【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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ウィッチ(witch):【魔女】


【第12章】そんな都合のいい話あるわけがない
ひたぎウィッチ~その6~


~087~

 

 逃げ出したい気持ちをぐっと堪え、恐る恐る戦場ヶ原のもとへ。さながら危険物を解体しに向かう爆発物処理班のような心境だ。

 身体の内部から脈打つ鼓動が何ともいえない危機感を募らせ、胸が締めつけられるように圧迫されていた。

 それでもどうにか平静を装い、刺激を与えないよう慎重に声を掛ける。

 

「よ、よう――」

「やぁ久しぶりだね、戦場ヶ原ひたぎ」

 

 が、被せる形でキュゥべえが口を開いていた!

 

 しまった!!

 戦場ヶ原の存在に気を取られ過ぎ、こいつの存在をすっかり忘れていた!!

 

 

 どう言い訳しようかと狼狽える僕を尻目に、キュゥべえは悠々と喋り出す。

 

「今回こうして君の前に現れたのは、この通り、僕の意志に反してのこと――不可抗力だから、出来れば大目に見て欲しいな。別に戦場ヶ原さまと契約することを目的にやってきたわけじゃないよ」

 

 僕に首根っこを掴まれ宙ぶらりん状態で、釈明の言葉を並べる。

 どうやらキュゥべえもキュゥべえで、戦場ヶ原による制裁を警戒しているらしい。

 そりゃ拷問を受けたり、パンプスで頭を踏み潰されたりした過去の出来事を鑑みれば、この反応は尤もである。

 

 つーか、様付で呼ぶのまだ継続中なのな……。

 

「そうね、許して上げる替わりに、私の質問に答えなさい。あなた、羽川さん――三つ編み眼鏡の委員長さんと何か話をした?」

「うん。色々と話をしたよ」

 

「そう。ではそれを踏まえた上で阿良々木くん。羽川さんと何を話していたの?」 

 

 キュゥべえから視線を僕に移し、底冷えする平坦な声音で戦場ヶ原。

 

 その問い掛けは、初めて彼女から声を掛けられた“あの時”と同じ文言だったこともあり、続けてカッターナイフとホッチキスを口に捻じ込まれるのではないかとも思ったが、流石にそれはなかった。ただ『現状では』という注釈が必要であることを忘れてはいけない。

 

「……別に、ちょっと相談に乗ってもらっただけだよ」

 

 口の軽いキュゥべえの所為で、もう言い逃れは出来ない。

 まぁ戦場ヶ原の鋭い洞察力の前には、遅かれ早かれ露見していたのかもしれないし、既に大よその事情は知っているのだから、別にありのまま話してしまってもいい気もするが――それでも、出来ることなら関与してほしくない、厄介事に巻き込みたくないという気持ちから、こんな曖昧な受け答えになってしまった。

 

「ふーん」

 

 値踏みするような視線に射抜かれる。

 

「ごめんなさい」

「はてさて、いったいなぜ私は謝られているのかしら?」

 

 戦場ヶ原の放つ雰囲気に気圧され、防衛本能ともいうべき条件反射でつい無条件降伏してしまった。

 謝罪の意図を計り兼ね、戦場ヶ原はつんと澄ました調子で小首を傾げている。

 

「なに、もしかして人目がないのをいいことに羽川さんとイチャコラしていたの? なのだとしたら断罪が必要になってくるのだけど、阿良々木くんは『肉体的』『精神的』『社会的』どの方面の苦痛がお望みかしら? 順番ぐらい選ばせてあげるわよ」

 

 涼しい顔で髪をかきあげつつ平然と言い放つ。

 三択でどれかを選ぶのではなく、全て執行する算段なのかよ……この女、怖いよー!

