【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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スピリット(spirit):【幽霊】【魂】


まよいスピリット~その2~

~046~

 

 僕の犯行…………いや自分で犯行というのもおかしい。

 訂正しよう。スキンシップは予期せぬ妨害によって阻まれ…………いやいやいや。

 責任の所在を挿げ替えるのはいけないな。潔く罪を認め、腹をくくろう。

 悪いのは僕だしね。

 

 更に訂正して――理性の枷が外れ、欲望のままに暴走した僕の魔手から八九寺を救い出したのは、つい先日対立した魔法少女、佐倉杏子だ。

 

 どう見ても現行犯。言い逃れる術など何処にあるというのか。終わった。これで僕も前科持ち…………観念するのは八九寺ではなく僕の方だった。

 

「てめぇ」

 

 胸倉を掴まれ、人並み外れた腕力で以って無理矢理起こされる。

 

「こんな恥知らずな真似して、覚悟はできてんだろうな!」

 

 眉を吊り上げ激昂した表情で、杏子は声を張り上げた。

 彼女のいう覚悟っていうのは、詰る所、握り込まれた右拳(みぎこぶし)のことだろう。

 女の子とはいえど侮ってはいけない。素の状態でもそれ相応に身体能力が向上しており、殴られれば絶対に痛い。

 

 痛いのは嫌だ。嫌だけどここは甘んじて制裁を受けるべきか。

 罪には罰が必要だ。ならば――歯を食いしばり、ただ耐えるのみ。

 

 と、そこで気が付いた。視界の端――杏子の後ろにいる八九寺が、慌てた様子で口を開こうしていることに!

 僕と八九寺は友達なのだ。少なくとも僕はそう思っている。

 そして、八九寺も僕のことを友達だと思ってくれているのなら、被害を受けた張本人とはいえ、友達が殴られるのを見過ごせる筈がない!

 

「あの……ちょっと待って頂けますか?」

 

 殺気だった杏子を刺激しないよう、控えめなトーンで八九寺は言う。

 僕は心の内で喝采を送る。やった! 制裁という名の暴行を阻止してくれた! 信じていたぞ八九寺!

 悪ふざけが過ぎたのは認めるし、覚悟を決めていたとはいえ、避けられるのであれば避けれるに越したことはない。

 

「あん? 逃げなっていってるだろ。心配しなくても、この変態にはたっぷりと灸を据えてやるって――二度と馬鹿な気を起こさせないようにね」

 

 真正面から僕の瞳を覗き込み――おどろおどろしい声で恫喝される。

 次いで、ポキポキっと指の関節を鳴らすと、改めて右拳を握り込む。

 …………やばい、この意気込みからして、一発殴られるぐらいじゃ済みそうにないぞ!

 タコ殴りにされるビジョンが容易に想像できるっ!!

 

 だけど、八九寺が黙っていない! さぁ言ってやれ!

 

「あーその……灸を据えるというのには、同意しないでもないのですが…………」

 

 ん? あれ? 同意するの? しちゃうの? 僕が殴られるのを容認するというのか、この薄情者め!

 

「ただ、お手を煩わせるのも如何なものかと思いまして」

「は? 何が言いたいんだい?」

「つまりですね――――それは私の役目なのです!」

 

 宣言するとともに、駆け出す八九寺。

 弧を描きながら助走をつけて回り込み、どことなく走り高跳びをする時の動きに似てるなぁ…………なんて感想を抱いていると。

 

「へ?」

 

 僕は間抜けな声をあげ――

 静止の声を掛ける暇もなく――

 八九寺は寸前で力強く地面を踏切ると――

 

 小学生とは思えない身のこなしで、僕の顔面にローリングソバットを叩き込んだのだった!

 簡単に言えば、後ろ回し蹴り。この小学生、とんでもねー技を体得してやがる!

 

「――(つぅ)ッ……!!」

 

 またも鼻先を強打され、苦悶の声が漏れ出る。

 杏子に胸倉を掴まれている関係で避けることもできず、もろに喰らってしまった。

 

 ただ八九寺の体重では、威力も高が知れている――痛いことは痛いが、杏子からお見舞いされた一撃に比べれば全然マシだ。

 

「いや~すっきりしました」

 

 晴れ晴れとした顔で八九寺は言った。それはもう、満面の笑みを浮かべて。

 

 平素であれば「何すんだこのガキ!」なんて風に、一喝して怒鳴り散らしていた場面ではあるが――――今回は状況が違う。

 自業自得ゆえの報いだからということではなく、だ。

 

