~026~
魔女を討滅したことによって、結界が消散していく。
気付けば、元の場所――病院に隣接された自転車置き場の前に戻っていた。
結界の中をどれだけ移動しようとも、戻ってくる場所は一緒のようで、結界内に侵入していた面々が一堂に介している。それに加え――帰還を待ち侘びていたのであろう鹿目さんが、小走りでやってくる。
僕の周りはみんな見滝原中学校に通う女子中学生だ。ただこれを、ハーレム状態じゃね? とか
「みんな無事で、よかっ……」
駆け寄ってきた鹿目さんが、安堵した様子で声を掛けようとしてくれたが、その言葉は途中で霧散した。
異様な場の雰囲気に気付いて口を噤み、困ったように目を彷徨わせる。
この微妙な空気の原因は、十中八九、僕にあるのだろうと思う。
僕の存在に対し、いろいろ言及したことがあるようで、懐疑的な視線を向けられていた。
其々が其々に、様々な疑問を抱えている状態なのである。
犠牲者を出すこともなく無事魔女を倒せた事に、胸を撫で下ろしている場合でもないようだ。
「何なの!? 何なのよーもー!! ぜんぜんっ! 意味わからないんだけど!? ちょっと其処のあんたーっ!」
妙な静けさに包まれていた場の空気を一掃する、
口火を切ったのは、短い髪をした女の子――美樹さんだった。
地団駄を踏みながら頭を掻きむしり、全身を使って苛立ちを体現した
どうでもいい事だけど、そのポーズが『逆転裁判』で有名な『異議あり!』の場面を彷彿とさせる。
「マミさんを庇ってくれた事は感謝してるけど、いったいキュゥべえに何してくれちゃってるわけっ!? それにその腕! その刀! いろいろおかしいでしょっ!?」
矢継ぎ早に捲し立ててくる。さっきまで魔女に怯えていたのに、もう気を持ち直しているのには、驚きだ。キュゥべえが『犠牲』になった事で、感情の割合が、『恐怖』から『怒り』にシフトしたのだろう。
事情を知らない美樹さんが、混乱し激情にかられるのも無理はない。
しかし、訊かれた事が多すぎて何から答えればいいか…………返答に窮する僕だった。
「美樹さん、少し落ち着いて」
僕が困っているのを見て取って、興奮状態の美樹さんを巴さんが宥めてくれる。
美樹さんのように、取り乱した様子はなく、見る限りに於いては落ち着いていた。
服装もいつの間にか、魔法少女のものから制服姿に戻している。はぁ~、本当に中学生だったんだ……何気に巴さんの制服姿を見るのはこれが初めてなのだ。
それを見て気付いたが、もう人目に触れてもおかしくない屋外に居るのだから、僕もはやく刀を忍に回収して貰わないと……銃刀法違反の現行犯になってしまう。
そんな事を思案していると――
「助けて頂いて、どうもありがとうございます。私の所為で怪我まで負わせてしまって…………」
そっと僕の方へ向き直り、深々と頭を下げてくる巴さん。女子中学生に頭を下げられると、どうにも居た堪れない気分になってくる……。
誠心誠意申し訳ないという気持ちが伝わってくる深謝に、僕の方が恐縮してしまう。
キュゥべえが『犠牲』になったことで、美樹さんが怒りを露わにしているのに、巴さんが僕に敵意を向けてこないのは、本人の素養もさることながら、僕に対し、必要以上に恩義を感じているからかもしれない。
それと、もう一つの要因として考えられるのは、キュゥべえに対し、ある種の疑念を抱いていたからだろう。
「怪我って……別に僕、無傷な訳だし……」
吸血鬼の治癒スキルの賜物で、傷痕ひとつないのは本当だ。
何ともないとアピールするように右腕を動かしてみたが、巴さんの曇った表情は晴れなかった。
「……もし差支えなければ…………その腕の件も含め、諸々の事情を教えて頂けると嬉しいのですが」
躊躇いがちに口を開く。
慎ましやかな物腰を崩さない巴さんだったが、胸中としては美樹さん同様、僕の不可解な力が気になって仕方がないようだ。
「そうだそうだ! さっさと教えなさいよー!!」
美樹さんがやいのやいの言ってくる。
巴さんに静止されていなければ、掴みかかってきかねない剣幕だ。だけど、その怒りの感情はすぐに収まることになった。
いや、『怒り』から『驚き』にシフトした言った方が正しいか。
僕にとって想定の範囲内――
「それは是非僕からもお願いしたいね」
――そう、何ということはない。
巴さん、美樹さんの意見に同調し、当たり前のように謎の白い生命体――キュゥべえが現れたからだ。
いったいこいつは、何処から湧き出てくるのだろうか?
