~043~
「ふん。まさかマミ――アンタまで出張ってくるとはね」
武器を振り回すのを止め――槍先を巴さんへ向け牽制するように突き付ける。対する巴さんも銃口を杏子に照準させた。
互いの名前を知っていることから、面識はあるようだ。ただ、友好的な関係とは言い難い。
そのまま、じっと視線をぶつけ合い対峙する二人。
「どういうつもりも何も、こんな絶好の狩場、
「つまり、縄張りを奪いに来たってことかしら?」
「ま、それもあるけど――街の平和だの人助けだのの為に、使い魔まで一掃しようっていう、輩が増えると、いい迷惑なんだって。誰かさんの所為で、そういった下らない理想を信奉する手合いが増えてるって小耳に挟んだもんでね。ここいらで矯正しとかないと、後々面倒な事態になりかねないし、新人の指導は、先輩の務め、だろ? ねぇ、マミ“先輩”」
何やら含みを持たせた物言いで杏子は言う。
巴さんは目線だけを動かして、辺りの状況――傷は塞がっているとは言え、血だらけの衣装を纏った美樹、そして服が切り刻まれた状態の僕を一瞥した。
ここで一戦を交えた事は、容易に推察できることだろう。表情が一層険しいものになっていく。
「ふざけないで。これが、あなたの言う指導だとでもいうの?」
平静を保っているようだけど、怒りを押し殺しているのは明白で、一触即発の気配が更に高まっていた。
「気に入らなかったのなら、言い方を変えようか――そうだね、躾けてやったのさ。口で言っても解らない馬鹿には、身体に叩き込むしかないよね」
「そんな理由で二人を…………」
「ああ、そうさ。まるで歯応えのない相手だったけどね。こんな足手纏いもいいところの連中と
「おかしなことを言うのね」
と、杏子の発言を小馬鹿にするように巴さんが笑った。
「はぁ? おかしなことだ?」
「だってそうじゃない。美樹さんはまだ魔法少女になって日が浅いのよ。そんな相手を打ち負かしていい気になるなんて、情けない話よね。それに美樹さんの魔法少女としてのポテンシャルはかなりのもの。きちんと修練を積めば、すぐに一人前の魔法少女になってくれるわ」
「マミさん……!」
巴さんの言葉に、美樹は感涙せんばかりの表情だ。
更に巴さんが続ける。
「何より、聞き捨てならないことがあるわ――阿良々木さんが足手纏いですって? そんなことある訳ないじゃない。阿良々木さんのお陰で私はまだこうして生きていられるの。寧ろ、私の方が足を引っ張っている。佐倉さんが、何をどう思い違いしているのか知らないけれど、相手を見てものを言いなさい。今のあなた、凄く滑稽よ」
「おいおい、何言ってんだい? コイツはアタシに防戦一方で、終いにゃへっぴり腰で満足に攻撃もしてこなかった臆病者だったってのに。そういった意味じゃ、あっちの新米の方がまだマシだったぐらいだね」
「それが思い違いだって言うのよ。阿良々木さんは優しい人だから、魔法少女であるあなたに手を出すことができなかったのでしょうね」
「手加減されてたとでも言いたいのかよ!?」
「ええ、そうよ。間違いないわ。阿良々木さんがその気になれば、佐倉さんなんて相手になりはしないのよ!」
確信に満ち溢れた声で、断言する。
だが、間違いありまくりだった! 思い違いをしているのは、巴さん君の方だ! 僕の評価が高すぎるというか、買被り過ぎである。伝説の吸血鬼補正、恐るべし!
しかし、こんなにも自信満々に言われてしまうと、訂正しにくいな…………あくまでも巴さんは、僕の事を擁護してくれてるのだから。とはいえ、余りにも決まりが悪い。居た堪れない気持ちで一杯だ。
巴さんには悪いけど、誤解の芽はちゃんと摘んでおこう。
「ええっと……巴さん。僕の事を高く買ってくれているのは大変光栄な話なんだけど……僕、言う程強くもないというか、本気でやった結果、終始圧倒されっぱなしだったのは間違いない訳で――」
巴さんの面目を潰さないよう控えめな口調で、認識の齟齬を修正する。
杏子が言うようにへっぴり腰だったのも事実だしね。僕はただ、時間稼ぎと言う名目で逃げ回ってただけなのだ。
「――逆立ちしても勝てる気がしないって」
「そう、なんですか?」
僕の言葉を受け、不思議そうな顔で戸惑いを露わにする巴さんだったが、はたと何かに気付いたとでも言わんばかりに大きく頷いた。
「わかりました…………阿良々木さんがそう仰るのなら、そういうことにしておきますね」
ああ……こりゃ駄目だ…………僕の言葉が、ただの謙遜として受け取られてしまっている!
