【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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シークレット(secret):【秘密・隠し事】【ナイショの話】


しのぶシークレットー~その1~(QB)

~079~

 

 家からそう遠くは離れていない近所の空き地――周りに民家などの建物はなく、多少声を張り上げたところで、誰にも気付かれないような場所に僕はいた。

 

 なぜこんな人気がない所にやって来ているのかといえば、他でもない。

 

「なぁキュゥべえさんよー。いったいどういう了見で僕の家にきやがった!?」

 

 謎の生命体――キュゥべえに物申すため。

 

 首根っこを引っ掴んで運搬してきたキュゥべえを乱雑に放り投げ、語調荒く詰問する。

 心情的には、吸血鬼の力をあらん限りに使って、地平の彼方まで問答無用に投げ捨ててしまいたかったが――今ここでちゃんと話をつけておかないと、また僕の家にやってきかねない。

 

「どうやらあまり歓迎されていないみたいだね」

「当たり前だろうが! うちの妹を勧誘してんじゃねーよ! そもそも僕に用があったんじゃないのか!?」

 

 火憐の話では、家の前で"誰か"を待っているようだったと言っていたし、ならば僕に何かしらの話があったとみるべきである。

 

「うん、そうだね。本来の目的は君から吸血鬼の情報を訊き出すことだ。今でもその目的自体に変わりはないよ。だけど、あれほどの素質を持った子と巡り会う機会そうはないからね。魔法少女との契約を取り結ぶことも僕の大事な使命なんだから、黙って見過ごすことなんて出来ないよ」

 

 いけしゃあしゃあと、事も無げにキュゥべえは言う。

 

 やはり火憐への勧誘は、僕を待ち構えていた際に偶発的に起こったことのようだ。

 こいつにとっては、物のついでに過ぎないのだろうが――

 

「だから大目に見ろってか!? ふざけんなっ! お前との契約は解消不可能な片道切符じゃねーか! もう二度とうちの妹に近寄るんじゃねー!」

 

 今回は未遂で済んだものの、火憐がもし魔法少女になったいたら、取り返しがつかないことになっていたのだ。

 

「はぁ……わかったよ。惜しい気はするけど、僕としても無理強いをするつもりはないしね」

 

 これで一安心――とは到底言えやしないが、取り敢えずこの件は置いておこう。

 

「つーか、わざわざ僕の――いや吸血鬼の情報を探る為だけにご苦労なこったな。見滝原にいなくていいのかよ」

「これは重要な位置づけになるかもしれない案件だからね。蔑ろにはできないよ」

 

 確かに吸血鬼の力は絶大だし、こいつが興味を抱くのもわかる。

 

 しかし、僕の方から吸血鬼の情報をくれてやるつもりは毛頭ない。

 でもそうなると、こいつが満足のいく情報を得られるまで、ずっと周囲で監視され続けるんじゃないのかこれって? うわ。そんなの嫌過ぎるぞ!

 ならば、ここで強く言い含め、僕への干渉もこれっきりにして貰わなければなるまい。

 

「おいキュゥべえ! これ以上――」

 

 と、今まさに啖呵を切ろうとしたその瞬間!

 

 音もなく唐突に――予期せぬ介入者が現れた!

 

 というか、地面から生えてきた!

 月に照らされた僕の影から、忍野忍が姿を現した!

 

 そして顕現するや否や、蟷螂が獲物を捕らえる時の動きさながらに、一瞬にしてキュゥべえを引っ掴み勢いそのまま――小さな口を大きく開け一切の躊躇もなくかぶりつく。

 

 キュゥべえの頭を――である。

 むしゃむしゃと。がつがつと。喰らいつき捕食していく。

 

「ふん。いまいちじゃな」

 

 そんな感想を漏らしながらも、残すことなく尻尾の先まであっという間に完食する金髪金眼の幼女。

 なかなかに凄惨な絵面である。

 

 あまりの出来事に、言葉をかけるのも躊躇われ黙って見届けることしかできない。

 まぁ内心ざまーみろと思わないでもないので、敢えて止めに入るつもりもないのだけれど。

 

 

「おい、忍、お前なにしてんだよっ!?」

 

 食事が済んだのを見計らって、ようやく僕は突っ込みを入れた。

 

「別に騒ぐことの程でもなかろうよ。どうせまた代わりが出てくるだけなのじゃしな――のう“兎擬き”よ」

 

 例によってどこからともなく湧いて出たキュゥべえを、忍が鋭い視線でもって睨み付ける。

 

「“兎擬き”というのは僕のことでいいんだよね? そして――君が忍野忍だね。やっと存在を確認することができたよ」

 

 新たに現れたキュゥべえが、名乗ってもいない忍の名前を"フルネーム"で呼んだ。

 どうして忍のことを知っている!? なんて一瞬思ってしまったが、そういえばあの閉じ込められた暗闇の結界の中で、巴さんと話している時に、忍に関して幾つか会話を交わしていたな。

 あの場にはキュゥべえもいたのだし、把握しているのは当然か。

 

