【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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しのぶリミット~その2~

~048~

 

 動揺しているのか頭が上手く回らない。衝撃的な事実に僕はただ茫然とするばかりだ。心構えはしていたつもりだけど……想定以上だってこんなの。

 

 思索に耽ろうとするもどうにも考えが纏まらず、無為に時間だけが過ぎていく。

 

『おい、我があるじ様よ』

 

 当て所もなく街中を徘徊し、ただ漠然と自転車を押して歩いている僕に――忍野忍が不満そうに声を掛けてきたのは、八九寺と別れて30分は彷徨ったあたりの事だった。

 

『何時まで道草を食っておるつもりじゃ。儂はずっと胸を高鳴らせ、ミスタードーナツに到着するのを待ち侘びておるというのに!』

 

 直接脳内に響く声。姿を現さず影の中からダイレクトに訴えられている関係で、忍の顔色を窺うことはできないが、怒っているのは明白である。

 

「……あぁ……素で忘れてた」

 

 そうだった……ミスドでドーナツをご馳走してやる予定だったな。いや、ご馳走というか謝礼としての報酬な訳だけど。

 でも。

 

「今はそれどころじゃないんだって」

『は? この世にドーナツよりも優先することがあるとでも言うのか!?』

 

「どんだけドーナツ至上主義なんだよ…………忍、僕は今途轍もない問題を抱えて苦悩している最中なんだ。悪いけどミスドはまた今度にしてくれないか?」

 

『戯けたことを吐かすな。途轍もない問題というが、それはアレじゃろ。あの迷子っ娘が言っておったことじゃろ。下らん』

 

 歯牙にもかけず忍は言い捨てる。

 

「お前の尺度で語るな。つーか訊いてたのか。お前、昼寝してたんじゃないのかよ?」 

『ボケが! 儂とお前様とのペアリングを忘れておるのか。お前様の受けた痛みが、そのまま儂の痛みになる事を。いい気分で寝ておったらいきなり顔面を強打されたのじゃぞ。それでどうやって眠り続けることができるというのじゃ!』

 

 ああ、杏子と八九寺から痛いのを一発ずつ頂戴したからな。いや、それはほんと悪い事をした……弁解の余地もない。

 

『それに現在進行形でお前様の動揺が儂にも伝わってきておる。気持ち悪くて眠れやせんわ! どうにかせい!』

「無茶言うなって。お前も話を訊いてたというのなら、僕の気持ちを察してくれてもいいんじゃないのか」

 

『そう言うのであれば、儂が抱くドーナツへの思いも察するがよい。というか、お前様が幾ら頭を悩ませたところで、どうこうなる問題でもないじゃろうに』

「それは確かにお前の言う通りなのかもしれないけど……」

 

 この事実を安易に魔法少女となった子達に伝えるのも得策とは思えないし……行動しようにも指標が定まっていないのが現状なのだ。

 

「何にしても、情報不足なんだよな。あーどうすりゃいいんだ」

 

 だからこそ焦燥が募るばかりで、途方に暮れることしかできないでいるのだ。

 

 

『はぁ情けなや情けなや――こんな瑣末な事で平静を失うでない。もっと泰然自若とはできんものかの。この(うつ)けが儂の眷属であり主人だと思うと悲しくなってくるわ』

 

 ため息と共に忍が落胆の声をあげた。僕の評価が大幅にダウンしたことは想像に難くない。

 それでも運命共同体――血を分かち合う半身とも言える相棒は、僕の事を見捨てなかった。

 

『ふん、仕方ないの。儂からこの件に関する有益な情報を与えてやらんこともないぞ』

「ほんとか!?」

 

 僕は食い気味に喚声をあげる。

 

『いつまでもうだうだされては敵わんし、お前様の動揺の所為で安眠もできんからの。軽く助言をしてやろうという程度のことじゃ』

 

 何だかんだ言いながらも助力を惜しまないんだよな、このツンデレさんめ!

