【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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ハッチ(hatch):【孵化する】【企む・目論む】


こよみハッチ~その4~(Charlotte)

 ~023~

 

 

 『非常』措置かつ『非情』な措置であったが、ほむらを放置し扉を潜る。

 途端――ぐにゃりと視界が歪む。

 

 こういった扉を経由して移動する際には、眩暈にも似た気持ち悪さが伴う。

 

 此処に至るまでの間に、何度か既に体験していたので、特に気にする程ではないけれど……扉がまだ開いている状態に関わらず、敷居を跨いだ所でほむらの声が聴こえなくなった事から推察するに、さっきまで居た場所と隣接している訳ではなく、空間そのものを移動しているようだ。

 

 気持ち悪さの原因は、通常の生活では体験し得ない、この空間移動の所為だろう。

 

 ともあれ、敷居を踏み越え到着したのは、円形の広間だった。

 

 

 其処かしこにお菓子が点在しているのは相変わらずで、ごちゃごちゃとした乱雑な印象が付き纏う。

 外周には苺が等間隔に設置されていて、ここが――途轍もなく大きなショートケーキの上なのだと、遅蒔きながら把握した。

 装飾過多が否めず、デコレーションに、センスの欠片も感じられない。

 ケーキの上から、お菓子を無作為に放り投げただけといった感じの適当さだ。

 

「居た」

 

 お菓子が障害物となって視界を遮断していた為、見落としそうになったが、丁度この部屋の中央付近に巴さんの姿が――それと、巴さんの居る位置から少し離れた所に、巨大なドーナツに身を隠す女の子とキュゥべえの姿がある。

 あの子が結界に巻き込まれた鹿目さんの友達――美樹さんで間違いなさそうだ。

 

 

 

 さてさて、ざっと見渡す限りに於いて、魔女らしき姿は見当たらない。ほむらは確かに孵化したとか言っていた筈。あれは勘違いだろうか?

 

 そんな疑念が湧き起こったけれど――巴さんの視線がある一点に集中していることに気付いた。

 

 『何か』を見据えている。

 

 彼女の視線の先を辿ると、其処には脚の長いテーブルと椅子があり、その椅子の上にはちょこんとぬいぐるみが腰掛けていた。

 

 ピンク色した頭は紙で包まれたキャンディのようで、円らな青い瞳と相俟ってなんとも可愛らしい。

 短い手足はぶかぶかな服で包まれ、それを更に覆うように大きなマントを羽織っている。

 ファンシーショップなんかで売れば、結構な人気を博しそうだ。

 

 なんなんだあれは? 道中見掛けた使い魔とは随分と感じが違うし…………

 

 って、おいおい!

 

 再度巴さんに視線を戻すと、彼女はいつのまにか銃を構えていた。

 銃とは言っても、ほむらが持っているような拳銃の類ではなく、ヨーロッパなどで使用されていたマスケット銃と呼ばれるものだ。

 銃身の細長い、意匠に凝った銀色の銃。

 格調高く気品に溢れ、部屋に飾って鑑賞したくなるようなアンティーク然とした趣がある。

 

 漫画で得た頼りない知識だけど、確か、発射するたびに弾を装填しなおす必要がある単発式の銃のはず。

 

 ううむ……勝手ながら巴さんは、リボン主体の戦闘をするものだとばかり思っていたから、これは意外だな。

 昨今の魔法少女は、ほむら然り――銃火器の所有が推奨されているのだろうか?

 結構な数の魔法少女がいるらしいけれど…………皆こんな物騒なもん持ち歩いてるって考えると、そら恐ろしいものがある。

 ……いや、人々の平和を守るのに武装は必要だよな、日本だって警察官は銃を携帯しているわけだしね。

 

 

 巴さんは狙いを絞るように片目を閉じ、銃口を斜め上に傾ける。

 照準を合せられているのは、キャンディ頭のぬいぐるみ。

 

 もしかして……あれが魔女だとでもいうのだろうか?

