【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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ジャッジ(judge):【判断する】


おしのジャッジ~その2~(QB)

~088~

 

 忍野に対しての諸々の説明は、羽川に一任したこともあり滞りなく終了した。

 いや、説明だけでなく僕達の要請も二つ返事で受けいれ、全く話が拗れることはなくあっけないぐらい簡単に話が纏まってしまった。

 

 こっちにとっては好都合なのだから、何処にも問題はないのだが、相手が忍野であるだけに、どうしたって何か裏があるのではと勘ぐってしまう。

 

「なぁ忍野。別に不平不満を言おうってわけじゃないんだが……やけにあっさり請け負ってくれるんだな。いや、ほんと有り難い話なんだけどさ…………でも、あんだけ僕に対しては渋った対応したくせによ」

 

 女の子が相手だからあからさまに対応変えてんじゃねーのか、なんて失礼な発言は胸の内で留めたが、どういう心境の変化なのかと問い質したくもなる。

 

「あれ、そうだっけ?」 

 

 が、軽佻浮薄こそこの男の真骨頂。すっとぼけた返しでさらりと躱される。

 僕が胡乱な眼差しを向けるも、にやにやした薄ら笑みを浮かべるだけだ。

 

「何か隠してんじゃねーだろうな」

 

「疑り深いねー。ま、状況がここまで整えられちゃったら、僕としても知らぬ存ぜぬではいられないってことだよ。いやはや、ほんと委員長ちゃんは用意周到だね」

 

「……そういうことならいいんだけどよ」

 

 ちなみに戦場ヶ原はいったい何のために此処までついてきたのやら、話には一切入ろうとせず、我関せずで輪の外に――そこまで離れてはいないので、話自体は聞こえているのだろうが、一切発言するつもりはないようだ。

 

 

「でもさ委員長ちゃん。阿良々木くんなら兎も角として、聡慧な君に対しては言うまでもないことだと思うんだけど――」

 

 僕を卑下する鬱陶しい前置きを挟んで忍野が羽川に問い掛ける。

 

「代替エネルギーとして吸血鬼のエネルギーを宛がうって話――うん、忍ちゃんの全盛期の力はほんと桁違いだからね。この地球上に於いて最大のエネルギー源だといっても過言ではないよ。ただしそれは」

 

「あの!」

 

 と、口上を遮るように羽川。

 突然の鋭い声に僕は少し驚いたのだが、忍野はそれだけで“何か”を汲み取ったようで鷹揚に頷いた。

 

「ん? あ、ああ、そういうことかい。だよね、だと思ってた。“承知の上で”のことだっていうのなら、別にいいんだ。余計なお節介だったみたいだね」

「いえ、そんなことはないです」

 

 両者の間で意思疎通は完了したようだが、僕には一切読み取ることができない。

 何か雰囲気的に訊き出し辛いよな。まぁ羽川にとっては想定内の事象らしいし、僕が気にすることでもないのか。

 

 

 少し釈然としない部分もあるが…………これで中立の立場を崩さなかった忍野からの協力が得られることになったわけだ。

 

 ただ協力とはいっても、あくまでも裏方的役割を担ってもらうだけで、忍野が『ワルプルギスの夜』の討伐に乗り出してくれるなんてわけではない。

 

 吸血鬼――しかも伝説と謳われた最強の吸血鬼の力を使うとなると、周囲への影響力が尋常じゃないので、それらの対処を行ってくれるとのことだ。

 

 他にもやることは山積み。中でも重要なのは、外部に吸血鬼の力が露見しないよう結界を張ることだと言う。

 

 それは即ち、吸血鬼を狙う御一行に感付かせないための処置であり、僕と忍のためだと言えた。

 見滝原全域に機能するかなり大掛かりな結界を作り上げる必要があるようで、先輩を頼らなきゃいけないとか何とか、忍野にしては珍しい顰め面で愚痴を溢していた。

 

 どれだけ感謝してもし足りないが、当然無償で請け負ってくれるなんて気前のいい話はなく、相応の対価を後ほど僕に請求するという。

 

 大したことじゃないと言われているが、不安だ。

 現時点で500万円の借金があるのに、もう500万ほど上乗せされるのだろうか……吸血鬼の臓器って売れるのかな………。

 

 

 

