~066~
僕達の方針が固まったのはいいものの――気付けば、既に杏子は魔女のすぐ傍まで肉薄していた。
魔女を護らんがため使い魔達が猛攻を掛けるも、それを華麗に凌ぎつつ間合いを詰めていき――踏み込み一閃。長槍で魔女の首を撥ね飛ばした!
血飛沫と
されど、相手は魔女。
首が切断されても、それで仕留めきれてはいなかった。
突如、魔女の背中から『樹木』が噴出するような勢いで生え――一気に『枝葉』を伸ばす。
植物に対して適切な表現かは知らないが、爆発的に膨張し刹那の間に杏子の周囲を覆い尽くした。
「え? 嘘だろ……」
敵対していた杏子に伝える機会がなかったとはいえ、ほむらから『影の魔女』との接近戦は危険だと訊いていたのに! だが後悔しても遅い。
杏子の周囲を取り囲んでいた樹木の檻が――――圧搾された。
逃れる隙間などなく、その中にいた杏子は…………。
「巴さん!! すぐに魔女を撃ってくれ!!」
杏子を助けにすぐにでも飛び出したかったが、距離があり過ぎる。ここは遠距離からでも狙撃が可能な巴さんの力に縋るしかない。魔女の力を断つことさえできれば…………まだ。
「いえ、阿良々木さん。心配ありません」
ただ僕の焦りとは対照的に、巴さんは落ち着き払っていた。
「でもっ!?」
「大丈夫です。佐倉さんの魔力の波動に、全く乱れはありませんから」
確信した口調で断言する。
その言葉通り――杏子を包み込んでいた樹木の檻は、一瞬にして切り刻まれ、何事もなかったかのように杏子が姿を現した。
「よかった…………やられたのかと思った……」
「私も一瞬ひやっとしましたけど、昔から佐倉さんの戦闘センスはずば抜けていますから。多分ですけど、鎖で編み込んだ結界を自分の周囲に展開させて、難を逃れたんだと思います」
僕がホッと胸を撫で下ろしていると、巴さんがどこか自慢げに解説をいれてくれた。
攻撃一辺倒って訳でもなく、しっかりと防御手段も持っているのか。
「これで魔女も攻勢を掛けてくるでしょうし、ここからが本番ですね――阿良々木さん。私が銃で使い魔の注意を引きつけ仕留めていきますから、撃ち漏らした時の対処をお願いできますか?」
「おっけー。やれるだけやってみる」
巴さんの指示に僕は頷き、戦闘準備に取り掛かる。
まぁ戦闘準備と言っても、忍に頼んで刀を用意して貰うだけだ。
僕は自分の影に向かって(地面が真っ暗で何も見えないけど)、小声で呼びかける。
昨日、五千円分ものドーナツを貢いだこともあり機嫌がいいようで、二つ返事で応じてくれた。
地面から抜き身の刀が突き出てくる。
忍が物質創造能力で拵えた特製の日本刀。
この刀は、ここ最近の使い魔退治に使用しているので、それなりに手に馴染んできている。
真っ黒なシルエットでしか見えないけど、外見はごく標準の日本刀。ただ忍曰く、良く切れるをコンセプトにしたらしく、薄い鉄ぐらいなら抵抗なく斬れてしまう代物だ。
あと刀の説明ついでに――なぜ『心渡』を使用しないのかについても軽く触れておこう。
まず大前提として、ほむらからの要請だからというのがある。
かすり傷一つでこの世ならざる者を殺し尽くす――使い魔であれ魔女であれ、一太刀で問答無用に殺しきる、絶大な力を秘めた妖刀『心渡』。
魔女退治に於いて、これほど優れた武器もないが――どうやらほむらは『心渡』を“切り札”に位置づけており、誰にもその存在を知られたくないようなのだ。
特に、キュゥべえに対してだけは絶対に見せるなと厳命されている。
なので――キュゥべえがこの結界内にいる限り、『心渡』は使用できないという訳なのだ。
今回は杏子についてきたから、強制退場して貰う訳にもいかない。
まぁ例え、キュゥべえがいなかったとしても、魔女に対しておいそれと『心渡』を使用することはできない。
なんせ、魔女を『心渡』で倒すと、グリーフシード諸共殺し尽くしてしまうという致命的な問題がある。
魔法少女にとって希少なエネルギー源であるグリーフシードが手に入らないなんてのは、あってはならないことなのだ。
ならば使い魔に対してのみ使用すればいいとの意見もあるだろうが、あの長すぎる刀身は正直扱い辛く、ちょこまか動き回る傾向が多い使い魔相手にはデメリットの方が大きい。
何にしても、準備は整った。
僕は巴さんの約五メートル前方に位置取り、影から引き抜いた日本刀を構える。
「よし! どこからでもこい!」
「では、いきます! ティロ・ミラーレ!!」
僕の気合の掛け声に巴さんが応じ、銃の撃鉄が打ち下ろされた!