 

 いや、でも、まさか……『委員長の魔女』のセーラー服姿に胸をときめかせていた僕が言うのもなんだけど、まだあれは魔女としての薄気味悪さを持ち合わせていた。

 だけど、あれは可愛すぎないか?

 

 魔女の外見は多種多様と訊いてはいるが…………。

 

 

 そんな僕の疑念を一掃するかのように、風船が弾け飛んだような甲高い音が轟く。

 巴さんがぬいぐるみに向けて発砲した――ということは、あれが『魔女』なのだろう。他にそれらしい姿があるわけでもないし、彼女の真剣なその面持ちからもそれが窺える。敵と見定めての攻撃だ。

 

 

 銃弾が直撃した反動で、椅子から落下する、キャンディ頭の魔女。

 

 表現としてアレかもしれないが、縁日で見かける射的――台に乗った景品であるぬいぐるみを撃ち落したみたいだ。なんて、場違いな感想を抱いてしまう。

 

 ただ、巴さんの行動はまだ終わっていない。即座に落下する魔女の下に駆けつけると、手に持っていた銃をクルリと反転させ銃口側を握りこみ、それをバットのように扱い、魔女を殴打する。

 

 豪快なフルスイング。痛烈なライナー性のあたりは、(フェンス)直撃。

 この際ボールに該当するのは、ぬいぐるみの姿をした魔女に他ならない。

 

 銃を棍棒代わりにするなんて、突飛なことを…………なんて思うかもしれないが、マスケット銃を用いるにあたっては強ちおかしな戦法ということでもない。

 マスケット銃は、銃口付近に銃剣を装着して――剣、或いは槍のように扱い、白兵戦に於いても役立つ代物だったりするのだ。

 

 次弾を装填するのに時間が掛かるマスケット銃の、正しい活用法と言えた。

 

 

 尚も攻勢は苛烈さを増していく。

 

 巴さんは、何の躊躇もなく銃を投げ捨てると、その場でくるりとターンを決めた。

 すると、彼女の周りには、新たなマスケット銃が複数個、出現――ケーキに刺さったロウソクのように直立している。ケーキに関しては比喩表現でもないけれど。

 

 それを流れるような動作で、引き抜くと、即座に発砲。

 撃ち終えた瞬間、銃は無造作に放り投げ、新たな銃を引き抜き、更に撃つ。

 華麗にステップを踏み、両手を駆使して、間断なく続けていく。

 

 壁際まで吹っ飛んでいった魔女に銃弾が容赦なく襲いかかる。

 

 単発式のマスケット銃で、“乱射”するなんて……とんでもない事をするものだ。

 

 その演舞を踊る様な、優雅かつ圧倒的な光景に、僕は思わず見惚れてしまう。

 

 それ程までに、僕の目を釘付けにさせる光景だった。圧巻の一言に尽きる。

 

 

 

 おっぱいって、あんなにも躍動するもんなんだなぁ。

 

 

 ――――いや…………いやいやいや。

 

 

 仕方ないじゃないか!? だって目の前でおっぱいが弾むんだよ!? 揺れるんだよ!? 効果音が聴こえてきそうなぐらい盛大にバウンドするんだよ!? しかも、今の僕の視力は、吸血鬼化したことによって、常人を遥かに超越している。その関係で、ブラウスから透けたブラの色まで詳細に観ることができてしまう!? 僕の意志とは無関係に目に飛び込んで来てしまう!? いや、僕の意志だけど! 僕の意志だけどもさっ!! それの何が悪い!? 健全な男子諸君に、僕を揶揄することなど出来るはずがない!? そうだろう!? だって男の子だもん!!

 

 

 阿良々木暦。魂の叫びである。

 

 『静』と『動』。

 ここまで破壊力が増すものなのか……躍動するおっぱいにこそ、価値がある。

 まだまだ僕も青い。おっぱいの秘めたる新たな可能性に、気付かされてしまったぜ。

 そして、更に気が付いた。

 僕を射抜く、視線の存在に。

 

 

 ぱんなこった……もとい、なんてこった!?

