【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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マッチ(match):【勝負】【好敵手】【マッチ棒・ロウソクの芯(の意)】


きょうこマッチ~その1~

~040~

 

 美樹はうつ伏せに倒れ込んだ体勢から、立ち上がろうと必死になっている。

 あまりの凄惨な有り様に、最悪の可能性が脳裏に過っていたが、どうやら息はあるようだ。だけど……最悪の事態には至っていないとはいえ、彼女が満身創痍なのは火を見るよりも明らか。

 

 元々は白いマントだった筈なのに…………その大部分が赤く染まっていた。

 当然、それは染料などではなく、彼女自身の血液だ。

 

 それでも――手元に転がっていた(サーベル)を杖代わりに、美樹は立ち上がってみせた。

 

 息も絶え絶えな、荒い呼吸。あらゆる箇所から滴る多量の紅血が、足元に血だまりを形成していく。

 身体には鎌鼬(かまいたち)にでもあったかのような切創(せっそう)が、痛々しくも無数に刻まれている。

 

 いや、鎌鼬でもなんでもなく……身の丈を越える程の長槍によって、刻み込まれた傷痕か。

 

「おっかしいなぁ。どうなってんの? 意識を刈り取るには、もう十分過ぎる程痛めつけたつもりなんだけどぉ、普通なら再起不能っしょ? 幾ら何でもしぶと過ぎるんじゃないの?」

 

 その長大な得物を肩に担いだ魔法少女は、顔を顰め嘯く。

 年の頃は、美樹とそう変わらないように見えた。

 ノースリーブ型の深紅の衣装に、赤みを帯びた長髪を後頭部で一つに纏め、黒い大きなリボンを付けている。胸元にはルビーのような煌めきを放つ宝石が――彼女のソウルジェムだろうか。

 

 

「杏子も知っての通り、彼女は癒しの祈りを契約にして魔法少女になったからね。他の魔法少女よりも、特化した回復能力が備わっている。ほら、傷口がもう塞がりつつあるよ」

 

 少女の疑問に答えたのは、キュゥべえだった。どうやら名前は『杏子』というらしい。

 確かに、奴の言う通り、美樹の身体にあった裂傷は、擦り傷程度まで治癒されており、溢れだしていた筈の血も、既に止まっていた。

 

 あと数十秒もすれば、完治するのではないだろうか。

 吸血鬼化した僕の有する、治癒速度には及ばないものの、常軌を逸した回復力だ――素人判断は危険だが、命に別状はなさそうである。

 

 とはいえ、まだ意識が朦朧としているようで、視線も定まっていない。

 

「ふーん、耐久力だけは人一倍って訳ね。なにそれ、弱っちい癖に、手間が増えるだけじゃん! 無駄に魔力が嵩むだけってこと!? はぁ、ったく鬱陶しい――――で、何アンタ?」

 

 声を荒げ、苛立ちを露わにしていた少女――杏子が、すっと視線を向けてくる。

 鋭く細められた険しい双眸が、僕を射抜く。

 接近した僕の気配は、気取られていたようで、牽制がてらに、穂先が突き付けられた。

 

 

 つり上がった目尻と勝ち気な瞳は、獲物を狙う猫のようだ。とはいっても、醸し出される荒々しい雰囲気は、『猫』よりずっと大型で獰猛な『豹』なんかを想起させるけれど。

 口を開くたび見え隠れする、八重歯は、牙のように鋭い。

 あまり淑やかな印象は持てそうにないタイプの少女だった。

 

 

「怪我したくないんなら、さっさと失せな」

 

 横柄な口調で、脅しをかけてくる。

 男と女、年上と年下。そんなモノは微塵も考慮していない、強者としての言葉だ。

 

「そうはいくか。美樹をどうするつもりだっ!?」

 

