重い鉄の音とともに、アウトバーン女子学院の学園艦は、仙崎港に接舷した。隣にはアウトバーン校学園艦よりも幾分と背の高い学園艦が。
「これがブリ校の学園艦...大きいですね」
「そうね。縦の大きさは空母型ならこんなものよ。私たちの船が特殊なだけ」
戦艦をベースとしているアウトバーン校学園艦は、艦橋やマスト以外のあらゆる場所が低い。弊害として塩害が空母型よりも出やすいことがあるが、利点として旋回性能の高さや、乗り降りの便の良さがある。
「...あ!見てくださいあれ!」
幹葉さんが指さした先には、長いトレーラーに搭載された戦車たち。トレーラー1台につき1両しか搭載出来ないため、その非常に長いトレーラーは全部で6両もある。明らかに港の運搬車輌等の走行を妨げる場所に停車してあるが、いいのだろうか...?
「あれは18トン重ハーフトラックです!でもパンターも載せれるなんて、かなりの改造がされてますね...」
「幹葉さんって、戦車だけじゃなくてトレーラーもいけるんだね...」
後部甲板横に接続されたステップを、戦車部の部員を乗せた2両のハーフトラック『マウルティア』が下っていく。自動車科の実習で用いられたものを譲り受けたもので、戦車部の主な移動手段となっている。半装軌車故に乗り心地こそ良くないが、多少の重量物なら運べることから、弾薬・修復用具等を積み込む戦車部には必要不可欠とも言えるものになっているのだ。
ステップを降りると、ハーフトラックの運転手...恐らく戦車ショップのオーナーであろう、中年の男性が声をかけてきた。
「へぇ、アンタが新しい隊長さんか。前の隊長も優秀だったって聞いたけど...アンタにも期待してるよ」
「はじめまして。隊長の三城です。...早速なんですが、車輌の搬入を...」
パンター・Ⅳ突・10突を各1両ずつ引き連れて仙崎港を後にする。残りの3両はステップを上がって学園艦へと収められていった。
私たちを乗せたマウルティアは、海の見える国道を走る。曲がりくねった峠道で、山の澄んだ空気と海が運んでくる潮風が爽やかな空気となって私たちを包んでいた。
「...久しぶりだね、この空気も」
「いつもは潮の香りしかしませんからね。森の香りも、いいですよね」
華蘭さんはそう言いながら、グレーのパンツァージャケットを身につけていた。グレーをベースに黒と赤のラインが何本か入ったシンプルなものだが、戦車乗りらしい引き締まった印象を与えていた。
「...あっ!」
重要なことに気がついた。
「パンツァージャケット...忘れた...!」
正確には忘れた、というよりは元から無かったのだが。華蘭さんが着ているパンツァージャケットは、先輩のお古。注文し、完成するまではお古のジャケットを着ることになっていた。しかし私は背が小さく、サイズの合うジャケットが無かったのだ。
「どうするの?もう引き返すような時間は...」
涼子さんの言うとおり、もう萩市街地は目と鼻の先だ。すぐに到着するし、到着次第試合の準備に入る。対外試合をする時はジャケットを着るのが礼儀であり、蔑ろにすることは出来なかった。
「どうしよう...」
「...中学校の時のジャケットを使ったらどう?」
「「それだ!!」」
「...でも、一人だけジャケットが違うって、いいのかな...?」
「大丈夫なんじゃない?よくあることだよ、隊長だけデザインが違うなんて」
確かに今から対戦するブリ校もしかり、結構そういう高校は多い。実業団とかプロになるとより増えてくる。
「...じゃあ、ちょっと実家に寄ってもらえますか?取ってくるので...」
「ほーい」
私たちの乗車していたマウルティアを運転する、テニス部チームの伊達 陽子さんにそう伝え、家の詳細な位置も教えた。すると彼女はルートの指示をせずとも路地にすいすいと入っていき、私の家に着いた。
「...じゃあ、ちょっと待っててください」
