【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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シャンブルズ(shambles):【大混乱】【修羅場】


こよみシャンブルズ~その4~

~034~

 

「これで邪魔者が口出ししてくることもないわ」

 

 仕切り直しとばかりに、ほむらが口を開く。

 さっきまで消沈していたのに、もういつもの調子を取り戻している。喜怒哀楽を感じさせない澄まし顔だ。

 

 言葉が過ぎたキュゥべえには、再び緘口令(お喋り禁止令)が敷かれることになった。制定者は、大方予想できると思うが、暁美ほむらである。

 

 また、テーブルの上に居座られると目障りなので、地べたへと追いやられていた。

 当面の間は、珍獣に邪魔されることなく、有益な語らいができることだろう。

 

 

 

「いえ……こんなのじゃいけない……」

 

 と、そこで意を唱えたのは巴さん。

 

 やはり、キュゥべえそのものを排除しないと、奴の存在が気になって、話に集中できないということだろうか…………などと考えていたら、徐に巴さんが左腕を突き出した。

 

 何事かと身構えたが、すぐに魔法の力を行使しようとしているのはわかった。

 

 その証拠に、左手中指にはめた指輪形態のソウルジェムが、金色の光を放っている。

 

 そして――間を置かずして、数本のリボンが放出された!

 

 ふと脳裏に過ったのは、魔女の結界内で、僕とほむらを締め上げた拘束魔法。リボンでキュゥべえを締め上げるつもりだろうか? 

 

 だが予想に反して、数本からなるリボンの帯は、キュゥべえに伸びていくことはなく――テーブルの上でくるくる渦を巻き始めると、次第に形を成していき…………なんと!

 

 

 ティーセット一式に姿を変えたのだった!

 

 意匠を凝らした白磁のティーカップには、既に適量の紅茶とおぼしき液体で満たされている。

 リボンからマスケット銃を精製することができるのだから、ティーカップをつくり出すことぐらいわけないのだろうが、果たして、この紅茶はどこから呼び出したものなのだろう?

 まさか、この紅茶もリボンが変質したものなのか…………? 謎である。

 

「うん、やっぱり――皆でお話するんだったら、紅茶は必要不可欠よね!」

 

 巴さんは、満面の笑みを溢し、実に満足気だ。

 

 

「…………巴マミ……………………これは何?」

 

 眉を顰め、憮然とした調子でほむらが問う。

 ほむらの表情から察するに……魔力の無駄遣いも甚だしいと、暗に訴えているものと見受けられる。

 そういや、巴さんが魔女を仕留めたと早合点し、ポーズを決めていた時にも紅茶を飲んでたっけか。どんだけ紅茶が好きなんだ。

 基本的には聡明そうな子に見えるけど……案外……いや、何もいうまい。

 

 その軽く睨み付けるような視線を受け、巴さんは自身の落ち度に気付いたようだ。

 

「あら、いけない! 説明が遅れたわ。これはアールグレイ。ベルガモットという柑橘で香り付けされたフレーバーティよ。香りが少しきつめだから、本当ならアイスティーにして飲むのがお勧めね。でも抜かりはないわ。飲みやすさを考慮して少量、違う茶葉ブレンドしているから紅茶を飲みなれていない人でも――」

 

「そういう事ではなく」

 

 巴さんの口上を遮って、ほむらは言う。

 ほむらの渋い表情を見てとって、今度こそ彼女の言わんとすることを――

 

「そうよね、紅茶だけじゃ物足りないわよね。お茶請けが用意できればよかったのだけど……私の力が至らないばかりに……ごめんなさい」

 

 ――全く読み取れていなかった。

 

「だから……」

「大丈夫! 心配いらないわ! お砂糖はちゃんと控えめにしてあるわよ!」

 

「そうでもなくて」

「はっ! …………もしかして、暁美さん珈琲派?」

 

「………………いえ、紅茶派よ…………有り難く頂くわ…………いい香りね」

 

 ほむらが折れた!

