軽いおさらいとしましては、残存は1対2。フラッグとの1対1の決戦で勝負が決まる、という場面です。
逃げるパンターを追って、試合会場である須佐・田万川地区の北端まで来てしまった。車両は正反対である田万川に取り残された副隊長車、ティーガーⅡを除けばフラッグのT-44-100、1両のみ。そして相手も、青い旗をたなびかせるパンターD型改G型仕様ただ1両。未だお互いに正面きっての戦いをしていないので、無傷に近かった。
「どこまで行くつもりかしら...このまま行けば、突き当たりは」
須佐ホルンフェルス断層。須佐町が誇る大断層だ。とはいえ、地理的にはただの岬。広場もなければ遮蔽もない、戦闘において有利を取れるような特徴の無い場所である。
次第に強くなる風。峠を越え、晴天の下でも荒れ狂う日本海が見えた。
今日は風が強い。黒いツインテールが風に揺れ、メガネがずり落ちる。中指で位置を正すと、敵のフラッグ車を見つめた。そのキューポラには、ショートテールが躍る少女。
パンターを追って岬まで出てきた。ここまで来れば、もはや逃げ場はない。ここで決着を付ける。
そんな時、パンターが急に速度を落とした。いや、停止したのだ。
こちらは発砲しながら停止行動をかけるが、一瞬遅かった。砲弾は側面のスカートを弾き、止まりきれなかったT-44はそのままパンターに衝突、衝撃で向きを変えながら減速する。
「あっ...!」
しかし、T-44は止まらなかった。戦車としては軽い部類に入るであろうT-44も、そうは言っても32tのボディ。そう簡単には止まらないのだ。
一瞬、私が犯した過ちを思い出した。
宙に投げ出されるM3中戦車。頬を伝う冷や汗を知りながら、私は前進をやめることができなかった。
これは、その焼き直しだというのか...?
T-44は重力に従い、崖を滑り落ちる。そしてパンターは何を思ったかそれに続く。
ガタガタと激しい衝撃に襲われながらも、しっかりと体を支える。履帯が切れないように方向を修正し、まっすぐと降りる。大丈夫、このまま行けば水没することはない。
一層激しい衝撃に襲われて、それっきり衝撃が収まる。どうやら下りきったようだ。辺りを見回すと、なんの邪魔も入らないであろう平地。広くはないが、戦うことが出来ない程でもない。
「...機動戦か...」
この狭さでは遮蔽を取ることも逃げることも叶わない。ただボディを擦り合い、砲を弾き合うインファイトを演じる他にないだろう。
このシチュエーションを狙っていたのだ。源流が最も生きる戦場を。
...だが、私は逃げない。恐れない。諦めない。
「...決着を付けよう!」
ハッチを開いた。打ち付けた波の飛沫が頬を打つ。キッと、パンターの車長を見つめた。
「...上手くいきましたね」
「ふぅ...ひやひやしたよ、全く...」
誰がこんな戦法を思いつこうか。緊急被弾経始の応用を戦車でする。そして弾いた戦車を崖下に落とす。使う場所を誤れば大事故だが、今回の狙いはあくまで有利な状況を作ることだった。
「……」
キューポラから相手の車長、パイルを見つめる。彼女は圧倒的不利をわかっていながら、竦むことも、諦めることもしていない。ただ『油断していたら首元に噛み付くぞ』と言わんばかりのプレッシャーを放っていた。
「...行くよ、準備いい?」
乗員たちに尋ねる。無論、その返答は分かりきっていたが。
「勿論。いつでも大丈夫です」
「全然オッケー!うずうずしてるくらいだよ」
「私も行けます」
「いつでも全速出せるよ!」
...頼もしい。彼女たちは私の、最高のパートナーだ。
「パイル...いや、カンナ!」
叫ぶ。波とエンジンの音にかき消されないよう、大きな、大きな声で。
「...この期に及んで何よ!」
「...ここで決着を付ける。準備はいいか!」
これは、決闘だ。お互いの過去を精算するために。償いへの第一歩を踏み出すために。
そのためにまずは、過去と決別しよう。この砲弾の応酬を以て、お互いの気持ちのやりとりをしよう。
「望むところよ!いつでもかかってらっしゃい!」
彼女はメガネを外した。飛沫で前が見えなくなることを嫌ったのだろう。私はそれを見届けると、車内に戻る。
カンナが車内に戻ったのを確認して、戦闘開始の『挨拶』をする。
パァン!と掠れた音が響く。互いに砲塔を打ち据えた砲弾。こちらは防盾に、相手は優秀な被弾経始を持つ側面に弾かれる。
前進。エンジンが唸りを上げる。岩に張り付いている苔や二枚貝を踏みしめて、履帯が回転を始める。
装填手が砲弾を押し込む。閉鎖機が降りて空間を隔て、砲手が砲塔を旋回させる。車体の安定を待たずに撃ち出された砲弾は、T-44の正面装甲を斜めに叩いた。
