~054~
想定外過ぎるほむらの言葉に……僕達兄妹は呆然と押し黙ることしかできなかった。
いや、内容がショッキングであったことに対してもだけど…………それとは違うもう一つの理由で当惑せずにいられない。多分、月火も気付いているし、ほむらも“意図”しての発言なんじゃないかと思う。
「それって……自殺、とか?」
探りの意味を込め、僕はほむらに尋ねてみる。
痴情のもつれからくる死因としては、まぁ妥当な線ではなかろうか。
「自殺……と言えなくもないけど、持病による発作と言った方が近いかしらね」
僕の質問に答えたことによって、疑念がより深まった。
持病による発作というのが気になるが…………それはさて置き――
「なぁほむら。僕の早とちりだったなら、笑い飛ばしてくれて構わないし、かなり馬鹿げた憶測だと自分でも思うんだけれど………………」
いや、ほんと、考え過ぎかもしれない。
これでもし見当違いだったら死にたくなるな。
それでも――僕は意を決し口を開く。
「……お前、さっきから半ば断定した言い方で、“未来の事象”について言及していないか?」
僕の問い掛けに、ほむらは真顔で答える。
「答えは、イエス――よ」
はぐらかすことも渋ることもなく、事実であると認めた。即答だ。
「こちらの都合で、敢えて“
淡々と彼女は語る。
虚言だと断じることは容易いが――この少女に限ってそれはないだろう。
戯れに冗談を言うような人間ではない事を、僕は知っている。
それに何と言っても彼女は魔法少女。
なんか感覚が麻痺している気もしないでもないが…………時間を止める能力に比べたら、未来予知なんて全然許容範囲。
まぁこれは、ほむらの力を知っている僕の見解だ。でも僕の妹はそんなことは知る由もない訳で…………。
「…………ほむちゃん、それって本気で言ってる?」
意外と現実主義な我が妹は、俄かには信じ難いといった面持ちで、目をきょとんとさせている。
「勿論。元より、この未来予知を前提に私は動いているのだから、さっきの話が信じられないと言うのであれば、もうこの話はお終いよ。月火さんに助力を願うのは、きっぱりと諦めるわ」
「………………むぅ」
月火が唸り声をあげる。
ほむらの真剣な顔付きをみれば、とても冗談を言っているようには見えないだろう。
だからといって、根が疑り深い月火にとって、簡単に信じれる話ではない。考えが中々纏まらない様子だ。
「ねぇお兄ちゃんは、ほむちゃんの話、信じるの?」
静粛とした時が流れ、秒針が一周しようかというところで月火が僕に訊いてきた。
「ああ、信じる。僕、それなりにこいつのこと、信頼してるんだ」
本人のいる前で、こういうことを言うのは少し気恥ずかしいというか、間違いなく一方通行の想いなのだろうけど。まぁ案の定、ほむらに目立った反応はないしね。
「ふ~ん、そっか………………」
何にしても、月火は気のない曖昧な返事をするだけだった。
僕の意見を訊いて、どう思ったかは定かではないが、かの有名な『考える人』のポーズで再び黙り込み、しばし思索に耽ると――
「うん」
――と、小さく頷いた。どうやら考えが纏まったようだ。
「やっぱり、私は信じられないってのが正直なとこだね。ほむちゃんには悪いけど……私にとっては眉唾物の話だよ」
熟考に熟考を重ねて出た答えがこれだった。
「そう。なら仕方ないわね」
潔く諦めると宣言した通り、ほむらが食い下がることはなかった。
「時間をとらせてしまってごめんなさい」
――軽く頭を下げ、早々に部屋を出ようとほむらが立ち上がる。もう彼女が
月火だってちゃんと検討した上で出した答えなのだから、それについて僕がアレコレ言うのは筋違いだ。ほむらもこうなる可能性は十分に想定していただろうし、納得している。
でも、このまま帰らせてしまうのも違うだろ。お節介だと言われようが、せめて僕だけでも力になってやらなくちゃ駄目だ! そう思い立って僕はほむらを引きとめようと――
「ほむちゃん、待って!」
――したのだが、それより先に月火が制止の声を上げ、ほむらを呼び止める。
「さっきのは“私の本心”を話しただけだよ」
そして、よくわからない主張を始めた。
ほむらも僕と同じ心境のようで、不可解な面持ちで月火を見やる。
「…………どういうことかしら?」
月火の真意を計り兼ね、怪訝そうにほむら。
「どういうこともなにもないよ! 私、ほむちゃんのこと全然知らないもん。そんな相手の言う事を簡単に信じられる訳ないじゃない!」
わざわざ呼び止めて、追い打ちを掛けるような発言をする。
何を言い出しているんだ、この馬鹿は…………言動が本当に読めない奴だ。
「なら、これ以上話を続けてもむい――」
