~063~
あの惨劇のその後――美樹は一人になりたいと言葉少なに屋上を後にした。
ずっと思いを寄せていた幼馴染に振られてしまったのだから、物思いに耽りたいこともあるだろう。
とは言え、命を落とす可能性がある美樹を一人にすることなどできはしない。
そっとしておいてあげたい気持ちもあるが、そんなの命あっての物種だ。
という訳で――僕はほむらと合流して、陰ながら美樹を見守っていた。
僕は吸血鬼の視力で、ほむらに至っては双眼鏡(軍用モデル?)でもって抜かりなく、どんな些細な変化でも見逃さないという意気込みで。どこがどうとは上手く言及できないのだが、その姿はすごい様になっていて貫禄すら覚える。
取り敢えず今の所、美樹は河川敷の土手に座り込んで膝を抱え、ぼーっと川の流れを眺めているだけだった。絵に描いたような見事な黄昏っぷりだな。
特に動きもなく時間だけが過ぎていく。空模様だけが次第に様変わりしていき、いつの間にか空は分厚い雲で覆い尽くされていた。月明かりさえも遮断する曇天。
雨が降り出しそうで心配だ。
うーむ……予断は許されないが、無言でこのままずっと無為に時間を過ごすのも、あまり有益とは思えない。なので、ほむらに話しかけてみることにした。無視されるかもだけど。
「曇ってきたな」
「そうね」
よし。返事はある。会話のキャッチボールは成立したぞ!
「なんか色々悪かったな。こんなことになっちゃってさ……」
「別に。誰にだって予測できないことはあるわ……ええ、本当に。私自身、上条恭介の心の内を見抜くことができなかったのだから。笑いたければ笑いなさい」
ほむらは自嘲気味に言う。
漠然とした僕の謝罪が、当てつけのように感じてしまったのかもしれない。
自分に気があると自惚れた勘違いをしてしまった、暁美ほむらさんである。
恥ずべき醜態を晒してしまったことに、凹んでいるご様子だ。
僕としてはこの件について蒸し返すつもりは毛頭なかったので、ささっと話を切り替える。
というか、僕も勘違いしてたしね。あれは状況的に仕方ない。
「ともあれだ、美樹の様子を窺う限り……振られた事に相応のショックは受けているようだけど…………自殺……とか、そういった最悪の展開に繋がる程、思い詰めた感じでもない……ように見える。お前から見たらどうだ?」
「そうね。ほぼ同意見よ。はっきりと振られたことで、吹っ切れることができたのかもしれない。告白することもできず、うじうじと悩み続けるよりよっぽど健全だわ」
「ならさ、失敗に終ったとはいえ、お前の言ってた『予知』は回避することができたのかな?」
「さぁ? それは何とも言えないわね」
そりゃそうか。だからこそ今現在進行形で美樹の動向を見守っているのだ。
「ああ、そういや、火憐が借りている体操着なんだけど、なんか全体的に伸び伸びになって、ちょっと駄目にしちゃったらしくてさ、責任をもって買い取らせて欲しいんだけど」
と、尚も会話を続けようとしたその時、ほむらが徐に制服のポケットに手を差し入れた!
