~032~
あくまでもその場凌ぎであって、こんなの、問題の先延ばしにしかならないのは承知している。だが、その間に新たな対策を講じる猶予ぐらいは生まれるだろう。
さてさて、期待している訳ではないが、どんな見解を示してくれるのやら……。
「君達が今、女性の胸の大きさに優劣をつけようとしているのは、何となく理解できるけれど――生憎だが、それに対して僕が意見できることはないよ」
所詮、場当り的に掴んだ藁。役に立つ筈などなかった。
人間の感情も理解していないような奴には、ハードルが高すぎる問題だったようだ。
まぁ逆に考えれば、僕達が“人間以外の動物のどこに
そんな事を思案していたら――キュゥべえが、何やら小難しいことをぺらぺら喋り始めるのだった。
「なぜ君達が、こうも胸の大きさに
お喋り禁止令が解除されて、その分の鬱憤でも晴らすかのようにのべつ幕無しと――しかし『おっぱい』を『脂肪の塊』とは…………なんて夢のない発言だろうか。僕はこの瞬間、こいつとは一生解り合えないと確信した。
ただ、キュゥべえの疑問に、答える少女はいない…………。
反応がないのを、自分の言葉が足りなかったとでも判断したのか――テーブルの隅に陣取ったキュゥべえは、緩慢に尻尾を揺らしながら更に言葉を紡ぐ。
「それに君達が普段口にしている個々人の意見を総括すると、それは矛盾だらけだ。例えばマミ」
「え? 私?」
「君は事あるごとに、大きな胸に不満を漏らしていた。肩こりが酷いとか、うつ伏せに寝ると苦しいだとか、邪魔だといつも言っていたよね?」
「……そう……だったかしら?」
巴さんとしても、ここは惚けるしかないだろう。
ともすれば、嫌味に捉え兼ねられない発言を暴露されたようなものなのだから。
「対して、全く胸が無いと言ってもいい、まどかに、ほむら」
鹿目さんとほむらが、キュゥべえにより『無い乳』認定された瞬間だった。
漫画的表現ならば『ガーン』とオノマトペが描写されそうなぐらい、鹿目さんはショックを受けていて――ほむらは足下に置いた鞄の中に手を突っ込んでいた……きっとその手には拳銃が握られているのだろう。
人目に触れる事もあり、どうにか自制したようだけど……。
そんな水面下の動きを知る由もなく……キュゥべえは続ける。
「暁美ほむらの事は知らないけれど、まどかを始め、僕が接してきた胸の小さな女の子達は決まって、胸を大きくしようと、効果も定かではない無駄な努力に明け暮れている。まどか――君は牛乳を飲んだり、お風呂上りによく胸部をマッサージしたりしているけれど、本当にそれは意味があることなのかい?」
「ふぅええ!? どうしてその事……!?」
「僕が見る限り、まったく成長の兆候はみられないよ」
「えっ!? そうなの!?」
鹿目さんに、苛酷な現実が突き付けられていた。
「ともあれ……君達は正反対の主張をしている訳だ。大きな胸をしたマミは、それを不用なモノとして扱っているのに――どうして胸の小さな子達は、そんな無用の長物を求めてやまないんだろうね…………」
「そんな言い方やめてよ! ひどいよキュゥべえ……こんなのって……」
キュゥべえの容赦のない『口撃』に、堪らず鹿目さんが非難の声を上げた。
ちなみに巴さんは、視線を伏し目がちにして、誰とも目を合せようとしない。
この不毛な論じ合いを発生させるに至った、責任を感じているのだろう……居心地最悪だろうな、これ。
まぁ一番の元凶は、この人の心を察することが出来ないキュゥべえにあるのだけど。次点で、そんな奴に話を振った、僕だろうか。
ならば、責任を持って場の収拾に努めるべきだが、この話題に介入するのは危険すぎる…………少女達には申し訳ないが、保身の為、傍観者に徹する僕である。
「酷いとは心外だな……まどかやほむらのように、胸がほぼ皆無だからと言って、別に日常生活に支障を来すわけじゃない。寧ろ便利だろう? 邪魔な脂肪が削ぎ落とされて、身軽な状態なんだから」
自覚はないのだろうけど、年頃の女の子に対し、あまりにもあんまりな物言いだ。
もっと他に言いようはなかったのか…………せめて慎ましやかな胸とかさ…………僕もほむらの胸を『絶壁』だとか称したことはあるが、決して口に出したりはしない。
「そんな風に思ってるなら、やっぱりあなた、わたし達女性の敵なんだね。もうぉ! キュゥべえのことなんか知らないんだからねッ!」
温厚そうな鹿目さんでも、この無礼極まりない発言は、流石に看過できなかったようだ。
ジッとキュゥべえを睨み付け、怒りを露わにしている。とは言っても、頬を膨らませての意思表示がとてもプリティーで、全く怖くはない。
隣では、噴火寸前の火山の如く……ほむらが怒りで手を震わせていた。こっちはマジ切れだ。僕としては銃が暴発しないか気が気でない。
