~047~
青ざめ途方に暮れる杏子。
その様子を不憫に思ってか、横合いから八九寺がパーカーの裾を引っ張ってくる。
だな。もう十分に堪能したことだし、いい加減誤解を解いてやるか。
そう思い立って僕は、杏子に声を掛けようとしたのだけど――それより僅かに早く、ぼそぼそとした囁きが耳に届いた。
「…………ああ……なーんだ……簡単じゃないのさ……大本を始末しちゃえばいいんだ」
自分に言い聞かせる様に。鬼気迫った表情での独白。
口にしている内容が、なんだか物騒な気がしてならない。途轍もなく嫌な予感がする。
「なぁ……始末するって……何を?」
薄々はわかっていながらも、それを認めたくない僕は、祈るような気持ちで訊いてみた。
「何って? そんなの、決まってんじゃん……アンタを……アンタさえぶっ殺しちゃえば、呪いも消える!」
ですよね! 心に余裕がなくなった所為か、思考回路がぶっ飛んでしまっている! 最悪の解決方法だ! 杏子にとっては、切羽詰まった窮状を打破する一筋の光明なのだろうけど、発想が短絡的過ぎる!
「待て! 待てって!」
「遅かれ早かれアンタのことは仕留めるつもりだったんだ! 命乞いしたって遅いよ!」
手にした
そう言えば、魔法少女に変身しなくても、魔法の行使は可能だったか。
くそっ! 見境がなさすぎるだろ!?
つーか傍らの八九寺が「おおぉ!」と感嘆の声を上げ、目を輝かせているのは如何なものか!?
僕のピンチなど所詮対岸の火事のようで、魔法の力に興味津々だ!
「おい、早まるなっ!? お前は呪われてなんかいない!」
「何を今更! アイツは幽霊なんだろ!?」
「そうだけど、だからといってお前が呪われているって理由になりはしないだろ!? 八九寺が見えることとは別問題だって! ただ単に霊感が強いってだけなのかもしれないし、もしかしたら魔法少女になった影響とも考えられる! もしくは、お前が家に帰りたくないと思ってるとかさ!」
「なっ!? 幽霊が見えるのと、家に帰りたくないってのに何の因果関係があるってのさっ!?」
考えられる可能性を一息に述べ立ててみたら、杏子が面食らった表情で反応する。
図らずも言い当ててしまったらしい。なんか反抗期っぽいし、親と喧嘩でもしているのだろうか?
まぁ家庭の事情に深入りはすまい。
さて実際問題――家に帰りたくないという気持ちが起因して、八九寺が見えるようになっているのかは定かではないが、保身の為、説得材料にさせて貰うことにしよう。
「あるんだよ。八九寺が見える人間ってのは限られているんだけど、要因として精神状態に左右される傾向があるからな。それが、家に帰りたくないっていう感情だ。どうだ? 思い当たる節があるんじゃないのか?」
「……なくはないけどさ」
僕の見透かした物言いが気に障ったらしく、仏頂面で肯定する杏子。
とは言えこれで取り敢えず、幽霊が見えても不思議ではないと証明できたわけだ。証明と呼ぶにはあまりにおおざっぱな当て推量ではあるけれど……。
「つーことだからさ、呪われてるなんてことは絶対にないから安心しろ」
「ほんとだな!? 腹痛で食い物が食えなくなったりしないんだな!?」
念を押して確認してくる。
彼女に取っては幽霊云々よりも、それが一番の気掛かりだったらしい。
「……ふぅーマジで焦ったぁ」
本人としては誰にも訊かれないような独り言として口にしたのだろうが、僕の耳はしっかりと声を拾っていた。吸血鬼イヤーは地獄耳なのである。
何はともあれ――誤解は解けたようで、ソウルジェムから伸びていた槍も収めてくれた。
「つっても、真宵が幽霊だっていうのは未だに半信半疑なんだけどね」
矯めつ眇めつ八九寺を観察しながら杏子は言う。
「まぁ怨霊の類じゃないし害はないって。それどころか出会うことでその日一日幸せが約束される、座敷童のようなご利益のある存在だと言ってもいい」
「阿良々木さん……勝手に妙な特性を付加させないで下さい」
「いや、少なくとも、僕はお前に会えた今日一日は幸せが約束されたようなもんなんだぜ!」
「あっはっはー。気持ち悪いですねー」
快活に笑う八九寺だった。
「それにしても、綺麗な宝石ですね」
八九寺が目を爛々と輝かせ杏子を見やる。正確には、杏子の手中にあるソウルジェムに釘付けなご様子だ。
「ああ、これかい?」
