敵遊撃部隊と主力残存を何とか躱し、トゥラーンⅢとT-34-57は江崎の街へと戻ってきた。しかしながら、相手は単体での戦闘力は恐らく大戦最強であろうE-100。こちらが優秀な火力を持つ2両だとはいえ、相手をするには設計の古さが足を引っ張るところだ。
「とりあえず、準備するから待ってね」
港湾の建造物に遮蔽を取ってE-100との戦闘に備える。味方部隊の為にも早く撃破したいのだが、攻め急いでこちらが全滅しては元も子もないのだ。
羽織はT-34から降り、建造物の窓からE-100の姿を見た。E-100は先ほどから若干位置を変え、味方部隊に砲撃を加えている。
少し下がると、12.8cm砲が轟音とともに必殺の砲弾を撃ち出す。それはこちらからは見えぬ山の向こうへと飛翔し、爆発音を立てる。
『こちらⅣ号、撃破されました!』
『1ブロック後退します!』
味方はE-100からの砲撃により後退を余儀なくされている。あまり時間はなさそうだ。
「準備できたよ、行こう!」
「はい!」
千尋がモヒカン状になっているトゥラーンの砲塔によじ登る。それを見て羽織もT-34のピロシキ型砲塔へと滑り込んだ。
E-100の砲、即ち12.8cm KwK44 L/55はその大火力と引き換えに非常に長い装填時間を要する。相手が撃った瞬間に飛び出せば、10秒ほど稼げる。そこからは技術と、運だ。
炎と煙。地面が揺らぐような轟音を聴くと同時に、私たちは操縦手の背を蹴った。
急加速。トゥラーンⅢもT-34-57も、お互いにかなり高機動な戦車だ。そのトラクションがアスファルトを抉り、それは砂塵と化す。港を飛び出すと、橋のたもとへと駆け込む。
E-100の車長はすぐにこちらの存在に気づいた。キューポラの中に戻ると、そのトラックほどはあるであろう砲塔がゆっくりと旋回を始める。
しかし、行足を止める訳にはいかない。しっかりと相手を照準し、全速で前進する。
2車線の橋を、2両並んで前進。そして、E-100の砲塔が旋回しきる直前、T-34-57は羽織の指示で停車する。当然、E-100はT-34-57に照準する。
「...お願いしますッ!」
T-34-57が発砲する。その砲弾はE-100の車体と砲塔の境界線を寸分違わず叩いた。
同時にE-100の12.8cm砲が吠えた。轟音が響き、ほぼ同時にT-34-57は後方へ弾き飛ばされ、転覆、欄干を押しつぶして、落下寸前で停止した。
T-34-57の砲弾は貫通しなかった...否、元より貫通させる必要はなかった。
E-100は砲塔正面、ターレットリング部からぼうぼうと吹き出る白煙により白く染まった。
「チィっ...煙幕か!」
煙幕弾だ。躍進射撃で正確に照準し、その長砲身57mm砲を以てターレットリング部に煙幕弾を撃ち込んだ。貫通こそしなかったが、重装甲の砲塔と天板に挟まれて身動きの取れなくなった煙幕弾は、砲塔下部で発煙を始めたのだ。
そして、その発煙弾が及ぼす影響は、それだけではなかった。
『車長!砲塔が...砲塔が旋回できません!』
「何だって!?クソッ、後退だ!車体後部を欄干にピッタリつけろ!」
発煙弾は砲塔と天板の隙間を押し広げてしっかりと食い込んでいた。その砲弾が抵抗となり、砲塔の旋回を妨げているのだ。これは、残された千尋にとって嬉しい誤算であった。
「行くぞ!『
黛作戦と命名したこの作戦。それは、ある軍艦の戦術を参考としたものだ。
煙に向かって突撃するトゥラーンⅢ。千尋はその砲塔上に何とか立ち、カウボーイのように輪を作ったワイヤーを投擲した。それは煙幕からただ一つ姿を見せていた自慢の12.8cm砲をしっかりと捉えた。
千尋は砲塔の後ろに隠れ、しっかりと車体に掴まる。落ちたら冗談抜きで、死ぬ。