「僕はこれでも、胸のない子達を弁護しているつもりなんだけれどな…………子育てに於ける授乳の際に、機能を果たせればそれで問題ないのだし、文明が発達した現代なら、代替品だって幾らでもある。だというのに――なぜ余分な脂肪なんかを求めるんだい? 訳が分からないよ」
~033~
「そうだ、前々から疑問に思っていた事なんだけど、後学の為、この機会に教えてくれないかな?」
重く淀んだ空気が流れているにも関わらず、キュゥべえはそんなのどこ吹く風――ここぞとばかりにお喋りを続行する。
白い悪魔の独演会は終らない。
「あんた……まだ、何か言うことあんの?」
この場に置いて、比較的軽傷で済んでいる美樹さんが反応を示し、露骨に顔を顰めながら、呆れたように言うが、
「うん、そうだね。さっきの事とも関連のあることだし、丁度いいよ」
キュゥべえはまるで意に介した様子もなく――物の序でと言わんばかりの軽いノリで、その疑問とやらを口にした。
「どうして君達は、日々変動する体重の増減に、そこまで一喜一憂できるんだい?」
その言葉に、女子全員が息を呑む。
「観察するに……体重が減少することに喜びを感じ、増加することに絶望を感じているようだった。これだけでも十分に不可解だけど…………さっきも言った通り、乳房の大部分を占めるのは脂肪に他ならない――脂肪は体重増加の最たるものだよ。胸を大きくしようする行為は脂肪の増加に繋がっている。脂肪が増えるということは、その分、体重も増加する。当然だよね? なのに君達は、この相反する行為を同時に行おうとしている。とても合理的とは思えない。この二つを同時に達成しようなんて、虫が良すぎるんじゃないのかな?」
人類を客観的に見ていたからこそ得られる着眼点というか、なかなかに真理を突いた『問い掛け』という名の『糾弾』だった。
その一連の言葉のどこかしらに、少なからず思い当たる節があったのだろう。女子中学生の皆さんは一様に、顔を引き攣らせていた。
女性にとって『体重』に関する話題は禁句なのである…………。
当たり前のことながら、キュゥべえの疑問に答えようとする、奇特な少女なぞ存在しない。
「マミ。君はこの中で唯一、体重を落とすことにのみ専念しているのは知っている」
が、この空気を読むことの出来ない謎の小動物は、名指しで、更に追い打ちをかけるのだった。
「…………だったら、何の問題ないんじゃないのかしら?」
「そうだね。でも君は……いや、別に君に限った話じゃなく、多くの女の子に対して言えることだけど……それでもマミが突出しているから、やはり君に言うべきなのかな」
「……キュゥべえはいったい何が言いたいの?」
赤玉の瞳に直視され、巴さんはおっかなびっくりな態度で問い返す。
「君は体重を減らそうと躍起になっているのに、どうしてあんなにも高カロリーなケーキやお菓子を好んで食べるんだい? それだけに飽き足らず、紅茶にも砂糖を多量に加える始末――君達の行動は支離滅裂だ」
「それは……」
「君達は甘味料という物を甘く考え過ぎだよ」
キュゥべえは言う。甘味料だけに甘く――いやいや、そんな大喜利的な意図を含んだ発言ではないのだろうが。
「例えば、ケーキやお菓子に含まれる甘味料が、体内を流れる血液――つまり血糖値に対しどれだけの影響を与えるかと言うとね」
「やめてキュゥべえ! そんな話、私、訊きたくないわ!!」
キュゥべえの説明を遮るように、巴さんは叫ぶ。
しかし、その訴えにもキュゥべえは応じることはなく――尚も言葉を重ねていく。
「その反応は理不尽だ――君達はいつもそうだね。事実をありのままに伝えようとすると、決まって同じ反応をする。この当たり前の仕組みを理解せずに、体重を減らそうと思っているのなら、君達には事の本質が全く見えていない」
情け容赦なく饒舌に。無慈悲にも。
「甘い物を好きなだけ食べれば脂肪は増える……そんな当然の結末を容認できないと言うなら、そもそも、痩せようなんてすること自体が間違いなのさ」
正論と言えば正論とも言えなくはない、この言葉の暴力を一身に受けた巴さんは、完全に沈黙してしまった。
精神的なKO負け。再起不能だろう。
「君達はいつまで性懲りもなく、この無意味な連鎖を繰り返すんだろうね」
言い返す気力も残されていない巴さんに対し――憐れむようにキュゥべえは言い捨てる。紛うことなきオーバーキルである。
説明するまでもないが、『無意味な連鎖』とは、『甘い物を食べて体重を増やしては、ダイエットする』ってことだ。
「違うよキュゥべえ。みんな……みんなそんな事は知ってるんだよ」
そんな矢面に立たされ責め立てられる巴さんを庇うように(もう手遅れ)、鹿目さんが割って入るのだった。
