砂浜を踏みしめ、黄色の砂塵をまき散らしながら走行する、3両の戦車。私立ブリテン高校の、チャーチル歩兵戦車だ。
「...予定通り前進、陣地を構築したらそのまま待機...」
睡魔の残る目を擦りながら、隊長のヴィヴィアンが伝える。城下町である萩市に合わせ、白く塗装されたチャーチルは、よく見ると隊長車のみが違うモデルである事が見て取れる。特徴的な、低く構えた砲塔。前方に長く、長く伸びるのは、名機 オードナンス QF17ポンド砲。俗に『スーパーチャーチル』と呼ばれた、ブラックプリンス歩兵戦車だ。さらに装甲も強化され、歩兵戦車の極めつけとも言えるであろう戦車となっている。
鈍い白の3両は、路地に突入し、右折と左折を繰り返し、ある程度進んだ広場で停車した。ここがブリテン高校戦車チームが最初の戦場に選んだ、病院のエントランス。後方や頭上に壁があることで警戒範囲が減り、周りが警戒しやすいことや、狙いをつけにくくできることなどから選んだ場所だった。ここは開会式の行われた中央公園のすぐそばで、広場に面していることから、敵と遠距離での撃ち合いになる可能性があり、そこでも17ポンド砲を搭載するこちらが有利になるだろう。
「敵はどう出ますかね?」
銀のツインテールを揺らし、バーバリーが問う。
「...恐らく真正面からは来ない。回り込むか、そもそも来ないか...」
真正面から撃ち合っては、歩兵戦車の装甲には勝てない...いや、パンターなら可能性は無きにしも非ずだが、なかなか難しいことだろう。
「仮に偵察をよこすなら、そろそろ...」
試合開始から35分が経過。戦闘はそろそろ動いてもいい頃だ。
アウトバーン校は、パンターが先行し、偵察を行っていた。阿武川沿いを下り、砂浜まで来たところで、ある事に気が付く。
「...履帯跡がついてる」
砂浜にくっきりと履帯の跡が、6本。その履帯跡はそのまま市街地へと続いていた。
「二班、三班は市街地へ。SP地点へと向かってください。くれぐれも姿は晒さないように」
「「了解」」
生徒会チームの二班とテニス部チームの三班には潜伏地点を指示し、私たちは尚偵察を続ける。履帯跡を追って、城下町の名残が残る市街地へと足を踏み入れていく。城下町らしく路地は十字に交差しており、一本一本が非常に狭い。まるで毛細血管のように街中に張り巡らされた路地から正解を導き出すのは容易いことではなかった。しかし、まるで「ヘンゼルとグレーテル」かのように随所に散りばめられた痕跡を頼りに進んでいく。履帯跡は既に消えていたが、壁にぶつけた跡がある。恐らく履帯カバーの先がぶつかって出来た傷だろう。旋回してその先へ進んでいく。
「そろそろ注意してね。敵がすぐ横にいてもおかしくないから」
こういう市街地の怖いところは、発見が遅れるとすぐにピンチに陥ってしまうことだ。車長として責任を持って周りに気を配ることで、チームを危機に陥れないようにしなければならない。
教会前を右折し、ゆっくりと細い路地を進軍していく。目の前には病院。その向こうが開会式のあった中央公園だ。病院の間を通る路地をすり抜けて、大きな道に出る...
「「あっ」」
二人の車長の声が重なる。パンターの真左に、ブラックプリンスの姿があった。
しばしの沈黙。お互いが固まっていた。様子見とかではなく、完全に思考停止だ。
「全速後退!急いで!!」
「追撃しろ!2号車、急げ!」
最大速度で下がっていくパンター。ブラックプリンスの脇を通り前進、パンターを追うチャーチル2号車。
「こちら一班!SP地点北病院エントランスにて敵発見!一班は撤退します!発見されないよう心がけながら、援護射撃を!」
その頃二班と三班は中央公園南の茂みの中に陣取っていた。
「交戦始まったのか!」
「援護するよ!砲撃よーい!」
こちらから射線が通るのは一箇所だけ。建物と建物の間から見えるチャーチルの姿を、しっかりと視界に捉えていた。
「「撃てッ!!」」
ブラックプリンスとチャーチル3号車の装甲に弾丸が当たったのはその直後のこと。片方は弾かれて病院の支柱に直撃。片方は榴弾だったようで、そのままブラックプリンスの側面で爆ぜた。
「目の前...2両いるね...照準、前方敵戦車。2号車はあまり深追いするな。帰ってこい」
撃破の知らせがないということは、パンターの機動力に撒かれたのだろう。無理に追っても背後を取られてぶち抜かれるだけだ。それならさっさと陣地に戻ってきて、援護射撃に加わってくれる方が戦力になる。そうして再び3両は病院前エントランスに集結。突撃砲2両との殴り合いへと発展する。鉄の甲高い音とともに、敵の砲弾が弾かれる。相手は偽装工作をしているのだろう、なかなかこちらから見つけることはできない。
「...もう、面倒くさい。前進よ、付いてきなさい」
ブラックプリンスを先頭に、病院前エントランスを出て、中央公園へとなだれ込む。装甲を頼りにしたゴリ押しとも言える突撃戦法。『装甲』という簡単かつ決定的な裏付けがあっての突撃だ。どこぞやの千葉の高校の特攻まがいの突撃とは違う。突撃砲の強力な砲でも弾けるという絶対の自信の表れとも言えた。事実、弾いているし。
「歩兵戦車の戦いを見せてあげる」
ヴィヴィアンがキューポラから体を乗り出す。それはやる気の現れであり、気分が高揚している証拠だった。
「...絶対に潰してやるから」
「向かってくるよ!?」
「...もうちょっと、もうちょっと耐えるのよ」
会長が砲撃を続けつつ言う。まだ気づかれた風には見えない。もう少し攻撃していても大丈夫だ。
『まもなく地点到着です!移動の準備を!』
「了解。待ってるからね。砲撃止め!」
砲撃の手を止めて、すぐのことだった。チャーチルの後方に、鈍い銀色の影が見えた。刹那、砲撃の音とともに、最後尾にいたチャーチル3号車が走行不能となる。比較的薄い後部装甲を撃ち抜かれたのだった。
「なっ...またパンターか!2号車は前進、敵の発見に努めろ!私たちがフラッグを殺る!」
「了解。そちらは任せました!」
ブラックプリンスはその図体に似合わない旋回速度ですぐに旋回し、前進。図書館の影に隠れながら来た道を戻り始めた。
「ブラックプリンス来ます!引きずり込みましょう、後退!牽制射撃を!」
全速で後退しつつ牽制射撃。行進間射撃、しかも全速加速時の命中は期待出来ないが、牽制にはなる。射撃しながら後退していく。ブラックプリンスは挑発...いや、挑戦というべきであろうそれに乗ってきた。パンターの後を追って、市街地を縫うように進んでいく...
