~042~
「んじゃ。始めさせて貰うよッ!!」
言うが早いか、先手必勝とばかりに、刺突が繰り出された。
油断していた訳ではないが、尋常ではないスピードに驚愕の色を隠せない。
気付いた時には、穂先が眼前に迫る。
「――なッ!」
こればっかりは条件反射だろう。
驚きとは無関係に身体が反応し、辛うじて躱すことができた。
肝が瞬間冷凍された気分だ。
「……あっぶねぇ」
即座に後方へ離脱し、出来る限り距離をとる。
中途半端な間合いでは、恰好の的になってしまうからな……。
杏子としても挨拶代り――ほんの小手調べだったようで、追撃を仕掛けてくることはなかった。
杏子は槍先を前方斜め下に向け、迎撃の姿勢を取った。
年端もいかぬ少女には似つかわしくない、圧倒的な威圧感。戦闘態勢に入った彼女からは、ぞっとするような『凄み』が感じられた。
僕を見据える双眸は、獲物を仕留めんとする猛獣のそれだ。
対する僕は、足を前後に開き、切っ先が目線の高さにくるよう、刀を構える。
剣道でいう基本の『中段の構え』…………だと思う。生憎、剣道の知識は持ち合わせていないので、それっぽい構えを取っているだけなのだけど。
得物を構えて向き合ったままの睨み合いが続く。
一定の距離を保ち、お互いの出方を探り合う。
杏子の視線は、僕の持つ刀に傾注されており、僅かな動きも見逃すまいという意志が窺えた。
どうやら、この『妖刀』の特性に、細心の注意を払っているようだ。
が――この状態に嫌気が差したのか、杏子が口火を切った。
感覚を研ぎ澄まし、ちゃんと対応できるよう身構えていたつもりなのに……気付いた時には、尋常ではない脚力で、一気に距離が詰められていた。
予備動作もなしに、脅威の加速力。
当然、距離を詰めただけではなく、僕の刀が届かない絶妙な間合いをとって停止すると――下から掬い上げるような軌道で槍が迫りくる。
「――くそッ!」
地を滑るように滑走し急浮上してきた槍先を、咄嗟に刀で打ち払う。
瞬間、珍妙な甲高い音が響き渡った。材質も定かではない、未知の金属同士が打ち合わさった音色。
音が残響する僅かな間に、更なる
刀と槍。刀身と
しばしの間、同じ体勢で拮抗するも、その均衡はあっけなく消失した。
なんてことはない。
力任せに押しきられ、無様にも吹っ飛ばされたからだ。
「……これが女の子の力かよ」
細身の身体からは考えられない腕力。
刀が折れるなんて事はないだろうが、それを支える僕の腕なら圧し折れてしまいそうだ。
なんて、愚痴っている間にも、攻撃の手が緩むことはなかった!
後方に退避するも、すぐさま追討ちを掛けてくる。
過激極まりない猛攻。矢継ぎ早の連撃。身の毛もよだつ風切音が耳に届く。
「チャラチャラ踊ってんじゃねーよ!」
振り下ろし、突き上げ、薙ぎ払い、打ち下ろす。その一つ一つの攻撃が必殺。
鉄槌が打ち付けられたような、身体の芯に残る一撃。
どうにか受け止めきるものの、防御だけで手一杯だ。
手のひらに痺れが発症していた。そう何度も受けきれたものではない。
力押しで徐々に後退を余儀なくされ、とうとう壁に退路を阻まれる。
僕を壁際に追い詰めると――彼女はその場で槍を巧みに操りながら旋回。
すると、勢いに乗った『長槍』は、いつの間にか『多節棍』へと形態を変え――無軌道な軌跡を描き、蛇の如く襲ってくるではないか!
予測しきれない変則的な動きに翻弄され、体勢を崩す――が、不格好ながらも、どうにか刀で弾いてみせる。
しかし、棍の連結箇所――鎖部分で衝撃が分散されたのか、勢いを殺すには至らない。
直後に軌道が修正され――
「ぐぁ……うぁああああッ!!」
不覚。
多節棍となってなお健在の槍先が、回避行動虚しく、僕の右脚を刺し貫いていた。
完全に肉を
激しい痛みと共に、傷口から血が盛大に噴出。深く刻み込まれた裂傷。脚があらぬ方向に折れ曲がっている。この分では、骨も粉々に砕けていることだろう。
「
僕の傷の具合を見て心配するでもなく、ただの事実確認として杏子が口を開く。
槍形態に戻した得物を肩に担ぎ、もう勝負は決まったと言わんばかりだ。
「ちょっとは期待してたのに……何コイツ。てんで弱いじゃん。これでマミを凌ぐ力量? キュゥべえ――ちょっと話が違うんじゃない?」
「僕は仮定の話をしただけであって、断定したつもりはないよ」
大きな声で、当てつけのようにキュゥべえと会話を始めやがった!