 巴さんが僕を直視していた。目と目が完全にあってしまった。鋭い眼差しが僕を捉えている。

 

「私の拘束を破るなんて、驚きました……でも一足遅かったですね。この魔女は私が狩らせて貰います」

 

 一瞬焦ったが、当然のことながら、僕が巴さんのおっぱいをガン観していた事実を見咎めたという訳ではなく――リボンで拘束されていたはずの僕が、この場所に馳せ参じた事へ、牽制的意味合いでのアプローチといったところだろうか。

 

 特に僕の返事を期待していなかったようで、すぐさま戦闘に舞い戻る巴さんである。

 しっかし、自分で言うのもなんだけど……こんな怪しい人物を、ちゃんと年上として扱ってくれるなんて、生真面目な子だ。

 

 

 なにはともあれ、戦闘が再開された。

 

 荒ぶる胸に気を取られて魔女の動向を見逃していたが――銃撃によって蜂の巣にされた魔女は現在、金色の糸で宙吊りにされていた。

 

 糸は地面から植物のように生えていて、魔女を搦め捕っている。確証はないが、着弾した折にしょうじた亀裂からその糸は生えているようだし、これも巴さんの魔法の力とみてよさそうだ。

 

 僕へのコンタクトも、こういった隙をみせない二段構えの攻撃があったからこそだろう。

 

 マスケット銃も、どうやら魔法で創り出したもののようだし、銃火器を扱うとは言え、ほむらに比べれば、しっかりと魔法少女をしている。

 

 

 

「私がこんな魔女に負けるだなんて、暁美さんも私を甘く見たものだわ――――そうね、憂さ晴らしも兼ねて、今回は派手に決めちゃいましょうか」

 

 そんな愚痴らしき独り言を零しながら、その場で跳躍する巴さん。

 

 

 そして、蝶が羽を広げるように両の腕を広げると――――

 伸ばした腕の前方に、隊列を組んだ兵隊が如く、無数のマスケット銃が顕現した!

 

「無限の魔弾よ! 仇なす者を穿てっ!!」

 

 巴さんは命令調の力強い声を張り上げ――次いで、タクトを振るう指揮者のように、腕を振り下ろす!

 

「パロットラマギカ・エドゥンインフィニーーータっ!!」

 

 その呪文染みた号令を受けて、マスケット銃の撃発機構である、打ち金(サイドハンマー)が振り下ろされ、全ての銃が同時に火を噴いた!

 

 密集隊形からの一斉射撃!

 耳を劈く轟音と共に、閃光が駆け抜け、魔女目掛け弾丸の雨が降り注ぐ。

 着弾点から次々に爆発が巻き起こり、黒煙が濛々と立ちこめていった。

 

 

 度肝を抜く、無慈悲で凄まじい攻撃。こんなのをまともに喰らっては、一溜りもないだろう。

 

 だが、ぬいぐるみを模した魔女は、弱弱しくではあるものの立ち上がった。ただ、もう虫の息。未だ攻撃らしい攻撃もできず、防戦一方だ。

 

 

「あら、まだ動けるのね。ならこれであなたを拘束してあげる! レガーーレっ!!」

 

 巴さんがまたも呪文のような横文字っぽい言葉を口にし、ポーズを決めると、魔女の足下から帯状のリボンが現れるのだった。

 

 さっきは流したが、これは、なんか呪文というより、必殺技の名前っぽい? それを律儀に叫ぶのは、彼女のポリシーなのだろうか?

 いや、なんせ必殺技なのだ。発動条件として、技名を叫ぶことが必要不可欠なのだろう。制約みたいなものだ。

 

 かとも思ったが……リボンが巻き付き魔女の動きを拘束しているこの魔法は、さっき僕とほむらが受けたヤツと一緒。なら、技名を叫ぶ必要はないはずだった…………

 

 巷で話題の病気を患っているのか…………だとすれば、なんて痛ましい事だ。

 

 

 と、そこで巴さんがちらりと僕を盗み見た。

 それは、あたかも、僕が見ていることを確認するように、だ。

 

 観客がいると、やる気が増すタイプなのかもしれない。

 

 

「これで終わりよ」

 

 徐に胸元のリボンを抜き取る様に解く巴さん。それを新体操のリボンのように翻す。

 リボンは螺旋を描き、次第に帯幅が広がっていき、隙間を埋め筒状に変化。それがいつの間にか銀色に輝く巨大な大砲へと姿を変えていた!