トゥラーンがE-100とすれ違った時、ワイヤーが12.8cm砲の根元へと達した。刹那、トゥラーンⅢはE-100の砲塔正面右側の角を支点に、E-100に向かって急激に引っ張られる。履帯性能、そして旋回性能をはるかに凌駕する旋回。大日本帝国海軍の飛行艇母艦、『秋津洲』の艦長、黛治夫が船員とともに考案した、『秋津洲流戦場航海術』のうちの1つを参考にしたものだ。
E-100を中心に、接近しながらドリフトするトゥラーンⅢ。ちょうど後方に回ったところで正面装甲が後部装甲と衝突する。即ち、砲が後部に突き立っている状態だ。
「撃てェエエッ!!!!」
車外からでも車内に聞こえるよう、腹から搾り出すように叫んだ千尋。その号令とほぼ同時に、トゥラーンⅢの43M 75mm砲は雄叫びを上げた。
ギィギィと鉄の啼く音をたて、直後に煙と炎を噴いてE-100は力尽きた。超重戦車を中戦車クラス2両で仕留める。2両の乗員の戦車道歴の短さを考えれば、近代まれに見るジャイアントキリングであった。
『なんとかやったよ...これからどうすればいい?』
偉業を成し遂げた千尋さんは、ワイヤーを外すとすぐに橋を降りた。こちらから射線が通ってしまうためだ。
「ケヌ車と合流して、敵主力部隊を田万川地区に引き込んで欲しいんですが、お願いできますか?」
『分かった。やってみる』
千尋さんは二つ返事で了解してくれた。私はその返事を聞いて、作戦を次の段階へ移行する。
「遊撃部隊改め主力部隊は、最終目標地点であるHF地点へ向かいます。HF地点では、敵戦力をT-44の1両に絞り込みたいです。挑発と伏撃で敵を分断してください。フラッグが1対1で仕留めます」
『了解しました。じゃあ敵のコメットは頼まれようかな』
『じゃあ、アタシと海荷でT-34-85を引き付けるよ』
方針が決まった。敵主力、即ちティーガーⅡとヤークトパンター2両をケヌ車とトゥラーンⅢで分断する。
そしてHF地点へ向かう間に、レオパルトがコメットを、道場破りの2両がT-34を引受け、最終的にパンターとT-44が残る。そしてパンターを私たち虎さんチームが仕留めて、T-44との最終決戦に臨む。
「では、行きましょう。全速で撤退!」
『了解!』
「敵は撤退を始めたか...ローラ、そっちはどうなってる?」
『こちらもケヌ車が動き始めました。敵の作戦が発動したと考えて間違いないかと』
ローラが率いる主力部隊も、ケヌ車が動いたことで自由になる。しかし、ケヌやトゥラーンも放っておくことはできない。
「...ローラはこちらのパンターを連れて、ケヌ車とトゥラーンⅢを仕留めて頂戴。こちらのことは気にしなくていいわ」
『いいんですか?こちらの戦力は足りていますが...』
「無砲塔戦車では高機動の車両は相手しにくい。旋回砲塔持ちがもう少し必要だと思うわ」
『ありがとうございます。では、戦力をお借りします』
こちらのパンター2両を主力部隊に削いだ。それほどまでに、今はトゥラーンⅢを驚異と認識していた。
「まさか、E-100がたった2両にやられるなんてね」
確かに、超重戦車は機動戦に弱い。しかし、あれだけ見通しが良く、高所の利もあったのだ。それが中戦車2両に仕留められるとは考えてもみなかった。
「中隊、全速前進。敵を追い込みます」
敵部隊は舗装された細い山岳路を通って須佐方面へと撤退していく。何か思惑を感じないでもなかったが、今は攻めるときだ。T-44-100を先頭に、沿岸を離れ山岳路へと進入していく。
山道を上り、平坦路に出たところ。逃げるアウトバーン戦車隊に追いついた試錐学園戦車隊。そんな彼女たちを密かに狙う存在があった。
T-44、コメット、そしてT-34と縦に並んで進行する試錐学園戦車隊。その後方に、ビニールハウスを突き破って飛び出してきた戦車がついた。四角いボディと砲塔、大きめのリベットが特徴的なクロムウェルだ。最後尾のT-34-85を手始めに1両屠ると、再びビニールハウスに戻っていく。