耳を劈く発砲音が連続して響き、使い魔に銃弾が命中していく。耐久力はそれほどないようで、銃弾が当たりされすれば、それで倒しきることができるようだ。
だが使い魔は今の所、無尽蔵に湧き出てくる。
新たに出現した使い魔がこちらに向かってきた。
とは言っても、これは巴さんの狙い通り。
これで杏子一人に集中していた使い魔が、分散されたことになる。
と、そこで杏子がギロリと視線を向けてきた――ような気が……。
実際には一瞬振り向いただけで、例によって表情などは読み取れないのだけど、杏子の今までの言動から推測するに、『余計な真似しやがって』とか悪態を吐いてそうだ。
そりゃ敵対している間柄だし、援護なんてされても気に食わないか。
例えるならば、自分一人でシューティングゲームのボス攻略を楽しんでいるところに、手伝ってあげるみたいなノリで、協力プレイされたみたいな。
巴さんの想いとは裏腹、これは杏子の神経を逆なでしただけかもしれない。
まぁ杏子への対応は追って考えるとして、今は敵を狩ることに集中しなくては!
改めて柄を握り込み、迫り来る使い魔の強襲に備える。
しかし――だがしかしだ。
いつまでたっても使い魔がやって来ない!
別にこれは、巴さんの思惑が外れて、使い魔がこちらの誘いに乗ってこず、途中で引き返していったという意味合いではなく――僕の元に辿りつく前に、全ての使い魔が撃墜されていたから。
ここで確認しておこう。
僕の役割は、巴さんが仕留め損なった使い魔への対処である。
が、巴さんの狙撃は全弾命中。一匹たりとも撃ち漏らすことはない。
あれ? 僕、必要なくね?
みたいな状況になっていた。
いや、僕が居ることで巴さんも集中できるのだろうし、これでもいいんだろうけどさ。
ああ、それと一つ訂正しておこう。
使い魔を“分散”させたといったが、それは過去の事象になった。
もう――活動している使い魔はいない。ものの数秒で“殲滅”されている。
この二人が組むと、こんなにも圧倒的になるのか。
正確には一方的な加勢であり、共闘したわけではないのだろうが、二人ともお互いの動きが読み取れているかのような阿吽の呼吸で、瞬く間に使い魔が一掃されていった。
新たに湧き出てくる使い魔でさえ、出現したそばから巴さんが狙撃していき(なんかモグラ叩きみたいだ)、もう杏子を襲う使い魔は存在しない。
依然として僕は突っ立っているだけで、全く役に立っていない現状なのはさて置いて、これで杏子と魔女の一騎討ちの構図となった。
この魔女の強みは、使い魔との連携にあるとほむらは言っていたし、大分戦いやすくなったはず。
まぁ杏子にとっては余計なお世話であり、使い魔がいる状態でも問題はなかったのだろうが。
使い魔の妨害がなくなったところで――杏子が仕掛ける。
それに対し魔女は背中から生み出した樹木で防壁を張るも、そんなもので杏子の進行は止まらない。
槍の演舞によって樹木は刈り取られる。
使い魔も巴さんの狙撃によって随時倒されているので、これで魔女は完全に無防備となった。
止めを刺すべく、杏子は跳躍し上空で投擲の構えを取る。
しかし、その僅かな溜めの動作を魔女は見逃さない。
魔女はまだ『奥の手』を隠し持っていた!
切断された魔女の首から無数の手が伸び――まるで真理の扉から這い出てきたようなその手は、うねりながら不規則な軌道で杏子に迫る。伸縮自在の性質は使い魔と似通った感じだが、段違いに動きが早い。
跳躍したことで動きの制限された杏子に、魔女の伸ばした異形の手が襲い掛かった!
だが、そんな絶体絶命の状況にも杏子は全く動じない。
槍を旋廻させ強襲する触手を弾き飛ばし、その反動で後方に退避。
着地と同時に追尾してきた魔女の触手を、最小限の動きで回避しながら切り落としていく。
何の危なげもなく、完全に魔女の攻撃を封殺してみせる。
時を同じくして、巴さんの銃撃も止まった。
どうやら使い魔の数にも上限があり打ち止めになったようだ。
改めて実感する。
巴マミ。佐倉杏子――この二人の魔法少女としての力量は、ほむらにも引けをとらないのではないだろうか?
まぁほむらには時間停止なんて反則じみた魔法があるけれど。
兎にも角にも――これで今度こそ本当に魔女を追い詰めた。
流石にこの状態からの巻き返しはないだろう――
――そう安堵した瞬間に“それは”起こった。
「まさか!? こんなことって!?」
巴さんの驚嘆の声が耳に届いたのとほぼ同時――突如視界が霞み、辺り一帯に黒い霧が立ちこめていく。
魔女の攻撃? まだそんな余力を残していたというのか!?
いや、違う。だってこの感覚は知っている。既に体験している。
空間が歪み、不可思議な浮遊感が全身を支配する。
一寸先は闇。
これほどまでにこの状況に即した言葉もない。
理由も原因も解からない。
ただ、何が起こったのかだけは解かった。
どこまでも不条理な事に、僕達は“魔女の結界”に呑み込まれたのだ。
杏子&マミさん無双回。
一人でも圧勝できる相手(魔女)ですから、結果はこんな感じに。
※どうでもいい情報として今回マミさんが使った技はオリジナルです。
・ティロ・ミラーレ
『mirare(ミラーレ)』はイタリア語で『狙いを定める』
他の候補として『punteria(プンテリーア)』=『(銃などの)照準』もあったんですが、語感の響きで前者を選びました。