 

『じゃから、さっさとミスタードーナツへ向かうがよい。話はそれからじゃ』

「……………………」

 

 結局それかよ。色々台無しだ。

 いや、ドーナツをご馳走するってのは(かね)てからの約束だし、交換条件とも言えない有り難い申し出だけどさ。

 

 兎も角そんな訳で、随分と時間はくってしまったものの――僕は当初の予定通りミスタードーナツに急行したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~049~

 

「マジまいうー!!」

 

 国道沿いにあるミスタードーナツの飲食スペース。

 約五千円相当にもなるドーナツの山をあっという間に平らげた金髪金眼の元吸血鬼は、表情を(とろ)けさせていた。唇の周りについた白い粉をぺろりと舌で舐め取り、至福の表情を浮かべている。

 

 一応は貴族の出自なんだけどなコイツ…………優雅さの欠片もなく貫録も何もあったもんじゃない。

 まぁゴールデンウィークの時みたいに、無表情で黙々と食べるよりは断然いいけど。 

 食べてる姿は可愛いし、またご馳走してやってもいいかなぁーなんて思えてくる。

 

「おかわりっ!!」

「んなもんあるかッ!」

 

 それでも限度がある!

 一日で僕が今まで食べてきたドーナツ摂取量を超えるつもりか!?

 今まで食べてきたドーナツの数は覚えてないけどね!

 

「つーか僕の財布の中身がねーんだよ! ほぼ全財産つぎ込んでんだ! 来月の小遣いまでひもじい生活が強いられているって解ってんのか!?」

 

 っと、いけないいけない。

 山盛りのドーナツを貪り食う金髪幼女ってだけでも悪目立ちしてるのに、それに加え大声で騒いだら余計に注目を集めてしまう。

 

 僕は一呼吸置いて、声のトーンを落とし忍に催促を入れる。

 

「なぁ、いい加減話してくれよ」

「そう急かすでない。食後の余韻が台無しじゃろうが」

 

 取り澄ました表情で忍は言った。

 

「気取ってんじゃねーよ。ほら、お前の要望は訊きいれたんだ」

 

 焦ってどうこうなる案件でもないが、バイトもしていない、親のお小遣いだけでやり繰りしている、高校生にとっては大金と呼べるほどの金額を投資したのだからせっつきもする。

 

 陳列されたドーナツを見た途端、人の足元見やがって。

 くそ。本当は『野口さん』一枚の犠牲で済ませるつもりだったのに…………『樋口さん』を投資したのは忍の口を割らせる為なのだ。痛い出費になってしまったが、ここは割り切るしかない。

 

 さて――これが何の催促かというとそれは勿論、八九寺からカミングアウトされたソウルジェム、延いては魔法少女の歪な有り(よう)についてだ。

 

「つーかお前、本当に有益な情報なんてあるのか? 冷静になって考えてみりゃ、そもそもお前が今更僕に何の情報を提供できるんだって話だよ。お前と行動して既に一週間以上は経過してるのにさ」

 

 この間に忍から得られた情報など皆無。ミスドに行きたいが為の口から出任せかなんじゃないかと心配になってきた。

 

「ほう、この儂を疑うというのか?」

「だってお前の適当さ具合は、一緒に生活して痛いほど身に染みてるし……」

 

 大言壮語が過ぎるというか、ノリだけで会話している節が多聞に見受けられる奴なのだ。

 コイツから嘘の歴史を教えられたことは一回や二回じゃすまないからな。正直、信用度は低い。

 

 五百年もの歳月を生き抜いてきた歴史の生き証人という肩書きを信頼して、忍に教えて貰った過去の偉人の逸話を意気揚々と羽川に披露したら、全くもって歴史背景と合致しないと指摘され赤っ恥をかいた恨みを忘れはしない。

 

「お前様よ。それは考え違いというものじゃ。“今更”じゃなく、“今だからこそ”じゃよ」

「え~と……どういう意味だ?」

 

 何か意味深な物言いであることは感じ取れるんだけど、それ以外はさっぱりである。

 