「クロムウェルか...誰か頼めるかしら」
『私たちが行きます』
手を挙げたのはT-34-85の車長。2両でクロムウェルを相手しようというのだ。
「わかった、任せるわ」
離れていくT-34。振り返らずに、車列は速度を上げていく。
「ほいきた!狙い通りだな!」
『油断しちゃダメだよ』
クロムウェルを追って、T-34の1両がビニールハウスに突入する。それを俯瞰しながら、ゆっくりと照準するのは、高台に陣取ったクルセイダーだ。砲が唸るが、それなりに距離がある上に頑丈な砲塔に直撃したため弾かれてしまう。
急いで装填すると、クルセイダーは前進して急坂を下る。そして眼下の道路を走っていたT-34-85の正面に滑り込む。
『...取った!』
ターレットリング部への直撃弾。1両を仕留めたが、足を止めたため、もう1両に撃破されてしまう。
「ヤロー、よくも!」
その場を離れようと速度を上げたT-34-85。舞花は無理に追うことをしなかった。T-34の向かう先はヘアピンカーブ。立ち回り次第で先が取れる。T-34の動きを予想して、鬱蒼と生い茂る山に踏み込んでいく。
遠くでエンジン音とスキール音が聞こえる。ディーゼルエンジンを搭載するT-34は少々エンジン音がうるさい。遠くからでも相手の動きが手に取るように分かった。
「...成る程、こっちに来るか。...行くぞ」
T-34の進路上に向かってクロムウェルは前進する。草木を分けて、速度を上げていく。
「...吶喊!」
茂みから飛び出したクロムウェルは、T-34-85の側面に思い切り体当たりを食らわせた。そしてそのままT-34を押し、斜面へ飛び出していく。
その先は、農業用の貯水池。飛沫を上げて2両の戦車が水中へと落下する。そして電装系をショートさせた2両はそのまま白旗を上げた。
その頃、千尋と羽織のトゥラーンⅢとケヌは、敵の重戦車たちを引き連れて田万川地区へと逃げ込んでいた。絶えず之字運動を行い、敵の射撃をなんとか凌ぐ。平野になっている田万川は重戦車に有利なフィールドだ。ここでいかに逃げ回り時間を稼げるか、それが千尋たちに課せられた任務である。
『追ってきますね...』
「そうだね。でも、ここまで引き剥がせば、もう本隊とは合流できないでしょ」
本隊とは逆方向に全速で逃走している。引き返しても既に追いつくことはできないほどの距離だ。北浦街道から左折し、川沿いを海へ向かってひたすらに進む。そして細い道を通り抜けると、砂浜へと出てきた。田万川キャンプ場に隣接する海水浴場だ。
「...ここなら、こっちが有利だよ」
相手の車両に比べてこちらはいくらか軽い。足を取られる砂浜では、その軽さが大いに活きる。
「厳島さん、タ弾の残数は?」
『2ですね。それが尽きたらもう陽動くらいしかできません』
「分かりました。じゃあ、パンターを最優先に狙ってください。ティーガーは、私がやります」
丘のようになっている砂山を超えて、遮蔽を取る。ケヌ車に装備されているタ弾は、距離減衰がほぼ無い。こういう広い場所の方が向いているのだ。
トゥラーンが派手にドリフトしながら砂山から顔を出す。75mm砲はシャワールームに直撃して木片をばらまく。それを見た敵のパンター、そしてティーガーが砲を唸らせた。
その3発は砂山に吸い込まれ、砂塵を巻き上げる。そのスキにケヌ車が砂山の頂上から、タ弾でパンターの正面装甲を垂直に撃ち抜く。パンターは撃破され、煙と白旗を上げた。
『まず一つ、ですわ!』
「ナイス!今度は、私の番かな?」
再び遮蔽を取り、全速でターン。巻き上げた砂に敵が警戒したところでまったく逆方向へ全速で走り、砂山からジャンプ。狙うはヤークトパンターだ。
着地と同時に旋回しつつ停止。揺動が収まったところで75mm砲がヤークトパンターの側面装甲に弾痕を穿つ。しかし、もう1両のヤークトパンターがトゥラーンⅢを撃ち抜いた。
