【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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シャンブルズ(shambles):【大混乱】【修羅場】


こよみシャンブルズ~その2~

~031~

 

「まぁまぁ皆さん落ち着きなさいってー。いやー決定的瞬間を見ちゃったんですよねー、あんなにも盛大にマミさんの胸を揉むなんて、くーっ! 羨ましぃー! あたしもまだ触らせて貰ったことないのにぃー! 実にけしからんですなー。そんな栄えある栄誉を『手中』に収めた、そのご感想を一言だけでも頂きたいなーって思っちゃった訳ですよー! 『前人未到の秘境』に足を――いやさ、手を踏み入れた開拓者様の感想を是非!」

 

 ニヤニヤした訳知り顔で美樹さんはのたまう。

 

 このアマ…………なんて可愛げのない奴なんだろうか! 健気で気遣いの出来る子“達”と評したことを今取り消す! 前言撤回だ! 

 

 どこぞの胡散臭い新聞記事みたいに、やり取りの一部分だけ抜き出して、曲解した情報を流すような真似しやがって!!

 

 僕がした事は言わば『溺れて気を失っている女子中学生を人工呼吸で救った』のと同等の、なんら後ろ指をさされるものではなく、胸を張って正当性のある行為だと言え…………言えるかはともかくとしてだ――――それを『寝ている女子中学生の唇を奪った』と言い換えられたようなものなのだ!

 

 捏造報道許すまじ!!

 

 しかし……いいようにからかわれているのに、このデリケートな問題に対する僕の反抗手段が、全くといっていいほど見当たらない!

 胸を触った不埒な行為であるのは間違いなく……“事実無根”ではないだけに、下手に言い返すのは危険だ。僕としても、藪をつついて蛇を出すような真似はしたくない。

 

 

 ならば僕の取れ得る対策は…………黙秘権を行使すること!

 

「くっ…………ほむらとの協定――情報の守秘義務により、僕は何も話すことはできない。ただし、一つだけ弁明させて貰う! 断じて揉んでなどいない!」

 

 触っただけだ!

 『揉む』と『触る』――この二つの言葉の間には、あまりにも大きな隔たりがある!

 

 

「この件についての情報の開示を許可するわ。事実の隠蔽、及び虚偽の報告には相応の酬いが待っていると思いなさい」

 

 僕が拠り所とした協定と言う名の防壁が、一瞬にして崩壊した! 脆すぎる!

 ほむらの言葉を意訳すると、『正直に喋らなければ殺す』――そう言い換えてもなんら間違いないはずだった。

 

 説明を全て僕に任せっきりにして、殆ど喋らずコミュ障状態だったクセに、こういう時だけ饒舌になるんじゃねーよ!

 

 まさか、美樹さん側にほむらが、加勢するとは…………いや、話を訊こうと判断は保留中なのだから、まだ中立のはず――今の立ち位置を言い表すならば、大体こんな感じだろうか。

 

 僕、被疑者。

 巴さん、被害者。

 美樹さん、目撃者(重要参考人)。

 鹿目さん、傍聴者(ぼうちょうしゃ)

 ほむら、裁判官。

 

 となれば、黙っていても『裁判官』への心証が悪化していくだけ……仕方あるまい――ここは申し開きあるのみ!

 

 などと、そんな風に意気込んでみても、僕から発せられる言葉に大した勢いはない。

 

「…………だから……魔女に襲われそうになった巴さんを……僕が突き飛ばしたって、さっき説明しただろ」

「ええ、それは訊いているわね」

 

「その時に…………僕が押した場所が……胸部だったというだけの話で…………意図的ではなく、偶発的に起こった事故だったんだ!」

 

「そうよ暁美さん。阿良々木さんは私を庇う一心で、無我夢中だっただけ」

 

 おおぉ、『被害者』である巴さんが、僕の無実を証明してくれた! これで示談成立だ!