マウルティアの荷台から飛び降りると、目の前に実家があった。西洋風のそれなりに大きな家で、庭には機銃で装甲がボロボロにえぐられたⅠ号戦車があった。今はエンジンが降ろされており走行することは出来ないが、過去には母の愛機として、野山を駆け回っていたそうだ。
そんな庭を抜けて、玄関のインターホンを押す。しばしの沈黙の後、重たい音を立ててドアが開かれた。
「...ただいま」
「...入りなさい」
そこには少しやつれた表情の母がいた。声音に表情は出ていなかったが、少なくとも怒っているとか、悲しんでいるような声には聞こえなかった。
家の中は私がいた頃と変わらず整理整頓が行き届いていて、母の好きな花が沢山並んでいた。ガーベラ...中でも青いガーベラが好きで、母の日に父がいつも買って帰っていたのを、今も覚えていた。
「お父さんは?」
「仕事よ。夜には返ってくるわ」
それだけ言葉を交わして、私は2階へと駆け上がった。2階は家族の寝室があり、両親の部屋、私の部屋、そして妹の部屋があった。
「...夏摘」
ドアをそっと撫でる。今は遠くに居る妹。今年中には、きっと会える。
自分の部屋のドアを開けると、部屋は何も変わっていなかった。私が持ち出したから荷物は減っているが、小さい頃から好きだったクマのぬいぐるみとか、思い出の写真とかは、埃をかぶりながらも、未だそこにあった。
壁の衣紋掛けに目をやる。中学校の制服、もう入らなくなった小学校の時の浴衣...思い出の服が沢山かかっている。その中で、異彩を放つ迷彩色の服を手に取る。
黒をベースに、迷彩色を各所に配色した維新中学校戦車道部のパンツァージャケット。非常に悔しいが、中学校からまったくもって成長していないため、恐らく余裕で入る。
「...私を守ってね」
襟に少しだけ血のついたジャケットを手に、階段を駆け下りた。
「時間があれば、紅茶でも飲んでいかない?...って、夏紀、それは...?」
私が脇に抱えていたパンツァージャケットを指差し、母は不安そうな顔をした。
「...私ね、戦車道、やることにしたんだ」
母は、声にならない声を上げながら泣き崩れた。...こうなると知っていた。母の気持ちも理解できる。たった1日にして最愛の娘と、娘の五体満足な体が奪われたのだ。私が母でもきっと、こうなる。
「...目標が出来たの。とっても、とっても大切な目標が」
母に合わせてしゃがむ。そしてゆっくりと手を背中に回して、ぎゅっと抱擁をした。母の涙は暖かくて、親の温もりを痛感する。だからこそ、私はもう、母を悲しませることはできない。
「...じゃあ、行ってくるよ」
「な、夏紀...!」
玄関のローファーを履き、玄関を開けた私に、母があるものを手渡してくれた。それは米軍の階級章を模したワッペンで、夏摘が制服につけていたものだった。今はアレンジが施され、キーホルダーになっていた。
「...必ず、帰ってくるわよね?」
元戦車乗りとして覚悟を決めたのだろう。今までの不安げな顔を一変させ、キリリと引き締まった顔になった母は、1人の上官として、私にそう問うたのだろう。
「わかってる。絶対元気で帰ってくるから」
笑顔で返すと、母は安心した表情を見せて、笑顔で見送ってくれた。
我が家を、母を背に、私はパンツァージャケットを羽織る。
時刻は午後2時。私たちは萩市の中心にある中央公園に集合していた。戦車はここではなくスタート位置に配置してあり、ここにやって来たのは車長だけだ。
遅れてこの中央公園に、軍用車・オースチンK5に乗って入ってきたのはブリテン高校の隊長格2名。隊長であるウェーブした銀髪が特徴のヴィヴィアン、そして同じく銀髪のツインテールが特徴的な、副隊長のバーバリーだ。
「初めまして。今年から隊長に就任しました、三城夏紀です。今日はよろしくお願いします」
「ん...よろしく...正々堂々がんばろうな」
眠たげな声と顔。この隊長、寝不足なのだろうか?