 

「待て。待ってくれ! 僕は清廉潔白だ! 不純な異性の交遊なんてしていない! 信じてくれ! ほら、人目がないって言うけどキュゥべえもいたんだしさ」

 

「そういえばそうね。でも後ろめたいことがあるから謝ったんじゃないの?」

「後ろめたい事をした覚えなんて一切ない!」

 

 啖呵を切るように自身の無罪を強く主張してみたが……羽川にして欲しいコスプレ衣装を夢想していたのは、少なからず疾しいことだと言えなくもないような気もする。

 だが個人的な妄想ぐらい許容範囲だろう――なんて心の中で自己弁護を試みる。

 というか、それがもし許されないのなら、僕生きていけません。

 

 しかし謝罪したことによって、疑念を抱かせる結果になったことは間違いない。

 下手に勘ぐられ、痛くもない腹を探られるのも厄介だ。

 

 

「あーほら、何か待たせちゃったみたいだし」

 

 なので、それっぽい言い訳でお茶を濁し、事態の収拾にかかる。

 

「そうね。ずっと、待っていたわ」

 

 ん? 何となしに言った発言ではあったが、そういや何で戦場ヶ原は僕を待っていたんだろう?

 

 って、普通に考えて僕と一緒に帰るためか。僕達、一応恋人同士だし。

 

 しかし、今から羽川と忍野のところに向かう予定なんだよなぁ……。

 

 

「あー……折角待ってて貰ったのに悪いんだけどさ…………これからちょっと用事があって、一緒に帰るのは無理ってうか……だから」

 

「違うわ。勘違いしないでよね」

 

 と、僕の口上を遮り、戦場ヶ原はそんなことを言う。

 

 一種のツンデレのテンプレート的な台詞ではあるが、平坦な声音(棒読み気味)のせいで、全くその効果は機能していないし、どこにもデレ要素を見出すことはできない。

 

 つうか、僕と一緒に帰る為に待っていてくれたんじゃないのか?

 なら、何の為にこんな時間まで待っていたというのだろう?

 

 ただ僕が問い質すまでもなく、戦場ヶ原はその理由を口にする。

 

「阿良々木くんに一言文句を言ってやりたかったから、その為に待っていただけよ」

「はい?」

「昼食の約束を眠りこけてすっぽかすなんて、いい度胸しているわ」

「あ」

 

 そう言えばそうだった!

 

「万死……いえ京死に値するわ」

 

 億を飛び越え、桁違いな単位になっている!

 

 恋人関係になってからは、よく中庭のベンチに集まってお昼を食べていたのだ。

 日によって購買で飲み物やパンやおにぎりなどを買いに行く必要があるから、集合は別々のことが多いのだが、そうなると昼休み中ずっと僕が来るのを待ってくれていたのか……。

 

「ほんとごめん。でもさ、起こしてくれたらよかったのに」

 

 体育や移動教室での授業ではなかったので、戦場ヶ原も僕が寝ていたのは知っていたはずだ。

 とは言うものの、あの時の精神状態だったら、断っていた可能性の方が高いが。

 

「嫌よ、クラスメイトに阿良々木くんと知り合いだと思われたくないじゃない」

「恋人関係をアピールするみたいで気恥ずかしいとかそういう理由ならいざ知らず、知り合い段階から拒否するっておかしいだろ!」

 

「まぁ一人で食べることに抵抗はなかったし、阿良々木くんが寝ているのは確認できたから、中庭で一人本を読みながら優雅なランチだったわよ。あら? なら別に阿良々木くんが居ても居なくてもどっちでも……いえ、寧ろ居ないほうが……」

 

 真顔で思案する戦場ヶ原だった。僕の存在価値っていったい……。

 

「で、どうしてくれるの。阿良々木くんの為に持ってきたお弁当が台無しになったじゃない」

「え!? お前が作ってきてくれたの!? 僕の為に!? 手作りの弁当を!?」

 

「そんな目を輝かせて食いつかれても困るのだけど。そんなの嘘に決まっているじゃない」

「なんだ……嘘かよ」

 

