【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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アタック(attack):【来襲・攻撃する】【(異性に)アプローチする】


ひたぎアタック~その1~

~035~

 

 僕は椅子から立ち上がり――善良な中学生(特に巴さん)を庇うように一歩前に進み出る。

 

「何をって…………ただの野暮用だよ……」

 

 戦場ヶ原の問い掛けに対し、尤もらしい嘘を吐くこともできず――咄嗟に出てきたのは、こんな苦し紛れの言葉だけ。どう言い訳しようか、いろいろ考えてみるが……何も浮かんできやしない。

 

 じっと値踏みするように、僕を()め付ける戦場ヶ原。見据える鋭い双眸は、猛禽類のそれを彷彿とさせる。

 

「そんないい加減な説明で、この私が納得するとでも思っているのかしら?」

 

 断じて、思わない。

 こんなはぐらかしが通用するような、物分かりのいい女ではないってことぐらい、百も承知だ。

 

「まぁ、大凡の推測は可能よね。阿良々木くんの足下に転がったその獣と、其処に座った金髪の彼女は見覚えがあるし、それらを踏まえてみれば、阿良々木くんがこの『見滝原』に居る理由は自ずと見えてくる――確かに、通っている中学の名前は口にしていたけれど、それだけの情報で、まさかこんな隣町まで乗り込むなんて、驚きね」

 

「……それは」

 

 僕が明かすまでもなく、戦場ヶ原はこの状況を察していた。

 見滝原市で、僕一人と会っただけならば、そこまで疑われることも、深読みされることもなかったのだろうが……巴さんと、おまけにキュゥべえまでもがこの場に居合わせている。

 

 容易に関連付けることは可能か……。

 

「阿良々木くん。そんなにも中学生とお近づきになりたかったのね。相手の秘密を握ったのだし、付け入りやすい口実だったのは解るけど、それにかこつけて中学生と、しっぽりムフフな関係を築こうとするなんて、下衆の極みね」

 

「待て! いろいろ待て! おかしいだろ! 僕が不純な動機で中学生に近づいたとでもお前は言いたいのか!? 勝手な憶測で、僕の評価を下げるのは止めて頂こうか! 人聞きが悪いわ!」

 

 魔法少女であることをバラされたくなかったら、言う事を訊けとかなんとか、僕が脅したとでも思ってるのかよ……全然察してないじゃねーか! 

 

「違うの?」

 

 澄ました表情で戦場ヶ原は首を傾げる。

 

「当たり前だっ! そんなわけあるかよ!! 僕がこの町にやってきた理由は……」

 

 っと、危ない危ない。思わず、弁解しそうになってしまった。

 

「あら、教えてくれないのね――残念」

 

 言葉とは裏腹、ちっとも残念そうじゃない。

 

 遅蒔きながら気付いたが……さっきのふざけた見解は、計算の内か。

 汚名を着せられれば、誰だってそれを是正したくなるというのが心情――その心理を見事についた、高度な誘導尋問だったのだ!

 

 知ったつもりでいたけど、改めて恐ろしい女だと認識させられる。

 

 

「暦さん。其方のお姉さんは? 知り合いっぽい感じですけど、どなたなんですか?」

 

 会話が途切れたのを見計らって、この中でも好奇心旺盛な美樹が尋ねてきた。蚊帳の外にいるのが耐えられなくなったようだ。

 

「ああ、ごめんごめん、置いてけぼりにして話し込んじゃって――えっと……必要はないかもしれないけど、一応紹介しとくか………………」

 

 ほんとは、紹介なんかしたくないけれど。

 

「この女は戦場ヶ原ひたぎ。僕のクラスメイトで――」

 

「――互いの『恥部』を見せ合った間柄よ」

 

 僕の言葉を勝手に引き継ぐかたちで、戦場ヶ原は言った。

 今まさにご飯を頬張ろうとしているのを、横から奪われ、代りに異物を口に放り込まれたような気分………………なんだかなぁ。

 