「来るぞ!躱せ!!」
「そんなに適当なこと言われても...ッ!」
と文句を言いつつもちゃんと躱すのが操縦手、伊達陽子のいいところだ。三班は皆優れた腕を持つ。とりわけ回避、行進間射撃などの走行に関する能力に長けていた。砲手の錦織麗は行進間射撃が上手く、装填手の沢松紀奈子も、激しく動く車内でも問題なく装填できる腕の持ち主だった。
「...このままじゃ2両一緒にやれてしまう...だったら、賭けてみるか?」
「賭けるって何をですかー!?」
部長が言う『賭ける』はいつも無茶だった。きっと今回も無茶な作戦を考えているのだろう。
「合図と同時に左急旋回!全速後退で敵の後ろを取るぞ!」
「はい!!」
「陽子ちゃん!?そこはいっていうところじゃ無いからね!?」
そうこう言っているうちに、チャーチルの装填が終わる頃だ。射撃に警戒する。
「...いけッ!」
「はい!!」
チャーチルの射撃と同時に左に急旋回。ドリフトもといスピンしながら射線から外れる。そして姿勢が元に戻る頃、ギアをバックに入れて全速後退。チャーチルの背後を取る。
...ところまではよかった。
ガシャンという音とともに履帯が外れ、止まらなくなってしまった。そのまま後ろにカッ飛んで行き、縁石に乗り上げて停止。当然射撃もできずチャーチルの的になってしまった。
「...あ」
テニス部皆の声が重なると同時に、10突の上部から白旗が上がったのだった。
「とりあえず、陣地形成は完了ね。敵はすぐ来るわ、気をつけて待ちましょ」
Ⅳ突の二班が陣取っているのは、遠い昔に城があった、萩城跡。石垣の上から砲を覗かせ、松の葉を被せて偽装している。先代部長はこういった待ち伏せが得意で、車両編成の都合からもよく使っていた。その名残で、偽装工作や伏撃が得意になっているのだ。
「恐らく、チャンスは一発ね。撃って仕留められなかったら終わりと思うべきだわ」
「...なんで?」
「逃げ場がないからよ。後ろに下がってもルートの都合上敵の目の前に出るしかなくなるんだから」
橋を渡ってすぐに右に入った高台に陣取っているのだが、行き止まりになっているため、橋を渡ってこられると非常に困る。逃げ場が無くなると装甲に劣るこちらに勝機はない。だから一撃勝負なのだ。
...刹那、チャーチルが顔をのぞかせた。それと同時にⅣ突の75mm砲が火を噴いた。撃ち出された砲弾は確実にチャーチルの上面装甲後部に命中し、火災を発生させた。
「...良し!」
着弾箇所も狙い通り。装甲が薄い上にエンジンのある箇所なので、当てさえすれば防ぐことのできない場所であることはわかっていた。
しかし、それには一つだけ誤算があった。
衝撃。そして白旗。確実に撃破したはずで、まだ炎上中のチャーチルが、こちらを撃ち抜いていたのだった。直後に、チャーチルからも白旗が上がる。...エンジンを破壊こそしたが、撃破判定が出なかったのだ。エンジンが完全にお釈迦になるまでほんの10秒足らず。しかし、確実に10秒もの時間が存在したのだ。
しかし、これでも十分な戦果だ。あとは1対1。隊長車同士のドッグファイトに全てが懸かっていた。
ショッピングモールの駐車場で、2両は熾烈な争いを繰り広げていた。高機動を活かして動き回るパンター。四方八方から飛んでくる75mm砲を、絶妙な被弾経始で弾いていき、17ポンド砲で撃ち返す。それをパンターが躱す。その繰り返しだった。
「決着がつかない...こうなったら、回り込んで接射するしか」
敵が車体を傾けて防御するならば、被弾経始が意味を成さないほどに近寄ってしまえばいい。しかし、17ポンド砲の威力は絶大な上、近くなればなるほど躱すことは難しくなる。
「涼子さん、一発躱したら一気に近づいてください!」
「了解!」
17ポンド砲の装填が終わるタイミング。そろそろ来る。必殺の一撃が。
重たく、ボディブローのような音とともに撃ち出された砲弾は、パンターの正面装甲をかすめるように通過した。
「前進!横に回り込んで!!」
半ばドリフトのように旋回しつつ前進し、ブラックプリンスの懐に潜り込む。長砲身の75mm砲がブラックプリンスの脇腹を捉えた。
...勝った。そう、確信した。
砲撃の熱、煙。カシャっという軽い音で、どちらかの撃破判定が出たことがわかる。
『勝者、私立ブリテン高等学校!』