【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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つばさサーチ~その3~

~084~

 

 キュゥべえが都合よく――いや、都合悪くも見計らったようなタイミングで現れたのは、何てことはない。ずっと監視していたからなのだろう。

 僕を要調査対象にしていると、面と向かって宣言されているからな…………もうこれについては諦めるしかない。

 

 ともあれ挨拶もそこそこに、羽川はキュゥべえに対し事の詳細を語るよう要求した。

 

 今し方、僕が時間をかけて伝えた話の繰り返しになるだけではあるが――羽川曰く、又聞きするのと直接当人の口から聴取するのとでは、情報の質がかなり違ってくるらしい。

 情報は人を経由する度に、どうしたってその人の意志が介入するものなのだとか――確かに、僕の情念が多分に加味され、偏った物の見方になっていたのは否めない。

 

 また、視点を多角的にする為には大切なプロセスなのだという。

 

 無論、直接やり取りを交わすことで、キュゥべえ自身の思想思惑などを読み取ることが、主目的としてあるのだろうが。

 

 僕にしてみたら、再度キュゥべえの有難いご高説(皮肉だ)を訊く羽目になったということだけど――昨日の夜は、精神的に相当参っていたこともあり、半ば聞き流していたからな。

 

 今度はしっかりと集中して、羽川とキュゥべえのやり取りを傾注するよう心掛ける。

 何か有用な手掛かりが掴めるかもしれない。

 

 が、しかし。ここで一つお知らせがある。

 残念極まりない悲しいお知らせだ。

 

 うん、正直な話。よくわかりませんでした。何の成果も得られませんでした!

 

 え、だってこいつら、ごく当たり前の常識みたいに、難解な専門用語を飛び交わせて議論するんだよ。

 特にエネルギー問題やエントロピー関連の話は、会話の密度が濃すぎてもう単語を拾うことしかできない。

 

 なんだよ『オストヴァルトの原理』って。

 他にも『不可逆変化』『熱平衝状態』『換算熱量』『限界効用』『カルノーサイクル』などなど――何となく解かりそうな単語もあったが、基本ちんぷんかんぷんである。

 

 こんなの僕に理解できるわけないじゃん!

 

 くそ……ちゃんと話を訊いていたにも関わらず、全く話の流れを掴めていないぞ……。

 僕の馬鹿さ加減が浮き彫りになってしまった。

 

 とはいえだ――僕が理解できないからといって逐一説明を求め、話の腰を折る訳にもいかない。

 なので、うんうんと訳知り顔で適度に相槌をうち、さも解かっていますよとアピールする憐れな僕なのであった。己が自尊心を護ることで精一杯だ。

 

 しかし、小難しい喋り方をする奴であるとは思っていたが、キュゥべえがここまでずば抜けた知性をもった生き物だったとは…………何だ、この言い知れぬ敗北感は……。

 

 まぁ兎にも角にも一通りの事情聴取は終わったようだ。

 

 

「どうだ羽川? 何か打開策はありそうか?」

 

 床にお座りした諸悪の根源(キュゥべえ)に見られている状況下で、こんなことを訊くのもどうかとも思ったが、下手に隠そうとしても、盗み聞きとかしてきそうだし気にしていたらきりがない。

 

「……打開策だなんて到底言えないけれど、少し思いついたことなら――」

「おお! やっぱり頼りになるぜ!」

「ちょっと待って! そんな期待されても困る困る! あのね阿良々木くん、釘を刺す意味で前以て提言しておくと、はっきり言って、魔法少女の子達を救済する方法は検討もついていないからね」

 

 僕の食い気味の反応に、羽川が慌てて付け加える。

 

「……いや、なんか悪い」

 

 つい気持ちが先走ってしまった。

 

「じゃあ、お前が思いついたことって?」

 

「んー……………もう少し一人で検討したかったけど……そんな悠長なことも言っていられないか――ほんと過信はしないでね。まだ考察段階だし、それこそただの思いつきなんだから」

 

 念を押すように羽川は言う。

 

「おう、わかったって」

「うん。じゃあ……言うね。私が今考えているのは、キュゥべえくんの活動を抑止する――つまりキュゥべえくんに、これ以上契約を結ばせないようにする方法なんだけど」

 

「キュゥべえに――契約を結ばせない」

 

 僕は反芻するように繰り返し、その意味を推し量る。

 

 今現在活動している魔法少女を救うことにはならないが、新たな犠牲者を増やさない為にも、切っても切れない問題だし、とんでもなく重要なことだ。

 完全な手詰まり状態だったのだから、これを足掛かりとして活路が開けるかもしれない。

 

 だが――

 

「……本当に、そんなことが可能なのかよ?」

 

 半信半疑の気持ちが拭えず、無意識のうちに懐疑的な視線を向けてしまう僕。

 

「どうなんだろう……それはキュゥべえくん次第としか言えないかな」

 

 羽川は苦笑いを浮かべながらそう答えた。

 どうやら自分の提案にあまり自信がないようだ。

 

「そりゃそうなんだろうけどさ…………具体的には?」

 

 それでも、話を訊いてみないことには始まらない。

 

「うん、だから、キュゥべえくんの『目標』を達成させてしまえばいいんじゃないのかなって」

「は? まさかキュゥべえの求めるままに、魔女を生み出そうなんて話なわけないよな?」

 

「当たり前でしょ。そうだね、何から説明したものやらって感じなんだけれど、折角当事者が居るんだから直接訊いてみましょうか。いいかなキュゥべえくん?」

 

