10分ほど前から起こしていたのだが、全く起きる気配がなかった。今ようやく起きたのだった。あちらこちらが跳ねている隊長...ヴィヴィアンの髪を、彼女の世話人のようなポジションである、砲手のバーバリーが櫛でといている。白のネグリジェ姿のヴィヴィアンは、眠そうに目をこすりながら、外の景色に目を移した。見えるのは海と山。それだけだが、それでいて美しい街だ、と彼女は思っていた。
「...さて、アウトバーン校...どんな学校なのかしら...歯ごたえがあればいいのだけど...ふわぁ」
「きっとそれなりにはやってくれますよ。何せ中学大会の覇者を擁するチームらしいですし」
今はほぼ絶滅した機動戦の流派『源流』の伝承者が率いるチーム。どんな作戦を展開してくれるのか、ヴィヴィアンは、珍しく自分がわくわくした気持ちを抱いていることに気がついた。
「...さて、積み込み開始。さっさと市街地に行っちゃいましょ」