【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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パーティー(Party):【集まり・宴会】【仲間・味方】


ともえパーティー~その1~

~075~

 

 あれからの出来事について――つまり、美樹のあとを追ったその後の顛末を語っておくべきところなのだろうが、残念ながら僕が語るべきことはない。

 無責任な発言に聞こえたかもしれないが、僕一人だけ蚊帳の外に置かれ――成り行きというか、ほむらの判断もあって、美樹のフォローは彼女に任せることになってしまったのだからしょうがない。

 

 それ自体は何も間違っていない、適切な判断だったはずなのだ。

 

 でも、まさか美樹があんなことになるなんて……。

 だけどそれは、既に決まりきっていたことで――遅かれ早かれ、同じ運命が待ち受けていのではないかと思う。

 

 その辺りの詳細は、追ってほむらの方から語られることになるはずなので、勝手ながら僕が語り部として知り得る部分から物語を語らせてもらうとしよう。

 

 

 

 

 5月23日。火曜日。放課後。

 心ここにあらずの心境で授業を終えた僕は、文化祭の準備をまたも羽川に丸投げし高校を後にした。

 

 嫌な顔一つ見せず快く送り出してくれた羽川はその折に、 僕が色々思い悩んでいることを当たり前のように承知していたらしく(自分的には悟られないよう隠していたつもりなのだが)、「助力が必要だったら、遠慮せずいつでも言ってくれていいからね」と、慈悲深き気遣いの言葉をかけてくれた。

 

 詮索することはせず、あくまでも手を差し伸べるだけにとどめ、僕が手を伸ばせばいつでも手を貸せる状態で待ってくれている。

 

 ほんと至れり尽くせりで、足を向けて寝られない相手だ。聖人君子羽川さんである。

 

 あと、恋人であるところの戦場ヶ原はというと、朝のホームルームが始まるまでの一時や、休み時間、昼食時など、会話する機会は何度となくあったのだが、僕の心情を一片たりとも察した様子はなく、いつもの調子で暴言毒舌を吐き続けるだけだった。讒謗の数々を浴びせられ心が蹂躙された。

 

 羽川と比べるのも違うが、なんだろうこの差は。

 戦場ヶ原が本当に僕の彼女なのか、疑いたくなってくる。

 

 とは言っても僕を好き勝手貶めたことで満足したのであろう戦場ヶ原が魅せた貴重な笑顔は、中々に悪いものでもないのだが。

 もしかしたら、これはこれで戦場ヶ原なりの気遣いなのだろうか? いつもの自然体で接してくれるってのも、変に気を使われるよりは有り難い話だし。

 うーむ、如何せん戦場ヶ原の心情を読み取ることは至難の業なので、真相は闇の中だ。

 

 

 ともあれ高校から自宅に直行し、通学用ママチャリからマウンテンバイクに乗り換えた僕は、全速力でペダルを回し、今しがた見滝原――正確には巴さんの住むマンションへと到着したところだった。

 腕時計を確認すると、時刻は午後4時20分。

 

 ほむらから頼まれていた話し合いの開始時刻は午後5時からなので(既にアポイント済みだ)、まだ予定の時間よりだいぶ早いのだが、前もって杏子の様子を探っておきたいという思惑もあって、敢えて前のりした次第である。

 

 エントランスを経由しエレベーターに乗って家の前にやって来た僕は、チャイムを鳴らして来訪を告げる。

 すると――

 

『阿良々木さん!? 随分と早いですね。今、開けますからちょっと待っていて下さい!』

 

 インターホン越しの、少し慌てた応答の後――程なくして扉が開く。

 そこから顔を覗かせたのは、エプロン姿の巴さんだった。

 

 ベージュ色の淡い色合いの布地に、お洒落な薔薇の模様が刺繍された品のあるデザインのエプロンで――またその上で、要所要所にフリルとリボンによる飾り付けが施されており、可愛らしさも兼ね揃えていた。

 巴さんの雰囲気にマッチしているし、本当に良く似合っている。

 

 うん、これは嘘偽りない感想だ。

 

 だけど――なのだけど。

 

 いやはや、中学生の女の子に対して適切な表現でないと重々承知しているが、それと同時に僕の頭にふと浮かんだワードは『新妻』だった。それも年上のお姉さんタイプ。

 もしここで「おかえりなさい、あなた」なんて言われでもしたら、色々妄想が止まらなくなってしまう!