「とまぁ、わたしの気も晴れたところで――何と言いますか、その方……阿良々木さんとわたしは、少なからず親交がございまして。出来ればその手を離してあげてくださると嬉しいのですが」

「は? コイツと親交だ?」

 

 八九寺の懇請(こんせい)に、杏子は怪訝な顔をする。

 そして、にわかには信じ難いといった面持ちで問い返した。

 

「だってお前、無理矢理暴行されそうになってたじゃねーかよ……!?」

 

「仰る通りで、結構危なかったのは事実ですし、最低極まりない劣悪な行為だったのも否定できません。ですが、先ほどの通りちゃんと反撃するぐらいの気概は持ち合わせています。……合意の上、と言うと明らかに語弊が生じますが、あれは一種のじゃれ合いみたいなものなのですよ」

 

「……そう……なのかい」

 

 まだ半信半疑といった感じ。

 それでも――真摯な態度で、懸命に語る八九寺の言葉に偽りはないと判断したようだ。

 

「はぁ…………ってーと、出しゃばった真似しちまったってことか」

 

 髪をぐしゃぐしゃしとかきながら、きまりが悪そうに僕の胸倉から手を離す。

 喉元が押さえつけられてので、咳き込んでしまった。

 そんな僕のことなどそっち退けで、八九寺は杏子に声を掛けた。

 

「いえ、そんなことはありません。阿良々木さんの過剰なスキンシップにはほとほと困り果てていたところです。あのままでは本当に貞操の危機だったかもしれません。この度はロリコンの手から守って頂き助かりました。どうもありがとうございます」

 

 感謝の言葉を並べ――力強く述懐する。

 

 ほんと、八九寺は良い奴だよな。つくづくそう思う。

 気遣いが行き届いているというか、角を立てず上手く場が収めれたのは、全て八九寺のお陰――躊躇なく顔面を蹴り抜いた八九寺に、僕は感謝しなくてはいけない。

 

 断っておくが、別にMに目覚めて痛みを快楽として享受しているなんてことではないので、そこは誤解なきようお願いしたい。

 

 さて、八九寺の凄さがちゃんと伝わっているだろうか?

 行動の裏を、読み取れているだろうか?

 

 本人は気を晴らす為の仕返し的意味合いだったと主張していたが、それは方便であり――“敢えて”蹴りを放ったのだと、僕はそう睨んでいる。

 

 仮にもし八九寺がすぐに仲裁に入っていたら、どうなったのか?

 

 どういうことかと言えば――きっと、なんだかんだで杏子も八九寺の言い分を信じ理解を示してくれただろう。僕も痛い思いをしなくて済んで、最良の結果のように思える。

 

 しかしそれでは、杏子が『悪者』になってしまう。

 襲われている少女を助けたつもりが、友達同士のじゃれ合い(度が過ぎていたが)を無粋にも邪魔した――そういった結果だけが残ってしまう。

 

 僕と八九寺の認識はどうあれ、杏子自身がそんな風にとらえてしまいかねない。

 現に今も、余計な事をしたと後悔しているような感じだし。

 

 けれど、“軽減”はされたはずなのだ――だって、その為に八九寺は僕へ制裁を加えたのだから。

 自分も同じ気持ちであったと主張して行動で示し、杏子の行いに正当性を持たせた。

 

 助けに入ったくれた杏子の顔を立てた上で、僕への被害も最小限で済ませてくれたということなのである。

 

 八九寺の機転には感服するばかりだ。

 

 

 

「手を出したのは……悪かったよ」

 

 ともあれ、有無を言わさず危害を加えたことを悪く思ってか、ぶっきらぼうながらにも杏子が謝罪を口にする。

 

「えーと…………謝られても困ると言うか、非があるのは僕だったわけだし……」

 

 それはもう、どうしようもないくらいに。

 この件で彼女が負い目を感じる必要は微塵もない。

 

「お前がやったことはどう考えても『人助け』――だろ?」

「はい、ピンチに駆け付けてくれた、正義のヒーローみたいでした」

「なっ!? ちがっ、そんなつもりは……」

 

 僕と八九寺の言葉に、反射的に反論しようとするも、後が続かないようだ。

 何をそんなに狼狽えてんだ?

 

 あ、そっか。そりゃそうだ。

 

 僕と美樹、ひいては巴さんのことを、散々正義の味方気取りだって虚仮にしていたもんな。自分がそういった立場に宛がわれることを認めたくないのか。

 

 でも実際問題、八九寺を守る為に飛び出してきたのだ。

 なんか、認識が変わってくる。

 

 自分のことしか考えない利己的な性格で、とてもじゃないが相容れない存在だと思っていたけれど……目の前の悪徳行為を見逃せないだなんて、根っこの部分では優しい子なんだと思えてしまう。

 

 悪ぶっているだけで――悪に成りきれていない。染まりきっていない。演じきれていない。

 

 過去に巴さんと仲間として活動していたってことを訊いたから、都合よく解釈してしまっているのだろうか?

