【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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コネクト(connect):【(二つのものを)つなぐ 】【関係をもつ】


こよみコネクト~その1~

 

 

~026~

 

 魔女を討滅したことによって、結界が消散していく。

 気付けば、元の場所――病院に隣接された自転車置き場の前に戻っていた。

 

 結界の中をどれだけ移動しようとも、戻ってくる場所は一緒のようで、結界内に侵入していた面々が一堂に介している。それに加え――帰還を待ち侘びていたのであろう鹿目さんが、小走りでやってくる。

 

 僕の周りはみんな見滝原中学校に通う女子中学生だ。ただこれを、ハーレム状態じゃね? とか(たわ)けた事を思うような心境でも、そんな場の空気でもない。

 

 

 

「みんな無事で、よかっ……」

 

 駆け寄ってきた鹿目さんが、安堵した様子で声を掛けようとしてくれたが、その言葉は途中で霧散した。

 

 異様な場の雰囲気に気付いて口を噤み、困ったように目を彷徨わせる。

 

 この微妙な空気の原因は、十中八九、僕にあるのだろうと思う。

 僕の存在に対し、いろいろ言及したことがあるようで、懐疑的な視線を向けられていた。

 

 其々が其々に、様々な疑問を抱えている状態なのである。

 

 犠牲者を出すこともなく無事魔女を倒せた事に、胸を撫で下ろしている場合でもないようだ。

 

 

「何なの!? 何なのよーもー!! ぜんぜんっ! 意味わからないんだけど!? ちょっと其処のあんたーっ!」

 

 妙な静けさに包まれていた場の空気を一掃する、(かしま)しい少女の声が響き渡る。

 口火を切ったのは、短い髪をした女の子――美樹さんだった。

 

 地団駄を踏みながら頭を掻きむしり、全身を使って苛立ちを体現した(のち)、僕に向かってビシリと指を突き付けてくる。

 どうでもいい事だけど、そのポーズが『逆転裁判』で有名な『異議あり!』の場面を彷彿とさせる。

 

「マミさんを庇ってくれた事は感謝してるけど、いったいキュゥべえに何してくれちゃってるわけっ!? それにその腕! その刀! いろいろおかしいでしょっ!?」

 

 矢継ぎ早に捲し立ててくる。さっきまで魔女に怯えていたのに、もう気を持ち直しているのには、驚きだ。キュゥべえが『犠牲』になった事で、感情の割合が、『恐怖』から『怒り』にシフトしたのだろう。

 事情を知らない美樹さんが、混乱し激情にかられるのも無理はない。

 

 しかし、訊かれた事が多すぎて何から答えればいいか…………返答に窮する僕だった。

 

 

「美樹さん、少し落ち着いて」

 

 僕が困っているのを見て取って、興奮状態の美樹さんを巴さんが宥めてくれる。

 美樹さんのように、取り乱した様子はなく、見る限りに於いては落ち着いていた。

 

 服装もいつの間にか、魔法少女のものから制服姿に戻している。はぁ~、本当に中学生だったんだ……何気に巴さんの制服姿を見るのはこれが初めてなのだ。

 

 それを見て気付いたが、もう人目に触れてもおかしくない屋外に居るのだから、僕もはやく刀を忍に回収して貰わないと……銃刀法違反の現行犯になってしまう。

 

 そんな事を思案していると――

 

「助けて頂いて、どうもありがとうございます。私の所為で怪我まで負わせてしまって…………」

 

 そっと僕の方へ向き直り、深々と頭を下げてくる巴さん。女子中学生に頭を下げられると、どうにも居た堪れない気分になってくる……。

 誠心誠意申し訳ないという気持ちが伝わってくる深謝に、僕の方が恐縮してしまう。

 

 キュゥべえが『犠牲』になったことで、美樹さんが怒りを露わにしているのに、巴さんが僕に敵意を向けてこないのは、本人の素養もさることながら、僕に対し、必要以上に恩義を感じているからかもしれない。

 それと、もう一つの要因として考えられるのは、キュゥべえに対し、ある種の疑念を抱いていたからだろう。

 

「怪我って……別に僕、無傷な訳だし……」

 

 吸血鬼の治癒スキルの賜物で、傷痕ひとつないのは本当だ。

 何ともないとアピールするように右腕を動かしてみたが、巴さんの曇った表情は晴れなかった。

 