「それにしても、いきなり酷いことをするね」

「ただの挨拶代わりじゃ――して、我があるじ様よ」

 

 キュゥべえからの非難を適当に流した忍は、くるりと反転し僕の方に向き直る。

 なぜかその表情は呆れているような、ともすれば僕のことを侮蔑するような厳しいものだった。

 

「普通、気付きそうなものじゃがな。まったく、見ておれんわ」

「は? 気付くって何をだよ?」

 

「はぁ、欠片ほどの違和感さえも感じ取っておらんとは情けない」

「えっと……悪い、いったいこれは何の話だ?」

 

 僕のことを非難しているってことはひしひしと伝わってくるけれど、それが何についてのことなのかがわからない。言っている意味が判然としない。

 

「お前様、この兎擬きがあの隣町から出向いてきたとそう解釈しておるようじゃが、それは違うぞ」

 

「……違うって……現に今、此処にいるじゃん」

 

 僕の言い分を訊いた忍は、やれやれとこれ見よがしに大きく首を振った。

 

「まぁこういうのは、第三者の客観的視点であるからこそ、浮き彫りになるものじゃからの。当事者であれば、気付くのは難しいやもしれん」

 

 察しの悪い主人のフォローを挟みつつ、更に言葉を紡ぐ。

 

「我があるじ様よ――まさかとは思うが、この兎擬きが"たった一個体だけで活動している"と思っているわけではあるまいな」

 

 なんか授業中、名指しで回答を求められているような気分だな。

 

「はい? ああ、もしかしてお前が言いたいのは、こいつの予備の身体のことか?」

 

 ついさっき忍に喰われた際、何事もなかったように、どこからともなく新しい個体が出てきたからな。キュゥべえの自己申告によれば、スペアの数は無尽蔵にあるらしい。

 

「確かに、そういった意味では、もう見滝原からやって来たとは言えないかもな」

「そういうことではない」

 

「じゃあ、どういうことなんだよ?」

「……………」

 

 無言で僕を睥睨する忍。あたかも、授業内容をまるで理解していない、駄目な生徒をみるような物悲しげな視線である! 絶対馬鹿だと思われている!

 

「じゃから――此処におる奴とは別に、今現在もあの隣町には同種の兎擬きが存在しておるということじゃ。この兎擬きは"複数体同時に活動しておる"。これは間違いなかろうよ」

 

 忍はそんな風に言い切った。

 だが情報量が多く、中々頭に入ってこない。そして数秒程頭の中で言葉を反芻したところで、ようやく僕は理解する。

 忍の言わんとしていたことを把握する!

 

「おいキュゥべえ! 忍の言っていることは本当なのか!?」

 

 兎にも角にも――真偽の程を確かめるべく、キュゥべえに話の矛先を向ける僕。

 

「うん、忍野忍の言う通りだよ」

 

 すると、あっさりとキュゥべえは認めた。やはり、訊かれた事は無頓着に答えるな……。

 僕の中では、死んだら予備の身体が現れるシステムぐらいにしか思っていなかったのだけど、まさかまさかである。ほんとキュゥべえの生態は摩訶不思議だ。

 

「つーか忍、よく気付けたな、こんなこと」

「いやいや、普通、気付くじゃろ。念のため言っておくが、儂の見立てでは、二匹、三匹の話じゃなく、かなりの数が同時に活動しておるはずじゃぞ」

 

「え? それって?」

 

「考えてもみよ――魔女というは、あの見滝原とかいう町にだけ現れる特有の存在なのか? 今まで訊いた話からして、そんな訳なかろう。あの町だけではなく、日本中に、ともすれば世界各地にも魔女は存在しておるはずじゃ。なら、それに応じた数の魔女っ子も必要になってくる。まぁ兎擬きが勧誘をし続けていることから見て、慢性的な人員不足なのは窺えるがの。それでも――そうだったとしても。どんなに軽く見積もったところで、百人以上は、こやつと契約した“今現在”活動中の魔女っ子がおるはずじゃ。実際は、もっと膨大な数なんじゃろうがな。兎も角、それをたった一匹でサポートするのは、どう考えても無理がある。故に、導き出される結論は、この兎擬きと同種の存在が、同時期に各地で暗躍しておる。そう考えるのが妥当ということじゃ」

 

 忍は、自身の見解を一息に述べ立てた。

 指摘されるまで全く気にも留めていなかったが、言われてみればそれもそうだ。

 

「一匹で行動しているように見せかけて、人知れず水面下でこそこそと嗅ぎまわっておったのじゃろうな。儂の推測に何か間違いはあるか、兎擬きよ?」

 

「概ねその理解で間違いはないよ。"僕ら"も気になることは色々とあるからね。以前にも言った覚えがあるけど、情報収集は理知的な行為であって、なんら責められる謂れは無い筈だ」

 

 そこで言葉を区切り――目線を忍から僕へと移す。

 

「ただ勘違いしないで欲しいんだが、こういった措置をとっているのは、人間側への配慮だということは理解して欲しいな。"僕ら"が同じ場所に集まると、どういう訳か、君達は好ましくない感情を抱くようだからね。だから僕らは、なるべく同じ地域には姿を現さないようにしているってだけの話さ」