「キュゥべえ!? 何でっ!? どういうことなのよっ!?」
「………………!」
益々混乱しパニック状態に陥る美樹さんに、口元に手を当て言葉なく当惑する巴さん。
鹿目さんはキュゥべえの死に際を目撃していないし、足下に転がった死体にも気付いてなかったようで、際立った反応はなく、成り行きを静かに見守っている。
やっぱり、スペアが出てきたか。まぁキュゥべえのこの特性を知っていたからこそ、囮になって貰った訳だが……。
僕よりもキュゥべえの生体に詳しいほむらならば、既知の事柄だろうけど、それでも一応、どんな反応をしているのか確かめ――
「こっちに来なさい」
――ようとしたのだけど、唐突に目前に現れたほむらに、面食らう事になった。
少し離れた場所から僕を凝視していたはずなのに…………あと、手首ががっちり掴まれて地味に痛い。
乱暴に腕を引っ張られ、さっきまで居た位置から数メートル離れた所まで連行さる。
何がしたいんだこいつは……?
訳が分からず、その真意を問い質そうとしたが、ほむらによって機先を制されてしまう。
「一から説明して頂戴」
ぞんざいな口調でほむらは言い放つ。
傲慢なこの態度は今に始まったことじゃないけれど、心なしか、怒気を孕んだ声に聴こえるような…………放置していった事を怒っているのだろうか?
というかこいつ、まだ魔法少女の姿のままだ。コスプレ衣装だと言い張れば大事には至らないだろうが、もう少し巴さんのように配慮をだなって……僕も依然として刀を手にした状態なのだから、これはお互い様か。
ともあれ――
「それを今から説明しようとしてんだろ。何でわざわざ離れる必要があるんだよ! って…………あれ?」
そこで僕は異変に気が付いた。
僕とほむらを除く周りの皆が――いや、目に映る全ての光景が『停止』していることに!
巴さん達は、精巧に造られた人形のように、その動きを止めている。身動き一つせず、瞬きすることもない。
風に煽られた立木も、空を飛ぶ小鳥も、人が活動すれば自ずと生じる、街の騒音さえも。
ありとあらゆるものが、完全に止まっている。
写真で切り取られた一場面に迷い込んだような、そんな不可思議な空間の中に僕は居た。
「何だよこれ!? どうなってんだ!? まさか魔女の結界っ!?」
周章狼狽する僕が、尋ねるともなしに発した言葉に、
「……………………時を止めたわ」
渋い顔をしたほむらが、至極端的に答える。
「なんだって?」
「言葉のままよ。私の魔法で時間を停止させたの」
改めて言い直すほむらではあるが、別に聴こえなかったのでも、言葉の意味が解っていない訳でもないのだ。
「馬鹿なっ!? 『時を止めた』ってお前それ『
「は?」
むむ、DIOのスタンド能力が伝わらないとは……嘆かわしいことだ。
「こんな破格な能力も扱えるものなのか魔法少女って!?」
「これは私の固有の
それだけって……こいつ、『時間停止』といえば、どんな異能バトルにおいても最強に位置づけられる能力だと、解っているのだろうか?
