~015~
ほむらの脅しとも、最終警告とも言える誘いに乗った僕は(諦めさせる腹積りだったようで、呆れた顔をされた)彼女に連れられ、魔女が姿を隠す為に創り出したという結界に侵入し――つい今し方、魔女との交戦を終えたところだ。
とは言っても、戦ったのはほむらだけで、僕はただそれを傍観することしかできなかったのだけど。
魔法少女に変身したほむらの装いは、巴さんの派手な服装に比べると、些か地味で、私立の制服だと言い張れば通じそうなぐらい飾り気のないものだった。
黒、白、グレーの三色を基調としたダークなイメージカラー。
さりとてクールな雰囲気のほむらには、これぐらいの色合いの方が似合っていると思う。
壮絶な戦いを繰り広げた後だというのに、ほむらは涼しい顔で汗の一つも掻いていない。
魔法少女の衣装にも、目立った汚れはなく、悠然としたその余裕の佇まいには、貫禄さえ覚える。
「なんだよ、なんだったんだよあれは……!?」
僕は『魔女』と呼ばれる、その存在を目の当たりにして、そう思わずにはいられなかった。未だに僕の心は打ち震えている。
それ程までに、魔女の姿はセンセーショナルなもので、脳裏に焼き付いて離れやしない。
「あんなにスカートをはためかせて生足を見せつけて……太ももが艶めかしいったらない! 目のやり場に困るじゃないか! だがそんなことで僕の視線を逸らすことはできないけどな! 不気味だったことは否めないが、それでも、制服姿。何においても制服姿! ビバ制服! それも古き良き日の、正統派、赤いスカーフの黒セーラー! 旧時代から継承される伝統ある一品を、まさか、こんなところで拝めるとは!」
そして何より魔女の呼称が『委員長の魔女』ときたもんだ。
なんてナイスなネーミングセンス! ほむらからその名を教えて貰った時は、
ほんと、誰が考えたんだろうな、ほむらが勝手に付けたと言う訳でもあるまいし。
ただ残念な事に、僕の中での委員長と言えば羽川を置いて他にはない。ベストオブ委員長の栄誉は彼女のモノだ。それだけは譲る訳にはいくまい。
まぁ羽川に関して言えば、生足どころか生パンを見せつけてくれたのだし、相手が悪かったとしか言いようがないけれど。
羽川翼という超次元的存在がいなければ、僕の心にもっと深く刻まれていたことだろうに、惜しいものだ。
思い返せば――羽川と知り合う切っ掛けとなったのは、僕が彼女の純白のパンツを目撃したからなんだよなぁ。今でも克明に思い出すことができる。ふ、造作もないことだ。
念のため……風が引き起こした天の悪戯であり、不可抗力、偶然の出来事であったのだとは、僕の名誉の為言及しておく。
ほんとだよ。
しかしなるほど、僕と羽川を取り結んでくれたのは、パンツのおかげ――そう言っても過言ではないのか。
パンツ様様だ。
おっといけないいけない。話が盛大にズレているが、つまりスカートが織りなす
「ったく、ほんとに恐ろしいぜ。さすが『魔女』と呼ばれるだけのことはある。魔性な女と書いて魔女……か。その名に偽りなしだ。これはすぐに他の魔女を調べる必要があるな!」
「恐ろしいのは、あなたの思考よ。なんでより強い興味を抱いているのよ……」
しまった。思考の一部が垂れ流され、余計なことまで口走ってしまったようだ。
「でもあんなエロティックな魔女を退治するなんて、勿体ない」
「は?」
凄みを利かせ、ほむらが僕を睨む。
むむ、これは失言だった……一般人が巻き込まれたら、死人が出るのだし、やむを得ないことか。
結界に飲み込まれた人間の命はほぼ絶望的――とはほむらの弁。
魔女の結界とは非常に危険なものなのだ。
にしても、思っていたより結界内部が爽快な景色だったもんだから、今一つ結界に対しての危機感が不足しているんだよな。
『委員長の魔女』が創り出した結界の中は、魔女の心象風景を具現した『固有結界』のようなものかどうかは定かではないが、完全なる別世界となっており――入る直前までは、夕暮れ間近、もう少しで日が落ちようかという時分だったはずなのに、中は真昼のような明るさで、晴天と呼ぶに相応しい青空が広がっていた。
魔女を倒し、結界が消滅すると、もう辺りは真っ暗だ。
「もっとおどろおどろしい空間を想像していただけに、妙な肩透かしを食らった気分だったな。いい意味で僕の予想を裏切ってくれたと言えるけど」
ただし危険というのは間違いないのだろう。
なんせ地面と呼べる場所が存在していなかったのだから。
眼下に見えるのは、分厚い雲の層のみでその先を見通すことは叶わない。
辛うじて足場となるのは、雲海を突き抜け乱立した電信柱と、縦横無尽に伸びた電線だけといった有様だ。