 

 しかも砲台付きで、ずっしりとした重戦車のような、迫力を醸し出している。

 

 砲口をしっかりと魔女へと照準。

 かなりの大技のようで、魔力を込めるのに時間を要しはしたが、相手が動きようがないのだから、関係ない。その強固な拘束力は僕自身が体験済みなのだから、太鼓判を押すことができる。あの束縛から自力で抜け出すのは容易にできることじゃない。

 僕も忍の助けがなければ、ずっと捕まっていたままだったろうし。

 

 

「ティロ・フィナーーーーーレっ!!!」

 

 鼓膜を揺るがす爆音。

 それに負けないぐらい大きな声で巴さんは絶叫した。

 

 金色(こんじき)の奔流が魔女を射抜き、盛大な爆発が巻き起こる。

 衝撃の余波が一帯に駆け抜け、全身に振動が伝わる程だ。

 

 巴さんが発した『フィナーレ』ならなんとか訳せる。イタリア語で、『終幕』とかそういったお終いを意味する語句――つまりこれは巴さんの勝利宣言と言い換えてもいいはずだ。

 

 ただこのネーミングセンスは如何なものかと…………いや、魔法少女と言えば、必殺技ぐらい叫んで然るべきなのかもしれない。

 

 完全に動きを封じた相手に、巨大な大砲の一発が命中。まさに必殺の一撃。これで勝負ありだ。

 

 戦いを終えた巴さんは、これ見よがしに勝ち誇った表情で決めていた。それは僕へ当てつけるように、自身の力を誇示するように。ほむらに軽く見られた事が腹に据えかねていたのだろうけど、僕、何も言ってないじゃん…………。

 

 

 なんにせよ、これで一安心。

 ワンサイドゲーム。何の危なげもなく圧勝だったじゃないか。取り越し苦労とはこのことだ。

 

 はぁ、何しに来たんだろな、僕。一応いつでも飛び出せる体勢で気張ってはいたが――

 

 

 

『いや、まだじゃ』

 

 そこで脳裏に響いたのは、警鐘を鳴らす、鋭い忍の声。

 

 緩みかけていた緊張の糸を再度張り巡らせ、神経を尖らせる。

 

 次第に晴れていく、黒煙の切れ目から、魔女の姿を捉えることができた。

 腹部には風穴が開いていて、砲撃がちゃんと命中したことは確認できる。それに、リボンによる拘束も維持されたままだし、この状態ならば反撃の心配も要らないはずだ…………。

 

 いや――はずだった。

 

 

 仕留めたはずの可愛らしいぬいぐるみの口から、『何か』が這い出てくる。

 吐き出されるようにぐんぐんと伸びていく、蠢動する黒い影。

 

 大蛇のような細長くも太い胴体に、愛嬌さえ感じられる白い顔。カラフルな色合いの目と、尖った鼻に、大きな口。

 登場の仕方と、ポップな外見とが相俟って、びっくり箱から飛び出した蛇のおもちゃのようだ。

 

 小柄なぬいぐるみから出現したにしては、体積が数倍にも膨れ上がっており、冗談じみた巨体を晒している。

 

 

 そう、晒している、晒してしまっているのだ!

 巴さんの拘束魔法は、ぬいぐるみを締め上げてはいるが、口から這い出した方に関しては、全くの野放し状態なのである。

 

 奇怪な風貌の生き物は、その図体に似つかわしくない、しなやかな素早い動きで巴さんの真上に陣取ると――その大きな口を開けた。

 

 其処には、のこぎりを彷彿とさせる鋭い牙が並ぶ。

 

 

 これがこの魔女本来の姿、いや、第二形態とでもいうべきか。ほむらはこれを予期してあんなにも警戒を促していたのだ!