 

 これもまた阿良々木暦の偽れない正直な感想である。

 

 さて、どうなのだろう。

 世の高潔なる魂を持った紳士諸君ともなれば、僕のこのイメージに共感ないし、賛同してくれる人も少なからずいるのではないかと思う。まぁ多くの人は、何に言ってんだコイツと、冷めた感想を抱くのだろうけれど。

 まぁいい。僕はマイノリティでもいいのだ。

 

 それに、某裸エプロン先輩の言動と比べてみれば、こんなのかわいいものじゃあないか。

 流石に流石に、裸エプロンで傅いて欲しいなどとぶっ飛んだ思考を有していないので、この僕の一連の脳内イメージは十分に許容範囲であったと自己弁護を試みておく。

 

 まぁ無論こんなの妄想の産物でしかなく――現実は来客用のスリッパを用意するといったごくごく普通の対応で、そのまま何事もなく部屋の方へと案内されただけだった。

 

 と、部屋の中に入るその前に。

 

「ねぇ巴さん、アイツの様子は?」

 

 気構えというか、少しでも事前に状況を把握しておく為、扉の向こうにいるであろう杏子には聞こえないよう声量は抑えて巴さんに聞いてみる。

 

「そうですね。怪我も完治していますし、もう普通に会話もできる状態ですよ。と言いますか……寧ろ元気が有り余っているぐらいです」

 

 苦笑いを浮かべながら巴さん。

 

「そっか。そりゃ重畳だ」

 

「あの阿良々木さん」

「ん?」

「私、今お菓子を作っているんですけど」

「そうなの? そりゃ凄い」

 

 そうか。エプロン姿だったのは、現在進行形でお菓子作りに励んでいたからなのか。

 お菓子を手作りなんて女子力が、いやかなり嫁度が高い。

 

「あ、ごめんね。お菓子作りの邪魔しちゃったみたいで。予定の時間より早く来ちゃったからなぁ」

「いえ、邪魔だなんてことは全くないです――ただ作業の途中なので、ちょっとまだ手が離せなくて、少しの間キッチンの方にいなくちゃいけないんですけど……佐倉さんと二人だけで大丈夫ですか?」

 

「うん、まぁ問題ないとは思うけど」

 

 少し心配そうに表情を曇らせる巴さんだけど、言葉の雰囲気から察するに、そこまで杏子に手を焼いている様子でもない。加えてお菓子作りができるってことは、ある程度余裕があるってことの裏付けだ。

 

 そんな事前確認を済ませ、巴さん先導のもと部屋の中に足を踏み入れる。

 

 通されたのは広いワンルームの一室。

 ガラス張りの窓からは夕日が差し込み、室内がほのかに赤く色付いていた。

 整理整頓された部屋で、観葉植物やインテリアが小奇麗に配置されており、家具のセンスもよく色合いも調和がとれていて、まるで有名デザイナーが手掛けたモデルルームみたいだ。

 

 ただ部屋の中央付近――ソファと三角形のローテーブルが配置されたその一角だけはやけに散らかっていた。

 とは言っても、それは巴さんが片付けを怠ったとかそういう訳ではなく、ソファに寝転がっている佐倉杏子が原因のようだ。

 

 彼女の周囲には、手当たり次第開封されたお菓子が散乱していて、テーブルの上だけなくソファの上にまで食い散らかしたあとが……まだ食べている途中のようだが、かなり行儀が悪い。

 

 それに確証はないが、多分そのお菓子の数々は巴さん宅にあった買い置きの品ではないだろうか?

 スナック菓子の類ではなく、お茶請け用のクッキーだとか、箱詰めされたチョコレートだとか、なんか一ランク上の高そうなお菓子ばっかだし。

 

 まぁ取り敢えず――

 

「よお、怪我は大丈夫か?」

「まあね」

 

 寝転んだ状態から身体を起こしこちらを見やる杏子と、挨拶代わりにそんなやり取りを交わす。

 ふむ。まず触りの印象としては、敵愾心は幾分薄れているような気もする。お菓子に囲まれた状態で機嫌がいいのだろうか?

 

「佐倉さん、くれぐれも阿良々木さんに粗相がないようにね。いい?」

 

 巴さんはそんなお母さんのような忠告を残し、キッチンへと姿を消した。

 僕達の様子を一見し、揉め事にはならないと判断したようだ。

 

 これで杏子と一対一、二人だけで話すことになるのか。

 ちょっと今までのことを思い返すと身構えてしまうが、あまり警戒していても仕方がない。

 

「悪いな、こっちの都合に付きあわせちゃって――というか、お前が待ってくれているなんて、正直意外だったよ」

 

 見たところ魔法による全身麻酔の効果もないようだし、怪我も完治している。となれば、慣れ合いを好まない杏子のことだから、話し合いなんかには参加したくないと、この場から退散することも十分有り得た話だ。

 まぁそこは巴さんが上手く説得してくれたのだろうと、勝手に解釈していると、杏子が徐に自分の足首を指差す。

 

「これ見ろよ」

「ん?」

 

 誘導されるがままに視線をやると、杏子の足首には黄色の細いリボンが巻き付いていた。

 しかもリボンは途切れることなくキッチンの方まで伸びている………………十中八九巴さんに繋がっているのだろう。

 ということはつまり、杏子が逃げ出せないように、リボンで半軟禁状態にしているってことか。

 軽くホラーだ。

 