 

「それに、こんな中学生の胸を触ったって、阿良々木さんは何とも思ってないわよ。そうですよね、阿良々木さん」

 

「え? ……うん……まぁ、そうかな」

 

 しれっと頷いてはみたものの、そんな訳なかった。

 中学生とは言え、巴さんのおっぱいは別格なのだ。アレに直に触れて、何も思わない男などいる筈がない!

 

 だから……そんな純真無垢な瞳で僕を見ないで下さい。僕の良心が捩じ切れます。

 

 

「女性の胸に触れたというのは、揺るぎない事実というわけね」

 

 結論を言い渡す『裁判官』の声音は、ぞっとするほど冷淡なもので、糾弾こそしてこないものの――僕を見る眼差しは、明らかに軽蔑の色が含まれていた。

 

 至った過程より、最終的な結果を重視するタイプ――ほむらはこの歳で成果主義の人間のようだ。世知辛いったらありゃしない。

 

「でも、それって女の子に対して失礼じゃありません? マミさんの胸は触るに値しないものだと言ってるようなものですよ」

「もう、美樹さん、阿良々木さんをからかわないの! いい加減にしないと、私怒っちゃうわよ」

 

 巴さんがすかさず窘めてくれる。僕に対しては終始敬語だからだろうか――この美樹さんを叱りつけるお姉さん口調がなんとも新鮮である。

 

「いろいろ訊きたい事我慢してるんだし、いいじゃないですか、これぐらい。で、正直な話どうでした、暦さん?」

 

 だけど、美樹さんは全く気に留めた様子もなく――底意地の悪い、下劣な笑みをうっすら浮かべて、僕を問い詰める。

 悪戯を楽しむ、低級悪魔のような奴だ。

 

 しかし、どう答えるのが正解なのだろうか?

 

 さっきと同様に「別に何とも思っていない」と自分を偽ることは簡単だ。だけどそれは美樹さんが指摘した通り『巴さんのおっぱいには何の魅力がない』と言っているのと同義。

 

 僕は、自分自身に問い掛ける。

 

 一人のレディーに対し、あまりに失礼な物言いではないか?

 巴さんを傷つける結果になりはしないだろうか?

 

 

 だとしたら。

 

 僕が取るべき選択は――――

 

 

 

「実に見事なおっぱいだった」

 

 

 

 率直な感想を述べてみた。

 

「うわ、ひくわー、暦さん、それ、ひくわー」

「最低ね」

「見事だなんて……そんな」

 

「ほむらに最低呼ばわりされるのは、まだ許容するが……感想を言えっていったのはそっちなのに、その反応はねぇだろーがっ!?」

 

 一番軽蔑されてもおかしくない巴さんが、僕の言葉を素直に賛辞と受け取ってくれている事は救いか。

 

「あっはっはーまさか本当に言うとは思わないじゃないですかー。いやぁ暦さんは面白い人だなー、尊敬しちゃいますよ、あたし!」

 

 完全におちょくられている!

 

「それで、まどかはさっきから何やってるの?」

 

 そういえば、僕の問題発言(これでも自覚はしている)に対し、これといった反応をみせないでいたが――何か熱心に……自分の胸に両手を(あて)がっていた。

 

 

「ふぇ!?」

 

 美樹さんの呼びかけに驚き、素っ頓狂な声をあげる鹿目さん。

 

「あの……わたしの胸……ちっちゃいから……その……マミさんみたいに……大きくならないかなぁって」

 

 顔を真っ赤にして、馬鹿正直に答えてしまう、愛くるしい少女が居た。

 

「いや! 違ッ! 何もしてないよ! 違うの! ううう……」 

 

 そして、今更ながらに自分の愚かしい発言に気付いたようで、更に赤面の度合いを上昇させている!