「つまりじゃ、あの迷子っ娘がお前様に情報を開示した、“今だからこそ”儂としても隠し立てする必要性がなくなったということかの」

「ん? つーことはさ、ずっと前から気付いてたってことか!?」

「当然じゃろう。あの迷子っ娘にわかって儂が察知できん理由などあろうはずがない」

 

 しれっと忍は言った。

 でも言われてみれば、当たり前の話だった。

 これでも怪異の王とまで謳われた伝説の吸血鬼――その慧眼は信頼に値する。

 

「なら……何で気付いた時に――」

「ふん。人間についての情報は極力漏らさんようにするというのが、儂の信念というか方針(ポリシー)じゃからな。今回は詳細がほぼ明らかになったが故、ある程度の補足説明ぐらいはしておいてやろうってだけのことじゃ」

 

 そこで忍は一度言葉を区切り、コーヒー(お代わり自由の良心価格)をぐいっと飲み干してから、鷹揚に口を開いた。

 

「よし本題に入るかの。さて我があるじ様の憂い事についてじゃが、まぁざっくりと言ってしまえば、あの魔女っ娘等は皆一様にして、魂をソウルジェムとかいう宝石に移し替えられておるということじゃな。それを実行したのはあの兎(もど)きで間違いあるまい」

「やっぱ、そうなのか」

 

 兎擬き――キュゥべえ……か。 

 うら若き少女達と契約を取り結ぶことを役目とする謎の生命体。

 

「なぁ、忍。お前の目から見て、キュゥべえはどう映る?」

「ふーむ……我があるじ様の期待に応えれんのは歯痒い限りじゃが、正直アレは儂からしてみても得体がしれん。怪異にカテゴライズすることも憚られるような異質な存在と言えよう。こればかりは儂ではなく、他を当たるべきであろうな」

 

「他って言われても……忍野に訊けってのか? 確かにアイツならそれなりの事情は知ってるだろうけど、そりゃ無理な話だぜ」

 

 この件に関しては完全に不干渉を貫いているからな。望み薄だ。

 

「別にアロハ小僧とは言っとらんわ。儂が言っておるのは、あの黒髪の魔女っ娘のことじゃよ」

「ほむらに?」

 

「言動から推察するに、あの小娘は兎擬きの本質を見抜いておるよ。無論、自身の身体が抜け殻であり、魂を宝石に移し替えられておることも知っておるじゃろうな。素直に受け答えするかは知らんが、一度当たってみたらどうじゃ?」

 

 忍は断定口調で言い切った。

 確かに知っていてもおかしくない。僕にしても、思い当たる節があり過ぎるぐらいだ。

 

 ならば勝手に行動するよりも、ほむらの判断を仰ぐのが適切か。

 一番の問題は忍の指摘通り、アイツが簡単に情報を開示するかってことだけど、そこは僕が上手く立ち回るしかない。

 

 よし、取り敢えずの方針は定まった。

 思い立ったが吉日ということで、僕はジーンズのポケットから携帯を取り出すと、手早く操作してほむらに電話を掛ける。

 

 

「…………………………………………………」

 

 だがしかし、一向に出る気配がない。

 留守番電話サービスに繋がることもなく、耳元では呼び出し音が繰り返される。

 

 取込中か気付いていないのか…………もしくは僕からの電話を無視しているとか? そんな疑念が過ったところで――

 

 

『何?』

「おお、繋がった!」

 

 ――やっと呼び出しに応じてくれた。

 冷淡かつ最低限の応答なのは、いつものことなので気にしない。

 

「えっとさ、ちょっとお前に相談したいことがあるんだけど、これから時間とれないか? 出来れば直接会って話しがしたいんだけど」

 

 電話で済ませられる(たぐい)の案件ではないからな。ちゃんと顔を合せてしっかりと意見交換した方がいいだろう。

 

『無理ね』

 

 次いで、ツーツーと虚しく不通音が鳴り響く。

 交渉の余地もなく、簡潔かつ最低限の返答でお断りされたのだった。

 

 


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