 

 何にしても――向き合わなければ、人となりなんてわからない。わかるはずもない。

 表層の部分を見てわかった気でいるのは違うよな。

 

 

 いい機会だ。少し探りを入れてみるか。

 そう思い立った僕は、意を決して切り出した。

 まずは触り程度に、どうにも腑に落ちない点を訊いてみる。

 

「お前もこの町に住んでるのか?」

「は? (ちげ)ーよ。アタシが住んでんのは風見野……あ」

 

 僕の質問にノータイムで返答した杏子は、すぐに自分の失策に気付いたようだ。

 『風見野』ってのは『見滝原』の隣町。この町とは面してない。

 同じ町に住んでいない限り、こんな片田舎の公園で、偶然出くわすなんてあり得る筈がなく――だとしたら……考えられる選択肢は限られてくる。

 

「ってことは、僕のことを偵察していた?」

「………………」

 

 この場合の沈黙は肯定と同義。

 

「ああ、マミの奴がえらく評価してたから、どれ程の奴か見極めてやろうと思ってさ。悪かったね」

「いや、別にそれはいいんだけど。よく僕の居場所がわかったな」

「まぁこれぐらいはね――って見栄をはってもいいけど、何てことはないよ」

 

 僕に一歩近寄り、八九寺には見えないような体勢で後ろを指し示す杏子。

 その先には、長い尻尾をゆらゆらさせながら、ゆっくり接近してくる白い小動物の姿があった。

 なるほど。キュゥべえが教えたのか。

 居場所を探る能力ぐらい持っていても不思議ではないし、奴には情報保護なんて関係ないもんね。

 

「おい、迂闊にキュゥべえと喋んじゃねーぞ。なんでお前に見えるかはしんね―けどさ。アイツが見えるのは限られた人間だけなんだ。普通の奴には見えないんだから、もし話しかけられても無視しろ、いいな」

 

 八九寺には聴こえないよう声を潜め、杏子は言う。

 忘れがちだけど、キュゥべえが見えるのは魔法少女になれる資格がある少女だけってのが、原則なのだ。まぁ原則であって、僕のような例外もいる訳だけど。

 

 見える見えないといえば――杏子には八九寺が見えるんだよな。

 今の八九寺は『迷い牛』の特性は消え、誰に見えてもおかしくない。とは言っても、見えない人間の方が圧倒的に多いのが現状ではあるけれど。

 

 魔法少女の特異体質だから見えるのか――もっと“根本的”な理由か。

 

 

「あの、阿良々木さんは、その方とお知り合いなのですか?」

 

 ひそひそと言葉を交わす僕達に、八九寺が不思議そうに訊いてきた。

 

「いや、知り合いっちゃ知り合いだけど…………えっと、お前――佐倉杏子、でいいんだよな?」

「まだ名乗った覚えはねーけど……ああ、マミの奴から訊いたのか」

 

 正確にはキュゥべえが呼んでいたのを訊いて知ったんだけどね。

 

「そういうアンタは暦つったっけ?」

「一応名乗っとくけど、フルネームは阿良々木暦な。ちなみにこいつは八九寺」

「はい。わたしは八九寺真宵といいます」

 

 八九寺が礼儀正しく、ぺこりとお辞儀する。律儀な奴だ。

 つーか、中学生の女の子にファーストネームで呼び捨てにされるとは…………そう呼ぶのは両親ぐらいだから、何か変な気分だ。

 

「で、ほら。八九寺には話しただろ。ここ最近、魔女と戦う魔法少女の女の子達に手を貸してるって」

「はぁ、そう言えば、そんなことも話してくれましたね」

「つっても、僕が助力してる子達とはまた別なんだけど、この子も魔法少女なんだぜ、なぁ?」

「テメェ! 勝手にバラしてんじゃねーよ!」

 

 気軽に同意を求めてみたら、怒られた!