「すみません。隊長ってばいつもこんな感じで...今日はよろしくお願いしますね」
バーバリーは頭を下げて後ろに下がった。するとヴィヴィアンが右手を差し出し、握手を求めてきた。断る理由もないので握手をしておく。
「まぁ、今日は頑張ろうね...」
そう言うとヴィヴィアンも後ろに下がった。試合の開幕だ。現役自衛官が試合開始を宣言するのが、定番となっている。
「ただいまより、アウトバーン女子学院 対、私立ブリテン高等学校の練習試合を開始します!互いに、例!」
「「「おねがいします!!」」」
その後、私たちはマウルティアに乗って、スタート地点である萩ウェルネスパーク駐車場まで来ていた。ウェルネスパークは田舎としては大きなスポーツ施設。野球場と多目的グラウンドが併設されている。そこには私たちの戦車、パンター・Ⅳ突・10突が綺麗に横一列に並んでいた。
「準備出来てますか?」
そう尋ねると、各隊ばらばらに返事が返ってくる。
「テニス部チーム、OKです!」
「生徒会チーム、大丈夫よ」
「アタシらも大丈夫だよ!」
「では、戦車に乗り込みましょう!」
戦車の中は、熱くて狭くて暗い。パンターは大きいボディ故にそれなりに広いが、乗り心地は快適には程遠く、慣れていないときついものがある。
「やっぱり、狭いですよね...」
華蘭さんと幹葉さんは戦車に乗るのが始めてなので、少し窮屈そうだ。
「でも、戦車の中ってワクワクしますよね!」
生粋の戦車バカである幹葉さんはとても楽しそうだ。実際私も少しワクワクしている。しかし、それ以上に不安が大きかった。私自身ドイツ戦車に搭乗するのは初めてだ。勝手もわからないし、限界も知らない。しかも1年半ものブランクもある。未だ恐怖を克服できた訳でもなく、実際敵車両と対峙した時にどうなるか、それも想像すらつかなかった。
「今回は三叉戦ルールです。ショッピングモール駐車場が陣地になってて、敵車両を2両以下まで減らした状態でそこで停止し続けていれば、占領することが可能です...まぁ、なかなか難しいですけど」
三叉戦は陣地を奪うことでも勝利できる。条件は敵より自軍の車両が多く、尚且つ敵が2両以下まで減っている状態で、30分間陣地に留まり続けること。その間はエンジンを停止、移動は不可。車両を降りることも可能だが、その場合は全員が陣地の外に出ることが条件となる。
「まぁ、無難に敵を全滅させるほうが早いよね。今回はそのつもりだし」
腕時計を見て時間を確認。スタート時刻である3時まで、あと1分を切った。作戦概要を説明する。
「今回の作戦は、まず背後を取るところから始まります。街を大回りに回って、敵の後方に出ます。そこからは、行き当たりばったりで」
「作戦名はどうします?」
作戦名。まったく考えていなかった。そもそも重要なことだと思っておらず、考えようとも思っていなかった。
「じゃあ...ストッキング作戦、なんてどうです?」
「...どういう意味?」
「相手の背後から回り込み、密着して機動戦で撃破する...脚を包み込んで、密着するストッキングみたいじゃないですか?」
「...あぁ。じゃあそれで」
納得したのかしていないのかイマイチわからない幹葉さんの反応を受けた瞬間、空に赤い信号弾が上がった。試合開始の合図だ。
「では行きます!パンツァー・フォー!!」
私の1年半ぶりの戦車道。これは小さな一歩だが、きっと夏摘と会うためには避けることのできない道だ。勝って、この道を突き進む。戦車に通れない道は無いのだから。
暗い部屋。3台並んだパソコンは全て違う映像を映していた。一番右からSNSのタイムライン、全国ニュース、そして戦車道の試合だ。戦車道の試合は強豪である私立ブリテン高校と、名前も聞いたことのないアウトバーン女子学院。車両の編成バランス、性能、戦術的にもブリ校の勝利は見えていたが、結構楽しみにしていた試合の一つでもあった。こういう弱小校が勝つ、というのはドラマ的で面白いし、ブリ校は『冬季杯』に出場してくる予定だし、恐らくアウトバーン校も出てくるのだろう。この練習試合が三叉戦であることも、そう予想させる原因の一つだった。
茶髪のセミロングヘアを弄りながら、モニターを眺めていたときのこと。アウトバーン校のフラッグ車、パンターから顔を出す隊長であろう少女の顔に見覚えがあったのだ。
「...一体どこで...ん〜」
とても見覚えがあった。あのショートポニーの茶髪も、あのパンツァージャケットもだ。
「...分かんないや」
まぁどうでもいい事だ。特に親密な人でもないだろうし。なんて考えていると、部屋のドアがノックされる。ヘッドホンを外して、『どうぞ』と言うと、ドアを開けて入ってきたのは私の母だった。実際には養母で、海を漂流していた私を拾ってくれたという。それ以来娘として接してきたし、記憶のない私には、彼女が母であるとしか認識出来なかった。
「夏摘、練習試合の中継始まったよ...って、もう見てるのね」
「うん。まだ始まってないけど、もうすぐ始まるよ」
「ならいいわ。よく見ておくのよ。役に立つことがきっとあるわ」
「うん」
母はそれだけ言うとドアを閉めて出て行った。
スピーカーから響く炸裂音。信号弾の音だ。練習試合が開幕したらしい。
「さて、どうなるかな」
これからの戦いに期待しながら、モニターに目を向けた。
次話からいよいよ戦車戦が始まります。戦車戦を書くのは下手ですし、戦車にも詳しくないですが、精一杯書きますので、気長にお待ちください。