確かに僕は弱い。巴さんと比べたら、雲泥の差。多分魔法少女に成りたての美樹にだって勝てないだろう。それについては、議論の余地もない。
だけど、“この程度”の傷で僕を仕留めたと思っているのなら大間違いだ!
瞬時とまではいかないが、傷はすぐに回復する。
油断し過ぎだ、この野郎!
治ったばかりの右脚に力を込め、地を蹴りつける!
文字通り、“人間離れ”した脚力で、一気に加速し、僕を侮り棒立ち状態の杏子に向かって突進。
懐に飛び込み、刀を振るう!
並みの相手なら、この一撃で決まっていてもおかしくない――――が、残念ながら相手は並ではない。
上体を後ろへ反らすことによって躱され、そのまま華麗にバク転を決めながら、後退していった。槍を持ちながら、なんてアクロバティックな動きをしやがる。
「ふぅ……危ない危ない。呪われるとこだった」
刀の災厄を恐れたのか、間合いを広めにとり、ひと息入れる杏子。
「まさか、あれだけの傷を負って反撃してくるとはね――よくその足で立てたもん…………って、どういうことだ…………おい……傷が、消えてるだと……!?」
「お、気付いたか? ご覧の通り、僕も美樹と同じく、回復に特化した特異体質でね」
これが虚偽ではないことは、彼女としても認めざるを得ないだろう。ズボンが破れ、肌が露わになっているが――傷もなければ、血だって蒸発して消えてしまっている。
「だけど、レベルは段違いだ。僕にとってあの程度、掠り傷でしかない」
当惑した様子の杏子に、多少誇張気味にだが、自身の特異性を語って訊かせる。
「訳あって僕は『不死身』なんだ」
「不死身だ?」
杏子が
よし。ここが僕にとっての“勝負所”だ!
「ああ、不死身だ。どれだけ負傷しようとも、それは僕にとっては負傷になり得ない。即座に再生するからな。身体を粉々に吹き飛ばされたとしても、立ち所に復活してみせる」
「……大ぼら吹いんてんじゃねーぞ!」
「なら、試してみればいい。もう実感しただろうが、僕は大して強くない。つーか弱い。戦闘技術も何もあったもんじゃない。だけど、スピードと不死性を有する耐久力に関してだけは、馬鹿に出来たもんじゃないはずだ。そんな僕が、捨て身で飛び込めば、一太刀浴びせることぐらいできるかもしれないぜ!」
そう強く啖呵を切って、漆黒の刀を掲げる。
「それに、忘れていないよな? ――その一太刀が、致命傷になりうることを!」
呪いを振り撒く妖刀を、見せつけ――
――疾走を開始。
小細工なしの真正面からの突貫だ!
「はッァ!!」
一気に間合いを詰めると、
「甘いんだよッ!!」
ところが僕の渾身の一振りは、気合虚しく長柄によって阻まれ、カウンターで強烈な蹴りが鳩尾に叩き込まれた。
突き立てた槍を軸に身体を旋回させ、遠心力を上乗せした苛烈な一撃だ。
続けざま――血反吐を吐きながら後ずさる僕に、上段から槍が振り下ろされる!
視認はすれど、身体が反応しない。回避の行動を取ることもできず――左肩から胸元へかけて、
「いぃ……っつぅッ!!」
血飛沫をあげながら、僕は吹っ飛んだ。
誰がどう見ても、致命傷。だけど僕にとっては、こんなのひっかき傷に過ぎない。そう、無理矢理に思い込む。
瞬時に再生が始まる。
腕が千切れたわけでもない。上半身と下半身が真っ二つに切り離されたわけでもない。
ならば、容易に回復は可能。
寝転がっている暇はない。
即座に立ち上がる。
「残念だったな! お前の攻撃なんて、僕には通じないぜ!」
虚勢を張って、僕は叫んだ。叫んでみせた。
虚勢も虚勢。こんなのはったりだ。
杏子の攻撃が、効いていないなんてそんなのある訳がない。
傷は回復したが、確かなダメージとして身体の内に蓄積されている。
ただ、僕の“不死性”を印象付けることには成功したようだ。
彼女は二度、僕が致命傷から復活するところを目撃した。
「……くそ」
だからこそ追撃を仕掛けるのに躊躇する。
下手に接近すれば、僕が持つ『妖刀』の反撃を喰らうかもしれない。そんな捨てきれない可能性が、彼女の脚を地に縫い付ける。万が一にも刀の効果を喰らうわけにはいかないからな。
攻めあぐねる理由としては十分だ。
それでも彼女は、聡明だ。対処法を心得ている。
「はッ! なら――相応の戦い方があるんだよッ!!」
威嚇するように杏子が吼える!