「勿論、構わないよ。僕らにとっても面白味のある話のようだし」

 

 身軽な動作で机に飛び乗ってきたキュゥべえが、尻尾を大きく揺らしながら快諾の言葉を口にする。

 続けて、羽川に向け話しかける。

 

「君との意見交換は中々に有意義なものだったからね。僕としても興味が尽きないよ」

 

 異星生命体から、高く評価される羽川さんマジぱない。

 

「それで、僕への質問というのは?」

「まずは質問というより改めて確認をさせて欲しいんだけれど、キュゥべえくんは人類に対して、『悪意』は持っていないんだよね?」

 

「そうだね。全てはこの宇宙の為に、僕は使命を真っ当しているだけであって――僕の行動理念に悪意はないよ。でも一応補足しておくと、感情そのものを有していない僕達からすれば、『悪意がない』なんていうのも、ただ状況に当てはめた言葉でしかないけどね」

 

「ん、ありがとう。とても参考になったよ」

 

「おいおい羽川、こんな口先だけの言い分を訊いてなんになるんだよ。こいつに悪意があろうがなかろうが、結局魔法少女である彼女達が犠牲になるってことに変わりはないんだぜ」

 

「そう言いたくなる気持ちも解るし、当然私もキュゥべえくんの行いを肯定するつもりなんてないけど――でも今だけは心情的な事を抜きにして考えてみて」

 

 僕の噛み付くような物言いを受けても、羽川は至って冷静だった。

 朗々とした声音で諭すように、語りかけてくる。

 

「キュゥべえくんの最たる目的は、別に魔女を産み出してこの世界を混沌に導くことじゃない。魔法少女の子達を絶望に陥れることでもない。あくまでも、有用なエネルギー源を回収することが重要なのであって、少し表現が悪くなるけど――『魔法少女というシステムが尤も効率的』だから――キュゥべえくんの言葉を用いるなら『エントロピーを覆す存在』だから、この手段を採択したに過ぎないんだよ」

 

「いやでも……さっき言った通り、前提としてそれは魔法少女の犠牲の上に成り立つもんだろ」

 

「それは阿良々木くんの言う通り。だけど、もし他に『エントロピーを覆す有用なエネルギー源』があれば話は変わってくるでしょ――だって、キュゥべえくんはエネルギーの回収さえ出来れば、それでいいんだから。キュゥべえくんに確固たる悪意がないというのなら、交渉のテーブルにつくことに、異存はないよね。これはインキュベーター(あなたたち)にとって有益な話になるはずだよ」

 

 僕への説明は、途中からキュゥべえへの問い掛けに変わっていた。

 いや――この場合、問い掛けではなく“キュゥべえに取引を持ち掛けていた”と言ったほうが正しいか。

 

 なんて無茶なことを……そう思いもしたが、これって存外、効果的なアプローチ方法なのかもしれない。

 感情がないとかほざいている奴を、改心させることは難しいが――取引であればその問題がなくなる。

 打算で動いてくれるのなら、あとは交渉次第。

 

 インキュベーターの立場で考えてみると――エネルギーを確保できるのなら、別に魔法少女の感情エネルギーに拘る必要はないのだし、理屈は通っているはずだ。

 

 しかし、そう簡単な話でもない。

 

「うん。そんなエネルギー源があるのだとすれば、願ってもない話だね。“本当に”そんなものがあるとすればね。いったい君の言う、替わりになるエネルギーって何なんだい?」

 

 キュゥべえの言う通り、まずはその『有用なエネルギー源』の証明が必要不可欠――絶対条件なのだ。

 インキュベーターの文明基準で考えるのならば、少なくとも原子力エネルギーでさえ取るに足らないものなのだろうし、果たして、羽川はどんな目算があってこんなことを口にしたのか?

 

 

「……………………」

 

 が――キュゥべえからの当然とも言うべき質問に、羽川は黙り込んでしまう。

 

「おい羽川、どうしたんだ?」

 

 なぜか言い渋っている様子の羽川に、恐る恐る声を掛ける。

 

「ちょっとね。やっぱり、もう少し考える時間が欲しかったかなって。あと何より相談する時間」

「んな一人で背負い込むことないだろ。別に口に出したからといって、それで決定って訳でもあるまいし、言うだけ言ってみろよ」

 

 相当気が重いのか神妙な顔をしている彼女に、僕は努めて軽い調子で言う。

 

「……それもそう……だね。うん、ありがとう」

 

 僕の後押しで、決心がついたのか大きく頷いた。

 

「じゃあ、私の考えた一案だけど……と、その前に――ごめんなさい。断りもなく勝手なことを言わせてもらいます。もし機会を頂けるのであれば、直接謝罪もします」 

 

 なぜか徐に僕から視線を外し、畏まった言葉遣いで羽川は言った。

 

 どうも、僕に向けての発言ではない。無論、キュゥべえでも。

 なら、いったい誰に向けてのものなのか?

 その答えは、すぐに明らかとなる。

 

 面を上げた羽川は、意を決した表情で言葉を紡ぐ。

 

「私が今考えている、『魔法少女の感情エネルギー』に替わる『有用なエネルギー源』。それは強大な力を秘めた『吸血鬼』の力――より正確に言及すれば、阿良々木くんの影に封印されている、伝説の吸血鬼と謳われた忍野忍さん――キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードさんの力だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 


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