「だけど」
ほむらの言葉を凄味のある声で遮って――月火は言い放つ。
まだ主張の途中だったらしい。
「お兄ちゃんはほむちゃんの事を信じた。だったら今日会ったばかりで大してほむちゃんのこと知りもしない私の判断よりも、ここの所ずーっと一緒に行動していたであろうお兄ちゃんの判断を優先させる」
「…………え」
「もとより、私が信じようが信じまいが、人が死んじゃうなんて訊いて、見過ごせるはずがないんだよ」
「でも、それは…………私の未来予知を前提にした話で――」
「だから関係ないんだってそんなの。というか見て見ぬ振りでもしようものなら、絶対に火憐ちゃんに怒られるもん」
まったく、この妹は…………自分の信念があるんだかないんだか。
なんて出鱈目な理論で動いてやがるんだ。
そもそも普段は僕の言うことなんて一つも訊きやしない癖に、何が僕の判断を優先させるだよ。都合のいいこと言ってんじゃねーよ。
まぁこれはただの後付けの理由で、いいようにこじつけただけなのだろうけど。
月火を突き動かしたのは、人が死ぬかもしれないという不穏当な事態。
それが、月火の心に火をつけたのだ。
「“確証”がなくても“可能性”があるなら、正義の味方は行動を開始するんだよ」
そう――これこそが、月火の行動理念。
自分の為ではなく、彼女は一貫して他人の為に動く。それが文字通りの“人助け”であれば尚更である。
まぁ人助けと言えば聞こえはいいが、これはただ単に、厄介ごとに首を突っ込みたがる性分というだけで、決して褒められた話ではない。
詰る所、こいつは恋愛相談のアドバイザーとして、この話に食い付いた訳ではないのだ。
「…………それって、つまり?」
今一つ事態を呑み込めていないほむらに向けて、月火は声高々に宣言した。
「ここで動かなきゃファイヤーシスターズの名折れだね!!」
~055~
「阿良々木暦。あなたに前以て忠告しておくけれど――取り乱さないで訊いて頂戴。それと当然、他言は無用よ」
晴れて月火から助力が得られることになり、ほむらから事の次第が語られようかという前段階――本題に入る前の諸注意として、そんな前置きが挟まれた。
どちらかというと、月火に対しの事情説明のはずなのに…………なぜ僕だけを名指しで? なんて疑問が湧き起こったが、その理由はすぐ知れることになった。
「どうせ後で明らかになるのだから、もう個人名は伏せないでおく――渦中の人物、私が仲立ちしようとしている少女の名前は、美樹さやかよ」
「なっ!?」
予期せぬ人物の名前が挙がった事に、僕は驚きの声をあげた。
恋煩う名も知らぬ少女の正体が美樹だったことにも驚きだが…………ほむらの“未来予知”で彼女は命を落とす事になっているのだから、その衝撃の度合いたるや筆舌に尽くし難いものがある。
忠告もあって取り乱しこそはしなかったが――
「どうしたのお兄ちゃん? 知り合いの人?」
「ん……ああ……知ってる奴だ……」
――月火の問い掛けに、上の空の返答しかできなかったのは仕方ないことだろう。
しかし、ここで僕が狼狽えていては、折角整った空気がまた悪くなってしまう恐れがあるので、どうにか表情を取り繕い、平常心を心掛ける。
深刻になり過ぎるのもよろしくないしね。
一先ずほむらの未来予知の話は置いておくとして――あの美樹が恋とは……いやはや意外に乙女チックなところがあるもんだ。
巴さんとかまどかちゃんなら、恋する乙女のイメージもし易いんだけど――ん? いや、ちょっと待て。
そういえば、まだもう一人の少女が誰なのか訊いてなかったが、
「なぁほむら。美樹のライバルにあたる子って……もしかして、まど――」
「違う」
食い気味に否定された。
早合点が過ぎたか……つーかコイツ、まどかちゃんのことになると、ほんと目の色が変わるな。
「そう睨むな。親友同士の三角関係なんて、いかにもなシチュエーションだったから、ひょっとしたらと思っただけだって」
「いえ、その考え事態は間違っていないわ」
「ん?」
「美樹さやかと鹿目まどかの共通の親友だから、親友同士の三角関係というのは間違っていないと言っているの。ただ、多分あなたと面識はないんじゃないかしら――美樹さやかのライバルにあたるその子の名前は志筑仁美」
「確かに初耳だ」
「そして、この二人から想いを寄せられている少年の名前が上条恭介」
「こっちの名前には憶えがあるな」
僕の記憶が正しければ、美樹が魔法少女になる対価として、この少年の怪我を治してあげたんだっけか。
「ちょいお二人さん。ちゃんと私にも分かるように説明してくれないかな?」
と、そこで月火が口を挟んできた。
「おお、悪い悪い」