 いろいろ物申したいはずなのに、ぐっと堪えてみせた!

 彼女にしては、大人の対応をしたものだ。

 

 形はどうあれ、これは巴さんの厚意に他ならないのだから、それで正解だ。

 全肯定しろとまでは言わないが、友好な関係を築いていくためにも、ある程度こういった気遣いぐらいできるようにならなくては。

 

 他者を拒絶し続けてきたほむらにとって、これは大きな前進となることだろう。

 

 などと上から目線で語っているが、僕も学校では浮きまくってるからな…………『人の振り見て我が振り直せ』とはよく言ったものだ。

 

 

 そんなやり取りを挟みつつ――――僕達も紅茶を頂くことにする。

 

 熱い飲み物が苦手なのか、懸命に息を吹きかけ冷まそうとしている鹿目さんの姿が愛らしく印象的である。

 あまり紅茶を飲むことがない僕だけど、これは相当に美味しい紅茶だというのは、一口で理解できた。

 市販されている、ペットボトルや紙パックの紅茶などとは、一線を画す味と香り。

 

 つーか、休憩スペースとはいえ、病院の敷地内でこんなお茶会を開くのは、常識的に考えてどうなんだろうと思わないでもないが…………気にしないことにしよう。

 

 

 キュゥべえの不用意な発言の所為で、鬱屈とした雰囲気になっていたけれど、美味しい紅茶を飲むことによって、随分と和やかな空気になってきた。紅茶効果も中々馬鹿に出来ない。

 

 魔法少女関連の物情騒然とした話題ではなく、ただの雑談になりつつあることも相俟って、自然と会話も弾む。

 

 

 

「ねぇ暦さん。さっきから気になってたんですけど」

 

 そんな折。ふと美樹さんが、何か聞きたげな素振りを見せてくる。

 

「気になるって……?」

「いえ、さっきからあたし達のこと、『さん付け』で呼んでるじゃないですか、それがちょっと気になって」

「そうですよ。わたし達中学生で年下なんですから、そんな気にしなくても」

「ええ、もっと気軽に呼んで頂ければ」

 

 美樹さんの意見に、鹿目さん巴さんが続けて同調する。

 初対面でいきなり呼び捨てってのも気が引けたので、中学生相手とはいえ一応敬称を用いてたのだが、彼女達的にはそんな気遣いは不要とのことらしい。

 

 

「と言われてもな……」

「何なら、あたしのことは、親しみを込めて『さやかちゃん』と呼んでくれてもいいんですよ!」

 

 小憎たらしい決め顔で、自称『さやかちゃん』はのたまう。

 

「いや、そうだな。お前に関しては、常々敬称は不要だと僕も思っていたところだ。人を敬う気持ちがない奴には、相応に対応するとしよう。となると……鹿目さんのような良くできた子を、美樹と同等に扱っていいものか……」

 

「なんかあたしの扱い、雑過ぎませんっ!?」

 

 美樹が喧しく喚いているけど、それは無視するとして、

 

「鹿目さんの呼び方なら、そのままでいいんじゃないか? 僕としては、何ら異存はないし」

「そんなぁ…………わたしのことも、ほむらちゃんみたいに名前で呼んで貰えたら、それはとっても嬉しいなって……思ってるんですけど…………駄目、ですか?」

 

 心底残念そうに落胆したのち――窺うような上目遣いを用いて訴えかけてきた!

 くはっ!! なんだ、この小動物のようなつぶらな眼差しは!!

 美樹が『猫』なら、鹿目さんは差し詰め『ハムスター』的なか弱い生き物だろう。

 

「駄目とは言わないけど……個人的には苗字でお願いしたいところ……かな」

「はぁ……そうですよね。やっぱり、ほむらちゃんと阿良々木さんとの、信頼関係があってこその呼び方ですもんね………………ほんとに二人は……お付き合いしていないんですよね?」

 

 まだ僕とほむらの関係が疑われていた!