ほむらは器用にも電線の上を疾駆していたが、僕には到底真似できない芸当である。
それと印象的だったのが、運動会などで見掛ける万国旗さながら、宙を横断する電線に、無数の白いセーラー服(夏服)が吊り下げられていたことだろう。
見様によっては晴天のお日様のもと、大量の洗濯物を干しているようで、そういった観点で言えば『電線』ではなく『洗濯紐』か。
何処からともなく吹く風に煽られ、大量のセーラー服がはためいている様は壮観だった。
「勘違いしているようだから忠告しておくわ。魔女の外見は多種多様で、抵抗感なく受け入れられる魔女なんて、ほんの僅か。結界についても同様で、今回のような雰囲気の結界は極めて稀。他の結界はもっと混沌とした、狂気に満ち溢れた異空間よ。妙な期待はしない事ね――――それと、これだけは言わせて貰う。『委員長の魔女』を抵抗なく受け入れるあなたの感性は正直、どうかしてる。というか絶対におかしい」
ほむらの白眼視が突き刺さる。今まで用いられた無価値な存在を見る目とはまた違う、侮蔑と憐みが混在した何とも言えない冷たい視線。
中学生女子が実に引いていた。ドン引きしていた。
もしかしたら、恐ろしいモノを見たのは、ほむらの方だったのかもしれない。
つーか、僕の人間性を否定しやがったな。ちゃんと不気味だとは提言しておいた筈なのに。
けれども、ほむらの言い分も理解できない訳じゃない。
改めて『委員長の魔女』の容姿を思い出してみれば、確かにその姿は面妖ではあった。
冬服用の黒いセーラー服に身を包んだ、身の丈30メートルは越えようかという巨大な魔女で、首を含め頭部というものが存在せず、腕が4本に、スカートから覗く脚部も腕に挿げ替えられており、張り巡らされた
妖怪女郎蜘蛛だ。
まぁ蜘蛛の脚は8本だし、あの魔女の場合は全部が腕なんだけどね。
考えなしに『生足』と表現していたが、『生腕』と言った方が正しかっただろうか。
「そうは言うが、委員長って肩書とセーラー服という衣装を身に纏えば、魔女とはいえ一人の少女だろ。僕のこの胸をときめかせる衝動だけは否定することはできない」
「阿良々木暦。お願いだからもう鹿目まどかに近寄らないで――」
ほむらが真剣な面持ちで僕に懇願する。
ありのままに僕の想いを語っただけなのに、酷い言われようだ。
「――というか近寄ったら殺す」
訂正、僕を脅迫する。
嘆かわしいことに、彼女の中で、僕という男は重度の変態という位置づけになったらしい。
変質者として揺るぎない地位を確立してしまった。
「内容はアレとして……魔女と対峙したその後で、それだけの大言を吐けるってのは、見上げたものね」
一応は僕の度胸を褒めてくれているようだ。
「まぁな、あれしきの事で怖気づく僕じゃない」
「いえ、皮肉よ。額面通りに言葉を受け取らないで」
ほむらの態度が、幾分辛辣になったのは気のせいだろうか。
いや、元から愛想も温かみもない、つけ放すような物言いしかしない奴ではあったが。
「で、阿良々木暦。電柱にしがみ付いている事しか出来なかったあなたに、一体何ができるっていうの? 魔女に――その配下である使い魔に対してだってさえ、対抗する術は持ち合わせていないでしょ?」
「………………」
結界に入るに当たってあれだけの啖呵を切ったのに、いざ進入したら電信柱にしがみ付いて、落下しないように必死になっていた僕だ。
その姿は傍から見れば、コアラのようだっただろう。
無様な醜態を晒したのは、事実なのだし返す言葉もない。
やはり気持ちだけでは、どうにもならないこともある。
実力が伴わないのに大口を叩くな――なんて、いつも妹達の事を窘めていた僕だけど、どの口が言うんだって話だ。
僕はあの場において、役に立たないどころか――寧ろ、邪魔しかしていない。
スケート靴を履いた下半身だけの『使い魔』に轢き殺されそうになった時や、『委員長の魔女』がスカートの中から射出した、学習机や椅子の雨が僕めがけ飛んできた時には、ほむらが銃で撃ち落して対処してくれたのだ。
自分の身すら守ることができない僕を助ける為に、余計な手間を取らせてしまった。
年下の女の子に守られるなんて、不甲斐なくて惨めで泣きたくなってくる。
それに…………魔女の討伐も危なげなく、いとも簡単に済ませていたし。
洗練された無駄のない動きで飛来物を避け、正確無比な精密射撃で、使い魔を一掃。魔女に至っては、スカートの中に爆弾を投げ入れジ・エンド。
僕が介入する隙など何処にもない。
ほむらの無双っぷりには、驚嘆したものだ。
そういえば、まだ触れていなかったけれど――ほむらの戦い方は魔法少女として如何なものなのだろうか?