見知った名前が出たもんだから、つい放ったらかしにしてしまった。
そんな訳で――月火の催促もあり、ほむらによる具体的な事情説明が開始された。
流れとしてはほむらの説明で、気に掛かった点や腑に落ちないところがあれば、その都度月火が質問を繰り返し、認識の齟齬を埋めていくという感じで――どんな些細なことであっても、徹底的に情報を洗い出すというのが月火の方針なのか――僕からすれば何の役にたつんだってことまで詮索していた。不確定要素を排除することが何よりも大事だとか何とか。
ほむらもでき得る限り、正確な情報を伝えようと努めていることは、傍から見ていてよく分かった。それでも伏せる所は伏せて魔法少女に関する情報を漏らしはしない。
基本的に僕は口を挟まず、傍観者の立場として二人のやり取りを見守った。
あくまでも相談に乗っているのは月火であるのだから、僕は口出ししない方がいいとの判断だ。
そうして、月火による聞き取り調査が一時間を超えた辺りで、ようやく一段落ついたようだ。
ただ訊いているってだけなのも、思いの外疲れるもんだな。
さてさて、語り手の責務として、ほむらから得られた新たな情報を伝えておかなければなるまい。
丁度上手い具合に月火が纏めたメモがあるので、それを参考にして(丸っこい字で読みにくいけど)――人物紹介がてら、僕の所感を交え語っていくとしよう。
まずは――上条恭介。
性格は実直で人当たりも良く、友達も多い。
美樹とは幼稚園の頃からの幼馴染で、仲は極めていいようだ。ただ、それは友人としてであって、恋愛方面での進展は皆無――美樹の想いには全く気付いていない様子。
またヴァイオリニストとして将来を有望視されていたが、中学二年になったばかりの春先頃、不幸にも交通事故に遭い大怪我を負ってしまう。
彼にとって致命的だったのは、ヴァイオリニストにとっての生命線である、左腕が動かなくなってしまったことだ。主治医からも、現在の医学では回復の見込みはないと宣告され、自暴自棄に陥る程、心が荒んでいたらしい。
それを目の当たりにした美樹が、彼の腕を治すことを願いとして魔法少女になったのだけど、無論、腕が治った奇跡が美樹お陰だという事は、本人は知る由もない(念の為補足しておくが、月火への説明も原因不明の奇跡で通してある)。
まぁその甲斐あって、つい先日無事に退院することができたようだ。そして明日――月曜から学校にも復帰するとのこと。
続いて――志筑仁美。
美樹とまどかちゃんの親友にして、美樹の恋敵にあたる。
社長令嬢の所謂お嬢様。習い事を複数個掛けもちし、その全てに於いて人並み以上の才能を発揮しているほどハイスペック(確認できたのは、ピアノ、日本舞踊、茶道、書道、生け花、合気道など)。
気品もあって性格は穏やか、お金持ちであることも鼻にかけず、淑女然とした雰囲気を身に纏っており、学校ではクラス委員を務め、成績もトップレベル。
容姿にも秀でており、かなりの数のラブレターを貰っているらしいが、誰にも
彼女が男子からの告白を断った理由は、上条恭介に対し密かな恋心を抱いていたからで――ほむらの未来予知によると、退院した上条恭介が登校してきたことを契機に、告白を決意するようだ(流石にどういう心の葛藤があったかは判然としていない)。
ただ親友である美樹の恋心を知っていた彼女は、抜け駆けして告白することを卑怯なことだと思ったようで、放課後に美樹を呼び出し、自分の正直な気持ち――上条恭介への想いを語り、幼馴染として、ずっと彼のことを想ってきた美樹の心情を顧慮して、丸一日だけ告白するのを待つという旨の宣戦布告を行う。
要は先に告白する権利を与えられた訳だが……美樹は愛情と友情のジレンマに陥り、告白は出来ずに終わる。その後の結果は推して知るべし、もう敢えて言及する必要もないだろう。
とまぁ、大筋の流れとしてはこんなところだ。
あとはこの情報を元に、話を詰めていくことになるのだけど…………。
「お兄ちゃん。参考までに訊きたいんだけど――もしお兄ちゃんが上条くんの立場だったらと仮定して、この二人から同時に告白されたら、どっちを選ぶ?」
月火がそんな質問を投げかけてきた。
会話のやりとりは、よくキャッチボールに例えられるけど、できることなら、そのまま見送りたい類のボールだな。
「え……いや……どっちだろうな……」
口では悩んだ素振りを演じてみるけれど…………美樹と志筑さんを比べてみれば…………誠に遺憾ながら、美樹が勝っている要素が見当たらない! なんだこの完璧超人って思わずツッコミを入れたくなるほど志筑さんのスペックは高い。だが一応、美樹には幼馴染という補正があるし…………うん、そうだ!