え!? 嘘!? 銃取り出しちゃうの!? 僕、何かまずいことでも言ったか!? いやさっきのは、別にブルマ―を収集しようなんてことではなくて普通に弁償しようという意味合いで――って違った。
いくらなんでも被害妄想が強すぎた。ポケットから携帯を取り出しただけだった。
ほむらに対する認識が毒され過ぎているな。
携帯を取り出したのは、ごくごく当たり前に誰かから着信があったからのようだ。
そして簡潔に幾らかのやり取りを交わした後、通話を終えた。
吸血鬼化した聴力のお陰で、会話の内容は全て聞き取れている。
「ということで、よろしく」
聞き耳を立てていたことを前提に、僕への説明を一切省略してほむら。
此方の方で簡単に話を纏めると――電話の相手は巴さんからで、パトロール中に魔女の結界を発見したらしい。
本来なら僕もそれに同行している予定だったんだけどね。美樹の件で昨日今日と二日間連続でキャンセルしているからな。任せっきりになってしまっていて、罪悪感で胸が一杯である。
で、肝心の要件なのだが――念の為、魔法少女連合のメンバーに助力を願おうと、まずはほむらに電話してきたようだ。
けれどほむらは巴さんからの要請を断っていた。話の流れを訊いた限り、どうやら僕に任せる腹積りっぽいのだ。
なので、もうすぐ僕の携帯にも巴さんからの連絡がくることだろう。
ちなみに――僕とほむらは現在別行動中ということになっている。僕が隣にいることを、ほむらが巴さんに伝えなかったのはその為。なんか秘密裏の行動が多いから、立ち回りがややこしいことになってるな。
美樹に関しては、取込中である旨を先んじてほむらが伝えたので、連絡がいく心配はない。
しかし、出会った当初は魔女退治に同行することすら頑なに拒まれていだけに、こうして一任して貰えるってのは素直に喜ばしいことだ。大した進歩だし、その信頼には是が非でも応えたい…………応えたいんだけども――
「本当に僕でいいのか?」
「何か問題でも?」
「いや、問題というか、正直お前がいった方が手っ取り早いんじゃないかなって」
役に立ちたい気持ちもあるが、今回の相手は『使い魔』ではなく『魔女』。
命が懸かっているだけに、判断は慎重にしなくてはいけない。
戦力を出し惜しんで、全滅なんてことにでもなったら洒落にならないし。
「そうでもないわ。私が行ったところで一緒よ」
「ん? そんなことないだろ?」
「あの程度の魔女なら、巴マミ一人の力で十分事足りる」
「………………ああ、そういうこと」
別に僕が信頼されていたわけではなかった!
と、そこで今度は僕の携帯に着信が。勿論、巴さんから。
内容はさっき訊いた通りで――僕は巴さんの申し出を快諾し、魔女の結界がある場所を教えて貰って通話を終える。
うん。めちゃくちゃ喜んでくれていたな…………ほむらに断られたことで落ち込んでいたのかもしれない。
「話は纏まったようね」
「ああ」
「なら一応、魔女の情報を教えておくわ」
「おお、そりゃ助かる」
「今回戦うことになる魔女の通称は『影の魔女』。結界の中は影絵のような白黒の異空間になっているわ」
白黒の異空間って、モノクロ写真みたいに色彩がなくなるってことだろうか?
う~ん……今一つ、イメージが湧いてこない。
「使い魔は蛇のような長細い身体で、伸縮自在に不規則な軌道で襲ってくる。魔女もそれと似通った感じで、枝状の触手を伸ばして攻撃してくるから気を付けることね。さっきはあの程度と言ったけれど、それはあくまでも巴マミの実力からしてであって、決して弱い魔女ではないわ。寧ろ手強い部類――使い魔との連携は相当に厄介で、対応を少しでも間違えれば一瞬で八つ裂きになるでしょうね」
八つ裂きって、物騒なことを言うなぁ。
「……おいおい、大丈夫なのかよ」
自然と不安が呟きとなって漏れ出てしまう。
けれど脅しでも大げさに言ってる訳でもないんだよな。僕、腕噛み切られたことあるし。
「大丈夫でしょ」
だが僕の心配を余所に、ほむらはなんとも軽い調子だ。
「対応策としては、魔女本体からはしっかりと間合いを取ること。これに尽きる。それで魔女の攻撃範囲から逃れることができて、あとは使い魔の攻撃を凌ぎさえすれば、一方的に遠距離から“撃ち倒す”ことが可能よ。不用意に接近し過ぎると、魔女と使い魔の恰好の的になるから接近戦はお勧めしないわね――まぁ巴マミの戦闘スタイルを鑑みれば、特に心配するような相手でもないんじゃないかしら?」
「んな事細かに、相手の能力や対処法までわかってんのかよ……」
攻略の糸口とかそんなレベルじゃなく、もう攻略本じゃん!