「でも、そこまでいい反応をされてしまったら、そうね。ものは試し阿良々木くんがどうしてもと言うのなら、今度作ってきてあげてもいいわよ」

「うん、じゃあどうしても! どうしてもお願いします!」

 

「一食648円で手を打つわ」

「金取るのかよ!」

 

 割かし高めで、絶妙にリアルな値段設定だ。しかもしっかり税込み価格。

 

「当然じゃない。材料費も馬鹿にならないし、私の家は貧乏なのよ」

 

 確かに無償で作ってもらうのも違うが、お金を支払って作ってもらうのはどうなんだろう。とはいえ、手作りの料理が食べれる機会を逃すのも勿体ない。

 

「ああ、わかった。ちゃんとお金は払うから作ってきて欲しい。改めてお願いします」

「仕方ないわね」

 

「あと約束を破った件については、後日お詫びも兼ねて何か奢らせもらうからさ、それで勘弁してくれ」

 

 なんか話している感じ、そこまで本気で怒っているわけでもないようだし、これで許して貰えるだろう。

 

「でさ、さっき言った通りこれからちょっと用事があるんだ。悪いけどもう行くな。じゃ!」

 

 半ば無理矢理、話を切り上げて僕は戦場ヶ原に別れを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ告げただけで、そんな一方的な言い分を戦場ヶ原が訊き入れてくれるはずもなく、どういう思惑なのかは知る由もないが、付いて来るつもりらしい。

 

 本心としては御遠慮頂きたかったが、羽川を連れていくのに戦場ヶ原だけお断りすることもできないし、下手に断ればどんな強硬手段を用いてくるかわかったもんじゃない。

 

 ということで羽川と戦場ヶ原――ついでにキュゥべえを引き連れ忍野のいる学習塾跡へ――自転車通学は僕一人だったので、自転車は押しながら徒歩で向かうことと相成った。

 

 道中は会話らしい会話もなく、なんとも気まずい空気が漂う。

 

 その空気を形成しているのは、周知のとおり戦場ヶ原ひたぎである。

 

 羽川が気を利かせてくれて、いくつか話題をあげてくれたのだが、戦場ヶ原は仏頂面で最低限の返答をするだけに止め、全くもって会話が弾まない。

 

 かと言って、戦場ヶ原を無視して僕と羽川だけで歓談するのも憚られる。

 

 

 ちなみに羽川はまだ戦場ヶ原の本性(暴言毒舌を吐く姿)を知らないので、人付き合いが苦手な寡黙な女の子として見ているようだ。いや、羽川のことなので本性を見抜いた上で、あわせてくれているのかもしれないが。

 

 とまぁ僕に蓄積していく心労はいいとして――徒歩なのでかなりの時間が掛かってしまったが、目的地である塾跡地に到着した。

 

 廃墟然とした四階建ての建物。

 伸び放題の雑草が生い茂り、朽ち果てた立ち入り禁止を促す看板が目を引く。所々裂けた金網には有刺鉄線が張り巡らされている。

 

 外観も酷いものだが、内部も荒れ放題だ。

 割れたガラスや、崩れたコンクリート片、空き缶やボロボロに破れた雑誌類。電灯も機能していないので中は外以上に真っ暗だ。

 この塾の経営が傾いて潰れたのは、たかだか数年前のはずなんだけど、そのたかだか数年でここまで荒廃するものなのかと感心さえしてしまう。

 

 そんな感想を抱きつつ、忍野の寝床になっている四階へと向かう。

 暗がりなので安全を確かめつつゆっくりと。僕は吸血鬼アイのお陰でばっちり見えているけど、戦場ヶ原と羽川を気遣っての配慮である。

 

 アポなしでやって来たので、もしかしたら不在という可能性もなくはなかったが、それは杞憂だったようだ。

 

「やぁ遅かったね、阿良々木くん。待ちかねたよ」

 

 机で作った簡易ベッドに腰掛けた、サイケデリックなアロハ服を着た怪しさ極まりないおっさんが、いつもの軽い調子で出迎えたのだった。

 


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