 一応此処に来た目的は達成したけれど、しかし忍野が協力してくれるというこの願ってもない機会をみすみす逃す手はなかろう。

 

 これまでは話を訊くだけ訊いて相談にはほぼ乗ってくれなかったが、協力関係を築いた今ならば、薀蓄を溜め込んだこの男の知識を借りることもできるかもしれない。

 

 であれば、一番の懸案事項であった根源的問題――その解決方法を模索しておきたいところだ。

 

 つまり――魔法少女を元の身体に戻してあげる方法はないのか――である。

 

 可能性の話でいえば、決して不可能ではないんじゃないのかと僕は思っている。

 

 そう、この僕と同じように。

 ありえない選択肢だが、僕が望めばいつでも吸血鬼から人間に戻ることができる。決して不可逆などではないのだから。

 

 肉体から魂を抜きとられ、ソウルジェムへと移し替えられた彼女達だって、きっと…………。

 

 だが一縷の望みをかけた僕の問いに対し、忍野は思い悩むこともなく即答した。

 

「無理だろうね。そんな都合のいい話あるわけがない。というより帳尻を合わすことができないっていったほうがいいのかな」

「……どういう意味だよ?」

 

 要領を得ない回りくどい言い回しに、苛立ちながらも僕は詰問する。

 すると忍野は間をとるように、胸ポケットから煙草を取り出し口に咥える。

 しかし一向に火をつける様子はなかった、というかそもそもこの男が煙草を吸っている姿を見たことがない。

 何の演出の一環かは知らないが、十分に間をとってからやっとのことで口を開く。

 

「だって、願いはちゃんと叶っているんだろう? 既に希望は遂げられ、本来は起こり得ない奇跡を起こしてしまった。つまり『前払いの利益』を得てしまっている。それをなかった事に出来ない以上、彼女達の身体を元に戻すことなんてできっこない――どうやっても帳尻を合わすことができないんだよ」

 

 薄ら笑みを消しさり忍野は言う。

 ただその真剣な表情は一瞬で消え、またいつもの胡散臭い笑みに戻っていた。

 

「この問題と同列に並べて語っちゃいけないんだけど、これってさ、『悪魔との契約』と通ずる所があるよね」

「『悪魔との契約』だ?」

「そ。阿良々木くんは『ファウスト』って読んだことある?」

「は?」

 

 予期せぬ質問に、僕が疑問符を浮かべると、忍野は殊更大げさにため息をつく。

 

「はぁーこれだから阿良々木くんは」

 

「いやいや僕が無知なのを馬鹿にしているようだけど、それって誰でも知って言るような話なのかよ」

「ん? まぁ僕も相当に偏った知識ばっか詰め込んでいるからね、断言はできないけど、それでもこれぐらい高校生にもなれば当然知っているもんだと思うよ。何なら二人のお嬢ちゃんたちに訊いてみたらどうだい?」

「……遠慮しとく、僕が浅学菲才なのは認めよう」

 

 羽川と戦場ヶ原に訊いてみたところで結果は目に見えている。素直に負けを認めた方が傷は浅い。

 

 それでも一応、折角なので。

 

「なぁ羽川。お前は『ファウスト』って知ってるのか?」

 

「うん、そこまで詳しくないけど、概要ぐらいなら話せるよ。著者は世界の三大文豪の一人として有名なヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。その彼が六十年以上もの月日をかけて執筆した二部から構成される長大な大作、それが戯曲『ファウスト』。ざっと粗筋を語っていくなら」

「悪い羽川。詳細はまた今度訊かせて貰うよ」

 

 この委員長さんも一瀉千里によく喋るから、止め時を間違うと下手すりゃ数十分単位で時間が消費されていってしまう。

 まぁ羽川の長話しが苦痛なんて思わないし、寧ろご褒美の部類ではあるが、今は話を進めることを優先したい。

 

「そう?」

「おう。でも流石羽川。お前はなんでも知ってるな」

「なんでもは知らないわよ。知ってることだけ」

 

 よし、これにてノルマ達成。

 羽川のこの台詞を訊きたかったが為のネタフリである。

 

 個人的に満足したことで、話の主導権を忍野に戻す。

 

「で、どういう話なんだ?」

 