 

「……ああ……その場面を想像してみると、相当に気持ち悪いな」

「おいおい、我があるじ様よ。そんな建て前をあっさり信じるな」

 

 キュゥべえの言い分に、一定の理解を示した僕に対して、忍が呆れたように言う。

 

「まぁこんな″尤もらしい言葉"を並べ立てられれば、納得してしまうものやも知れぬな。こうして相対して話してみると、確かにこの兎擬きの話術は目を見張るものがある。本当によく口が回りおる。お前様が、毎度毎度ことごとく、物の見事にはぐらかされておるのも解かろうというものじゃ」

 

「いや……え? はぐらかされるってどういうことだ? しかも、毎度毎度って」

「じゃから、言葉のままじゃ――ふむ……そうじゃな。お前様よ。先日、この兎擬きに目的が何であるのだとか、そういったことを追及しとったじゃろ? その時のことを覚えておるか?」

 

 僕の問いかけに、質問で返してくる。

 忍の至極真面目な表情から察するに、この質問こそが、僕の問いに対する答えなのだろう。

 

「そりゃ覚えてるけど」

「それで、兎擬きの目的は解ったのか?」

 

「まぁ一応な。どんな利用価値があるのかまでは解らないけど、グリーフシードを回収することがこいつの重要な使命――目的なんだろ」

「いやはや、それで納得してしまうとは、相変わらずお前様は人が良過ぎるというか、馬鹿正直過ぎる。あの黒髪の魔女っ子が言っとったろ? この兎擬きにとっては"魔女を倒すことなんて二の次"だとか何とか」

「ああ、そう言えば言われたな」

 

「して、グリーフシードを回収することが、本当に魔女を倒すことより優先する目的になるとお前様は思うのか?」

 

「……………………そう改めて訊かれると、どこかおかしい気がするな……するんだけど……あれ、何がおかしいんだ?」

「簡単な話じゃ。お前様はこの兎擬きに"欺かれておる”から、こういった食い違いが生じる」

 

 忍は言う。

 キュゥべえに欺かれていると――つまり換言すれば、

 

「僕がキュゥべえに騙されているってことか? 僕が……こいつに?」

 

 キュゥべえの方を窺うも――これといった反応は見せず、じっと静観の構えを崩さない。

 ただただ興味深そうに、忍のことを凝視し続けている。

 

「いや騙されておるとまでは言っておらん。分かり易く言えば、言葉巧みに論点を挿げ替えられ、曲解するよう仕向けられておるとでもいうのかの。嘘は言っておらんが、だからといって真実を話してはおるわけではない」

 

 真実を話していない。

 

「つまり、お前はこいつが何か隠しているって言いたいのか?」

 

「然り。あまりお前様の問題に口出しするつもりはなかったが、じゃからと言って見過ごすのも忍びない――我があるじ様と儂は運命共同体じゃしな。それになんと言ってもお前様の『選択』に興味がある」

 

「選択?」

 

「そう選択じゃ。ここいらで、はっきりとお前様の指標を明確にしといたほうがよかろう。どうせ遅かれ早かれ気付く、或いは直面することになるのじゃし――ならば今ここで知ったとしても大差あるまい。いや、なるべく早いうちに知っておいたほうが身のためじゃ。これ以上、深入りする前にの」

 

 忍の意味深な語りが続く。

 が、欺かれている立場(らしい)の僕には、何の話をしているのかさっぱりだ。

 

「ちょっと待ってくれ忍。お前は何が言いたいんだ?」

 

「何が言いたいかと訊かれれば、そうじゃな。この兎擬きの"本当の目的"を明らかにしておこうということかの。儂の口から語ってもよいが、真実を知るのなら、やはりこの兎擬きの口を割らせるほうがよかろう」

 

 僕からキュゥべえに視線を切り替え――忍は言う。

 

「言っておくが、儂はお前の企みなぞ全てお見通しじゃぞ? 虚言を弄そうとも無意味。時間の無駄じゃ。さぁ観念して、我があるじ様に本当の目的を訊かせてやれ兎擬き。 いや――ここは"正式な呼称"で呼んでおいてやろうかの」

 

 何やら語調を変え強調して言っていたが……正式な呼称っていうのは『キュゥべえ』ってことだよな? 

 まぁ忍が他者を名前で呼ぶのは珍しいことだ。忍野のことも『アロハ小僧』、ほむらのことは『黒髪の魔女っ子』みたいに、記号的な特徴で呼ぶことが多いからな。

 なんて、僕なりにそう解釈したのだが――そうではなかった。

 

 忍が言っているのは、そういうことではなかった。

 

「かかっ」

 

 金髪金眼の元吸血鬼は、牙を覗かせ不敵に哂う。

 

 そして――最大限の敵意を込め、挑発するように言うのだった。

 

「のう、孵卵器(インキュベーター)

 

 

 

 




 忍ちゃん、得意気に語ってますが基本的に忍野から訊かされた受け売りの知識ですw
 ※おしのジャッジ~その0~参照

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