杏子はソウルジェムを手の平に乗せると、八九寺の目線に合わせ掲げてみせた。
鮮烈な煌めきを放つ、丸みを帯びた卵型の宝石。透き通った赤い色合いは、まるでルビーのようだ。
「ほほぉ、何とも神秘的な輝きです」
「それは、ソウルジェム。僕と契約した少女が生み出す、魔法少女の証であり力の源だよ」
食い付くように見入る八九寺に、キュゥべえが説明をいれた。
それを訊いているのかいないのか、八九寺は真剣な表情で、じーっと宝石を覗き込んでいる。なんかちょっと怖いくらいに。
「おい……八九寺? どうかしたのか?」
「いえいえ、あまりの美しさに見惚れてしまいまして――ところで佐倉さんはどうやって魔法少女に変身するのですか? やはり魔法のステッキを振って、呪文を唱えるんでしょうかね!?」
僕の呼びかけに何でもないと
「はぁ? んな、まどろっこしい手順は必要ねーよ。念じればそれで一発だっつーの」
「なんと! そんなお手軽に! あの、わたし……佐倉さんの魔法少女姿が見てみたいです!」
「そいつはお断りだね。魔法少女は見世物じゃないんだ。何より、んなことで余計な魔力を消費したくないからね」
「そうですか……残念です」
八九寺の要望は素気無く却下された。
とはいえ、質問にはちゃんと答えてくれているし、邪険に扱っている感じでもなく、
「これぐらいのことで気落ちしてんじゃねーよ。ほら、食うかい?」
寧ろ落胆する八九寺にポケットから取り出した『
意外と子供好きなのかもしれない。
八九寺は感謝の礼とともに遠慮なくロッキーを受け取ると、即座に噛り付いた。
だが、馬鹿みたいに硬質なお菓子を中々噛み砕くことができないようで、悪戦苦闘している。お菓子に悪戦苦闘という表現もアレだけど…………原材料どうなってんだこれ。
しっかし……人間性を知れば知る程、つい先日の出来事が嘘のように思えてくる。
でもこれって、『雨にそぼ濡れる仔犬に優しくする不良理論』が適用されてるだけなのかな……悪い印象のある人間が少し良い事をすると、必要以上に良い人に見えるとかなんとか――これと似た事を両さんが言ってた。
ともあれ、殺されかけたのは間違いないわけで…………最終的には僕の事を亡き者にしようと目論んでいるのだから油断はできない。またぞろ槍で切り刻まれるのは御免だ。
出来ればそこら辺の意識改革もしておきたい。このままじゃ僕、殺し屋に随時命を狙われているようなもんだからな。どうにか折り合いをつけておかなければ。僕自身の為だけではなく、皆の為にも。
上手い事、対話だけで和解を目指したい。
「なぁ杏子。お前ってさ、まだ僕の事狙ってるの?」
まずは確認から。
「ふん。愚問だね。そもそもこの町にやってきたのはアンタの素性を調べる為だって言ったろ? 今回はタイミングを逃しちまったけど……次会った時は覚悟しな」
「いやいや、出来ればそんな覚悟したくないんだって」
「なに腑抜けたことを――つーかさぁ、アンタの事情なんて知ったこっちゃないんだよね、アタシとしては」
駄目だ。
これでは、例え平身低頭に頼み込んだとしても、訊く耳を持ってくれそうにないぞ。
ならば、切り口を変えてみる。
「でも僕の体質は知ってるだろ? そんな奴に
不死性の力は認識しているはずなので、僕と戦っても不毛ではないかと訴えてみる。
魔力の消耗を嫌う杏子が、割に合わないと判断してくれることを切に願って。
「そういやそうだったね。だとしても、心臓を貫いちゃえばイチコロっしょ? それが駄目でも違う手段を講じるまでだし、きっちりとケジメはつけとかないとね」
しかし、僕の願い虚しく杏子は
「あの、佐倉さん、少しよろしいでしょうか?」
と、そこで窺うような控えめな調子で八九寺。どことなく神妙な顔つきだ。
「ん? 何さ」
「えーと……差し出がましい発言なのですが……悪い事はいいません。阿良々木さんのことは諦めた方が身の為です」
「はーん……言ってくれるねぇ」
八九寺の言葉に杏子の口角が吊り上がる。癇に障ったようで眉間に皺が寄っていた。
僕が吸血鬼化していることは八九寺に話しているから、杏子の身を按じての発言なのだろうけど、これでは僕よりも格下だと言っているようなもの。
杏子の化け物じみた実力を知らないから仕方ないとはいえ、ほんとに差し出がましい発言だ!