「そうだね。阿良々木くんにも判り易いように説明すると、何でも願いを叶えてくれるって触れ込みの話は、ほんと数えきれない程存在している。で大ざっぱに言ってしまえば、『ファウスト』もまたそれに類する物語であり、『悪魔に魂を売って願いを叶えてもらう』って形式の話ってことだ。まぁ物語の結末とかは全然関係ないんだけどね。『ワルプルギスの夜』に関した話もあるから『ファウスト』を、引き合いに出してみただけだよ」

 

「…………はぁ、それで結局お前は何が言いたいんだ?」

 

「結論を急ぐなよ。話し甲斐がないなぁまったく――――仕方ない。話を纏めると、無償で願いを叶えてくれる存在なんてそうそういるもんじゃないってことさ。願いを叶えるタイプの『怪異譚』ってのは僕が把握しているだけでもそれなりの数に上るんだけど、どれもこれも代償は必要だし、大抵の場合悲惨な目に遭って終わる。うまい話には裏がある。過ぎた願いは身を滅ぼすってことだね」

 

「何だよそれ。願った本人の自業自得だって言いたいのか?」

 

 忍野の言わんとすることも解かるが、それでも納得はできない。

 

「彼女達は決して自己本意な思いで願いを叶えたわけじゃ……ないだろ」

 

 巴さんと美樹に関しては擁護できるけど…………ほむらと杏子って結構好き勝手にやってるじゃん、ということに途中で気付いて――少し語調が弱くなってしまったが、僕は忍野に対して言い立てる。

 

「『願いを叶えたから、不幸になるのは致し方ない』なんて論法、僕は容認できっこないぞ!」

 

「別に彼女達を責めているつもりはないし、同情に値することだろうとは僕も思うけど、そんな事情知らないよ。さっきから言っているだろ。だからこそ『悪魔との契約』なんじゃないか。理不尽も不条理も当たり前のことだ。元より阿良々木くんの主義主張を否定するつもりなんてないしね。好きにすればいいさ」

 

 しかし、忍野は他人事のように言い放つ。いや、他人事なのか。

 

「ま、色々言ったけど、僕の発言は聞き流してくれて構わないよ。これは怪異の専門家としての見解だ。さっきのもただ似通った事例を話しただけで、インキュベーターは悪魔でもなく異星生命体なんだからね」

 

 ぞんざいな言い方に、怒りを覚えるが――忍野の言った通り、彼は怪異の専門家であり、今回の件については専門外だと始めから言っていた。

 こいつのスタンスは、何も変わっていないのだ。僕が無理に訊いたから、仕方なく答えてくれただけなのだ。

 

 それでも――それは重々承知した上で僕は食い下がる。

 

「なら、専門家としてじゃなく、個人としての意見は何かないのか!? 何か抜け穴的な解決策があるんじゃないのか? お前なら、何か知っているんじゃないのか!?」

 

「無茶をいうなぁ阿良々木くんは――」

「無茶だって言うさ! 少しでも手がかりがあるのなら教えてくれよ!」

 

「ま、“普通に考えなければ”方法はあるにはあるんだろうけど」

「ほんとかよ!?」

 

 

「ほんとも何も、阿良々木くんだって知っていることじゃないか。だってさ、魔法少女になる見返りとして、どんな願いも叶えられる――だろ?」

 

 どこか馬鹿にしたような態度で、ふんと鼻で笑うよう忍野は言う。

 人の神経を逆撫でする、完全に皮肉としての言葉である。

 

 言い返したいところではあるが、僕が無理強いして訊き出したこともあり、ここは我慢の子だ。クールになれ。

 

「……ぐ…………ああ、そうだな。確かに『どんな願いでも叶える』という触れ込みに偽りがないのなら、それで解決できたかもしれないのにな。でも現実問題、一つの願いで一人を元の身体に戻すことができるかも怪しいもんだ。そもそも願った人間の魂がソウルジェムになっちまうんじゃ何の解決にもならない」

 

 殊更、嫌味ったらしく僕は言う。

 忍野への不満を、キュゥべえに向け吐き出した形だ。

 

「そうとも限らないよ」

 

 と、僕の当てつけに対し異を唱える声――

 

「は? どういうことだ?」

 

「場合によっては大多数の魔法少女を、元の身体に戻すことができるかもしれないってことだよ。ただ保証はできないけどね」

 