 

「だからそれは誤解だってば。ほむらを呼び捨てにしてるのは、ただ何となくだって――ぐはっ! げほっげほっ!」

 

 そこで隣から肘打ちが入った。

 上半身だけの動きで、『残影拳』ばりの鋭い一撃を放つとは……。

 

「阿良々木さん? どうしたんです!?」

「まぁ大変! しっかりして下さい!?」

 

 咳き込む僕を、鹿目さんと巴さんが気遣ってくれる。ほむらによる犯行だとは、誰も気付いていないようだ。

 

 曖昧なまま放置するんじゃなく、ちゃんと誤解を解けってことですね…………僕と恋人関係だと間違われることが、どうしても許容できないらしい。

 気持ちは解らんでもないが、口で言って欲しいものだ。どうもこいつ、多人数だと会話に入ってこない傾向があるな。

 

 

「――大丈夫大丈夫…………あー、何となくじゃないか。えーっと、簡単に説明すると、僕には二人妹がいて、『火憐』『月火』っていうんだけど、二人とも、名前に『火』って文字が入ってる訳だ。でだ、『ほむら』も漢字で書くとよくわかるけど、それも『火』に関連した言葉だろ? そこになんか親近感のようなモノを感じてさ――個人的に気に入ったから名前で呼ばせて貰ってるってだけで、他に深い意図があるってことはないよ」

 

「そうだったんですかぁ。じゃあ、ほむらちゃんは、阿良々木さんにとって妹みたいなものなんですね」

 

 ほむらの事を妹だなんて思ったことは一度もないが、鹿目さんにしても、これは言葉の綾でそう言ったってだけで――変に突っ込みを入れ否定することもあるまい。

 巴さんもそうだが、ほむらのことも、あまり年下って感じがしないんだよな。

 ベクトルは違うが、二人とも年齢以上の貫禄が備わっている。

 

 ともあれ、今度こそは完全に納得してくれたようだ。よかった。これで、一息つける――

 

「『火憐』……『月火』…………『火』………『姉妹』………ってもしかしてっ!!」

 

 ――そう思って紅茶を口に運ぼうとしたその矢先――美樹が意味深な呟きを漏らし、何やら騒ぎ始めるのだった。

 

「どうしたの美樹さん? そんな大きな声だして?」

 

 美樹の横に座っている巴さんにしたら、耳元で叫ばれたも同然で、その大声に少し驚いているようだが、本当に驚くことになるのは、この僕だった。

 

「暦さんの妹って、あの名高い『(つが)の木二中のファイヤーシスターズ』じゃないんですかっ!?」

 

「…………!!」

 

 声にならない驚きで、驚倒する僕である。

 紅茶を口に含んでいなくてよかった。吐き出すところだ。

 

「『ファイヤーシスターズ』…………風の噂で訊いた事があるわ。『赤き炎の征裁(オーバーキルドレッドフレイム)』『死線の赫(デッドレッド)』などの二つ名を有する、『炎の姉妹』。その名に恥じぬ働きで、不良グループを壊滅させた数は両手では数えきれぬ程、それ以上に人命救助や、人助けを行ってきた『正義の執行者』……なるほど、阿良々木さんと血の繋がりを感じさせるわね」

 

「わたしも知ってます……同級生の子が助けて貰ったって話を訊きました」

 

 ほむらに関しては、無反応で情報を読み取ることができないが、巴さん、鹿目さんの二人も、『ファイヤーシスターズ』の存在を知っているようだった。

 

 まさか、こんな所まで妹達の噂が広まっているとは…………奴等の通う『私立栂の木第二中学校』は、どちらかと言えば自宅よりも、見滝原市の方が近いぐらいだしな――市を跨いではいるが、あいつ等の行動範囲を鑑みれば、十分見滝原市もテリトリーの内か……くそ!

