12.8cm砲が吠える。既にT29重戦車、ティーガーⅠ重戦車を残すだけとなっていた主力部隊に、2方向から一撃必殺の凶弾が次々と飛来する。
民家に当たれば、榴弾でもないのに木っ端微塵に砕かれる。路面に当たればアスファルトが抉り取られ、装甲の厚い箇所で防ぐことが出来ても凄まじい衝撃に揺さぶられる。
「ちょ...ちょっと!E-100とか聞いてないよ!」
「どうしましょうか...これ」
相手の主力部隊は健在。ヤークトティーガー2両、エレファント2両、ヤークトパンター2両、ティーガーⅡ1両。戦力差は明らかであった。
「どっちも側面晒したら一発ですね...」
「正直、ここから生きて出られるとは思えないね」
味方の援護は期待できない。こちらは圧倒的戦力差。おまけに側面を取られている。逃げ込める道も場所もない。逃げるなら正面の敵を突破せねばならない。
「正面から撃ち合ったら、いくらT29でも貫通はキツいよ」
「ティーガーじゃまず無理でしょうか」
相手の正面装甲は凄まじい堅さだ。正面切って撃ち合うのは得策ではない。
「...じゃあ、少しでも多く数を減らしておきます?」
「...いいね。何か案があるの?」
優奈さんは少し逡巡した。それほど無茶な作戦なのだろう。
「...こちらの主力を差し出すことになります。かなりの戦力低下になるかと」
T29とティーガーⅠ。こちらの戦力としては最大の2両であろう。仮にここで敵主力を2両で壊滅させたとして、相手は遊撃部隊全てとE-100を残してしまう。それに、勿論敵主力を全て倒すなど不可能だ。
「...小隊長より隊長。作戦実行の許可を」
『.....分かりました。可能な限り多くの車両を撃破してください。最優先目標はヤークトティーガーとエレファント。可能ならティーガーⅡも狙ってください』
「了解。全力で当たります」
「このままここで押さえつけているだけで勝てる。このまま...」
こちらの遊撃部隊は凶悪な車両がそろい踏みだ。こちらが突破されなければまず負けはしないだろう。陣形を変えず、敵が姿を現した時だけ射撃する。それだけで効果がある。
ティーガーⅡのキューポラから顔を出すローラは、髪についた砂塵を振り払った。その時民家の影から敵影。砲撃自由の指示を下されている指揮下の部隊が敵を撃つ。
弾雨の中、の反りと姿を現したT29。その砲はこちらの部隊の目の前の民家へと指向されている。
「...何か来るぞ!」
悪い予感がした。今まで反撃をしてこなかった敵が、いきなり砲撃を行ったのだ。少し姿を晒すだけでもリスキーなのだ。何かが来ると思っていいだろう。
撃ち込まれた砲弾は民家に突入すると、爆音を立てて爆ぜた。榴弾だ。
コンクリート製の家屋が倒壊する。視界を覆う砂塵。思わず顔を覆った。
「今です!」
「ああ、任せてよ!」
優奈の合図で、瀬玲奈の乗るT29は前進した。砂塵の中であるが、照準する必要はない。ただ前進すれば良いのだ。
E-100のものだろう。当てずっぽうの盲射が砂塵の煙幕に風穴を開ける。しかしその砲弾は民家に穴を穿つだけ。既にT29とティーガーⅠの2両は目標地点へ到着していた。
「『天号作戦』行きます!!」
日本海軍の発令した最後の海上戦闘作戦、天号作戦。その沖縄方面作戦である天一号作戦では、戦艦大和を座礁させ固定砲台とし、陸上戦闘を行うことを考えていた。それになぞらえての『天号作戦』だ。
先ほど崩した民家でできた瓦礫の山。乗り上げたT29はそのままウィリーのような状態となり敵部隊の目の前へと現れた。
「な...何...ッ!?う、撃て、撃てーッ!」
ローラも応戦しようとするが、咄嗟のことで照準が追いつかない。その間にもT29は重力に任せて姿勢を戻そうとしている。
「先頭車、下がれ――――――」
その声も虚しく、T29は先頭車 ヤークトティーガーの砲の上に、乗り上げた。
砲をへし折られ、超重量に伸し掛られたヤークトティーガーは白旗を上げる。味方車両の上に乗る敵に砲撃を加えるものの、ヤークトティーガーの車体で遮蔽を取られ、撃てるのは良好な被弾経始の砲塔だけ。虚しい音を立てて弾かれる。
砲を指向し、後続のエレファントの天板を撃ち抜く。
「仕方ないか...私が仕留める!」
ティーガーⅡが塀をなぎ倒して車列を追い越し、先頭へ躍り出る。
砲塔を旋回させ、その側面に8.8cm砲を突き立てた。
見上げたT29の砲塔。
敵の車長が、笑っている...!?