車内空間と砲弾サイズの関係から、装填時間はこちらに分があった。火力はあちらが優勢。取り回しのことを考えれば、繊細な設計のパンターの足回りの方が優秀だろう。
しかしながら、それよりもはっきりとした差があった。車体性能、砲性能の差を霞ませるほどのものだ。
...単に、戦術の差である。源流を継承する私は機動戦に強みを持つ。対するカンナは無流派。良くも悪くも決まった型を持たない。それ故に不利を背負っている。
何とか対応するが、それでも戦闘力の差が出る。急旋回からの砲撃や、ぶつけ合い、逸らし合いにおいてこちらの乗員の方が一枚上なのだ。
距離を取って、車体の小ささと火力の高さを活かそうとT-44が後退する。それを側面に回り込む軌道で阻止し、再び車体をぶつけ合う。この戦法は源流以外では基本的に推奨されない。車体に負荷をかけすぎるためだ。
「このまま圧倒するよ!」
このまま戦局はアウトバーン優勢に進むと思われた。戦っている本人たちもそう思っていただろう。そこで、操縦手から悲痛な方向が入る。
「いっ...1速がイカれた!」
「...ぬるい」
カンナは相手の動きが鈍ったことに気がついた。エンジン音は低く唸り、初速があからさまに落ちている。何かの戦略か。だが、この戦況でそんなハッタリを使う必要性がないこともまた事実だった。
「...トラブルが出てるのか」
候補は様々あるが、有力なのは1速のギヤトラブル。後期生産型の改良トランスミッションとはいえ、繊細な設計である変速機は壊れやすい。ここに来て源流の機械をいたわらない戦闘が裏目に出ている。
「...一気に畳み掛けるわ!前進、懐に潜りなさいッ!」
T-44が砲塔を旋回しながらパンターの側面を取る。動きのぬるい今なら行ける。しかしパンターは1速が使えない代わりにリバースギヤを用い、スピーディな被弾経始の体勢を取った。100mmの凶弾はスカートに弾かれる。
リバースギヤは変速比が大きい。というのも、どんな車両でも後退時に速度は要求しないことが多いからだ。初動はトルクの大きなギヤの方がスムーズに動ける。そのため1速に次いで変速比の大きいギヤになっているのだ。
大きな駆動力に変換する1速が死んでしまった今、その代わりになり得るギヤはリバースギヤしかない。しかし、それは立ち回りの上で圧倒的な不利を産むことになる。
「相手はジリジリ下がるしかできないわ!正面から何度も仕掛けて、追い詰めるわよ!」
カンナは果敢に攻めた。その圧倒的優位の牙城を崩さんと。視力不足で霞む視界も、飛沫が目に入って痛いのも気にせず、進行方向、旋回方向を指示し続けた。
そして、もう一歩のところまで追い詰めた。パンターの後方には既に2mほどのスペースしかない。もう一歩下がれば、海だ。
一際高い波が打ち寄せて、視界を奪う。しかし、あと一歩だ。もう届く。その喉元にZIS-100を突きつけることができる。自分の過去と、決別できる。
「前進ッ!!」
ただがむしゃらに命令した。手が届くと信じて。
直後、目まぐるしく戦局が動く。衝撃、縦G。履帯が擦れ合う音、砲が吠える音。水しぶきを浴びながら、2両の戦車がまるで泳ぐかのようにぬるりと動いた。
直後に、車体を大きく揺さぶる衝撃。砲塔を撃たれたのだ。しかし貫通はしない。こちらの砲撃も貫通していないらしい。眼を擦り、再び開いた。
「履帯損壊!思い通りに動けません!」
「動く方に動かしぃ!ちゃっちゃと敵に正面を向けるんよ!」
片方の履帯が先ほどの機動で切れたらしい。無理に旋回して、正面を晒す。
ゴトン。砲弾が装填され、閉鎖機が閉まる音が、やけにゆっくりに感じる。
砲塔が旋回される。上下方向にも微調整され、照準が整う。相手の砲口を紅い炎が塗りつぶす。それとほぼ同時に、こちらの砲も最後の一撃を与えんと吠えた。
カシャン。試合の終わりを告げる音に、私は全身の力が抜けてしまう。
撃ち抜かれたターレットリング部。砲塔からは黒く汚れた白旗が上がっていた。
『T-44-100中戦車、走行不能!アウトバーン女子学院の勝利!!』
泣くも叫ぶもできずに、私はただ脱力していた。全て出した。負けた。
...なら、それでもいいのかな、と。
向かい合い、同じく白旗を上げるパンターの車長の笑顔を見て、私はそう思った。
熱いほどに地面を灼く太陽。岩場に座り込む二人の車長。
「...お疲れ様」
「...うん」
車内から持ってきたスポーツドリンクをカンナに渡すと、受け取って一気にあおった。塩水が口に入ってきて喉が渇いたのだ。私も同じくで、一気に飲み干した。
「...ぷはっ」
横を見ると、カンナが私を見つめていた。何か言いたげな顔で。
私もそれを見つめていた。しばし、沈黙が流れる。
波の音に続いて、彼女が口を開いた。
「本ッ当に...すみませんでした!!」
そう言って、土下座をしたのだ。