 隣町の皆さんにまで迷惑かけてんじゃねーよ!

 

 それに何だよ二つ名って! そんなの初めて訊いたわ!

 

「そんな奇怪な通り名を持つような妹なんて僕は知らない! そもそも僕、一人っ子だったような気がする、あーうん。そうだ、間違いない。いったい何を勘違いしてたんだろうな。僕に妹なんていない!!」

 

「別に隠さなくてもいいじゃないですかー。中学生の憧れの的ですよ。勿論、あたしも憧れてますし!」

「奴等に憧れるぐらいなら、街の平和を模範的な振る舞いで護ってくれている、お巡りさんにしとけ! それが美樹、お前の為だ!」

 

「そうは言いますけど、通報しても中々来てくれないってよく訊きますし、受け身の精神じゃ、護れるものも護れない、正義の味方なら、率先して『悪』を成敗して然るべきでしょ。『ファイヤーシスターズ』こそ、『正義』の体現者じゃないですか」

 

 知ったような口を……警察の皆さんがどれ程大変な日々を送っているのか、知らない者の台詞だ。

 

「『ファイヤーシスターズ』を誉めそやすような発言はやめてくれ……奴等が図に乗るのは御免だ。調子に乗った分、火の粉が飛んでくる量も増える…………要らぬ面倒をしょい込むことになるのはもう懲り懲りなんだ。あんな破天荒な妹を持つ僕の身にもなってくれよ。あーほんと、妹なんていなけりゃいいのに…………ったく、いるならいるで、鹿目さんみたいな子が妹だったらなって思うけどね。理想と現実のギャップに僕は絶望するよ」

 

 美樹を(いさ)める言葉は、途中から、愚痴、願望へと切り替わっていた。

 

「わたしが、阿良々木さんの妹……ですか?」

 

 それに、鹿目さんが反応を示す。

 

「鹿目さんにしたら、迷惑な話だけどね」

 

「いえ、わたし、お兄ちゃんって憧れます! 弟はいるんですけど、年上の兄弟はいなっくって」

「そうなの。だったら僕が鹿目さんのお兄ちゃんになってもいいよ。美樹はごめんだけど」

 

「ほんとですか!? わたし嬉しいです!」

「なにをー! こんな可愛い妹、他にはいないでしょうに、失礼しちゃうわねー」

 

 社交辞令とはいえ、鹿目さんのような子に兄として慕って貰えるなら、これほど喜ばしいこともない。年上を立てることもできるなんて、やはり騒ぐだけの美樹とは違うな。

 

「まぁ冗談はさておいて――」

 

 とっちらかった話に収拾をつける為、取り敢えず区切りの一言を発しようとした、僕なのだけど――

 

「……暦お兄ちゃんかぁ」

 

 ――言葉の響きを確かめるような、鹿目さんの呟きによって遮断を余儀なくされる。

 呟くような声だけど、十分に声量はあり、この場に居る全員の耳に届いていることだろう。

 

「まどか?」

「ふぇ? 何さやかちゃん?」

 

「暦さんの話、訊いてた?」

「え? うん? お兄ちゃんになってくれるって! えへへへへへ。なんだか恥ずかしいな」

 

「あっちゃー訊いてないよこの子」

「え? え? えええ!? 訊いてないってなに!?」

 

 一連のやり取りから、鹿目さんの先の発言は、社交辞令でも何でもなく、本気で言っている事が判明した…………『冗談』だとは、伝わっていないようだ…………どうすんだよ、これ。

 

 

「あのね、鹿目さん?」

「駄目ですよぉ、『妹』を苗字で呼ぶなんて変ですよね。『まどか』でいいです。ほむらちゃんみたいに名前で呼んで下さい!」

 

