【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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ウィッチ(witch):【魔女】


【第01章】それって本当に、友達?
ひたぎウィッチ~その1~


~001~

 

 出会いは突然だった。いや、“出会い”とは違うか……だって“そいつ”は……僕たちを、いや彼女を――戦場ヶ原ひたぎを待ち構えていたのだから、これは得てしてこうなったと言える。

 偶然ではなく必然の邂逅。待ち伏せである。

 

 その相手は人間ではなかった。動物……四つ足で歩行する、獣の類……だと見受けられる。だけど、確証はないし、断定することは憚られた。

 

 どうにも曖昧で、煮え切らない言い回しであるとは自覚しているけれど、僕だって別に好きではぐらかしているわけじゃない。

 外見にだけ注視して言えば、猫や兎に類似した可愛い小動物然とした生物であることは間違いない。

 

 かなり珍しい見た目をしているが、そういう品種もいるのだろうと納得することはできる。許容することは可能だ。その点に関して言えば……だが。

 

 しかし事も有ろうに、“そいつ”は、喋ったのだ。

 平然と。ごく自然に。恐るべきことに。

 

 動物は鳴いたとしても、喋りはしない。

 いや、鳴き声や超音波などを用いて仲間と交信なんかはしているのだろうから、一概に言葉が話せない、喋れないと論じるのは早計なのかもしれない――が、“そいつ”は“人語”を介して喋りかけてきたのだから、やはり動物の範疇にカテゴライズするのは、間違いなのだ。

 

 差し当たって、『謎の生命体』と定義しておくのが、当たり障りのない正答だと思う。

 

 

 

 

 

 

~002~

 

 戦場ヶ原には重さがない。

 重みがない――重さが足りない。

 正確言えば、彼女の体重は現在5キロしかないということだった。5キロ。たった5キロである。

 

 一匹の蟹と出会って、戦場ヶ原はその体重の大半を――重さを根こそぎ奪われてしまったらしい。

 

 そう――らしいのだ。これはすべて戦場ヶ原から伝え聞いたことなので、僕にはその全容が今一つピンときていない。

 

 いや、戦場ヶ原の体重が5キロしかないというのは、その身体を直に受け止めた事で既に体験済みなのだから、間違いなく事実ではあると断言できるのだけれど、『蟹』というのがなんなのか、さっぱりだ。

 

 戦場ヶ原には理解しなくていいと言われはしたものの、『蟹に出会って、重さを奪われた』って、そんな情報だけじゃ理解できるはずもない。

 もしかしたら、ただ単にはぐらかされただけかもしれないし、何らかの暗喩じみた禅問答なのかもしれない――だけど、どうしてだか、戦場ヶ原の言葉に虚偽は含まれていないように感じられた。

 

 高校三年間、ずっと一緒のクラスだったにも関わらず、今日初めて言葉を交わしたぐらい関わり合いがなかった、稀薄な関係である彼女の物言いを鵜呑みにするなんて、僕は案外いいやつなのかもしれない。

 

 ただ、解らないなりにも、皆目見当がつかないという訳ではなかった。それが“何なのか”ぐらいは、“見当”がついていた。

 

 春休みとゴールデンウィーク。

 この二つの時期に僕が遭遇したのは『鬼』と『猫』――『吸血鬼』と『障り猫』。

 詰まる所、戦場ヶ原が遭遇したのは『蟹』――総じて一纏めに言ってしまえば、“怪異”に出くわしたってことだ。

 

 彼女は今も尚、重みがない症状を煩っている。僕のように2週間という短い期間ではなく、

高校生になってから、ずっとだ。そして……これからも、ずっと。

 

 そんな事を知ってしまったら、見過ごすことはできなかった。

 僕には無理でも、アイツなら力になってくれる。そう思い立って戦場ヶ原に声をかけたのだ。一度は、徹底的に拒絶された彼女に――性懲りもなく声をかけたのだ。

 力になれるかもしれないと。随分と頼りない言葉だったのだけれど……。

 