 殺傷力の伴った武器の存在に圧され、怯みそうになる心に喝を入れ、声を張り上げる。

 そうしなければ、恐怖で心が埋め尽くされてしまう。

 眼前に迫った刃物は、先端恐怖症でなくとも、恐怖でしかない。不死性を帯びているとはいえ、そう簡単に割り切れるものじゃなかった。

 

「美樹? ああ、そいつのこと?」

「事情は分からないけど、もう勝負はついてるんだろ。同じ魔法少女同士で争って何になるんだよ。もしこれ以上美樹に手を出すようなら、僕はお前を――」

 

「『許さない』とか言っちゃうわけ? 超笑えるんですけど」

 

 僕の言葉を遮り、あからさまに嘲弄してきやがった!

 そして、いつの間にか手に持っていたたい焼きを、頭の方から(かぶ)り付く。一口で魚の頭部が消えた。

 十分に咀嚼し、飲み込むと、唇に付いた餡子を舌で舐めとる。

 会話の最中に腹ごしらえを開始するとは……どこまでもふてぶてしい。

 

「アタシ達、魔法少女の素性を知ってて、このお目出度い頭をしたボンクラの関係者ってことは…………そっか。最近現れた男のイレギュラーってのはアンタだね!」

 

 こんな情報を流布する奴となると……心当たりは一つしかない。守秘義務を課していた訳ではないが、あまりいい気分ではないな。

 

「部外者は引っ込んどいてくんない? 何のつもりか知んないけどさぁ、迷惑だって分かってる?」

「迷惑? いつ僕がお前に迷惑をかけたよ」

 

「アンタもこいつと一緒になって、魔女狩りに手を貸してるんだって? それ、困るんだよね。魔女はまだしも、使い魔まで見境なく狩られちゃぁさ。さっきも、そこの馬鹿に教えてやったけど――グリーフシードを孕んだ魔女が雌鶏なら、使い魔は(ひよこ)みたいなもの。雛が卵を孕んでる訳はないし、成長する前に締めてちゃ、鶏の数が減少する。そしたら、卵が取れなくなって、結果的にアタシのとこに回ってくる取り分が減る。この理屈、分かるよね?」

 

 言っている意味は分かるけど、それは……つまり――

 

「使い魔が魔女に成長するまでの悪行を見逃せってのか? 人が……犠牲になるんだぞ?」

「だから、何?」

 

 悪びれた様子もなく、訊き返される。

 

「何って、魔法少女は……平和を守る為に魔女と戦って……」

 

「はぁ? まさかとは思うけど、魔法少女が慈善事業団体とでも勘違いしてんの? あ、そう言えば、そんなもんを標榜する『紅茶馬鹿』が、この町にはいたっけ。んな甘っちょろい考えを持ってる奴がいるから、周りにも変に感化された同類が現れるわけか」

 

 

「マミさんは、間違ってなんかないッ!!」

 

 悪し様な物言いに対し反駁(はんばく)する、怒気を含んだ声が響き渡った。

 混濁状態だった美樹が、意識を取り戻していたみたいだ。

 憧れとも言える人物が貶されたことに、怒りが爆発したってところか……喋るだけでも苦しい癖に、無茶しやがって。

 

「美樹! お前大丈夫なのか?」

「うん……平気――暦さん…………こいつは魔女に襲われる人たちを……見殺しにするつもりなんだ。私利私欲でしか行動しない……性根から腐りきった考え方しかできない奴なんだよ。そんな身勝手な奴に、あたしは負けられない!」

 

「ふーん。まだやろうっての。その根性だけは認めてやってもいいけどさ、ちゃんと力量の違い位は推し量れるようになったほうがいいんじゃない? ま、やるってんなら、徹底的に叩き潰してやるけどね!」

 

 口端を吊り上げ嗜虐的な笑みを浮かべる杏子。

 残りのたい焼きを口に放り込むと、槍を構え、臨戦態勢に入る。

 

 それに対して美樹は――語調こそ勇ましいものだったが、身体の芯に残ったダメージは抜けていない様で、まだ立っているのがやっとといった感じだ。

 どう見ても戦えるような状態じゃない。

 