 おっとりとした印象を受けていた鹿目さんだけど、意外とアグレッシブな一面も持ち合わせているようだ。まぁ強く言えば引き下がってくれるとは思うけど…………これで鹿目さんが喜んでくれるのなら、本人の希望を叶えてあげてもいいか。

 

「えっと、じゃあ…………まどかちゃん、で」

 

 別に呼び捨てでも構わなかったのだが、何となく鹿目さんのほわわんとした雰囲気には『ちゃん付け』の方があっているかなってだけの理由――

 

 ――でもないのかな……本妹(ほんまい)(血の繋がった妹【広辞苑より抜粋予定】)である愚妹の呼び方が『火憐ちゃん』『月火ちゃん』であるからして、無意識に、妹としての呼び方を踏襲したのかもしれない……ってここまで難しく考えるような問題でもないか。

 

「わあぁ! やっぱり名前で呼んでもらえるのっていいですね!」

 

 ともあれ、鹿目さん…………じゃなくて、まどかちゃんもご満悦のようだし、なんの問題もない。

 

 

 

 ああ………違った…………問題大ありだ。大問題だ。

 

 隣に座るほむらから、ただならぬ殺気が溢れだしている。

 そういや、まどかちゃんに近づくなって、念を押して言われてたっけ…………それが疑似的であれ兄妹としての関係を築き上げてしまったのだから、ほむらの心中も穏やかではないだろう…………僕、殺されるかもしれないな。

 

 

 

「……あの阿良々木さん」

 

 忍にもう少し血を与えて、不死力を強化しておこうか検討していると――対面に座る巴さんが声を掛けてきた。

 

「その…………私のことも『マミ』って名前で呼んで頂けたら」

 

 期待の眼差しを向けてくる巴さんではあったが、それに対して僕の見解は既に固まっている。

 

「申し訳ないんだけど、巴さんのような良識のある子を呼び捨てなんて無理無理。もうしばらくはこのままの呼び方でいかせて貰うよ」

 

「…………そう……ですか」

 

 肩を落とし、がっくりと項垂れる巴さん。

 

 そんなはっきり気を落とされると、申し訳ない気持ちで一杯になるけれど――正直な話、まだこの子を年下としてうまく認識できていないのだ。

 落ち着いた物腰は、中学生離れしているし……敢えては言及しないが、他にもいろいろと。というか、既に僕の中で呼び方が定着してしまっている。

 『もうしばらくは』とか言っているが、これは『前向きに検討します』とほぼ同義である。

 

「…………残念ですけど、阿良々木さんがそう仰るのなら」

 

 渋々ではあるが納得してくれたらしい。

 

 

 

 

 

 そうして、しばらくの間、テンションが沈み込んでいた巴さんではあったが…………

 

「大事な事を忘れるところだったわ!」

 

 急に何か思い出したようで、それに伴って、威勢を取り戻していた。

 彼女の中で、重要な位置づけの案件であることが窺える…………何事かと注視する僕達に向け――

 

「阿良々木さん、もしよかったら、携帯番号交換しませんか? 勿論、暁美さんも一緒に! 折角こうして『お友達』になれたんですから! 友達なら電話番号ぐらい知ってなきゃおかしいですよね!? ね!?」

 

 ――巴さんから斯様な提案がなされた。

 

 なんか、友達になるには電話番号の交換が必須条件とでも言わんばかりの論法だが……思い返してみれば、こうなった原因は、あの女――戦場ヶ原ひたぎの所為でもある訳か…………あれは……嫌な事件だった。

 

 

「うん、構わないよ」

 

 このお誘いを、断る理由など一つもない。

 

「…………そうね。魔女と戦うにあたって、情報のやり取りも必要になってきそうだし、異存はないわ」

 

 申し出を突っぱねることも、十分に考えられたが――戸惑いを示しながらも、ぶっきら棒に承諾するほむら。

 よし、最悪の事態は免れた。もし、断りでもしたら、目も当てられない惨状になったことだろう。

 巴さんの精神崩壊が起こったとしても、なんら不思議はなかったからな。

 