「待って、そんな土下座なんて...顔を上げてよ」
「嫌だ。こうしないと、貴女が許しても私が私を許せない」
顔を伏せたままカンナが言う。こう言い始めるとテコでも聞かないところがある。
「...もう、怒ってないからさ。本当に。だから顔を上げてよ」
「慈悲なんていらないから。怒って頂戴」
「本当に、怒ってないんだってば。あれは事故。私はもう割り切ってる」
それを聞いて、彼女は顔を上げた。割り切ったことを蒸し返すのも良くないと思ったのだろう。その通りだ。
「本当にいいの...?私がやったこと、償いもせずに許されていいことじゃないと思うんだけど...」
「いいんだって。ここでカンナを怒っても無意味でしょ」
それは本当に何の意味もない行為だ。苛立ってもない行為の償いをさせたところで、それは私もカンナを得しない。それよりも彼女とは有意義な会話をしたいと思った。
「最後の方。いきなりアグレッシブになったよね。あれってどうして?」
「...あれは、そちらの動きが鈍ったのを感じたからよ。貴女のパンター、1速が壊れてるんじゃなくて?」
口調が戻っている。もうこれ以上謝る気は無いようだ。
「よく分かったね。確かに1速が壊れて使えなくなってた。リバースで何とか対応してたけど...苦しかったね」
「いや、よく捌ききったものです。感服しました」
実際、どうしてアレが捌けたのか自分でもわかっていない。右から左から激しく責め立てて来るし、最後には土俵際まで追い込まれたし。涼子さんの機転で立場を入れ替えるまでは負けを覚悟していた面もあった。
「...あのさ」
「はい」
言おうと思っていた言葉、今言おう。私のモヤモヤとした気持ちを一言で表現するなら、これしかないと思った。
「これからもずっと、一番のライバルでいてよ」
「...えぇ、勿論」
涙がこぼれそうなほどの笑顔を見せて、彼女は微笑んだ。シガラミを振り切って、彼女とは良きライバルでありたいと、再び願うのだった。
戦闘不能になった試錐の車両たちが、続々と列車に積み込まれていく。E-100だけは積み込めないので、砲塔だけ載せて車台は船舶で輸送するらしい。
「今日は試合を組んでくれてありがとう」
「いえ。こちらも有意義で、課題の残る試合でした。戦車の性能に頼ってばかりではいけないわね」
微笑む彼女は、既にほの暗い一面と決別していた。色々なものを振り落とした彼女は、中学時代私とライバルだった越前カンナそのものだった。
「今度、戦練専とエキシビジョンマッチをするらしいわね」
「うん。そろそろ詳細の連絡が来ると思う」
「ウチの妹をよろしくね」
妹。そう言われて戦練専のことを思い浮かべた。隊長である越前紀伊と彼女の容姿が重なって...
「姉妹だったんだ」
「知らなかったの?てっきり知っているものだとばかり思ってたわ」
確かに、色違いみたいに似ている姉妹かもしれない。髪型も、メガネをかけていることも似ている。これで彼女が無流派、妹の紀伊が島田流だというから驚きである。
「私も全国大会目指して頑張るから。貴女も頑張りなさい、冬季杯、今年はどうするの?」
「今年も出るけど、私は乗らない。次世代たちに任せるつもり」
このことは後輩に言っていないので耳打ちで。彼女はクスリと笑う。
「...大変ね」
「...お互いにね」
彼女は踵を返す。客室の入口に片足を踏み込んだところで歩みを止めた。
「次はどこで出会うかしらね」
「...大学?社会人かもね」
「ははっ、楽しみにしてるわよ。強くなって、かかってきなさい!」
「カンナこそ。退化してたら承知しないからね」
くすりと笑うと彼女は今度こそ客室へと入っていった。
煙を噴いて重連の貨物列車が進む。私たちは手を振ってそれを見送った。
「どうでしたか?パイルさんとの試合は」
「有意義だったよ。私も、肩の荷が下りた気分」
萩市街地に向かうマウルティアの荷台。疲れきったメンバーたちが眠りに落ちていく中、華蘭さんと私は最後部で風を浴びていた。
「...夏紀さんのそんな笑顔、初めて見た気がします」
「そう?いつもと同じだと思うんだけど」
「良くも悪くも、吹っ切れたって感じですよ」
夕日が日本海に沈んでいく。澄み渡るエメラルドグリーンの海は、陽の光を受けてオレンジに染め上げられていた。先ほどまで強かった風は凪になり、海面は穏やかに揺れていた。
「...私たちの世代も、もう少しだね」
「はい。でも、私たちに出来ることはまだまだありますよ」
カタカタと履帯が地面を踏みしめる。心地よい振動に、ゆっくりと眠気が迫ってくる。
「...おやすみなさい」
「...うん」
私は陽の光に眠気を誘われて、ゆっくりと眠りに落ちた。
以上で試錐学園編は終了となります。夏紀とカンナの過去を中心に描いた章でしたが、如何だったでしょうか?