 キュゥべえが意味深長な言葉を並べ反駁する。

 

「君の言う通り『願いを叶える』とは言っても、ある種の不文律があり、事の次第によっては望みが遂げられないこともあるのは確かだ。例えば、願いの数を増やすなんてのはできない――」

 

 誰とは言わないけど、そんなことを口にした女がいたな。

 

「他にも、抽象的な願い、あまりに度が過ぎた願い、あるいは矛盾撞着した願い。そういった願いはまず契約自体が成立しない」

 

 まぁ言われるまでもなく当たり前の話。

 『何でも願いを叶える』なんて文言は、ただの言葉の綾みたいなもんだ。

 

「ん? でもさっきお前はこれとは正反対のことを言わなかったか? 全ての魔法少女を元の身体に戻すなんて、お前の言う度が過ぎた願いにカテゴライズされるだろ?」

 

「そうだね。僕が今まで契約したどの少女達でもそんな願いを叶えるのは不可能だったろうね」

「じゃあ、無理ってことじゃ」

 

 

「でも、鹿目まどかならば話は違う」

 

 

 唐突に出てきた見知った女の子の名前に首を傾げる僕。

 

「……ああ、魔法少女になれる資質を持ってるって話だもんな。でもなんで今、まどかちゃんの名前が出てくるんだよ?」

 

 僕の疑問に対し、キュゥべえはどことなく嬉々とした声音で饒舌に語り始めた。

 それは、まるで世紀の大発見を発表する研究者のように。

 

「彼女が特別だからさ。まどかに秘められた力は計り知れないほど膨大なものなんだよ。僕にも説明できないレベルのね」

 

 キュゥべえがまどかちゃんを事あるごとに勧誘していたのは知っていたが、まさか、それほどの逸材だったのか、なんて驚く僕を尻目にキュゥべえは続ける。

 

 

「魔法少女同士であっても才能の差で力関係が生じるし、個々人の資質に左右され叶えられる願いの『規模』も変わってくる。より正確にはその少女に秘められた潜在力――因果の量に“見合った”願いが叶えられる。だからこそ、まどかならどんな途方もない願いであっても叶えられる可能性が高い。ただこればっかりは実戦してみないことには結果はわからないけどね。とは言え、魔法少女は条理を覆す存在であり、まどかはその極め付けだ。期待はできるんじゃないのかな。だからどうしてもというならまどかに頼んでみるのも手だよ」

 

「………………」

 

 あまりに突拍子もない発言に面食らってしまったが、

 

「んなもん却下だ!」

 

「どうしてだい? まどか一人が魔法少女になるだけで、他の大多数の少女が元の身体に戻れるというのに。それが君の言っていた望みだろ?」

 

 自身の提案を却下されたことが信じられないといったような反応だ。

 

「まどかちゃんを生贄に捧げるみたいなことできるわけないだろ。ふざけんなよ」

 

 考えるまでもない。検討することさえありえない。

 これが仮に、尤も被害を少なくできる最善の選択肢だとしてもご免だ。

 

 うん。嫌だ。絶対に嫌だ。こんなの感情論でいい。

 

 理由なんてこれだけで十分過ぎる。

 

 

 

 しかし――もしまどかちゃんがこの事実を知れば、進んで身を捧げてしまいそうな気がするんだよな。それだけは絶対阻止しなければなるまい。

 

 

 結局、有益な情報を得ることはできなかった。

 はぁ……これについては、追って考えていくしかない。

 一朝一夕で解決できる問題ではない。

 

 

 

 

 

 さてさて、ことのついでにといってはアレだが、もう一つの懸案事項。

 『吸血鬼のエネルギーを提供する方法』を忍野に訊いておくことにした。

 

 キュゥべえとの取引材料にしようとしている吸血鬼エネルギー。

 捕らぬ狸の何とやらではあるが――無事吸血鬼の力を使って『ワルプルギスの夜』を討伐できたとし、吸血鬼の力をインキュベーターに認めさせても、それを提供する手段がなければ、取引が成立しない。

 吸血鬼エネルギーという不確かなものをどう提供すればいいのか、全く見当がついていないのだ。提供手段がないと理由で、取引がご破算になったら目も当てられない。

 