 戦場ヶ原の言う『恥部』というのは、大きく分けると二通りの意味を含んだ語句だ。

 一つは、『人には知られたくない、恥ずべき部分』要は『秘密』を指す言葉。もう一つは『陰部』――つまり、男女に於ける『生殖器』を指す単語でもある…………今回用いた意味合い的には、前者を指すのだとは思う。

 

 

 言葉のチョイスを少し間違えただけで――僕で言えば『吸血鬼』、戦場ヶ原で言えば『蟹』の問題を、お互いに披瀝(ひれき)し合った関係だと言いたい訳だ。

 

 言い換えれば“秘密を共有し合った仲”であると。

 

「そうそう、些細な切っ掛けから、お互いの内情を知ることになった仲なんだ――だから『ただのクラスメイト』ってだけの、稀薄な関係ではないんだけど、まぁ言う程深い意味はないよ」

 

 だとしても、他者がそれを一瞬で判別することは難しい。

 妙な勘違いが生じかねない言い回しであるのは間違いないわけで、僕としても、このままスルーすることはできず、しっかりと補足を入れておく。

 我ながら、機転が利いている。

 

「阿良々木くん、そういう意味じゃないわよ」

 

 が、すぐに戦場ヶ原から訂正が入った。

 

「私が言っているのは、親も居ない二人っきりの部屋で、阿良々木くんが私の裸を見たって話よ。私の裸体をガン見してたでしょ?」

 

 まさかのまさか! 後者の意味じゃねーかっ!!

 

 『重さ』の問題を忍野に相談した際のとある一場面。

 忍野からの指示で、『蟹』――『神様』への礼儀、神前での儀式を行うにあたって、身を清めてくるように言われ、戦場ヶ原の家で禊ぎとしてシャワーを浴びることになったんだけど…………シャワーを浴び終えた戦場ヶ原は、着替えを持って入るのを忘れたとかの理由で、脱衣所からすっぽんぽんの姿で、僕の前に現れたのだ。

 

 だから、戦場ヶ原の裸を見たということは、紛れもない事実なのである。

 

「それに、私も私で、阿良々木くんの一物(いちもつ)を拝見させて貰った訳だし」

 

 男の子として大切な部分は隠せたと思っていたけれど、見られていたのか…………いや、こいつ、僕のシャワー中に、覗きを働いたんだぜ……どんな女子高生だよ。

 

 でも僕から言わせて貰えば、『見せ合った』は違うだろうに……一方的に見せつけられ、一方的に見られたって感じだ。

 

 故に、猥褻な行為に及んだということは一切ないわけで。

 

「戦場ヶ原! 有らぬ誤解を誘発するような物言いをするんじゃない!」

 

 事実ではあるが、僕と戦場ヶ原の間にある裏事情を知らない――知る由もない健全な女子中学生達に、邪推されてしまうではないか!

 

「何よ。白を切るつもり? あの夜、私の事、      したくせに!」

 

「待て! 不自然な空白を入れるんじゃねぇよ!」

 

 反転しても文字なんかでてこないんだからな!

 

「なにか如何わしいことでもしていたと、勘違いされるだろうが!! お前の諸々の発言からは、僕を陥れようとする、明確な悪意が感じられるぞ!!」

 

「ふふ。阿良々木くんはいったいこの空白に、どんな言葉を入れたのかしら? 気になるわね」

 

 僕の抗議を訊き流し――戦場ヶ原は、不敵に笑う。逆に僕は、顔を顰めるしかない。

 

「うるせぇ! 妙な誤解をされたらどうしてくれるんだ!?」

 

 

「二人きりの部屋で……シャワーを浴びて…………恥部を見せ合うって…………これって、もうアレだよね――きゃーまどか! きゃー!」

「さやかちゃん、痛い痛い……そんなに強く叩かないで……――暦お兄ちゃんはもう高校生なんだし…………そういったことぐらい……」

 