 

 初めは僕の申し出を訝しがり、それこそ戦争を吹っ掛けてきた、気性の荒い彼女ではあったが、どうにか、僕の後遺症――吸血鬼だった頃の名残である再生能力――を目の当たりにしたことにより、矛ならぬ、文房具の数々を収め、一応は聞く耳をもってくれた。

 

 なぜ僕が下手にでて話を進めているのか、大いに疑問ではあるが、まあ、それはさておき、僕たちは、奴が寝床としている学習塾跡地へ自転車で向かうに至る。

 その移動時間を用いて、大まかにではあるが、吸血鬼に襲われたあの地獄のような二週間を戦場ヶ原に語り、その流れで、その折に尽力してくれた、自称怪異の専門家、妖怪変化のオーソリティ、などなど胡散臭いこと甚だしい肩書をもった三十路のおっさん――忍野メメについても話しておいた。

 

 忍野は胡散臭くはあるが、信用はできる。彼なら戦場ヶ原の力になってくれるだろう。

 

 

 

 

 

 ほどなくして目的地に到着する。塾跡地は、取り壊し作業が途中で中断されてしまい、安全第一と記された黄色いフェンスによって外周を囲まれていた。私有地につき立ち入り禁止なんかの、侵入禁止を促す看板が目に付く。

 とは言っても侵入するのは容易い。フェンスで囲まれているものの其処ら中が隙間だらけで、金網が破れている場所があちこちにあった。それに有刺鉄線なんかも設置されていないから、金網をよじ登れば簡単に中に入ることが可能だ。

 

 自転車はフェンスの脇に駐車し、金網の裂け目から敷地内に踏み込む。すんなりと通過することができた。

 続いて戦場ヶ原が潜ってくるのを待つ。

 

 だが、一向にこっちに来ない。まぁこんな怪しい場所に立ち入りたくはないか。警戒心が肥大し、躊躇しているのだろう、なんて考えていた僕だったが、どうやらそういうことではないらしい。

 

 当の戦場ヶ原は、こちらを見向きもせず、フェンスの上に視線を繋ぎ止めていた。目を細め、見つめる。険しい、鋭い眼差しで。

 戦場ヶ原の視線の先。その先に、奇妙な小動物が佇んでいた。

 

 見た目はなんというのだろう。ぬいぐるみになんかにしたら人気が出そうなぐらい愛らしい外見をしている。

 白い毛並みに赤いつぶらな瞳。猫と兎を足して2で割ったような顔に、フェレットのような体躯。

 そして、なにより特徴的なのは、長く垂れ下がった耳であろうか。いや、その垂れ下がった耳らしきモノの付け根の辺りからも猫のような耳が生えているので、どちらが本当の耳かは解らない。もしかしたら両方とも耳なのかもしれないし、他の動物には見られない特別な器官という可能性もある。

 

 そんな奇怪な風体をした生き物だった。

 

 器用にフェンス上でお座りをし、その小動物もまた、戦場ヶ原を見つめている。大きな尻尾を緩慢に揺らして、じーっと戦場ヶ原を直視する。

 

「やあ。戦場ヶ原ひたぎ」

 

 ……………………ん? 喋った?

 

 喋っただとっ!?

 

 自然と僕と戦場ヶ原の視線がかち合う。

 戦場ヶ原は瞬きを繰り返し、怪訝な表情のまま口を開く。

 

「ええっと、これが……忍野、さん? 聞いた話とはずいぶん違うようだけど」

「違う、んなわけないだろ」

 

 戦場ヶ原の解りきった問いかけに、僕は上の空で返答する。

 

「あらそう。なら――あなたはいったい何者なのかしら?」

 

 再び視線をフェンスの上に戻し――警戒心の籠った棘のある声音で問い質す。相手を射殺さんばかりに研ぎ澄まされた剣呑な眼光。マジ怖い。

 

 

「僕の名前はキュゥべえ。僕は、君にお願いがあって来たんだ」

 

 