いや、でもそうなってくると、
「おい、ほむら。時間を止めたにしても、こんな悠長に話していて大丈夫なのか? こんなの数秒が限度だろ?」
確か『
「別にそんな制限はないわ。有限ではあるし、無駄使いをしないに越したことはないけれど、腰を据えて話す時間を確保するぐらい、造作もないことよ」
半信半疑、いや僕の心情の割合としては『一信九疑』と言ったところ。
だけど、現にこうして、その『
もう一分近くは静止状態が続いているし、ここはほむらの言い分を信じるしかなさそうだ。
それに思い返してみれば、ほむらが突然いなくなったり、瞬時に移動したりするのを見て、『瞬間移動』的な能力を持っていると勘違いしていたけれど……あれは『時間停止』の能力を使っていたという訳か。
「大凡の事情は呑み込めたけど、そろそろ、手を離してくれないか?」
さっきからずっと、手首を掴まれたままなのだ。
もう少し詳細に説明すると、ほむらが左手で、僕の右手首を掴んでいる状態で――そんな態勢で向かい合っているものだから、結構な至近距離だったりする。
間近で見ると、本当に綺麗な顔だよな。小顔で綺麗な白い肌にはシミ一つない。こんな威圧する表情でなければ可愛らしいはずなのに、勿体ない。
そんな感想はさておいて、魔法少女になると筋力もそれなりにアップするようで、一介の少女では考えられない力でホールドされていた。
「それは無理ね。私の手が離れた時点で、あなたの時間は止まってしまう」
なるほど。僕がこうして止まった世界で動けるのは、ほむら伝いに、能力が伝播しているが故なのか。
「もしこの情報を誰かに漏らしたら、確実にあなたの息の根を止める。それだけは、ゆめゆめ忘れないことね。あと、これ以上の詮索も許さない」
僕の瞳を直視して、ほむらは言う。
「……了解」
一方的に秘密を打ち明けられ脅迫されていることに、文句の一つでも言ってやりたい所ではあるけれど、此処は無条件降伏することが、僕が取る最良の選択のはずだ。
「で……この状況に至った経緯、委曲を尽くして説明して貰えるかしら」
自分の追及は打ち切って、僕にだけ詳細な説明を要求する理不尽なほむらである。
でも、此処は大人の対応で。
「それなら、皆に纏めて説明した方が効率的だろ、巴さんなんかは当事者だし、美樹さんにもある程度は説明しとかないと、納得しそうにないぞ」
「それは私が訊いた上で判断する。そもそも、キュゥべえに余計な情報を与えないで」
そう言えば、キュゥべえが居たな。奴とは敵対関係にあるようだし、僕が齎す不確定の情報を与えるのは得策ではないってことか。
改めて観察してみれば、澄ました態度で取り繕ってはいるが相当に焦ってるようだ。
この時間停止の能力も、状況把握の為やむを得ず使用したって感じだし……余裕のなさが窺えた。
「まぁ、説明するのは全然吝かではないんだけど……僕が言った事を信用できるのか?」
ありのままに話したとしても、ほむらにとっては、荒唐無稽の絵空事にしか感じられないだろう。嘘吐き呼ばわりされるのは避けたい。
「阿良々木暦。あなたがその刀で魔女を倒したところは、目撃している。だから、その心配は不要よ」
「見てたのか?」
「ええ。巴マミによる拘束が解けた時は、彼女が死んだものだとばかり思ったけれど……駆け付けてみれば、あなたが魔女を仕留めていた……目を疑う光景だったのは確かね」
ああ、魔女に突撃する前に、ほむらの拘束を解くように頼んでいたっけ。巴さんがちゃんと聞き届けてくれていたってことか。
「おっけー。信じてくれるってなら、順を追って話していこう」
腕を掴まれた状態なので、少々話し難くはあるが――極力詳細に、事の顛末を話し始める。
無論、巴さんを突き飛ばした際に胸を触ったことは僕の名誉の為、伏せるつもりではあるけれど。