 美樹がまどかちゃんをばしばし叩き付け、異常にテンションを上昇させている。それとは対照的に、まどかちゃんは、恥じ入った表情で赤面していた。

 

「って、もう手遅れじゃねーか! お前の所為だぞ戦場ヶ原!」

 

 ただ、ほむらは相も変わらず無反応で、探る様な視線を向けてくるだけ。巴さんは戦場ヶ原の存在に、未だ怯えた様子で、この不毛な会話は耳に入っていないようだけど。

 

「何でもかんでも人の所為にするのは頂けないわね。私は事実しか言っていないのだし、まぁ阿良々木くんの人となりから判断されたのだから、これって自己責任よね。『火の無い所に煙は立たぬ』とよく言うのだし、私を責めるのはお門違いってものよ」

 

「いいや違う! お前がしてるのは、『叩けば埃が出る』だ! 無罪の人間を吊るし上げるような真似はやめろ! 僕が何をした? そんなに僕の事が嫌いなのか!?」

 

「そんなことないわ。私、阿良々木くんのこと、好きよ」

「え?」

 

「私の軽口に狼狽えて、滑稽な姿を晒す阿良々木くんを観ることは、至上の享楽よね。これを今後の人生に於ける、生き甲斐にしようかと考えているぐらい、阿良々木くんのことを好いているわ」

 

「………………」

 

 面と向かって異性に好きとか言われて、一瞬ドキッとしてしまった初心で愚かな、自分自身が情けない。完全に弄ばれていた。

 

「あら? 『これからも、阿良々木くんと一緒にいたい』という旨の発言だったのだけど、どうも、反応が芳しくないようね」

 

 僕には『命尽き果てるまで、奴隷のように扱ってやる』と同等の発言にしか聞こえなかった。

 無益な言葉の応酬に、精神的な疲労が蓄積されていく。その一方、戦場ヶ原は、間違いなく愉しんでいた。

 こいつ、『愉悦部』の会員じゃないだろうな…………。

 

 シャーデンフロイデ――他人の不幸は蜜の味。なんて嫌な生き方だ。

 

 

「でも……知らなかったわ――阿良々木くんって真性のロリコンだったのね」

「なんで僕がロリコンなんだよ!」

 

 たかだか中学生と面識を持つだけで、ロリコン呼ばわりされてはかなわない。

 

「いえ、中学生の女の子に『お兄ちゃん』と呼ばせて悦に入っていたじゃない。あの子、阿良々木くんの妹さんって訳じゃないわよね? これをロリコンと呼ばずしてなんと言うの?」

「…………いや……ほら……話の流れでさ、別に僕が強要したわけじゃないんだって」

 

「強要はせずとも、容認はしたのでしょ。そんなの傍から見れば、一緒よね――ろりり木くん」

「……………………」

 

 ぐうの音も出ないとはこのことか。

 

「戦場ヶ原さん……僕に落ち度があったのは重々に理解しましたから、その呼び方は止めて頂けないでしょうか」

 

「仕方ないわね。じゃあ……こうしましょう、幼児性愛者の阿良々木くん」

「誰がより表現を露骨にしろと言った!? まだロリコンと呼ばれた方がマシだ!」

 

「あらそう。ならロリコン癖のある阿良々木くんで」

「いや、マシって言ったけど、そういうことじゃなくてさ」

 

「なに、嫌なの? 言ってみれば、ただの子供好きよ。気にし過ぎじゃない?」

 

「そんな好意的解釈をする人間がいるわけないだろ! つーかお前自身、蔑称として使用していただろうが! 絶対にやめろよな。そんな呼び方が定着して…………もし罷り間違って、校内で呼ばれようものなら、そこで僕の学生生活はお終いだ!」

 

「それは、フリ……かしら? その期待に応えるぐらいの優しさは持ち合わせているわよ」

「やめろっつってんだろ!」

 

 

 

「それで――阿良々木くんが見滝原まで遠征している事情は、やっぱり教えてくれるつもりはないのかしら?」

 