「待てって! 美樹も落ち着け。もっと穏便に話をだな――」

「煩いよ。何ならアンタから先に、ブッ潰してやろうか?」

 

 ギロリと視線だけで威圧をかけてくる。

 

「彼をあまり甘くみないほうがいいよ」

 

 と――そこで予期せぬ横やりが入った。

 声の主は、キュゥべえ。

 

「何それ、どういうこと?」

 

 キュゥべえの忠告に、杏子が訝しげな表情で問い返す。僕の心中も同様だ。何言ってんだこいつ。

 

「どういう理屈かは僕にもわからないけど、彼は巴マミが苦戦する程の魔女を倒してみせた逸材だ。一概に言えた話じゃないけど、彼は、巴マミを凌ぐ程の力量の持ち主なのかもしれない」

 

「へぇ、そこまでは訊いてなかったね。あのマミを…………使い魔をこそこそ狩ってるってだけじゃないんだ」

「そうだね、彼の力が未知数である以上、君とはいえ油断すれば、危ないかもしれないよ。特に彼が扱う『刀』には気を付けた方がいい」

 

「刀って……あいつ何も持ってないじゃん」

「君達魔法少女も、魔法の力で武器を創り出すことができる。多分、彼にもそれと同等の力が備わっているんじゃないのかな?」

 

「ふん。張り合いのある相手って言うなら、そんなのどうだっていいけどさぁ。最近腕が鈍ってきたみたいだし、丁度いいよ」

 

 キュゥべえの言葉は、杏子を諌める類の言葉だった筈なのに、なぜか、逆に闘争心を焚き付ける結果になっていた。つーか、過大評価も甚だしいって!

 

「よし、決めた。まずはアンタから相手してやる。ちったぁ楽しませてくれんでしょ!?」

 

 完全に標的が僕に定められていた。

 事を荒立てるつもりなんて一切なかったのに……どうしてこうなった!?

 

「ちょっと待ってよ! 暦さんは関係ない! あんたの相手はこのあた……うっ……」

 

 異を唱える美樹の口上が途中で呻き声に変わり――お腹を抱えて(うずくま)る。

 それもそのはず――美樹の腹部に、“間合いの外”から飛び込んできた、槍の石突(柄の底)が減り込んでいる。

 

 ただの槍に見えていた杏子の得物が、一瞬にして、多節棍に変形していた。

 仕込まれていた鎖の分だけリーチが伸びたってことか――石突の金具が分銅的な役割を果たし、不意打ちに、腹部へ一発。これは悶絶ものだろう。

 

「人が折角やる気になってんのに、水を差すんじゃないよ。ほんとうぜぇー奴」

 

「これ以上美樹に危害を加えるな。お前のお望み通り、相手になってやるからよ」

 

 握った拳に爪が食い込み、頭に血がのぼっていくのが分かる。だけど、激情に身を任せ、無策で飛び込んではいけない。どうにか衝動を押さえつけ平静を保つ。

 

 こんな時こそ冷静に――判断を見誤るな。

 美樹が手も足も出ない相手に対し、僕如きに何ができるのかを考えろ。

 杏子が美樹に勧告したように、『力量の違い』を弁えなくてはならない。

 

 ならば――僕は、僕に出来る事をするしかない。

 

 

 

 

 

 

 

~041~

 

 美樹には大人しく静観するよう、僕の方から強く言い含めておいた。

 年長者としての権限で、半ば無理矢理従わせた形だ。

 今は路地の壁に身を預け、安静にしている。

 

 外的損傷に関しては、優れた自己治癒能力のお陰でほぼ完治しているが、多量に出血したことにより、貧血を起こしている。体力も著しく低下しているので、これ以上杏子と戦えば、どうなるか…………。

 

 

 故に、僕が杏子に負けることは許されない。

 僕がやられれば、自ずと次の標的になるのは美樹になる。

 何としてでも彼女を護らなければならない。それは絶対条件だ。

 

