この『独眼車長の奮進』は、大幅に路線変更をしました。『エキシビジョンマッチ編』の削除という大きな添削を行い、それに合わせて細部が変更されています。
楽しみにされていた方、本当に申し訳ありません。その分、迫力ある試合をお届けできたらと思っています。
さて、改訂した終章は、引退を控えた隊長たちが主役です。
ジリジリと肌を焼くような灼熱の炎天下。一両の鉄馬が山を駆け下りていた。
「居ない……隠れたかな……」
ジャーマングレーに塗られたパンター。焼けるように熱い砲塔に設けられたキューポラから顔を出して、周囲の偵察を行う。
「敵車両は全幅は小さいですが車高が高いですから、隠れているというのは考えにくいと思います」
「でも、これだけ深い山だし、土もかなり柔らかい。掘るのは簡単だから、掩蔽壕を作ったのかもよ?」
「敵の乗員4名のうち、操縦手と車長は流石に車両を離れないと思う。穴を掘るには時間も人数も足りない」
「……やっぱり、敵は動いていると考えるのが妥当じゃない?」
乗員の皆が意見を出してくれる。その意見は概ね私の考えと同じだった。
「だよね。だったら動いて探さなきゃ」
「でも、あまり動きすぎると敵に見つかるんじゃ……」
「相手の砲はこっちを容易く貫通出来る。停止するのは得策じゃないね」
一際大きな段差を乗り越える。涼子さんが軽く減速したおかげで多少はマシだが、車内を大きな衝撃が襲う。
「おっと……ごめんよー」
「大丈夫です。街道に出たので、ここを下りましょう」
舗装されていない道路に出た。山を縫うように山頂へ向かう林道だ。麓方面へ動き始めて、しばらくしたとき。
「……! 停止! 被弾経始を!」
「了解っ!」
停止と同時に車体が斜めに傾斜される。その瞬間に側面を舐めるように叩く弾丸。シュルツェンが弾け飛び、重苦しい音を立てて地面を滑走した。
「見つけた、夏摘!」
……何故、私たちがこんな試合をしているのか。話は、2週間ほど遡る。
「ただいまー」
「あ、おかえり。早かったね」
「寄港がちょっと早くなったから、一本前の電車に乗れたんだ」
重そうなボストンバッグを下ろしたのは、妹の夏摘だ。取り出したタオルで汗を拭うと、机を挟んで私の向かいに座る。
「夏休みも半ばだね」
「残りはどれくらいこっちにいるの?」
「ずっといられるはずだよ……確か」
スマートフォンを叩いて軽くうなずいた。予定は記憶していた通りだったのだろう。
「私たちもそろそろ引退だね。お姉ちゃんは冬季杯には出るの?」
「今回は出ないよ。後輩に任せるつもり」
「やっぱり? 私もなんだ。じゃあ公式戦はもう無いね」
「……あー、そっかぁ……もう公式戦無いのか」
言われてみればそうだ。全国大会とその予選は終わったし、秋は空白期間。冬に控える冬季杯まで、私たちが出られるような大会は無い。
「なんか、さみしいね……何か出とくんだったかな」
その時、ポケットで鳴動するスマートフォン。チャット型SNSのグループへの招待だった。
「ひと試合、一緒にやらない?」
グループの名前は『引退試合』。そこには私の知るメンバーがそろい踏みだった。
その数日後。アウトバーン女子学院学園艦の甲板上にある喫茶店に、虎さんチームの面々は集まっていた。
「へぇ……引退試合ですか」
「いいね。確かにこれで引退は何か寂しいし」
華蘭さんと涼子さんは賛同。その横でパンケーキをつついている幹葉さんもこくこくと頷いている。
「私もいいと思う。ちなみに相手はどこ?」
琴音さんは疑問を呈した。私はそれにグループトークのメンバーを見せることで答える。
参加チームは全部で6チーム。それぞれ隊長車のみが出場する。
主催となる、モニュメントバレー田園高校。
私たち、アウトバーン女子学院。
全国大会へも出場した強豪、試錐学園。
冬季杯の主催校、戦練高等専門学校。
アウトバーンの姉妹校、バラトン水産技術学院。
隠れた強豪、ブリテン高校。
どこも一級品の戦闘力を持つチームで、混戦が予想される。
「うひゃー……これはまた、豪華な」
「うん。それこそ冬季杯の決勝で戦ってもおかしくないようなチームばっかりだよ」