「ケーキだって、お菓子だって……食べた分だけ、脂肪になるってことぐらいみんな知ってるんだよ。それでも止めることは出来ないの……みんな、みんな知ってるのに、ちゃんと心では駄目だって理解しているのに、甘い誘惑に負けちゃうの! ずっとわたし達の傍に居ながら、あなたはそんなことも分からなかったの!? どんなに我慢しても……気付いたら食べちゃってるの! これは女の子にとってはどうしようもないことなんだからね!」
女子代表として、鹿目さんが心からの衝動を涙ながらにぶつけた。
その魂の慟哭を受け――キュゥべえなりに、その言葉の意味を
「なるほど……仕組みを理解した上で、甘いモノの摂取をやめれないということなんだね…………ペレットのような、高い栄養価を誇りバランスも取れ、効率的にエネルギーを摂取できる理想的な食品があるというのに、そんな栄養の偏ったモノを好んで食するなんて…………正直、理解に苦しむけれど――――でも、君達の気持ちは分かった」
未だ少女達の心の葛藤については、納得出来ない様子のキュゥべえだけど――それでも『生態』として、そういうものだと割り切ったようだ。
どうでもいいが、ペレットの評価が異様に高いな……。
そして、キュゥべえは自分なりに纏めた考えを、少女たちに忠告するのだった。
「一つだけ僕から言わせて貰えれば――そんな甘い考えじゃ、体重は減らないってことだけだ。体重を減らしたいのなら、相応の覚悟は必要なんじゃないのかな?」
「うん、そうだよね……キュゥべえの言う通りかもしれない……こんな半端な気持ちじゃ……理想の体型になるのは……無理なんだよね」
まぁ世に言う、『二兎追うものは一兎をも得ず』という至極真っ当な結論に至ったわけだ。
「でも、方法がないわけじゃないよ。君ならこの運命を変えられる」
だがしかし…………その結論をキュゥべえ自ら否定するようなことを言い出した。
「鹿目まどか。君が望めば、マミの胸のサイズを超えるのだって造作もないことだ」
「えっ!?」
予期せぬキュゥべえの言葉に虚を衝かれる鹿目さん。
「体重を気にすることもなく、まどかが理想とするプロポーションを獲得することができるんだ。そのための力が、君には備わっているんだから」
「それって……もしかして……」
「魔法少女として、魔女と戦うさだめを受け入れられるというのなら、僕が力になってあげられるよ。さぁまどか。この願いは君にとって、魂を差し出すに足る物かい?」
魔法少女になりさえすれば、条理を覆し、不可能を可能にすることができると、キュゥべえは甘言を用いるのだった。
「まどか駄目よっ! そいつの言葉を訊いては駄目っ!! 今とは違う自分になろうだなんて絶対に思ってはいけないっ!!」
今まで静観を決め込んでいたほむらが、声を張り上げ、鹿目さんを説得しに掛かる。
鹿目さんが魔法少女になることを、何としても阻止しようと、いつものほむららしくもない、感情の篭った心からの叫び。
その一匹と一人の言葉を受け――鹿目さんは…………
すっと、その場に立ち上がり、大きく息を吸い込んで…………小さな声がデフォルトな彼女からは考えられない大きな声で――
「そんな願いで契約するわけないでしょっ!! キュゥべえもほむらちゃんも馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁああああああああああー!!」
一世一代――渾身のツッコミを放つのだった!
ほむらが、馬鹿呼ばわりされて、本気で凹んでいるのはもう救いようがないとして、
「そっか……そんな願いの使い方があったのかぁ…………マミさんを越えるスタイルに…………だったら恭介だってあたしにメロメロ……!?」
と、美樹さんが小声で、何かを検討しているのは、放っておいていいのだろか…………。
巴さんも巴さんで――
「週一で買っていたケーキを……二週間に一回に……いえ、紅茶を無糖にすれば……ケーキは週一だって…………」
なにやら、悪足掻きをしている。
ケーキを食べることは譲れないらしい……。
なんだろう…………答え辛い質問から逃れる為に、キュゥべえに矛先を逸らし――見事僕の目論見は達せられた訳だけど…………この惨状を見ると……大人しく僕が犠牲になっていれば、よかったのかもしれない。まぁもう今更ではあるが…………。
何にしても、キュゥべえの如何なる時でも営業心を忘れないひた向きな姿勢には、ある意味に於いて尊敬の念を抱かずにいられない僕だった。
QB当番回(誰得?)。
既視感のある台詞だらけ。
まどマギドラマCD――『サニーデイライフ』のネタも含まれるといいますか、全体的なノリがドラマCDみたいな感じ……悪ふざけが過ぎたかもしれません。