【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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【第11章】だって私達……友達でしょ?
つばさサーチ~その1~


~080~

 

 総括して結論から言ってしまえば、魔法少女の魂そのものと言えるソウルジェム――それに穢れが溜まり閾値を超えると、ソウルジェムはグリーフシードへと変化し、魔法少女は魔女へと生まれ変わる。魔女と成る。魔女へと堕ちる。

 

 つまり『魔女』の正体は『魔法少女』ということだ。

 

 それがキュゥべえ――いや孵卵器(インキュベーター)によって仕組まれた、魔法少女の逃れられない運命だった。

 

 インキュベーターの導きによって魔法少女となり――インキュベーターの計略によって魔女となる。

 悪意に満ち満ちたマッチポンプ。とんだ自作自演である。

 

 ではなぜこんな回りくどく、手の込んだ真似をしているのかというと――本人の弁によれば、インキュベーターは宇宙全体で枯渇していくエネルギー問題解決のために、地球の遥か彼方からやってきた異星生命体(俗に言う宇宙人)であり、その真の目的というのが、魔法少女が魔女へと生まれ変わるその際に発生するというエネルギーを回収することなのだとか。

 

 希望と絶望の相転移。

 取り分け、第二次性徴期の少女が魔女へと生まれ変わるその瞬間に発生するエネルギーの量は、計り知れないほど膨大な値であるがために、インキュベーターは執拗に少女との契約を取り結ぼうとしているようだ。

 

 そうして回収された感情エネルギーは、インキュベーターが作り出した技術によって変換され、有用なエネルギー源となっているらしい。

 

 そんなことを遥か昔から現代に至るまで、ずっと繰り返してきたのだという。

 

 更には、エントロピーがどうだとか、巡り巡って宇宙全体の為になるだとか、一方的な講釈を冗長に垂れ流し、“これが”如何に崇高な使命であるのかを僕に伝えようとするインキュベーターであった。

 

 

 馬鹿げた話である。

 荒唐無稽な与太話。性質の悪い冗談だ。

 

 到底信じることなどできはしない――と常時であれば一笑に付し、相手にしないところではあったが、件の話を切り出したのが半身とも言うべき僕の相棒なのだから、状況的に鑑みて丸っきりの妄言だと断ずることはできなかった。

 

 それに――それにだ。

 

 それが紛れもない事実であると断定したのも、他ならぬ忍だった。

 

 曰く。

 あの不干渉を貫いていた忍野から、事前に大よその事情を訊かされていたようで、魔法少女と魔女の歪な関係については漠然とではあるものの把握していたらしい。

 とはいえ、忍が本当の意味で真相に気付いたのはつい先日のこと――そう、あの『暗闇の魔女』を食した時に、魔女の“構造”“成り立ち”を理解したようだ。

 

 そんな裏付けもあり、僕がどんなに否定の言葉を並べ立てようともそれに意味はなく――残酷すぎる真実を前に、ただ立ち尽くす事しかできなかった。

 

 先延ばしにすることはできても、いずれ彼女達は魔女になる。

 魔法少女になった時点で既に終着は決まっているのだ。

 魔女になる運命から逃れるには…………命を絶つしかない。

 

 自身の無力さを、嫌と言う程に思い知る。

 怪異性を帯びた程度の高校生如きが、立ち入ってどうこうなるレベルの話ではない。

 いや規格外なスペックをもった専門家――忍野メメを持ってしても同じことだろう。

 今になって、あのお喋りな男が頑なまでに口を閉ざしていた意味を理解する。痛感する。

 

 これは既に覆すことができない領域の話であり、世界に組み込まれたシステムだと言えた。

 どう足掻いた所でどうにもならないのだ……どうすることもできないのだ……。

 

 目下の懸案事項であった『ワルプルギスの夜』――それを首尾よく無事に倒せたとしても、それで魔法少女(かのじょたち)の運命が変わるわけではない。

 

 街の平和を護るという意味に於いて重要な事ではあるが、その身を犠牲にして戦う彼女達が救われないなんて…………。

 

 

 

 結局僕は、意識も定かではない夢遊病者のようなおぼつかない足取りで、すごすごと退散するしかないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~081~

 

「阿良々木くん。ねぇ起きて」

「……ん、ああ……」

 

 重い目蓋を開けると、目の前に羽川がいた。

 

 羽川翼。

 折り目正しく品行方正。

 一直線に切り揃えた前髪に、三つ編みといった昨今では珍しい古式ゆかしい髪型で、視力矯正のみを目的とした、お洒落とは言えない丸眼鏡をかけた、見るからに優等生という風貌の少女。

 まぁ実際問題、見た目を裏切ることなく優秀で、優等生という言葉では表現しきれない程の、学生離れした、いや人間離れした才媛である。

 

 そんな彼女が、僕の肩をそっと揺り動かし起床を促してくる。

 妹達が全力で激しく揺さぶり起こすのとは全く違う優しい起こし方なので、特に不快感はない穏やかな目覚めであるが、なぜ僕は羽川に起こされているのだろう?