途端、彼女を中心に、旋風が巻き起こった。
「近寄れるもんなら、近付いてみなよッ!? 細切れのミンチになりたかったらねッ!!」
仕込まれた鎖が露わになり、多節棍となった得物を縦横無尽に振り回す。
凄まじい速度で鎖が
周りは壁に挟まれた路地。そこまで狭いということもないが、存分に武器が振るえるという広さでもない。
その限られた空間で、見事な武器捌き――尋常ではない技量の持ち主だ。
攻防一体の不可侵領域。
領域を侵す者は、無残に切り刻まれる。
360度。全方位。攻め入る隙が見当たらない。
ただ、杏子は選択を間違えている。
有無を言わさず、僕に襲いかかってくるだけでよかったのだ。
そうすれば、殺しきることは不可能でも、戦闘不能ぐらいになら難なく持ちこめたのに。
こんな受け身で、守り優先の戦法を取るなんて、僕にとって僥倖でしかない。
いや、少なからず、そうなるように仕向けたから、目論見通りといったところか。
懇切丁寧、“わざわざ時間を掛けさせ”、忍に創って貰った刀を見やる。
やっぱり、見た目は重要だよな。しみじみと思う。
真っ黒な刀身に赤く刻まれた得体の知れない文字列は、不吉の一言に尽きる。
災いが、呪いが、祟りが、不幸が――そんな悪しき災厄が押し込められたという、曰くつきの『妖刀』。
杏子だって斬られるのは御免だろう。警戒もする。
はったりでしかない、ただの『模擬刀』であってもだ。
切れ味もほぼ皆無で、勿論、僕が語った刀の特性なんて、口から出任せの嘘八百。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。
正体を知れば、恐ろしくもなんともないのだろうが、知らなければ、それは幽霊であり、畏怖の対象となる。
“
偽物であっても、本物と同等の力を発揮した。
そういった意味では、キュゥべえが刀に警戒を促していたことも大きいな。変に疑われずに済んだ。
兎にも角にも、牽制になりさえすればよかったのだ。
なんせ、僕には“攻め込む意志”が、これっぽっちもないのだから。
隙あらばいつでも飛び込んでやる――そういった“ポーズ”で僕は刀を構え。
攻撃の糸口が見つからない――そんな心情が相手に伝わるように、煩悶とした表情を“浮かべて”みせる。
この膠着状態を続ければ、十分。それだけでいい。
僕だって出来る限り痛い思いはしたくない。
「ほら、どうしたのさッ!? 捨て身で飛び込んでくるんじゃなかったのかいッ!?」
彼女は絶対の自信があるのだろう。
この技を破られることはないと。
無謀に突貫した愚か者を、確実に仕留めることができるのだと。
だから――煽り、挑発を繰り返す。
「そんな逃げ腰で、アタシに勝てるつもりでいたなんて、とんだお笑い種だねッ!?」
馬鹿を言うな。
誰が勝つつもりでいたよ。
勝ち目なんて、僕にある筈ないだろう。
そんなの、戦う前から見切っていたさ!
『力量の違い』ぐらい、ちゃんと弁えている!
――敵(彼)を知り己を知れば百戦殆うからず――
『孫子』の有名な格言だ。
敵の実力や現状を弁え、自身は勿論、味方の存在もしっかりと把握していれば、幾度戦っても敗れることはない。
辞書を引けば、そういった意味合いの概説がなされるだろう。
僕もそれに習わせて貰ったかたちだ。昔の人は、ほんと良い事を言う。
勝ち目など端っから放棄している。
とは言え、負けるつもりも更々ない。いや、最悪僕がフルボッコにされ、負けたとしても何の問題もない。美樹が無事ならそれでいい。
それが僕にとっての“勝利条件”――僕の目的は、徹頭徹尾最初から、“時間を稼ぐ”ことに他ならない!
忍のお陰で、位置情報は把握できていたからな、友軍が加勢に来てくれていることは知っていた。
そして、目的は遂げられた!
「他人の縄張りで好き勝手して、どういうつもりかしら? ちょっとお行儀がなっていないんじゃなくて? ――ねぇ、佐倉さん?」
凛々しくも、鋭い声音で警告を飛ばす。
一丁のマスケット銃を携え現れたのは、英国風の衣装を纏った魔法少女――巴マミその人だった。