「それで、佐倉さん。まだ事を荒立てるつもりなのかしら?」
語気を強め忠告を発する巴さん。返答次第では容赦しないと、暗に仄めかした最後通牒。
基本、平和的解決を信条とする彼女ではあるが、やはり、僕と美樹に手を出した杏子に対し、業を煮やしているようで殺気立った雰囲気だ。
物腰の柔らかい態度とは言えなかったので、それに反発した杏子が通告を突っぱね、
「さぁてね。それも一興っちゃ一興だけどさ――とは言え、マミの相手に加え、かつ不確定要素の高い奴までいるとあっちゃ、流石に旗色が悪いのは認めないとね」
喧嘩っ早い直情的な性格ながらも、反面、冷静に場を見極めることのできる明敏な思考の持ち主のようだ。
「今日の所は引き上げさせて貰うよ」
このまま事を構えるのは不利と判断したのか、槍を収めると、その場でトンと地を蹴り、跳躍する。
その軽い動作からは到底考えられない冗談のような高さまで上昇すると、上空で身を捻り更に壁を蹴り付け、落下することなく屋上へと到達し――あっという間に僕等の前から立ち去ったのだった。
~044~
巴さんのお陰で、無益な争いを終わらせることができた。
とは言っても、一時的に撤退しただけであって、またいつ何時襲い掛かってくるとも限らない。
それについての対策を練る為に、場所を移すことにした。
移動先は巴さんの暮らすマンション。お邪魔するのは、これで四度目か。
何かにつけて最近、此処に来ることが増えてるな……魔法少女連合のたまり場ないし、作戦会議室みたいなノリになっている。喫茶店感覚で使用しちゃ、迷惑なのかもしれないが、寧ろ巴さんは、人が家にやってくることが嬉しくて堪らないといった感じだし、変に遠慮しないほうがいいのかもしれない。
今回も、自ら進んで場所を提供すると言ってくれ、お言葉に甘えさせて貰っている状況だ。
どうでもいいプチ情報として、僕のボロボロに破けた制服は忍の
ともあれ、巴さんが用意してくれた美味しい紅茶を飲みながら話し合いを開始した。
「改めて、ごめんなさい! あたしの所為で二人には迷惑を掛けちゃって、本当に申し訳なく思ってます。特に暦さんには……なんてお詫びすればいいか……」
――いや、開始しようとしたところで、謝罪が始まった。
巴さん宅に辿り着くまでに、もう十二分に謝り倒しているのだが、それでもまだ心苦しく思っているようだ。
「気に病む必要なんかないって言ってるだろ。怪我なんて直ぐに治っちゃうんだからさ。つーかあの杏子って奴がやったことなんだし、美樹が悪い要素なんて、ないわけじゃないか」
「そんなことないです…………あたしが勝手に行動した結果、招いたことですから」
「そういや、なんであんなとこにいたんだ?」
埒が明かないので、此方から切り出すことにした。
これで、美樹が杏子と出くわすに至った経緯に繋がるはずである。
「それなんですけど…………集合場所に向かう最中に、キュゥべえが使い魔の気配を感じとって……」
「ああ、なるほど。その使い魔が居たのがあの路地裏ってことか。それを勝手な行動だなんて、誰が責めるんだよ」
「ええ、そうだわ。放置して見失うわけにはいかないし、美樹さんの判断は何も間違っていないわよ」
僕の意見に巴さんが同調する。
「けど、それだけが理由じゃなくって……」
しかし、美樹の表情が晴れることはなく、余計に沈み込むばかり。曇天模様で、今にも雨が降り出してそうな気配だ。
「本来であれば、二人に連絡するのが筋だった筈なのに……あたし、一人で使い魔を仕留めたっていう功績欲しさに、それを怠ったんです。それで一人で退治に向かって、使い魔を追い詰めたところで…………」
杏子がやってきたと、そう繋がる訳か。
ううむ。そういった意味では美樹に少なからず落ち度があったのかもしれないが、相手は魔女ではなく使い魔だったわけだし……それこそ本来であれば、使い魔を仕留めたのを土産話に、待ち合わせ場所に到着していたはずなのだ。
そう、その現場に予期せぬ乱入がなければすんなり終わっていた話。
「うん。やっぱりこれは別種の問題だって。美樹が気にする必要は全くもってない」
そう結論付ける。
つーか僕的に引っ掛かるのは、またしても、
「………………でも」
「ああ、もう! 美樹。いい加減、塞ぎ込むのをやめてくれ。お前らしくもない。こっちまで陰気臭くなるだろ。お前はうるさいぐらいが丁度いいんだって」
またぞろ、謝罪を始めそうな気配を発する美樹に対し、うんざりしたと顔を顰める僕。
まぁ激励の意味合いを含んだ、見せかけのポーズな訳だけど。
「そうですね。…………よし」
すると、美樹が自分の頬を、両手で挟み込むように叩く!