「ま、抵抗してもよかったんだけど――でも好きなだけ食べ物も食わせてくれるっつーからさ、それにマミお手製のアップルパイも久しぶりに食っておきたかったし、それを食べるまでは居てやろうかなってね」

 

 本人としては渋々、お情けでこの場に留まっているとアピールしたいのだろうけれど、これは…………。

 

 いつだったか、こいつのことをネコ型の『豹』みたいだとか言った記憶があるが、今の印象を語らせてもらえば、リールに繋がれ餌付けされた『ワンコ』にしか見えない。

 こんなこと口にしたらぶっ飛ばされるが、『杏子』と『ワンコ』を掛け合わせて、『アン子』とそう呼びたくなる。

 

「なんだよ、物欲しそうな目で見やがって。やんねーぞ!?」

 

 僕の生暖かい憐憫を含ませた視線をどう受け取ったのか、お菓子をかき集め死守しながら軽く威嚇された。ごく最近拾ってきたばかりの野良犬なので、躾はなっていないようだ。

 

 

「…………なぁ、おい」

 

 と、そこで威嚇状態から一転――杏子らしからぬ張りのない声で呼ばれる。

 威勢がないというかなんかやけに小声だし、キッチンにいる巴さんには聞かれたくないのだろうか?

 

「ん? どうした?」

「……………………アタシが仕留め損なった魔女……あんたが倒したんだってな」

「あ、ああ。倒したというか、倒してくれたというか」

 

 それは忍の手柄だし首肯はし辛い。

 

「それに…………ここまで運んだり……ソウルジェムの穢れも…………その、だから…………なんつーか…………あ…………ありがとう」

 

 そっぽを向きながら、杏子は言う。

 ぎこちなく尻すぼみな、本当に小さな声量ながら、確かにお礼の言葉を口にした。

 まさか、こいつの口から『ありがとう』なんて単語が出てくるとはな。

 杏子的にはこの一言を口にしたことは、かなり不本意であろうことは想像に難くない。

 

 その杏子なりに絞り出してくれた精一杯の気持ちに対して、僕はこう返す。

 

「え? 何か言ったか? よく聞き取れなかったんだけど。もう一度頼む」

 

 聞こえなかったふりをして、もう一度杏子からお礼の言葉を引き出そうと画策する僕である。

 が、些か僕の返しがわざとらしく演技くさかったのだろう。

 もの凄い形相で睨まれた!

 

「てめぇ、あんま調子に乗ってると、痛い目みることになるよ。『弱点』だってちゃんと知ってんだかんな!」

 

「いや……え? 弱点って?」

「これのことだよ!」

 

 と、勢いよく僕の眼前に拳を突き出す杏子。

 一瞬、殴られるのか思ったがどうやら違うっぽい。何かを手に持っているようで、杏子の手からはチェーンが垂れ下がっており、それを僕に見せているようだ。

 よくよく見ればそれは銀製のアクセサリーで、チェーン部分には数珠みたいなのが等間隔で連なっており、その先には意匠の施された十字架が煌めいていた(こういうのは確かロザリオといったか)。

 

 あーなるほど。弱点ってそういうことね。

 

「あんたの話はマミの奴から散々訊かされたからね。つーか人が動けないのをいいことにペラペラと…………ま、そのお陰であんたの『正体』を知ることができた――まさか『吸血鬼』だったとはね。で、どうだい? 不死身の身体とは言ってもさ、これは効くんだろ?」

 

 強気に僕を攻め立てる杏子。

 

 確かに十字架は吸血鬼にとって弱点と言っていい。更に銀製というのも加点ポイントだ。

 が、今の僕は『吸血鬼もどき』――あの春休みの頃なら効果覿面だったのだろうが……今の僕にとってこんなのなんともない。

 

 巴さんが僕のことをどのように伝えたのかは定かではないが、かなり大げさに語ってしまったのではないだろうか? 

 

 いや違うな。忍の活躍を見た巴さんにしてみれば、あれは紛うことなき吸血鬼の力なのか。

 まぁこの場合、そんな裏事情はさて置きだ。

 

 どうしよう……ありのままに真実を伝えるべきか否か。

 でも、ここでそれを明らかにすると、このしてやったりのどや顔を見せる杏子があまりにも哀れだし――ここは大人の対応で。

 

「ぐわ! や、やめろっ! そんな物騒なもんそれ以上近づけないでくれ!」

 

「ふん。今回はこれぐらいで勘弁してやるけど、これからは言動に気を付けるんだね」

 

 今度の演技はなかなか真に迫っていたようで、杏子は主導権を握ったと喜んでいる。

 なんか色々残念な感じだが、満足そうだしいいとしようじゃないか。

 

 

 

 


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