 そして、流れに乗じて、まどかちゃんと美樹もこの案に賛同し、結果として、全員で携帯番号交換会が開かれることになった。

 

 

 

 本来ならば、『赤外線機能』を使用することによって、簡単に番号の交換が可能な筈だったらしいのだけど(機種変更して一カ月近く経つが、今一つ携帯の機能を使いこなせていない)――なぜか、その『赤外線機能』を使用しての交換に、巴さんが異議を唱え、手作業で登録していくことに。

 

 今一つ言っている意味が解らないのだが、

 

「赤外線は駄目よ。しっかり手打ちで登録しないと――赤外線だと、途中で混線することがあるみたいなの。つい先日、鹿目さんと美樹さんの番号を登録した時に、名前が入れ替わって登録されていて…………ああぁ…………ほんと恥ずかしい……今思い出しただけでも顔から火が出そう…………あんなにも時間をかけて打ったメールが逆に届くなんて…………」

 

 そんな、摩訶不思議な現象が起こったらしい。

 その出来事を思い出して、巴さんが身悶えていた。

 

 しかし赤外線で混線とかありえるのか? どちらかと言えば、手打ちで登録した方が、まだ間違いようはありそうだけど…………。

 

 つーか、さっきから巴さんの説明中に、ほむらがやたら咳き込んでいるんだが、大丈夫かこいつ?

 

 

 ともあれ、こんな訳で――顔を突き合わせて番号とアドレスを交換していく。

 

 操作途中で液晶画面のライトが消えて、文字が見えなくなるは、アドレスが無駄に長く、英文字の羅列が大半を占めるものだから、打ち込むのにも、結構な集中力と時間を要するな。

 慣れない携帯の操作に悪戦苦闘しながらも――なんとか順次、登録を終えていく。

 

 

 巴さんのアドレスの意味(全部イタリア語由来の言葉だった)を訊いたり、僕の打ち間違いでメールが届かないのを美樹にからかわれたり、携帯の操作を手こずるほむらに、まどかちゃんが付きっきりでレクチャーしてたりで――なんだかんだあったけれど、結構いい雰囲気だよな。

 

 ほむらも表情を平静に取り繕っているが、なんだか楽しそうだし、巴さんなんか番号(友達)が増えた事がよほど嬉しいのか、喜色満面の笑みを浮かべている。

 

 

 終わり良ければ全て良し。

 

 今日一日を締めくくる、最良のイベントじゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて――――

 

 

 

 そんなふうに思っていた時期が……僕にもありました。

 

 

 

 

 

 一日を締めくくるには、まだ早かった。

 

 そいつは――予兆もなく現れた。

 

 気付いた時には、もう其処に居て、人知れず行動を開始していたのだ。

 

 

 

 『カシャ』と、そんな音を耳が拾う。その音の正体はすぐに、カメラのシャッター音だと把握できた。誰かが、携帯の操作を誤って、はずみでシャッターボタンを押してしまったのだろうか? 

 

 そう思いもしたが、すぐにその考えを打ち消す。

 位置関係ぐらいは把握している。

 わざわざ席を立って移動しない限り、そんな方向からシャッター音が聴こえてくるはずはないと……!

 

 だったら……僕は音の出処を確かめようと、首を巡らせる…………そして――驚愕した。自分の目を疑った。

 

 

「………………なんで――」

 

 携帯を顔の前に翳すように構えているのは、顔を隠そうなんて意図ではなく、ただ単純に、カメラ機能を使用して、撮影した直後だったからだろう。

 だが、少し顔が隠れたぐらいで、見間違える筈もない!

 

 その人物に、僕は戦慄せずにはいられない。巴さんに至っては、トラウマスイッチが作動して、顔面蒼白、身震いまでしてるじゃなねーか!