予知能力というより、もう体験談みたいな感じだよな。
ただその話を訊く限り、刀を使った近接戦闘しかできない僕って役立たずなんじゃ…………相性最悪過ぎるぞこれ。
何にしても、これを巴さんに伝えれば優位に事が運べるってことか。
「んじゃ、いってくる。美樹のことよろしくな」
「ええ。ここは私に任せて、あなたはさっさと巴マミの所にいきなさい」
なんだろう。僕の気のせいでなければ、厄介払いされているような……一人で行動するのが好きな奴ではあるのだから、この態度もおかしくはないのだが――なんか釈然としないな。
まぁ美樹の事を気にかけて、率先して動いてくれているんだし文句はない。
ほむらならば、もしものことが起こったとしても、あの
ただほむらが時折、美樹のいる方向とは全くの別方向に双眼鏡を向けているのが気になって仕方がなかった。
きっと必要な作業なんだろうけど、いったい何を見ているのだろうか?
そして、僕は吸血鬼の力を最大限に発揮し、屋根や屋上を飛び越え、かなり無茶なルート選択で最短距離を疾走する。いや、感覚としては疾走というより飛翔に近い。
あまり人目を気にすることもなく街中を突っ切ったので、もしかしたら誰かしらに目撃されてしまったかもしれないな。
だとしたら、夜の街を跳び回る怪異として認識されたのだろうか? 実際問題、吸血鬼の血を宿した人間擬きなのだから間違いではないのだけれど。
程なくして到着したのは見滝原の端の端――取り壊される事も無く放棄され、廃墟と化した大規模な工場跡地。半壊した状態の建造物や、錆び付いたコンテナ群、それに朽ち果てた廃材が散乱し、辺り一帯から陰鬱とした雰囲気が溢れだしていた。
光源となる外灯なんかも当然のことながら機能していないので、相当に暗い。月の明かりも今は厚い雲で遮られおり、もう暗闇というレベル。
とは言え、僕は半吸血鬼状態。夜目が効くので視界は良好だった。
視界に入った看板の文字だって読み取ることは可能だ。
崩れ落ち斜めに傾いてしまっているその看板には『安全第一』の文字と、緑十字のマークが記されていた。
寂寥感が一層増し増しになるな、こういうのって。
広い工業地帯なので迷いそうなものだが、幸い巴さんが優先的にチェックしていた魔女探索の巡廻ルートにもなっている場所なので、此処には何度か来たことがある。
それに魔女を発見したというポイントは、頭上高く聳える巨大な煙突(紅白のツートンカラーをしたもの)が目印の建物だったので、すぐに発見することができた。
待たせる訳にもいかないので、目的の工場に向け跳躍――文字通り“一っ跳び”し、滞空中に目を凝らして巴さんの姿を探す。
「お、いた」
ごちゃごちゃ複雑に絡み合った太い
もう既に魔法少女に変身しており、しかもマスケット銃を構えて臨戦態勢に入っていた。
まだ魔女の結界の中にも入っていないのに、随分と用心深いなぁ――なんて感想を抱きつつ、落下途中に剥き出しの配管を足場に、上手いこと落下地点を微調整し巴さんの傍に降り立った。
「あ、阿良々木さん!?」
空より突如舞い降りた僕に、驚きの声を上げる巴さん。
そして、背後から――
「お前はっ!?」
巴さんとは違う女性の声。振り返って確認してみれば、そこには長大な槍を構えた赤い髪の少女――佐倉杏子がいた! そのまた後方にキュゥべえの姿も。
なるほど。巴さんがマスケット銃を構えていたのは、杏子を牽制してのことか、なんて納得してる場合でもないよな。
どうやら、巴さんと杏子が不穏な空気で対峙している所に気付かず、割って入ってしまったようだ。
うん。この空気はまずい。非常にまずいぞ。
取り敢えず、空気を緩和させるため――
「よお! 元気してたか?」
――気さくに挨拶してみることにした。ノリとしては気のいいお兄さん口調でフレンドリーに。
が、杏子は僕の姿を見咎めると、露骨に顔を歪める。
続けて致命的とも言える凶悪な一言を放ち、これ以上ないぐらいに空気を悪化させてくれた!
「昨日、小学生のガキからパンツ奪おうとしてた変態じゃねーか」
どうでもいい裏情報としましては、なぜほむらへの連絡が一番最初だったかというと、電話帳のあいうえお順で一番上だった為です。マミさんはほむら、暦、さやかの順番で全員に連絡する予定でした。
あと、ほむらが時折ウォッチングしていたのは……お察しくださいw
そして次話ですが長らく登場していなかった魔女が登場!