 

 なんて一瞬疑問に思ってしまったが、自問自答するまでもなく意識が戻り始めたことにより、直に状況を把握していく。

 

 そうだ。そうだった。

 

 もやもやとした気持ちが邪魔をして、どうにも寝付けずそのまま朝を迎えてしまった僕は、それでも一応は学生としての勤めを果たすべく、気だるげな身体に鞭打って学校へと向かい――ただ時間差で襲ってきた睡魔にやられ、机に突っ伏した状態で眠ってしまったのだ。

 

 で、面倒見のいい委員長さんが、甲斐甲斐しくも起こしにきてくれた訳か。

 

 感謝しなければいけない――いけないところではあるが、でも今は放っておいて欲しい。

 キュゥべえから明らかにされた"あの話"が、頭の中を占拠していて、起きていようがどの道、授業の内容なんて何一つ頭に入ってこないだろうし。

 

 

「……悪い。授業を受けられる気分じゃないんだ」

 

 羽川に対して失礼極まりない態度だけれど、頭にも心にも余裕がない僕は、素っ気無いおざなりな返事をするだけで、また寝る体勢に入る。

 

 今は何も考えたくない。

 

「こら、寝ないの!」

 

 が、眠りにつくのを阻止された。普通に怒られた。

 

「……なんだよ」

「なんだよじゃないでしょ…………阿良々木くん、もうとっくに授業は終わっているの。もう放課後だよ」

「え? マジで?」

 

 

 今更ながら辺りを確認してみると、そこには他の生徒の姿はない。

 がらんとした教室に、僕と羽川の二人だけだ。

 

 自分で思っている以上に熟睡していたらしい。

 昼食をとった覚えもないからな…………それはイコールで戦場ヶ原との約束(ランチ)をすっぽかしたことにもなる。

 

「いつまで学校にいるつもりなのかしら?」

 

 からかうような語調で羽川は言う。

 これはカッコ悪い、というか情けない。

 

「いや、うん。帰るよ。で、お前は何してたんだ?」

 

 失態を演じた気恥ずかしさを誤魔かす為、羽川に話の矛先を向ける。

 他の生徒がいないことから判断するに、放課後になったばかりではなく、ある程度時間は経過しいてるはずだ。なのに、なぜ羽川は残っているのだろう?

 

「あ、もしかして僕が起きるのを待ってくれていたとか?」

 

 一向に起きない僕に痺れをきらして、已む無く声を掛けた――そういうことだろうか?

 だとしたら、かなり迷惑をかけたことになる。

 

「ううん、そういうわけでも……私はただやることがあったから残ってるだけだよ」

 

 が、それは僕の思い過ごしだったようだ。

 

「別にどこでも作業はできるんだけど、ほら、私、家に帰っても――ね」

 

「……そうか」

 

 言外に語られた言葉の意味は瞭然だ。

 彼女にとって家は決して心休まる憩いの場などではない。

 

 羽川の抱える問題――家庭の不和は、まだ何も解決していないのだ。

 そして、それは羽川にとって触れられたくない類の話なのだから、僕としても返す言葉はなく、迂闊に踏み入るわけにもいかない。

 

「えっと、その作業、僕にも手伝わせてくれよ」

 

 気まずい雰囲気に耐えかね、何の気なしに僕は言う。

 

「はぁ……阿良々木くんがそれをいう?」

 

 すると、なぜか呆れたような視線を向けてくる。

 

「ん? 何かまずいこと言ったか?」

「さぁ私が今してる作業は、何でしょうね、副委員長?」

 

 副委員長――その言葉で全てを悟った。

 なんて間抜けな発言をしてんだよ僕!

 手伝うとか、どの口が言っているんだって話だ。

 

 僕はまだ寝ぼけていたようだ。

 

「…………その作業っていうのは…………文化祭の準備、ですか?」

 

 僕の遜った問い掛けに、委員長は笑顔を向けてくるだけだった。

 逆に怖いって。

 

「手伝うも何もないですよね。ほんとごめん!」

 

 元より僕の仕事なんだから。

 それを連日羽川一人に任せ、副委員長としての職務を放棄していたのだ。

 やむを得ない事情があったとはいえ――だ。

 兎にも角にも、頭を下げる。

 椅子に座っている状態でなければ、土下座も厭わないところである。

 

「んー別にそれは問題ないんだけどね。順調に作業は進んでいるし――それはそれとして。いいの阿良々木くん? そろそろ出発しないと間に合わないんじゃない?」

 

「間に合わない……って?」

「ん? ほら。此処の所忙しそうだったし、今日も用事があるんじゃないのかなって。だから、無理に起こしちゃったんだけど」

 

「あーそのことか、いや、いいんだ今日は……大丈夫」

「あれ? そうなの?」

 

「うん、特に用事とかないからさ」

 

 これは羽川を気遣っての方便というわけではなく、嘘偽りなく見滝原に行く予定はなかった。

 

 ほむらが見滝原一帯の魔女を一掃したことにより、当面の間はパトロールをする必要もないし、対ワルプルギス作戦会議も、肝心のほむらが武器の調達をするとかで不在なのである。

 

 でも……それは違うか……。

 

 いや、見滝原に行く必要がないというのは紛れもない事実なのだが……本当に本当のことを白状すると、僕は見滝原に行く勇気がないのだ。

 

 より正確に言えば、魔法少女である彼女達と顔をつき合せるのを避けたい。

 今の不安定な精神状態で、普段通りの自分を演じきれる自信がない。

 

 無論、僕の方からあの真実を告げるつもりもない。

 少女が受け止めるにはあまりに重過ぎる。幾ら何でも(こく)すぎる。

 

「今日は最後まで付き合うよ」

「ほんとに? さっきのは当て付けとかじゃないから、別に無理しなくてもいいんだよ?」

「無理とかじゃないって。まぁ僕に出来ることなんて限られてるし、反って足を引っ張るかもだけど、気兼ねなくこき使ってくれ」

 

 笑顔を貼り付け僕は言った。

 

 嘘は言っていない。

 

 

 でもこれはきっと――現実逃避と呼ばれるものなんだと思う。

 

 

 

 


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