 

「あ、駄目だった?」

「駄目とかそういう問題じゃないだろーが! まさか、こんなこと誰彼構わず吹聴しまくってんじゃねーだろうな!?」

「いや、喋ったのは八九寺にだけだって」

 

 ちゃんと、人選はしているつもりだ。八九寺にならいいかなーって、結構軽いノリだったけど。

 

「その反応から察するに、佐倉さんは本当に魔法少女なのですか?」

「…………まぁな」

 

 渋々に自分が魔法少女であることを認める杏子だった。

 

「そうですか…………いやー阿良々木さんの妄想か願望の類だと聞き流していたのですが……これはびっくりですね」

「小気味よく相槌を打ってくれていたけど、内心ではそんな事思ってたのかよ!!」

 

 

「おやおや?」

 

 と――八九寺がその円らな瞳をぱちくりとさせ、何かに気が付いた。

 

「きゃーなんですかー! この不思議な生き物はー!!」

 

 そして、歓声を上げる。

 どうやら杏子の足下にやってきたキュゥべえのことが、見えているようだ。

 まぁそうだろう。八九寺ならば――僕にとっては別段、意外でもなんでもない。が、杏子は違う認識を持ったらしい。

 

「なん……だと……。おい! コイツの事が見えるのか!?」

「はい? えっと、ん? 見えますけれど……何ですかこの変わった生き物は? 初めて見ます」

「やぁ、初めましてだね。僕の名前はキュゥべえ」

 

 まじまじと物珍しそうに見つめる八九寺に対し、普通に自己紹介をする小動物。

 

「な、なんと! 阿良々木さん。動物が喋りましたよ! これは世紀の大発見ではありませんか!? きゃっほーこれでわたしも大金持ちです!」

「売り払う前提で話を進めるなっ! 浅ましいにも程がある!」

「いやーなんて可愛らしい声なんでしょうか」

「声質については言及すんな!」

 

 それって結局自分褒めだろ。

 

「それで、キュゥべえさんと仰いましたか――あなたはいったい何者なのですか?」

 

 物怖じせずキュゥべえに語り掛ける八九寺だった。つーかキュゥべえにも『さん付け』なのな。

 

「漠然とし過ぎて答え難いけど……そうだね。簡潔に言えば、魔女と戦ってくれる素質のある女の子を探し出し契約を結んで、色々とサポートすることが僕の主な使命だよ」

「ほほぉ、なるほど。キュゥべえさんは言わば、『プリティサミー』に登場する『魎皇鬼(りょうおうき)』ポジションというわけですね!」

 

「この上なく正鵠を射た見解であり、絶妙な喩えだけどさ…………」

 

 ネタのチョイスが古い! 今の子達には伝わらないだろうに……。

 杏子が疑問符を浮かべているのも無理はない。ちんぷんかんぷん状態だ。

 

 う~ん……これには解説が必要だろうか?

 一応ざっくりと説明しておくと、正確なタイトルは『魔法少女プリティサミー』。

 

 主人公である『砂沙美(ささみ)』が魔法少女となって、“世界を正しく導く事”を目的とした物語(媒体(メディア)によって色々様変わりするけど)で、その砂沙美(プリティサミー)をサポートするのが『魎皇鬼』なのである。

 見た目もキュゥべえと通ずるところがあり、猫と兎の中間に位置したような外見だ。 

 

 所謂スピンオフもの。元の題材となった『天地無用!』は、一世を風靡した人気作品で映画化もしている。

 どうでもいい情報だが、派生元である『天地無用!』に登場する『魎呼(りょうこ)』の声が、僕のマ……母親にそっくりだということにごく最近気が付いた。

 

 

「ということは、キュゥべえさんに頼めば、わたしも魔法少女になれたりしちゃいます!?」

 

 弾んだ声で八九寺。

 小学生の女の子だもんな。魔法少女に憧れを抱くのも頷ける。

 可愛いところがあるじゃないか――なんて、僕は能天気に構えていたのだが……。

 

「馬鹿言ってんじゃねー! 魔法少女ってのはお前が考えてるような、甘いもんじゃねーんだよ!」

 

 杏子の目の色が変わり、声を大にして怒鳴りつける。

 現役魔法少女の身として、聞き捨てならなかったのだろう。

 杏子の言う通り、魔法少女の使命は苛酷なもの。僕も身に染みてよく知っている。

 八九寺の不用意な発言に、反発したくなる気持ちはわかる。

 だとしても、ヒートアップし過ぎだ。

 

「落ち着け。何もそこまで怒ることないだろ。女の子だったら誰しも『魔法少女』に憧れを抱くもんじゃないか。僕だって小さい頃は、変身ヒーローになりたいとか口走ってたし」

「そんな話じゃねーよ! 真宵にキュゥべえが見えるってことがどういう意味なのかよく考えろ!」

 

「ああ、それなら心配ないって。多分、八九寺は魔法少女にはなれないと思うぜ」

 

 尚も殺気立っていく杏子に対し、僕は事も無げに言う。

 