 魔女の偉観を見た時以上の怯え具合だ。

 

 腰元まで伸ばした、艶やかな黒髪。

 何を考えているのか、全く予測出来ない、鉄面皮。

 

 僕の視線の先に居るのは、此処に居る筈のない人物。

 

 見慣れた(と言う程見てもいないが)制服姿ではなく、白を基調とした清楚な私服姿で――だけど……その、どこぞのご令嬢のような見た目に反して、その性格は凶暴かつ破綻しており、人類稀に見るほどの毒舌を有する女。

 

 

「――なんでお前がこんなところに居るんだよっ!! 戦場ヶ原ひたぎっ!!!」

 

 

「あらあら、これはこれは。中学生をこんなにもはべらせて、鼻の下をのばした不埒な男がいると思ったら、阿良々木くんじゃないの」

 

 白々しくも『たった今、気付きました』みたいなノリで、惚ける戦場ヶ原ではあるが――

 

「だったら、なんでカメラで撮影したんだよ!! いったいどういう了見だよ、こら!」

 

 どうみても意図的な犯行だろ!

 

「別に校内掲示板に張り出して、阿良々木くんを強請(ゆす)ろうなんて、そんなこと考えていないわよ!」

「脅迫材料にするつもりかよ!!」

 

「実家に郵送して、阿良々木家をしっちゃかめっちゃかにしようだなんて、思っていません」

「金か!? 幾ら欲しいんだ!? ってそんな事はどうでもいいんだよ! 話を戻すぞ戦場ヶ原。もう一度訊く! なんでお前がこんな場所に居るのか訊いているんだ!?」

 

「阿良々木くんに、私の行動を律する権限があるなんて知らなかったわ。何処に居ようとも私の勝手でしょ」

 

 相変わらずの冷めた調子で、戦場ヶ原は言う。

 だが、その泰然自若とした冷淡な対応に、僕の方は更にヒートアップだ! 

 

「そんな事を訊いてるんじゃない!!」

「偶然よ」

 

「……偶然、だと?」

 

 にべもなく戦場ヶ原はそんな風に答える。これは馬鹿にされているのか?

 

「何をぬけぬけと……! こんな偶然あり得るかっ!!」

 

「阿良々木くんが何をそんなに、訝しんでいるのか定かではないのだけど……私は病院で検査を受けていただけよ。この『見滝原総合病院』は日本有数の施設を誇る病院なのだから、当然でしょ? 私の患っていた『病』を知っている阿良々木くんなら、この意味が解る筈。まぁ結局なんの成果も得られない、退屈かつ無意味な検査なのだったから、場所に拘る意味はなかったのかもしれないわね」

 

 鼻息荒く、息巻いていた僕ではあったが、戦場ヶ原の話を訊いてみる限り、思いの外というか、至極真っ当な理由じゃねーか。

 

 そうだった。戦場ヶ原が抱えていた『重さ』の問題――『蟹』に纏わる諸問題は解決したけれど、それは『病気』として扱っていたのだから、“ポーズ”としての経過観察が、どうしても必要となってくる訳で…………戦場ヶ原は、あれからずっと学校を休んで、病院で精密検査を受けていたのだ。

 

 僕等の住む田舎町の小さな病院では、『原因不明の難病』なんて診断できないだろう。そうなってくると、最先端の医療機器が備わった『見滝原総合病院』を選ぶのは必然のことだったのだ。

 

 『偶然』などではなく『必然』。

 戦場ヶ原ひたぎが、この場所に居ることは、全くおかしい話ではない。

 

 

「寧ろ、私の方が驚きよ。こんな隣町の病院で――――阿良々木くんが一体全体、何をしているのかしらね?」

 

 

 




※作中の二つ名は『戯言シリーズ』を参考にしています。
 玖渚友『死線の蒼《デッドブルー》』
 哀川潤『赤き征裁《オーバーキルドレッド》』

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