側面装甲に砲弾が吸い込まれる。黒煙と共に白旗が上がる。
しかし、それだけでは終わらなかった。瓦礫の山を踏み越えて、ティーガーⅠが出てきたのだ。
「くっ...まだやるか!」
後退しようとするも、一瞬間に合わず。ティーガーⅡを踏み越えてティーガーⅠが味方エレファントの側面に8.8cm砲を突き立てた。
超重量のティーガーⅡが、がりがりと音を立てて信地旋回する。敵ティーガーⅠはヤークトパンターにも手を出そうと砲塔を旋回させていた。
「させない...ッ!」
ティーガーⅡがティーガーⅠに放った砲弾。空を斬り、ティーガーⅠの後部に吸い込まれ...
そうなところで、ティーガーⅠは回避行動を取った。そしてその砲弾は味方のヤークトパンターの車体下部に当たり...
「あっ!?」
白旗を上げた。試合中、最もやってはならないミス、誤射だ。誘導されたとはいえ、最悪の失態を犯した。
ヤークトパンターがもう一両仕留められたところで、今度こそティーガーⅡのアハト・アハトが敵を仕留めた。
「...こちら副隊長車、主力部隊はヤークトティーガー、ティーガーⅡ、E-100各一両とヤークトパンター2両を残し崩壊しました。申し訳ありません...」
『...過ぎたことは仕方ないわ。こちらに加勢して頂戴』
「...了解しました。直ぐに向かいます」
パイルはローラを責めることはしなかった。だが、誰よりもローラ自身が自分を許せずにいた。
「...この失敗、取り返さなきゃ」
『こっちは全滅しました。ごめんなさい...後は、お願いします』
「ありがとうございます。敵主力が大幅に減って、やりやすくなりました」
正直、このメンバーで敵重駆逐戦車を相手するのは骨が折れる。ここで仕留められたのはラッキーだろう。こちらの重戦車2両をベットした価値は十分にあった。
「でも...ここからどうするか」
相手の遊撃部隊は無傷。こちらも変わらないが、トルディ2両を失っているため戦力上は水を開けられている。となると、こちらの優位はただ一つ。それを活かすしかない。
「...厳島さん、一つお願いがあります」
『はい、何なりとどうぞ』
「偵察をお願いします。山を突っ切って、江崎市街地を。敵に発見されないよう細心の注意を払ってください」
『分かりました。任せてください』
美術部チームは、この短期間で目覚しい成長を遂げていた。扱いにくい日本戦車をうまく手懐け、良いところを伸ばし、悪いところを抑える。突出して上手い訳では無いが、かけた時間を考えればかなりの練度と言えた。
ケヌ車が旋回し、山の中へ突っ込んでいく。道が少ない田舎だけに、こうした道なき道を進むことも必要になる。こういった不整地では独立懸架式のサスペンションが、接地力で優位に立てる。
「...さて、ここからが本番だね」
ケヌ車の偵察結果を見てみない事にはなんとも言えない。だが、ここからは攻めの姿勢で行かないと、守りに入っては数的不利で一気にやられてしまう。
「まともにとりあう必要はないよね。だってこの試合、フラッグ戦なんだし」
「相手のT-44をうまく分断して、タイマンに持ち込めば...」
全国大会決勝の、あんこうチームと同じ戦法だ。しかしこの街、なかなかそれに適した場所がない。海に面している為見通しが良く、山がちな地形のため平地も少ない。
...いや、一箇所思いついた。しかし、かなり距離がある上に結構狭い。それに、かなりリスキーであった。
地図を開き、指で道をなぞっていく。そして、ある箇所で指を止めた。
「...ここなら、なんとか」
「そこですか!?そこは...難しいんじゃ...」
華蘭さんは不安げだ。それもその筈、そもそも戦車戦をするような場所ではない。
「...でも、夏紀さんの判断に従います。どうしますか」
「...それでいこう。なら、その前にやることがあるね」
「邪魔な車両が幾つかあるね。どうする?」
顎に手を当てて考え込んでいたとき、無線機から厳島さんの声がした。
『現在、江崎の街が見渡せる位置にいます。主力残存は遊撃部隊と合流するつもりのようです。E-100は移動していません』
「...分かりました。だったら...千尋さん、お願いがあります」