それこそ、モニュメントバレーは冬季杯の決勝で戦った相手だし、ブリテンには敗北を喫している。試錐なんて全国大会でも善戦した強豪だ。
「最後にこんな豪華なメンバーと戦えるなんて……思ってもみなかったね」
「ですね。こんな機会、逃す手は無いですよ」
虎さんのみんなはやる気に満ちていて助かる。予定もあるだろうし、交渉が必要だと思っていたのだが。
「じゃあ、1週間後に試合ね! 頑張ろう!」
「「おーっ!」」
そんなこんなで、試合への参加が決まったのだった。
その翌日。広島県にある大きなビルの前で、私は深呼吸をした。
「ふぅー……っ。大丈夫、別に緊張することはない……」
水色のリボンを整えて、オフィスのガラスで自分の姿をチェックする。髪も顔も、服装も。全てよどみなくいつもの自分だ。
我さきにと高まる心音を宥めて、自動ドアをくぐる。受付の女性が立ち上がり会釈をしてくれたので、私もそれに会釈を返す。
「ようこそ、アサギ・パンツァーワークへ。本日はどういったご要件でしょうか」
「えっと……麻木さんはいらっしゃいますか。面会の約束があるのですが」
「少々お待ちください」
そう伝えると、受付の女性は手元の資料を確認する。そして受話器を取って電話をかける。恐らく内線であろうそれは、端的に要件を伝えるとすぐに切られた。
「そちらのエレベーターに乗られて、11階で降りられましたら社長室となっております」
「ありがとうございます」
まるで企業の面接のようで緊張する。まぁ、実質面接とあまり変わりはないのだが。
11階を知らせるベルが鳴る。開いたドアから降りると、廊下の奥に木製の大きなドア。かけられた札が、ここが会議室であることを示していた。
唾を飲み込んで、呼吸を整える。ドアをノックすると艶のある声で『どうぞ』の返事。
「失礼します……」
「あは、いらっしゃい。そんなに畏まらなくてもいいのに」
そこには仕事中だからか、銀髪をポニーテールにまとめた美穂子さんがいた。スーツ姿もカチッと決まっていて、出来るキャリアウーマンっぽさが滲み出ていた
「まぁ座ってよ。お茶は……いっか。そんなに長くならないから」
ローテーブルを挟んだソファに腰掛けると、向かいに美穂子さんも座る。
「遠かったでしょ。山口から電車?」
「いや、今は呉に寄港してるので」
「そうなんだ、知らなかった。そのついで?」
「寄港日に合わせて予定を組んだんですよ」
足を組みかえるその所作にも、スタイルの良さからくるエレガントさを感じる。これも若くして社長を任される彼女の、一種の才能だろう。
そして私の胸元にささやかに佇む3%ほどの勾配を見て、溜息。
「そういえば今度、試合やるのね? バーバリーが浮ついた調子で電話をかけてきたから」
「あぁ、はい。この辺の強豪校たちの隊長チームで」
「ふーん……面白いことを思いつくものね」
美穂子さんは途端にニヤニヤし始めた。きっと何か悪巧みをしているのだ。
「……おっと。それよりも本題ね。どうする? 例の話は」
「今のところ、かなり前向きに検討してます。余程のことがない限りはお世話になるかと」
「そう。それは良かったわ。この話、夏紀が乗らないワケはないと思ってたから」
「……どうして、そう思うんですか?」
「だって、私とアナタはとてもウマが合うじゃない。きっと上手くいくわ」
「――――アサギ・パンツァーワーク技術部は、いつでも『三城夏紀隊長』を迎えるわ」
ふと目が覚めて、うんと伸びをした。降ろしたカーテンを少し上げて外を見ると、既にしっかりと明るくなっていた。スマートフォンで時刻を確認すると、午前9時。
「んっ……ぅ」
立ち上がって、客車を出る。最後部のデッキに出ると、そこからは燦然と輝く太陽と、それに照らされたススまみれの愛車たちが見える。
「……そっか、そうだったな」
鮮明に蘇る記憶。全国大会の壁はやはり厚く、これだけの戦力を用意しても敵わなかった。愛機であるT-44-100はその最前列に、静かに佇んでいた。
「まだまだ、甘かったって事かな」
全国大会。日本各地の猛者たちが集まるそのステージで、私は圧倒的性能差を持ちながらそれを活かせず、敗北を喫した。地方大会では通用した技術も、全国のステージではまだまだ稚拙であったということ。認めてしまえば呆気ない事実だ。