プライドを傷つけ、闘争心を煽っているだけじゃねーか!
「コイツに肩入れすんのは勝手だけどさ、あまりアタシの事を甘くみないで欲しいね。負けるつもりなんてありゃしないんだよ!」
見縊られ軽んじられたと判断した杏子が、語調荒く吠え立てる。
それに対して八九寺は――
「残念ながら、佐倉さんは既に負けているも同然なのです」
「なっ!?」
――物憂げな表情で、諭すようにそう言うのだった。
意味ありげな台詞。どういうわけか断定口調である。
戦うまでもなく、僕が杏子に
僕個人の見解としては、戦闘に於いて杏子に勝てる見込みなどあろうはずがない。
「……そりゃどういうことだい?」
杏子が苛立った声音で真意を問うと――八九寺は、大きくため息を吐き「後悔しても知りませんよ」などと妙な前置きを挟んで、訳知り顔で喋り始める。
「佐倉さんの熱い思いはしかと感じ取れましたが……気持ちだけではどうにもならないのが世の常。見込みがないわけではないでしょうが、あまり褒められた行為ではありません。いえ、阿良々木さんの事を調べるている最中ということですし、まだ知らないのでしょうね。佐倉さんには酷な話になってしまいますがお伝えします。残念ながら……阿良々木さんには既に恋愛契約を結んだ方がいらっしゃるのです!」
「………………え?」
「………………は?」
僕と杏子が同時に素っ頓狂な声を上げる。
「あー悪い、八九寺……僕の読解力が足りないみたいだ…………僕にも理解できるように、もう一度頼む」
「何かおかしかったです? 阿良々木さんには既に恋人さんがいらっしゃるので、佐倉さんの想いが成就することは難しいと忠告したのですが……確か阿良々木さんは、あの黒髪ロングの冷酷なお姉さんとお付き合いしているんですよね? 間違ってましたか?」
「付きあっていることは間違いないけどさ…………」
冷酷なお姉さんはやめてやれ。否定は出来ないが。いや、これはクールなお姉さんと言いたかっただけか?
それはさて置き――
「なぁ八九寺さんよ――お前は僕と杏子の関係というか、さっきの会話をどういう風に解釈したのか言ってみろ」
「へ? ぶっちゃけ、お菓子を食べることに気を取られ、ちゃんと訊いてませんでした」
だろうよ。
「とは言え、断片的に情報は入ってきてますから問題ありません。何やらいろいろと複雑な事情があるようですが、詰る所、佐倉さんは阿良々木さんに好意を抱いていて、遥々この町までやってきたってことではないのですか?」
「どうしてそうなったっ!?」
「どうしても何も、佐倉さんは阿良々木さんのことを狙っていると仰ってましたよね? それに、ハートを打ち貫いてイチコロにする的なことを宣言していたではありませんか!」
「変に深読みするな! 日本語の妙ではあるけれど、杏子のいう『心臓を貫く』ってのは比喩表現じゃない!」
「おい真宵、冗談だとしても笑えねぇぞ」
「佐倉さん顔が怖いです!」
まじビビりの八九寺だった。
はぁ……話が盛大に脱線したな。僕は何について話してたんだっけ?
あーそうだそうだ思い出した。
杏子が
…………思い出したくなかった。
話題を変えよう。
「なぁ杏子、お前って昔は巴さんと一緒に行動してたんだろ?」
「だとしたら、何」
が、話題のチョイスに失敗したようだ。
あまり詮索されたくない内容だったのか、不機嫌な声音とガンつけで以って威嚇された!