 方針は決まった。

 あとは、僕がどこまで上手く立ち回れるかに掛かっている。

 

 

 

 

「少し待ってくれ。刀を用意する」

 

 杏子に対し、僕は一方的に告げた。

 そして、今度は、忍に対してだけ聴こえるような小声で、指示を送る。いや、指示というより懇願と言った方が正しいか。

 小声でぶつぶつと呟いている様子は、ともすれば、刀を用意する為に用いた詠唱のように映ったかもしれない。

 

 キュゥべえの発言により、僕は刀を扱う人物だと認識されている。

 然るに、杏子の要求である『強者との真剣勝負』に応える為にも、刀を使用しなくてはなるまい。

 これはこれで、僕にとっては好都合。

 

 忍の愛刀『心渡』ならば、すぐに取り出すことは可能だけど(忍の認可は必要)、『心渡』は“怪異”に対してのみ強大な力を発揮する刀だ。魔法少女相手に使用しても、長過ぎて扱いにくいただの鈍刀でしかない。

 

 ということで、忍に平身低頭で頼み込み、替えの刀を“創って”貰うことにした訳だ。

 忍の物質創造能力により、切っ先の方から徐々に刀が構築されていく。

 僕の影から、刀が生えてきているような構図だ。

 

 朧気な光に包まれ、刀がゆっくりと出来上がっていく。

 僕的には、中々に趣のある光景だったのだが、杏子はこれといった興味を示さず、退屈そうに、どこからともなく取り出した、二匹目のたい焼きを食べ始めた。

 

 

 

 ともあれ――完成した、刀を抜き放つ。

 『心渡』のような規格外の長さではなく、刀身は70センチ程。

 使用感を確かめる為に、数度、刀を振るってみる。重さも殆ど感じず、実に扱いやすい。

 

 よし。忍は僕の“注文通り”、上手くやってくれた。

 

 

「いつまで待たせんのさ。予備のたい焼き全部食っちまったじゃないか」

 

 非難がましく杏子が文句を言ってくるが、そんなの知ったこっちゃない。

 つーか、魔法少女は四次元ポケットでも持ってんのか? 待機中に、追加で三匹は食べてたぞ……。

 

 

「って――何だい……そりゃ……」

 

 杏子が僕の持った刀を見た途端、露骨に嫌そうな顔をした。

 

 まぁそうなるのも無理はない。

 形こそ日本刀の形状を保っているが、色の具合もあって異様な禍々しさを放っている。

 

 抜き身の刀身は、一切の光を通さない、闇を押し込めたような漆黒。

 それに加え、ミミズが這ったような書体で、赤い文字が書き連ねられていた。見様によっては、墓の脇になどに立てられる板塔婆(いたとうば)のようだ。

 

 

「前以て教えといてやるけど、この刀は曰くつきの妖刀だぜ」

「……妖刀だと?」

 

 僕の言葉に、杏子が食い付く。

 

「ああ。見ての通り文字が彫り刻まれているだろ? これは呪詛(じゅそ)を文字に(したた)めたもので、この刀に斬られると、怨霊に取りつかれるだとか、運気がどん底まで低下するだとか、原因不明の腹痛に見舞われるだとか――他にも多種多様、ありとあらゆる災厄が降り掛かるって話だ。魔法少女であっても、どうなるかは分かんないぜ」

 

「……………………まじかよ」

 

 杏子が口の中で、小さく呟く。

 血気に逸る杏子とはいえど、僅かながらもたじろいだ反応を示した。

 

「掠り傷一つが、ある意味では致命傷だ。今後の人生にとってのな」

「ふん、上等じゃないの」

 

 僕としては、これで杏子が怖気ついて退散してくれることを祈っていたのだが――

 

「そんくらいの面白味がないとね!」

 

 ――そうは問屋が卸さないみたいだ。

 

 

 


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