「……もし差支えなければ…………その腕の件も含め、諸々の事情を教えて頂けると嬉しいのですが」

 

 躊躇いがちに口を開く。

 慎ましやかな物腰を崩さない巴さんだったが、胸中としては美樹さん同様、僕の不可解な力が気になって仕方がないようだ。

 

「そうだそうだ! さっさと教えなさいよー!!」

 

 美樹さんがやいのやいの言ってくる。

 巴さんに静止されていなければ、掴みかかってきかねない剣幕だ。だけど、その怒りの感情はすぐに収まることになった。

 いや、『怒り』から『驚き』にシフトした言った方が正しいか。

 

 僕にとって想定の範囲内――

 

 

 

「それは是非僕からもお願いしたいね」

 

 ――そう、何ということはない。

 巴さん、美樹さんの意見に同調し、当たり前のように謎の白い生命体――キュゥべえが現れたからだ。

 いったいこいつは、何処から湧き出てくるのだろうか?

 

「キュゥべえ!? 何でっ!? どういうことなのよっ!?」

「………………!」

 

 益々混乱しパニック状態に陥る美樹さんに、口元に手を当て言葉なく当惑する巴さん。

 

 鹿目さんはキュゥべえの死に際を目撃していないし、足下に転がった死体にも気付いてなかったようで、際立った反応はなく、成り行きを静かに見守っている。

 

 やっぱり、スペアが出てきたか。まぁキュゥべえのこの特性を知っていたからこそ、囮になって貰った訳だが……。

 

 僕よりもキュゥべえの生体に詳しいほむらならば、既知の事柄だろうけど、それでも一応、どんな反応をしているのか確かめ――

 

「こっちに来なさい」

 

 ――ようとしたのだけど、唐突に目前に現れたほむらに、面食らう事になった。

 少し離れた場所から僕を凝視していたはずなのに…………あと、手首ががっちり掴まれて地味に痛い。

 乱暴に腕を引っ張られ、さっきまで居た位置から数メートル離れた所まで連行さる。

 

 何がしたいんだこいつは……?

 訳が分からず、その真意を問い質そうとしたが、ほむらによって機先を制されてしまう。

 

「一から説明して頂戴」

 

 ぞんざいな口調でほむらは言い放つ。

 傲慢なこの態度は今に始まったことじゃないけれど、心なしか、怒気を孕んだ声に聴こえるような…………放置していった事を怒っているのだろうか?

 

 というかこいつ、まだ魔法少女の姿のままだ。コスプレ衣装だと言い張れば大事には至らないだろうが、もう少し巴さんのように配慮をだなって……僕も依然として刀を手にした状態なのだから、これはお互い様か。

 

 ともあれ――

 

「それを今から説明しようとしてんだろ。何でわざわざ離れる必要があるんだよ! って…………あれ?」

 

 そこで僕は異変に気が付いた。

 

 僕とほむらを除く周りの皆が――いや、目に映る全ての光景が『停止』していることに!

 

 巴さん達は、精巧に造られた人形のように、その動きを止めている。身動き一つせず、瞬きすることもない。

 風に煽られた立木も、空を飛ぶ小鳥も、人が活動すれば自ずと生じる、街の騒音さえも。

 

 ありとあらゆるものが、完全に止まっている。

 

 写真で切り取られた一場面に迷い込んだような、そんな不可思議な空間の中に僕は居た。

 

 

「何だよこれ!? どうなってんだ!? まさか魔女の結界っ!?」

 

 周章狼狽する僕が、尋ねるともなしに発した言葉に、

 

「……………………時を止めたわ」

 

 渋い顔をしたほむらが、至極端的に答える。

 

「なんだって?」

 

「言葉のままよ。私の魔法で時間を停止させたの」

 

 改めて言い直すほむらではあるが、別に聴こえなかったのでも、言葉の意味が解っていない訳でもないのだ。

 

「馬鹿なっ!? 『時を止めた』ってお前それ『世界(ザ・ワールド)』だぞ!?」

「は?」

 

 むむ、DIOのスタンド能力が伝わらないとは……嘆かわしいことだ。

 

「こんな破格な能力も扱えるものなのか魔法少女って!?」

 

「これは私の固有の能力(ちから)。便利ではあるけれど、それだけよ」

 

 それだけって……こいつ、『時間停止』といえば、どんな異能バトルにおいても最強に位置づけられる能力だと、解っているのだろうか?