 

 

「ほぉーまどかはマミさんみたいなナイスバディな美少女に変身したいと、そう仰っている訳ですなー、いやぁーまどかも女の子だねー」

 

 それを楽しげに冷やかす、容赦ない美樹さんだった。

 

 鹿目さんには悪いけど……何にしても、揶揄する対象が切り替わって、内心ほっとしている僕である。

 

 と思ったのもつかの間で――

 

 

「暦さんは当然大きい方が好みなんです?」

 

 猫が捕えたネズミを執拗に甚振るように、まだまだ僕で遊ぶ気満々――獲物を簡単に逃すつもりはないようだ。

 性悪は言い過ぎにしても、小生意気な猫といった印象を受けるよな……。

 

 猫……か――どうも僕は『猫』に弄ばれる性分らしい。猫は……なんというか『嫌い』ではないが『怖い』……僕の深層心理の奥深くまで刻み込まれている。

 

 

「…………それは」

 

 僕は、返答に窮する。

 何をもってして当然なのかは定かではないが、否定はできないのが悲しいところだ。

 貧乳に『希少価値』を見出す事のできる、稀有な人間ではないのは確かだった。

 だが、なにも「貧乳が無価値だ」などと言うような、排他的な意見の持ち主でもない。

 おっぱいには等しく価値があり、大きさは付加要素なんだとは言っておこう。

 

 こんな博愛主義者のような発言をしておいてなんだが――まぁ実際問題、巨乳が好きなんだけどさ。

 一時期は、羽川さんの胸の事しか考えていなかった男、阿良々木暦である。

 

「やっぱり……大きくないと、駄目……なのかな」

 

 

 どう答えるべきか、答えあぐねる僕の耳に、自問自答するような鹿目さんの呟きが聴こえてくる――多分、独り言だったのだろうけど、僕の吸血鬼化したことによって性能が増した聴覚が、そんな台詞を捉えてしまっていた。

 

 こんな少女の嘆きの声を訊いて、「大きい胸が好きだ!」などと無神経なことは言えない。

 

 いや、どの道言わないけどさ。

 つい先ほど――巴さんの胸に対して感想を口にした、僕が言うのもなんだけど、女子中学生に自分の趣味嗜好を暴露して、何の得があるのかって話だ。

 

 どう答えた所で――誰かしらから、非難ないし変態の汚名を着せられるのがオチだ。

 

 『答えのない問題』への解答法は、『沈黙』と相場は決まっている――が、しかし、黙っていても解決はしない。

 しつこく追及されるのが、目に見えていた。

 

 

 正に八方塞がりなこの状況。

 

 何か打つ手はないのものかと、懸命に思考を巡らせる。

 しかし、あっぷあっぷ状態――即ち、溺れているような切羽詰まったこの状況下では、真面(まとも)な考えなど思いつく訳もなく、往々にして…………溺れる者は、藁を掴むものなのだ――――起死回生の望みをかけて、僕が掴んだ藁は……

 

 

「キュゥべえ。お前はどうなんだ?」

 

 全く頼りになりそうもない、謎の生命体――キュゥべえだった。

 

 いやしかし、話の矛先を逸らすという意味では、そこまで悪くはないのかもしれない。

 

 

「喋ってもいいのかい?」

 

 そういや、此方からの許可がない限り、喋るなと厳命されてたっけか。言いつけを守るとは、意外に律儀な奴だ。

 

「ああ、阿良々木暦の名において、喋ることを許可しよう」

 

「別に、キュゥべえになんか訊いてないんですけどー」

 

 美樹さんが不平をぶつけてくるが、

 

「いやいや、キュゥべえも男な訳だし、貴重な参考意見になるって!」

 

 ここは、強引に押し切る。

 性別の概念があるのか疑わしいけれど……一人称は『僕』だし、一応『雄』として扱っていいはず――今はそんな些細な事を気にしている場合ではないのだ!

 

「さぁキュゥべえ。お前の意見を訊かせてやってくれ!」

 

 

 


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