八九寺に向けた怒りの数値を1とすれば、僕に向けられた数値は10を超える。
まじビビりの僕だった。
あと杏子の剣幕に恐れをなしてか、はぐれマヨイがにげだした!
都合よく童心に返ったフリをして、ブランコの方へと駆けていきやがった。
なんて非難めいたことは言えないか……きっと、八九寺なりに空気を読んでくれた結果なのだ。
傍観者を気取って訊き耳を立てるキュゥべえの耳を引っ掴んで、強制連行してくれたのも正直有難い。杏子と面と向かって話ができる。
何にしても少し踏み込み過ぎてしまったか。
だが、ここで引き下がる訳にもいかない。
話題を変えたとはいえ、その根底にある目論見は杏子と折り合いをつけることなのだから。
「いや、だからさ……仲良くできた時期があったなら、また仲直りもできるんじゃないかと思ってさ」
「はぁ? 本気で言ってんの? そんなの無理に決まってんじゃん」
「そうは言うけど、お前は独りで魔女と戦うことに恐怖とか感じないのか? 不安じゃないのか? リスクだって相当高くなるだろ?」
「んな感情とっくに麻痺しちまってるよ。リスクも承知の上さ。第一、仲良く報酬を分けっこなんて御免だね。言っとくけどさ、アタシはもう誰とも慣れ合うつもりはないんだよ」
「……獲物を独占するためってことか」
「ああ、そうさ。アタシの邪魔をする奴は誰であってもぶっ潰す。当然、下らない正義感を燃やして使い魔まで一掃しようなんて連中は特にね!」
「でも……でもさ、魔法少女同士で敵対するのも馬鹿げてるだろ。それこそ魔力の無駄遣いに繋がるんじゃないのか?」
「それは確かにね」
頭ごなしに否定することなく、一応は理解を示してくれた。そうだ。杏子はちゃんと損得勘定ができるタイプだ。
もっとちゃんとしたメリットを提示すれば、落としどころは見つかるかもしれない。だが、そう都合よく杏子の食い付くようなメリットが思い浮かばないのが現状だった。
「つっても、余所の町じゃ魔法少女同士の縄張り争いなんてのは珍しくもない。それに、使い魔を狩られる方がよっぽど痛手なんだよね。見ててイライラするし。ああ、そうだ。アンタ等が今後使い魔を見逃すって言うのならこっちも無闇に手を出したりはしないよ。アタシは魔女さえ狩れればそれでいいんだ――さぁどうする?」
これが杏子の妥協点。
この条件を飲みさえすれば、当面の間は余計なトラブルは回避できるだろう。
その場凌ぎに話を合せることもできなくはないが…………だけど……それでは、巴さんの掲げる“信念”を否定することになってしまう。美樹が血だらけになって守った“心念”を踏みにじることになる。
「折角の申し出だけど、僕の一存で決めていい問題じゃない。だから返答は保留させてくれ」
「ふーん。ま、そりゃそうだろうね。口先だけで調子のいいこと言うようだったら、今この場で叩きのめしてやろうと思ってたのに、ざーんねん。命拾いしたね」
軽口とも本気とつかない口調で杏子は言う。
僕の答えを、杏子がどう受け取ったのかは見当もつかないが、それでも最悪の答えだけは回避できたようだ。
とまぁ結局のところ――交渉虚しく
思いつく限り言葉を尽くしてみたけれど、和解には至らない。
少しでも心の溝を埋められたと思いたいところではあるが。
「ふぅ……おっかない方でした。阿良々木さん。どのような事をしでかせば命が狙われるなんて羽目になるのですか?」
「……さぁ何でだろうな」
理由ははっきりしてるけど……こればっかりは八九寺に言っても仕方がない。
「あー佐倉さんの胸でも触りましたか」
「違うわっ! 失礼なことを言うんじゃねぇ!」
触った子とは、ちゃんと和解が成立している!
「僕のことを見境なくセクハラ行為に及ぶ節操のない男だと思っているのなら大間違いだぞ! 僕がセクハラ行為に及ぶのはお前だけだ!」
「中々に酷い発言です!」
いや、ほんと。八九寺を見ると心のリミッターが簡単に外れちゃうんだよな。ロリコンではないはずなのにどうしてだろう。
「僕はいつ何時だってお前を狙っているぜ!」
「はぁ……まったく、懲りない方ですね」
八九寺は呆れた声音でそれだけ言うと、僕の相手を切り上げベンチに向かい腰を下ろしてしまった。
もっと色々捲し立ててくると思ってたんだけど、何か全体的に反応が薄いというか、勢いがないような気がする。
なんか、表情が暗いし、心ここにあらずとでもいうような……元気がない感じだ。
キュゥべえと何か話してたようだし、変なことでも吹き込まれたとか?