「どうしました? 隊長。お体が優れませんか?」
声をかけてきたのは、副隊長を任せていたローラだ。普段は綺麗に整っている金髪も、夜通しの汽車移動であちこちが跳ねている。
「いや、感傷に浸っていたのだけど、その必要もないなって思っていたところよ」
「……?」
ローラが頭の上に『?』を浮かべているのを見て、少しクスッときてしまう。
「……この全国大会、得るものはあったかしら」
「はい。敗北は教訓になります。これを活かし、来年の全国大会で雪辱を晴らすのが、私たちの仕事……そうですよね」
「……うん。期待してる」
これで私の公式戦は最後だけれど。全国大会、そして冬季杯で、この雪辱を晴らしてくれる。この後輩たちなら、そう信じられる。
今年から大幅な増車を行った戦練高等専門学校。その演習場である下関市街地を駆け抜ける、1両の戦車。少し歪な薄型の砲塔を持つ中戦車だ。
「慣らしもいい感じに終わってきたかな。どう?」
「いい感じ。ミッションの入りも良くなってきたし、モタつく感じもないね」
新車ということで、慣らし走行の最中であった。慣らしが終わらないと全ての性能を発揮することは出来ないし、無理をすると破損の原因になる。戦車だけでなく、乗り物界の常識とも言えるかも知れない。
この新車、非常に良い動きをする。軽快な足回りと優秀な砲を前型から受け継ぎつつ、力の受け流し方や負荷のかかり方に無理がなくなって、精度がさらに向上している。
「あっ、ここは……」
海峡ゆめタワーのたもと。冬季杯にて、こちらの主力であるIS-3が軽戦車であるレオパルトに撃破された場所だ。戦車を宙吊りにするなんて発想は、形式ばった戦車道しか知らない私には予想も出来なかった。
霧という不確定要素があったにせよ、あの戦果が無ければアウトバーンが私たちに勝つことは不可能だっただろう。それほどまでに勝利に自信があったとも言える。
「懐かしいなぁ、もう半年前か」
この下関市街地を、エンジン音が、砲声が、摩擦音が彩り、世界各国の戦車が駆け巡った祭典から、半年。懐かしさを覚えつつも、どこか最近の記憶のようで。
「あと、半年」
既に体が疼いているのが分かる。あと半年で、あの熱狂が帰ってくるのだ。
「でも、三城姉妹も、ヴィヴィアンさんもいないんだもんな」
去年、試合を盛り上げてくれた立役者達は、今年の出場を見送るだとか、あるいは既に卒業しているだとかで、もうこの場で戦うことはない。淋しいが、新たな出会いが楽しみでもある。
「冬、まだかな」
乾いた甲板上を撫でる風。畑の砂を巻き上げて立つ砂埃が、『砂塵の戦車隊』の所以。そんな砂埃の中で、ゴーグルを当てて遠くを見つめる少女。
「隊長、痛くないんですか?」
「大丈夫。それよりもこの車両のテスト中なんだから、計器に集中して」
傾斜された正面装甲と曲線的な砲塔、そして長く伸びた砲が特徴的なM4シャーマンの派生車両、シャーマン・ファイアフライ。エース車両として第一線で戦うこの車両を、この度新型に変更した。
鋳造式の丸いボディから溶接式の平らなボディへ。低下した防御力を
「にしても、『シャーマン VC ファイアフライ改 V8』なんてよく審議通りましたね……」
「最近の戦車道連盟はそのへん甘いからね。カールの件で……」
色々な車両の認可が通りやすくなっているのも事実。カールに比べれば、こんなエンジン換装程度の改造はおりこう過ぎるくらいだ。
「煙や異音は無し……防塵も、ちゃんと出来てるね。操縦手はどう?」
「全然オッケーです。心配されてた油温、水温ともに安定してますよ」
「そっか。ならよかった」
冬季杯に向けて、後輩たちが楽な環境を作ってやろうと努力してきた。その一つがここで実ったことになる。
「……冬季杯、か」
半年前を思い出す。今の私を作った試合だ。冬季杯が無ければ、お姉ちゃんと再開する事はなかった。
ふと風が止んで、砂嵐が晴れた。青々とした植物に彩られた甲板にポツリと佇む戦車は、さぞ絵になっていることだろう。遠くを見れば、微かに見える日本の本土。
「楽しみだな。みんな、強くなってるんだろうな」
半週間後に迫る引退試合。各々がそれぞれの想いを抱いて、戦いに臨む。