力加減もなく盛大に。響き渡る音からも、かなりの威力だったのが窺える。当然の結果として両頬が赤く染まっていた。
気持ちを切り替える為に、喝を入れたってところか……その途端――
「もー、あいつは何なんなのよーッ!? むっきーーぃ!! 思い出しただけでもイライラする!!」
――癇癪を起した猿のようにジタバタしだした。
「気持ちは分かるけど、暴れるんじゃねーよ! 紅茶が零れるだろうが! やっぱもう少し凹んでおけ!」
「勝手な! だって、仕方ないじゃないですかー!?」
拗ねた子供のように不満を漏らす美樹。空元気なのかもしれないが、言ってる事自体は偽らざる本心だろう。
「それで、巴さん。あの魔法少女と面識があるように感じたんだけど、あいつと知り合い?」
お互い名前を知ってたようだし、確か、『マミ先輩』とか意味ありげに強調して言ってたはず。
「はい。彼女……佐倉さんとは、旧知の間柄ではありますね。少なからず因縁があるというか、いざこざがあったというか……」
複雑な顔色で首肯する。
なんだか、思い詰めた表情とでもいうのだろうか、雰囲気が重々しい。
「マミさんも過去に喧嘩を吹っ掛けられたとか、そういったことですか? あいつ、マミさんの活動方針に文句ばっか言ってましたからね。あんな奴が同じ魔法少女だなんて、あたし許せないですよ!」
美樹が憤慨しながら、お茶請けに用意されたクッキーを口に放り込む。
やけ食いすることで、苛立ちを中和しているのかもしれない。
「ええ、そうね。喧嘩と言えば、そうなのかもしれない…………ただ、喧嘩別れしたと言った方が正しいわ」
目を伏せ、哀愁を帯びた悲しげな声で――その反応から、杏子に対する怒りの感情を見出すことはできない。
美樹もそれを感じとったのか、焚き付ける発言を自重し空気を読んで口を噤む。
皆、一様に黙り込んでしまった。
何とも言えない沈黙が続き、幾分の間を置いて巴さんが口を開いた。
「あの子……佐倉さんと私は、過去にチームを組んでいたことがあるんです。丁度今の私達の関係のように」
「え? マミさんとあいつが?」
「そうよ。魔女に苦戦していた彼女を、偶然助ける機会があって、その縁で、一緒に魔女退治するようになったの」
杏子が、巴さんの事を『マミ先輩』とか呼んだのは、そこら辺の事情が絡んでの事か。
「ってことは、昔は仲良く協力し合ってたってことになるけど…………」
「……少なくとも、慕ってくれていたとは思うんです……あの頃の佐倉さんは今のような尖った性格ではなくて、もっと心優しい子でしたから」
そうは言われても、あんな粗暴な振る舞いを見せつけられちゃ、容易に想像は出来ないけれど……。
「でも、ある時を境に彼女は変わってしまった」
か細く
「佐倉さんは、魔法少女としての志を共有した、初めての仲間だったのに…………」
胸が締め付けられるような、物悲しい響き。
「ごめんなさい。なんだか暗い話をしてしまって…………――紅茶のおかわり淹れてきますね」
沈んだ空気を払拭するように、努めて明るい調子で巴さんは言った。
この件については、これ以上触れる事はせず、そこからは、雑談を挟みながらも、本題であった杏子への対策を検討していった。
結局のところ、打開策となるような画期的な案は出てこなかったが、当面の間は、なるべく一人で行動せず、人通りの少ない場所は避けるということに落ち着いた。
なんか、変質者に対する、ごく一般的な対応マニュアルみたいだけど…………。
人目に触れた所で、襲ってくるほど無分別ではないはずだから、それなりの効果は見込めるだろう。
マミと杏子の過去の関係は、漫画『The different story』とドラマCD『フェアウェル・ストーリー』の設定を拝借しています。