いや、助けて貰った分際で、別に不平不満を言おうって訳ではない。
ただ少しばかし腑に落ちないというか、僕の常識の範疇を越えた戦いぶりだったものだから、心の内で突っ込みを入れたいってだけの、自己満足な行為だと思って頂ければ幸いだ。
一般常識(どこを基準に一般と定義するか謎ではあるし、随分と偏った常識ではあるが)として、魔法少女が扱う武器が銃や爆弾って…………どこかの魔砲少女はまだ、魔法としての砲撃ではあったが、ほむらのは正真正銘の銃撃。魔法の要素など微塵もない。
大きく分類すれば、『大魔法峠』に登場する『田中ぷにえ』側――魔法より
果たして、この例えがどれほどの人に伝わっているか、甚だ疑問ではあるが、気にしない気にしない。
まぁ左腕に装着した盾から、様々な種類の銃や爆弾を、手品のように取り出していたところは、魔法少女と呼べなくもないけれど。
僕が思い描いていた魔法少女とは、何か違う。
そのてん、巴さんのリボンを用いてキュゥべえを救出した姿は、実に魔法少女らしかったと言えよう。あれこそが、僕が思い描いていた魔法少女の姿だ。
「そう、よかったわ。自身の無力さを理解できたようね」
僕が黙り込み言い返せないのを、ほむらはそう判断したようだ。
確かに彼女の言う通り、僕の無力さは痛感した。思い知らされた。
だとしても。そうだったとしても、このまま黙っていることは出来ない。
「……しいて言えば囮役ぐらいになら」
「まだ……諦めないの?」
僕の言葉を訊いて途端、ほむらが不快気に顔を歪める。
「囮役? 笑わせないで。私があなたのお守をするのは今回が最初で最後。そもそも、これ以上あなたを魔女退治に同行させるつもりはない」
「そうはいくか! まだ見ぬ魔女が僕を待っているんだ! なに、そう易々死にやしないさ! 魔女の周りを逃げ回って、攪乱ぐらいしてみせる!」
「どこまで本気で言っているか判然としないのだけど」
「僕は本気だ」
「いえ、あなたの覚悟は本当なんでしょうけど……そういうことじゃなく――」
急に声のトーンを変え、見透かしたようにほむらは言う。
「――幾ら虚勢を張っても、無益なだけよ」
「きょ、虚勢? それは何のことだ? お前が何を言ってるのか皆目見当がつかないんだが」
「別に。あなたに心当たりがないというのなら、それはそれで構わない」
とぼけてはみたが、スルーされてしまった…………見透かしたではなく、見抜かれているな……これは。
ほむらの魔女退治に同行する為には、魔女に恐れをなしてなんていられない。そんな弱音を吐く姿なんて見せるわけにはいかない。
僕は魔女なんか怖くないと、そういった意思表示――ほむらへのポーズが必要だったのだ。
だけど、虚勢だと見破られてしまったのだから、もう道化に過ぎない。
魔女への恐怖を紛らわせる為に、本心を偽ってまでセーラー服に欲情する変態を演じたのに、なんてことだ。
いや、全部が全部出まかせってわけでもないのだけど。
「……はぁ」
心底呆れたと、もううんざりだと僕に見せつけるように――大きなため息をつくほむら。
「阿良々木暦。あなた程、厚顔無恥で諦めの悪い人間そうはいないわ。私にとっては迷惑極まりないとはいえ、見ず知らずの
大人が子供を諭すような口調で、彼女は言葉を紡ぐ。
「だけど、それでもあなたのような足手まといのお守をしながら魔女と戦うことは、私にとって一つも利点がない。だから私の考えは最初と変わらない。これ以上私に――」
言葉を区切り、強調するように――心から訴えかけるようにほむらは宣告した。
「魔法少女の戦いに関わるのはやめて」