 

 本性を現した魔女は、獲物を仕留める前の舌舐めずりをひとつ。青い舌先が歯の表面をなぞる。

 

 万事解決したと、誇らしげな表情でティーカップを口につけている巴さんは、未だその迫りくる存在に気付いていない。つーか、何飲んでるの! そもそも、どっから出したっ!? 馬鹿なんじゃねーの!? いろいろ突っ込みたいところではあるが――

 

 

「避けろぉおおおっっ!!!」

 

 兎にも角にも、大声で危険を喚起、それと同時に地を蹴り付ける!

 

 

 いきなりの蛮声と、猛然とした勢いで接近する僕に、驚きを露わにする巴さん。いや、僕じゃなく、もっと恐ろしいモノが襲いかかってるんだって!

 

 巴さんの目掛け急降下する、大きな口。

 吸血鬼の力を最大限に発揮し、解き放たれた矢の如きスピードで駆ける僕。

 

 鋭利な牙が、彼女の頭上に差し迫る。きっと造作もなく肉を――骨まで喰い千切ることだろう。

 

 

 間に合うか!? 違う、間に合わせるんだっ!!

 地面を抉る程の踏み込みで加速し、身体を捻りながら、限界まで右手を伸ばし、ほんの僅かでも距離を稼ぐ。

 

 

 そして――――

 

 

 

 

 

 ――――僕の指先が、巴さんを捉えた!

 

 

「きゃあああああああああああああぁぁぁ!!」

 

 巴さんが、甲高い叫び声をあげ吹っ飛んでいく。絹を裂くような悲鳴だ。

 

 加減も出来ず、力任せに突き飛ばしてしまったが――巨大なドーナツがクッションとなり巴さんを受け止めてくれた。少しは衝撃が和らいだはずだ。

 

 お茶が零れティーカップも割れてしまったが、致し方ないことだろう。

 

 

 よかった…………刹那の差ではあったが、どうにか間に合ったようだ。

 本当に際どいタイミングだった。忍の警告がなければ危なかった……それともう一つ、忍の功績も然る事ながら、巴さん自身の発育の良さが、大きく運命を分かつ要因となったのだとは、言及せねばなるまい。

 

 彼女の身体的特徴――あの豊満なおっぱいのおかげなのだ。

 巴さんの胸がもし、ほむらみたいな絶壁だったならば、僕の手は届かなかったかもしれない。

 距離にして、僅か数センチの差が、この結果につながったのだ。おっぱいの大きさが、巴さんの運命を変えたといっても過言ではないのだ!

 

 だから、わざとじゃないよ!

 仕方なかったんだよ!

 不可抗力、緊急措置だったんだよ!

 

 などと弁解の言葉を並べ立ててはみたが、僕の言葉に耳を傾けてくれる人がどれだけいるのだろうか?

 

 ならば、此処は開き直って、一瞬の出来事ながら、僕の魂にまで刻みつけられた至福の時間を思い返すとしよう。

 

 あの柔らかくも弾力に富んだ極上の感覚。指先で押すという行為ながら、その手触りのなんと甘美なことか。

 僕は大きな過ちを犯すところだった。

 今までの僕は、おっぱいに触れずして、おっぱいを語っていたのだ。なんとも情けない話であるし、大それた事をしていた。猛省せねばなるまい。

 

 

 

 

 しかし、まいったな…………。

 

 折角おっぱいの感触を味わった僕の指先、というか右腕が、魔女にもっていかれるとは…………。

 

 肩口から噴水のように血が飛び散っていた。

 喉の先まで出掛った、叫びたくなる衝動を無理矢理押し留め、荒くなる呼吸を整える。

 

 そうか。『何かを得ようとするなら、それと同等の対価が必要』って錬金術師の皆さんが言ってるもんな…………。

 

 おっぱいの感触を得た代償に、右腕一本ってことか。

 等価交換として、これほど不釣り合いな天秤もない。

 

 

 だってそうだろう?

 

 至高とも言えるおっぱいの感触を得ることができたのだ。

 男にとって、この程度の代償、全然安いものじゃないか。

 

 

 

 

 

 


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