そのタイミングを厳島は逃さなかった。砂山からジャンプしつつ飛び出したケヌ車は、1度停止してタ弾によりパンターを撃ち抜く。そして更に前進、ドリフトしながらも装填し、徹甲弾でヤークトパンターの後部に決定打を撃ち込んだ。
「...やりました!」
ケヌをティーガーⅡのアハト・アハトが仕留める。しかし、厳島の任務は既に終わっていた。ティーガーⅡの足では、もう戦力外の距離にいるのだ。
「...勝負に勝って、試合に負けたって感じね。後はお願いします、隊長」
「じゃあ、頑張ってね、なっちゃん隊長!」
レオパルトは戦列を離れた。後ろから猛烈な速度で迫るコメットと対峙するためだ。
『お願いします。...後は、任せてください』
山を抜けて須佐湾に面した海岸線へと出てきた。そこで、レオパルトは山に突入して敵の到来を待つ。
T-44が駆け抜けていく。その後続、コメットが通り過ぎる寸前。レオパルトはコメットの目の前に飛び出した。左方が海のため、コメットは右に回避行動を取った。田んぼに突っ込むコメットに対し、舗装路の上から砲撃を浴びせていく。
「一発でも当たったらおじゃんだ。気合入れろ――――ッ!」
相手の砲は短縮されているとはいえ、英国最強の17ポンド砲だ。こちらの装甲など関係なく、何処に当たっても抜かれるだろう。砲口を見て、敵の照準を確認する。そして照準されたと予想したタイミングで操縦手の背を蹴り、減速を指示する。
ぐっと前方に荷重が移動する。捻りばね鋼のサスペンションとオーバーラップ式の転輪が、軽戦車としては重たい部類の車体をしっかりと支える。ジャーマングレーの車体に描かれた勇ましい山猫の識別マークが、陽光を反射して、さながら鋭い眼光を放っているようだ。
加速しながら、自らも田んぼに踏み入る。1年半、伊達に源流の教えを受けてきたわけではない。機動戦にはそれなりの自信があった。
「しっかり寄せて!極至近での戦闘はこっちが有利だから!」
目と鼻の先をコメットが掠めるようにすれ違う。そして土を巻き上げながら旋回、再びすれ違う。互いの砲撃を紙一重で回避しながら、チャンスを待つ。
履帯と履帯が触れて火花が飛び散る。砲と砲が触れ合い、お互いの砲撃をいなしていく。
「くっ...そう簡単にはいかないか!」
1度後退する。コメットも同じことを考えたか、一旦距離を取った。そしてまるで椅子取りゲームでもしているかのように、ぐるぐると旋回する。お互いの出方を探っているのだ。
車長と車長の目が合う。睨むような眼光でなく、お互いを認め合うかのような、熱い視線が交わされる。
「...前進!」
時を同じくして、コメットも動いた。旋回の中心に向かってドリフトしながら接近する。そして正面装甲同士が触れ合う瞬間、レオパルトは急制動をかけた。それに対しクロムウェルはその高初速砲をレオパルトの正面装甲に強く撃ち込んだ。
レオパルトが白旗を上げる寸前。コメットは急制動により前のめりになっているレオパルトの正面装甲をランプにバレルロールし、転覆して着地した。そして、白旗を上げる。
「...なっちゃん隊長、こっちは何とかなったよ...」
旗をたなびかせる2両。100mm砲が時々放たれ、路面に弾痕を穿つ。パンターは之字運動でそれを回避しつつ、HF地点を目指す。
振り返れば、睨みつけるような表情でこちらを見るパイル。しかしその瞳に恨みの表情は見えなかった。少なくとも、私には。
「...決着をつけよう、今日こそ」
右目に痛みを感じる。かつてを思い出しているのだ。
2両の戦車は、海風を切り裂いて、決戦の舞台―――――須佐ホルンフェルス断層へと向かう。
少々駆け足気味になってしまっている気がしないでもないですね。次回で試錐学園戦は終了になると思います。