 脱線していた話を、戦場ヶ原が元に戻した。些か強引ではあるが、この手並みの良さは見習いたいものだ。

 

「ああ。教えるつもりはないよ」

 

 でも、ここは突っぱねるしかない。

 

 僕は努めて、実直な声音で述懐する。

 

「戦場ヶ原。悪い事は言わない。お前は関わるな。折角、『病気』も治って普通の生活に戻れたんだ。わざわざ危ない橋を渡る必要もないだろ。お前には関係ない……いいや、お前は関与しちゃいけないことなんだ」

 

 ほむらからすれば、『お前が言うな』って感じかもしれないが。

 

 

「逆説的に言えば――阿良々木くん自身は、危ない橋を渡ろうとしているって事ってことよね。まぁそこまで頑なに話したくないと言うのなら、そうね…………わかりました――」

 

 納得したのか、していないのか、そんな曖昧な相槌をうって思案するように戦場ヶ原は黙り込む。

 そして、数秒の間を置いて――

 

「もう無理に詮索するようなことはしないわ」

 

「よかった、それは助かる」

 

 意外や意外。僕の言葉を聞き届けてくれた――

 

 

 

 

 

 ――なんてことは勿論なく、

 

「方法なら幾らでもあるのだし」

 

 すかさず、不穏当なこの発言。

 

 これは『手段を選ばなければ、訊き出す手段は幾らでもある』といった意味合いに他ならない。

 背筋に嫌な汗が流れ、自分の表情が引き攣っていくのが分かる。嫌な予感しかしない。

 

 そして、彼女がとった方法は――

 

「キュゥべえ! 知っている事を包み隠さず、話しなさい」

 

「なっ!」

 

 照準を僕から、簡単に口を割るであろうキュゥべえに切り替えやがった!

 訊かれたことなら、無頓着に答える奴の習性を、戦場ヶ原は既に把握済みだ。

 

 だが彼女の思惑は外れることになる。

 

 キュゥべえは戦場ヶ原の言葉に反応を示さない。

 いや、首を巡らし視線を寄越しはしたが――沈黙を貫いていた。

 

 どうやら……ほむらからの『お喋り禁止令(めいれい)』を全うしているようだ。

 

 

 

 まぁ当然………キュゥべえの意志ではないにせよ、戦場ヶ原からしてみれば、無視されたようにしか感じられない訳で……自分の言葉を蔑ろにされたと、そう判断した戦場ヶ原の行動は素早かった。

 

 自然な足取りで僕の方へ――というか、キュゥべえに接近し、無言で脚を振り下ろし――踵の尖った靴(パンプス)で躊躇なく、踏みにじる。

 

 ただ単に『踏みつけている』のではなく、キュゥべえの頭部を執拗なまでにぐりぐりと『踏みにじっている』のだ……悪意の度合いが半端ない。

 

 人の頬をホッチキスで綴じることができてしまう、彼女の凶悪な特性を既に知っている僕は、まだ耐性ができているからいいとして――幼気な女子中学生達(ほむらを除く)は実に引いている。

 

 

「…………おい、戦場ヶ原。やめてやれ」

 

 これはキュゥべえを庇ったのではなく、こんな陰惨な光景を見せ続ける訳にいかないという、少女達への配慮からだ。現に、巴さんが「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、絶賛トラウマ更新中だ。

 

 だけど、僕の制止の声を戦場ヶ原が簡単に訊きいれてくれる訳もなく――

 

 もうこれは……こちらが折れるしかないだろう。

 

「わかった。僕の負けだ。ちゃんと説明するから――足をどけてやってくれ」

 

 手段を選ばないと宣言した戦場ヶ原が、更なる方針を開拓する前に――被害を最小限に抑えるのが賢明というもの……これは、適切な判断だったはずだ。

 

 実害を被っているのが、キュゥべえだけで済んでいる間に、諦めた方が身の為なのだ。

 

 

 

 

 

 


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