 いや、でもそうなってくると、

 

「おい、ほむら。時間を止めたにしても、こんな悠長に話していて大丈夫なのか? こんなの数秒が限度だろ?」

 

 確か『世界(ザ・ワールド)』だって、止められる時間の制限は5秒程度。

 

 

「別にそんな制限はないわ。有限ではあるし、無駄使いをしないに越したことはないけれど、腰を据えて話す時間を確保するぐらい、造作もないことよ」

 

 半信半疑、いや僕の心情の割合としては『一信九疑』と言ったところ。

 だけど、現にこうして、その『時間停止(ちから)』を目の当たりにしているのだから、疑っても詮無い事か。

 もう一分近くは静止状態が続いているし、ここはほむらの言い分を信じるしかなさそうだ。

 

 それに思い返してみれば、ほむらが突然いなくなったり、瞬時に移動したりするのを見て、『瞬間移動』的な能力を持っていると勘違いしていたけれど……あれは『時間停止』の能力を使っていたという訳か。

 

 

「大凡の事情は呑み込めたけど、そろそろ、手を離してくれないか?」

 

 さっきからずっと、手首を掴まれたままなのだ。

 

 もう少し詳細に説明すると、ほむらが左手で、僕の右手首を掴んでいる状態で――そんな態勢で向かい合っているものだから、結構な至近距離だったりする。

 

 間近で見ると、本当に綺麗な顔だよな。小顔で綺麗な白い肌にはシミ一つない。こんな威圧する表情でなければ可愛らしいはずなのに、勿体ない。

 

 そんな感想はさておいて、魔法少女になると筋力もそれなりにアップするようで、一介の少女では考えられない力でホールドされていた。

 

 

「それは無理ね。私の手が離れた時点で、あなたの時間は止まってしまう」

 

 なるほど。僕がこうして止まった世界で動けるのは、ほむら伝いに、能力が伝播しているが故なのか。

 

「もしこの情報を誰かに漏らしたら、確実にあなたの息の根を止める。それだけは、ゆめゆめ忘れないことね。あと、これ以上の詮索も許さない」

 

 僕の瞳を直視して、ほむらは言う。

 

「……了解」

 

 一方的に秘密を打ち明けられ脅迫されていることに、文句の一つでも言ってやりたい所ではあるけれど、此処は無条件降伏することが、僕が取る最良の選択のはずだ。

 

「で……この状況に至った経緯、委曲を尽くして説明して貰えるかしら」

 

 自分の追及は打ち切って、僕にだけ詳細な説明を要求する理不尽なほむらである。

 

 でも、此処は大人の対応で。

 

「それなら、皆に纏めて説明した方が効率的だろ、巴さんなんかは当事者だし、美樹さんにもある程度は説明しとかないと、納得しそうにないぞ」

 

「それは私が訊いた上で判断する。そもそも、キュゥべえに余計な情報を与えないで」

 

 そう言えば、キュゥべえが居たな。奴とは敵対関係にあるようだし、僕が齎す不確定の情報を与えるのは得策ではないってことか。

 

 改めて観察してみれば、澄ました態度で取り繕ってはいるが相当に焦ってるようだ。

 この時間停止の能力も、状況把握の為やむを得ず使用したって感じだし……余裕のなさが窺えた。

 

「まぁ、説明するのは全然吝かではないんだけど……僕が言った事を信用できるのか?」

 

 ありのままに話したとしても、ほむらにとっては、荒唐無稽の絵空事にしか感じられないだろう。嘘吐き呼ばわりされるのは避けたい。

 

「阿良々木暦。あなたがその刀で魔女を倒したところは、目撃している。だから、その心配は不要よ」

 

「見てたのか?」

 

「ええ。巴マミによる拘束が解けた時は、彼女が死んだものだとばかり思ったけれど……駆け付けてみれば、あなたが魔女を仕留めていた……目を疑う光景だったのは確かね」

 

 ああ、魔女に突撃する前に、ほむらの拘束を解くように頼んでいたっけ。巴さんがちゃんと聞き届けてくれていたってことか。

 

「おっけー。信じてくれるってなら、順を追って話していこう」

 

 腕を掴まれた状態なので、少々話し難くはあるが――極力詳細に、事の顛末を話し始める。

 無論、巴さんを突き飛ばした際に胸を触ったことは僕の名誉の為、伏せるつもりではあるけれど。

 

 

 


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