『何ですか?もしかして、アレをとっ捕まえるの?』
「...はい。千尋さんにはE-100の撃破を狙ってもらいます。随伴に何両かつけましょうか」
『うーん...T-34を頂戴、そしたらなんとかしますから』
「分かりました。羽織さん、初めての任務がE-100の撃破なんて、大変だと思いますが...精一杯の『自己表現』をしてきてください」
『...分かりました。やれるだけの事はやってみます』
千尋は、キューポラから顔を出して、チャンスを今か今かと待っていた。
「飛び出すタイミングは、敵が発砲した直後...」
装填のタイミングを狙う。まずはE-100の元にたどり着く必要があるのだ。
敵の先頭車両、パンターが、その75mm砲から煙を噴き出した瞬間。
「行くよ!」
『はい!』
トゥラーンⅢとT-34-57、そしてバラトンのⅣ号戦車H型が隊列を飛び出した。
飛び出すなり、トゥラーンの75mm砲から一発の砲弾が撃ち出される。それはパンターの砲塔に着弾し、白煙を吹き出す。
煙幕弾だ。千尋が最も得意とする戦術、煙幕を用いた突撃。それなら、この状況下でも成功する可能性が十分にあった。だが、念には念を、もう一つ保険をかけていた。
『煙幕です!前が見えません!』
「前方に警戒しなさい!見えたら即刻、撃つのよ!」
結局、1車線しかないのだ。何とか隙間を通れたとして、後続が撃破できる。
煙の幕から、砲身が覗く。
同時にパンターの砲手は砲撃していた。しかし、そこで討ち取った獲物は、予想していたものとは違った。
煙幕の中から飛び出してきたのは、白旗を上げたⅣ号戦車であった。相当な勢いのついていた車両はパンターに正面からぶつかり、隊列を大きく後方へ押した。
玉突き事故のように間隔の詰まった隊列。高火力の戦車を多数配置していたため、長砲身が引っかかって砲塔旋回が困難になっていた。
「くっ...後続車!早く下がりなさい!」
刹那、煙の中からトゥラーンⅢ、そしてT-34-57が飛び出す。
その2両は、極至近でこちらに照準をつけていた。撃ち出された凶弾はコメット1両、そしてT-34-85 1両を捉えた。
「...追わなくていいわ。どうせ後続と挟み撃ちできるんだから」
そう考えた。しかし、それにも大きな誤算があったのだった。
「よし、うまくいった!」
羽織は、T-34-57の砲塔内でガッツポーズをした。砲手を兼任する彼女、最初の獲物はコメット巡航戦車であった。
『まだ油断しちゃだめだよ。第二波来るから』
そろそろ敵重戦車と遭遇する頃だ。しかし、こちらにも既に先手を打ってある。
カーブを曲がると、敵のヤークトティーガーが見えた。急制動をかけると敵の大経の砲弾は空を切った。しかし、このまま押し込まれると勝ち目はない。
その時、ヤークトティーガーの車体上面で砲弾が爆ぜる。光、音、そして煙とともに液体が飛び散るように装甲が貫通され、ヤークトティーガー最後の1両は往き足を止めた。
「...ナイスタイミング!」
斜面を駆け下りてきたのは、アウトバーンのケヌ車だった。偵察を終えて援護に来たのだ。先ほどヤークトティーガーに撃ち込んだのはタ弾。条件さえ整えば、従来を大きく上回る貫通力を発揮する、成形炸薬弾だ。
『お安いご用でしてよ!』
砲塔から顔を出してこちらに微笑んで見せた厳島。そんな彼女のケヌ車を追い越し、さらにヤークトティーガーの横をすり抜けるように追い越していく。
トゥラーンとT-34-57を照準しようとティーガーが旋回するのを見て、すかさずにケヌ車が顔を出す。先ほどの成形炸薬弾ならば、この距離でも側面は十分に貫通できる。ティーガーは旋回を諦め、そのまま過ぎていく敵を見送った。
『早く行きなさい!ここは私が!』
「ありがとう!...じゃあ、行きましょう!」
『うん。E-100...必ず仕留めて、勝利に繋げる!』
2両の戦車は、E-100の鎮座する橋へと全速で向かう。ニュービー2両での、ジャイアントキリングが始まろうとしていた。
次回は、千尋のトゥラーンⅢと羽織のT-34-57が、超重戦車E-100に挑みます。そして、試錐学園との戦闘も、まもなく折り返します。
※タ弾の描写と、一部の文章を改訂しました。