もし、僕の八九寺に要らぬちょっかいを出していようものなら、絶対に許さねぇ。然るべき制裁を加えたのち、心渡の錆びにしてくれる! 何体現れようと根こそぎ殲滅してくれる!
って決めつけはよくないよくない。様子がおかしいといえば、その少し前に兆候らしきものがあったし……気になるな。
まぁ僕と八九寺の間柄だ。変に気兼ねする必要もあるまい。気になるならば、本人に訊いてみればいいじゃないか。
後を追いベンチに腰掛け、優しく問い掛けてみる。
「八九寺。思い詰めた顔してどうしたんだ?」
「ええ、まぁ、少し考え事を…………」
「なんだ。悩み事か? 僕でよければ全力で相談に乗ってやるぜ」
「えっと、悩み事とはまた違うといいますか…………まぁ悩んでいると言えば悩んでいるんですが……」
「なんじゃそりゃ?」
「わかり易く言えば、阿良々木さんに伝えるべきか否かで悩んでいます。阿良々木さんは知っておくべきことだとは思うんですが…………あまり口外すべきことでもないと言いますか…………そもそも、阿良々木さんは既にご存知なことかもしれませんし……」
言葉を濁し、黙り込む八九寺。
「何だよ。気になる言い方をするな。勿体振らずに教えてくれよ」
「……そうは言いますが阿良々木さん。知らぬが仏という言葉があります。知らなければ知らないままでいた方がいいなんてことは沢山あるのですよ――それでも同じことが言えますか?」
僕の瞳を真っ直ぐ覗き込み、いつになく真剣な面持ちで八九寺は言う。
どうやら、安易な気持ちで向き合っていい問題ではないようだ。
だとしても、僕の意志は変わらない。いや、是が非でも訊くしかなくなったと言える。
「僕は八九寺の判断を信じるよ。僕が知っておくべき話だとお前が思うのなら、僕は知っておかなくちゃいけない。何か雰囲気的にシビアな話っぽいし、内容までは予測できないけど、それってアイツ――佐倉杏子についての話なんだろ?」
「お気づきでしたか」
「当たり前だろ。お前、途中から何か様子がおかしかったし」
僕が違和感を覚えたのは――そう、八九寺が杏子の持つソウルジェムに興味を示した時だ。
「本当に……よろしいのですか?」
「ああ、腹は括ったぜ」
「では、お話させて頂きます。まぁそんな長い話でもありません。恐らく、魔法少女という超常的な存在になったことによって引き起こされた現象と言いますか、影響なんでしょうが………………佐倉さんの“魂の在り方”が明らかに普通の人と異なっていました」
「魂の在り方が……異なっている?」
何とも、スピリチュアルな単語が出てきたぞ。
「えっと……それは何か拙いことなのか? 正直、いまひとつピンとこないんだけど。ほら、僕だって血の構造が普通の人と異なっている訳だしさ」
「拙いかどうかはわかりません。ですが異常な状態なのは確かです。阿良々木さん、わたしが今から言うことは、曲解せず言葉のままに受け取って下さい。比喩でも
念を押しての勧告。
それほどまでに、突拍子もない発言をするってことか。
僕は八九寺の確認に対し、無言で頷き先を促した。
「直裁的に言ってしまえば――ソウルジェムと呼ばれるあの宝石が、佐倉さんの『魂』に成り代わっています」
「……………………え? それって……どういうことだ……?」
理解の追い付かない僕に対し――
「ですから言葉の通り、佐倉さんの肉体を動かしているのはソウルジェムだということです」
――追い打ちとなる真実を八九寺は告げた。
「わたしが見る限り――佐倉さん自身の肉体からは、生気が全く感じ取れませんでした」
タイトルの由来が本当の意味で明確になるお話。
全く違う展開ですが、ある意味に於いて『まどマギ』第6話が踏襲されてます。