「ビアンカとフローラなら、僕はビアンカを選ぶ男だぜ!」
「そんなことは訊いていない。まぁ普通なら志筑さんを選ぶんだろうね」
僕の意見など端っから参考にしていなかったようで――勝敗は既に月火の中で固まっていたようだ。
「となれば、やっぱり――志筑さんより先に美樹さんが告白するしかない訳だけど、ねぇほむちゃん。美樹さんがちゃんと告白したとして、上条くんはその告白を受け入れると思う?」
「さぁ……そればっかりは何とも言えないわね」
「未来予知を使っても分からない?」
「ごめんなさい。そこまで万能な力ではないの」
未来予知とは言っても、何でもかんでも予測できるってことでもないらしく――感覚としては、予知夢に近いと言っていたから、好き勝手に自分が知りたいことを知れる能力ではないのだろう。
「そっか。まぁ私の見立てじゃ、告白さえできれば、多分大丈夫だとは思うんだけどね」
何か根拠があるのか、月火の中では成功する見通しが立っているようだ。でも――
「そうなのか? 酷な話、僕からしたらかなり分が悪いって気がするけどな。正直、志筑さんと比べられたらきついだろ?」
「そりゃ志筑さんと比べると見劣りするかもだけど、先に告白さえしちゃえば、志筑さんのことは関係ないじゃない」
ああ、そりゃそうだ。同時に告白でもされなきゃ、比較対象として上がらないのか。
「だとしても、それで上条くんが美樹の告白を受け入れるってことにはならないんじゃないのか?」
「まぁそうなんだけど。今まで数々の相談に乗ってきた経験則からくる、私の持論を言わせて貰えば――」
と、僕の指摘を認めた上で月火は語り出す。
「こういうのって一定の基準それさえ上回っていれば、特定の相手じゃなくたって付きあうという選択肢が出くるものなのなんだよね――ほとんどの子が、付きあってみたいな~って思う相手が二人や三人ぐらいはいて、何となくだけど自分の中で順位づけなんかしてたりするもんだよ。で、仮に順位付けした内の二番目に好きな相手から告白された場合、その子がどんな選択をするのかっていうと、一番好きな人がいるからって理由で、告白を断る子は案外少ない。妥協して『まぁいっか』って見切りをつける子の方が圧倒的に多いんだよね。極論を言えば、好みのストライクゾーンに入ってさえいれば取り敢えずオッケーしちゃう、みたいな」
ここで一度言葉を切って、異論があれば受け付けるという感じで僕とほむらの反応を窺う月火。
が、僕もほむらも恋愛話に疎い人間なので、反論する材料など持ち合わせていない。
経験則からくる統計であるのだから、説得力はそれなりにあった。
「当然、志筑さんみたいな一途なタイプもいる訳だけど、そういう意志の強い子っていうのは、余程自分に自信がある子であって、なかなかお目に掛かかることはないよ。そんな逸材は極めて稀だね。まぁそう言ってる、私自身も極めて稀な部類に属しているんだけどね。それらを踏まえた上で私が何を言いたいのかというとね」
中々に鬱陶しい自画自賛を挟んで、ようやくこの話に於ける結論が語られるようとしていた。
僕とほむらは、意識を傾注させる。
そして、至極端的に言った。いや、ほんともっと他に言葉はなかったのかというぐらい、簡潔に言い切った。
「上条くんはちょろい!」
一度たりとも会ったことがない人物に対し、失礼極まりない総評を下す月火ちゃんなのだった。
月火ちゃんが語っている内容は、持論ですので真偽のほどは定かではありません。
あくまでも個人の見解です。鵜呑みにしないで下さい。