「何を根拠に、現にキュゥべえが見えてんだろ!」

「だったら、本人に訊いてみたらどうだ?」

 

 このままでは埒が明かないので、話しの矛先をキュゥべえに向ける。

 そして、皆の視線を一身に受けたキュゥべえが口を開いた。

 

「うん、阿良々木暦の言う通り無理だね。彼女には、魔法少女になる資格がない」

 

 僕にとっては予想通り。

 八九寺もそれほど本気でもなかったのか、魔法少女になれないと言われても、反応は淡白なもの。

 だがしかし、杏子は違う。結論だけを言われても納得できないようで――

 

「は? 魔法少女になれないって事自体は構いやしないけどさ、それってちょっとおかしいんじゃないの!? キュゥべえ自身が言ってたんじゃないのさ! アンタが見えるってことは即ち、魔法少女になる資格があるって!?」

「そう言われても、何事にも例外はあるものだからね。仕方ないよ。そもそも『死んでいる人間』とは、契約のしようがない」

 

「…………今、なんつった!?」

「彼女は死んだ人間――この世界の(ことわり)から外れた存在だ。僕が見えるのもそれが起因してのことじゃないのかな」

 

「…………おいおい。あんま人をおちょくってんじゃねーぞ!」

「いえ、キュゥべえさんが仰っていることは嘘でもありません。わたし、こう見えて幽霊というやつなのですよ」

 

 キュゥべえに詰め寄る杏子に、八九寺は告げた。特に悲観した様子もなく、自身の存在を打ち明けた。

 

「つーことだ。だから、八九寺が魔法少女になる心配はいらないぜ」

 

「…………ははは」

 

 乾いた笑い。

 

「結託して騙そうったてそうはいくか! んな妄言、誰が信じるんだよ!」

 

 まぁこうなるか。

 僕も八九寺が幽霊だと訊かされた時は、困惑し茫然としたもんだ。信じられないのも無理からぬこと。

 

 八九寺の存在を知覚できる人物ってのも貴重だから、出来れば幽霊と認めた上で仲良くなってくれたらなと思ってたんだけど、考えが甘かったか。

 

 何にしても、言葉で訴え続けるしかない。

 

「騙そうとなんてしてないって」

「こんな真昼間に活動する幽霊なんているわけねーだろ!」

 

 むむ……至極尤もな意見だ!

 血色いいし、足あるし、身体が透けてもない。おまけに、さっきまでアイス食ってたしな。

 見える側にとっちゃ、幽霊要素が皆無だ。

 

 うーむ……どう言えば信じてくれるのか…………あ、これなら!

 

「お前、魔女と戦ってんだろ? だったら幽霊がいたって何にもおかしくないじゃないか。それに、よく考えてみろよ。僕はともかく、キュゥべえがこんな冗談に協力する奴だと思うか?」

「くっ……確かに………………なら……ほんとに……真宵は幽霊なのかよ」

 

 お。認めてくれる気になったか?

 

「おう。間違いなくな」

「……アタシ、もしかして呪われてんのか?」

 

 表情を引き攣らせながら、震えたか細い声で問い掛けてくる。

 けれど、問われている意味がよくわからない。

 

「呪われてるって何の話だ?」

「とぼけんな! テメェの仕業だろッ!? あの不気味な刀の力の所為でアタシは……アタシは……いつの間にか呪われてたんだ…………そっか、アンタ自身も呪われてるんだな!? だからキュゥべえが男なのに見える…………そういうことか!!」

 

 何か、盛大かつ突飛な方向に勘違いをしている。

 不気味な刀ってのは、杏子と一戦を交えた時に忍に創って貰った妖刀もどきのことか――あの時、僕が出鱈目に刀の特性をでっち上げ、確か怨霊に取り憑かれるとか言ったはず。

 それ故に、幽霊が見える自分が呪われたのだと思い込んでしまったのか。

 

 他に僕、なんて言ってたっけ?

 そうだそうだ、原因不明の腹痛が起こるとか、運気が低下するとか適当なこと言ってたな。

 杏子の頭の中では、そういったことが駆け巡っているのだろう。

 

 どうしよう、反応がちょっと面白い。嗜虐心がくすぐられる!

 いけない事だと心では理解しながらも、誤解していることを教えてあげず黙って見届ける僕。

 

 ありもしない災厄に恐れおののき、平常心を失いおろおろとした少女の姿が、そこにはあった。

 

 




 杏子ちゃんは、見た目に反して打たれ弱い(精神的意味で)。
 そんな勝手なイメージで執筆した為、原作とはキャラが違うかもしれません。

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