 まぁ発案者が羽川であるからして、何かしらの考えがあるのだろうとは思っているのだが、先に解決できる問題であれば、それに越したことはなかろう。

 

 しかし――

 

「んなことを僕に訊かれても解かるわけないじゃん。ふぅぁあああ」

 

 考える素振りすらなく忍野は気だるそうに大きな欠伸を一つ。

 頼みの綱はあっさり切れた。

 

 羽川に救いの視線を向けるも、苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 

 ならばもうこの問題に意見できそうな存在なんて…………嫌々ながらもキュゥべえに訊いてみることにした――その結果。

 

「それは僕たちとしても同様だ。吸血鬼はまだ調査段階の存在だからね。それにどれだけのエネルギーの回収が見込めるのかもまだわかっていない段階で、エネルギーを変換する術を模索することはできないよ」

 

 こちらからも芳しい反応は得られなかった。

 が、キュゥべえの意見はまだ終わっていないようで、更に主張を展開するのだが、

 

「ただもし現状、何も方策が決まっていないというのなら、僕と契約した対価としての願いを宛がうというのはどうだい?」

 

「おい、いい加減にしろよ、さっきから言っているが少女を犠牲にするなんて考えは却下だ」

 

 またこいつは性懲りもなく……隙を見つけては勧誘活動に勤しんでいるな……怒りを通り越して呆れてしまうぞ。

 

「あと一応釘を刺しておくが、今の話、まどかちゃんに伝えんじゃねーぞ! お前の魂胆は見え見えだ!」

 

「うーん……別にまどかを意図しての発言ではなかったんだけどね。いや、実際まどかが契約してくれるに越したことはないんだけど」

 

「まどかちゃんじゃなくても他の誰であってもだよ。ともかく、そんなやり方僕は認めないからな!」

「うん、なら他の誰でもなく、君自身が犠牲になればいい。元よりこの提案は、君を意図しての発言だったんだからね。それぐらいの覚悟はできているんだろう?」

 

「は? いや、覚悟も何もお前は何を言っているんだ?」

 

 どうにも話の全容が見えない。

 

「ああ、少し言葉足らずだったね。吸血鬼の力を宿す君だからこそ、第三者を経由せずスムーズに力の変換が行える。これが尤も合理的な処置だ。だからこそ、君が僕と契約してくれればどうかと考えたわけだよ」

 

 キュゥべえの言葉を十分に咀嚼し――嚥下する。

 伝えようとしていることは一応解かったが、意味が分からない。

 空回りする思考は支離滅裂な考えとなって循環する。

 

 え? コイツは何を言っているんだ? 

 

「待て待て! お前だって人間の性別ぐらい区別つくだろ!? 僕は男だ!!!」

「勿論、そんなことは知っているよ」

「じゃあ一体全体どういうつもりで言ってんだよ!!?」

 

 僕の叫ぶような詰問を受けても、キュゥべえはどこまでも悠然とした態度を崩さない。

 

「うん、だからね相応の資質さえあれば、理論上、別に少女じゃなくても契約は可能なはずなんだ。僕達が少女に限定し契約をしていたのはね、それが最も効率的だったから――ああ、そういった意味では、戦場ヶ原さまとも早く契約がしたいかな。もうそろそろ少女というには厳しいからね。ぎりぎりだ」

 

 視界の隅で戦場ヶ原が徐にホッチキスを取り出したが、気付かなかったことにしておく。

 

「つまりエントロピーを凌駕する逸材なら、年齢も性別さえ拘る必要はないってことさ。まぁ当然、純然たる少女よりも得られるエネルギーは格段に減少することは避けられないけどね。その点を踏まえたとしても阿良々木暦――君はそれを補って余りある因果を持っている。君の因果は本当に異質なんだ。僕でさえ見極めることができない程複雑怪奇で、まだ不明瞭な部分が多い。やはり伝説と称される吸血鬼をその身に宿していることで、その異質な因果は形成されているのかな? まぁともあれ十二分に採算は得られるだろうさ」

 

 畳み掛けるように持論を展開するキュゥべえ。

 そして赤玉の瞳を怪しく輝かせ、唖然として反応を返すことができない僕に対し、それはもう清々しいほど弾んだ声で言うのだった。

 

 

「だから阿良々木暦、僕と契約して実験体になってよ!」

 

 

 

 

 

 


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