 戦場ヶ原のガンつけに対し萎縮することもなく、泰然自若とした態度で謎の生命体――キュゥべえは応えた。

 ……はあぁ…………空耳でも聞き間違いでもなかったか。

 

 

 

「いきなりお願いだなんて、獣の分際で図々しいことね。万死に値するわ」

 

 戦場ヶ原は傲岸不遜に言い放つ。

 何でこいつはのっけからこうも敵愾心を剥き出しにしているのだろうか? コミュニケーション能力が欠如している奴だな。

 

 忍野が相手だったなら、確実に例の軽口を嘯かれていたはずだ。

 

「そんなに警戒しないでよ。僕は君と少し話がしたいだけなんだ」

「私は獣風情なんかと話たくなんてないわ」

 

「君にとっても有益な話になると思うんだけどな」

「消えなさい」

 

 取りつく島も与えずキュゥべえの言葉を突っぱね、聞く耳を持たない戦場ヶ原。何もそこまで邪険にしなくてもいいだろうに。

 

「おいおい、戦場ヶ原。少しぐらい話を訊いてやったらどうなんだ? 可哀相だろ」

 

 見るに見兼ね仲裁に入る僕。

 

「嫌よ」

「嫌って……そんな毛嫌いすることないだろ」

「生理的に受け付けないのよ。仕方ないじゃない。ゴキブリや阿良々木くんを見たら誰だって始末しようって思うでしょ。それと同じよ」

「まてまて。ゴキブリと僕は同列なのかっ!?」

「辛うじて阿良々木くんの方が上よ。光栄に思いなさい」

「思えねーよっ!」

 

 ったく。ほんととんでもないことを平然と言いやがるな。

 

「っつーか生理的に受け付けないって、やっぱり喋るのが気持ち悪いのか?」

「いえ、そういうことではなくて、ただ単純に嫌いなだけよ。でも、そうね。言われてみれば明確な理由はないわね………………前世に因縁でもあるのね、きっと」

「なんだよそれ…………」

 

 などと一人納得した風の戦場ヶ原だった。そんな理由とも言えない理由で嫌悪されるキュゥべえっていったい。理不尽にも程がある。

 

 

 

「ええっとキュゥべえ、でいいんだよな。お前のお願いってのはなんなんだ?」

 

 とりあえず、戦場ヶ原の代わりに僕が話を進めることにした。

 

「あれ、君は僕の姿が見えるのかい?」

 

 僕の問いかけには応じず、逆に質問される。というか、なんだその物言いは?

 

「そりゃ……見えてるけど」

 

 戸惑い気味に僕は口を開く。

 ここで初めて、キュゥべえが僕の方を直視した。

 矯めつ眇めつ、じっくりと検分するように――赤玉の瞳が僕を捉える。

 

「おかしいな。普通の人間には僕は見えないはずなんだけど」

「普通の人間……ね」

 

 なるほど、合点がいった。

 だとしたら、僕に“それ”は当て嵌まらない。僕の血の幾許かは吸血鬼の其れだから。視力だって常人の及ぶところではない。普通の人には見えないモノだって、僕には見えてしまう可能性は十分にあった。多分今回はそういう事なのだろう。

 

「う~ん……まぁ特に支障を来すことでもないし問題はないか……ああ。そうだ。僕の願いがなんだったかだね」

 

 キュゥべえにとってはイレギュラーな出来事だったのだろうが、特に難色を示すことはなく、僕が最初にした質問に答えてくれるようだ。

 

 そして、僕から視線を外し、改めて戦場ヶ原に向き直る。

 

「僕の願いを訊いてくれるなら、その対価として、何だってひたぎの望みを叶えてあげる。どんな奇跡だって起こしてみせる」

 

 キュゥべえは力強く言葉を紡ぐ。心の内に打ち響かせるように。心の隙間に染み入るような声音で豪語する。

 

「だから、ひたぎ――」

 

 そしてキュゥべえは言った。戦場ヶ原への願いを口にした。

 

 

「――僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

 

 

 


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