【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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ウィッチ(witch):【魔女】


ひたぎウィッチ~その7~

~092~

 

 ここから少し時間を巻き戻して、昨日の話。

 

 当然のことながら、キュゥべえからの勧誘(契約して実験体云々)を断固拒否し――忍野との協議を終えた学習塾跡地からの帰り道。その時の出来事について語っておこう。

 

 

 忍野のもとに到着した時刻もそれなりに遅かったし、そこから随分と話し込んでしまっていたので、廃ビルから出ると時刻は夜9時を過ぎていた。

 

 で、ここで一つ問題が――。

 模範的紳士を標榜している僕としては、夜道を女の子一人で帰らせる訳にはいかないのだが、戦場ヶ原と羽川。僕の隣には二人の女の子がいるわけだ。

 

 二人纏めてエスコートできるのであればそうするが、二人の家は逆方向。

 この場合どうするのが正解なのだろう? 紳士を標榜しているだけなので、全くといっていいほど紳士としての立ち振る舞いが身についていない!

 

 

 そんな僕の苦悩をいち早く察知してくれたのは言わずもがなこのお方。

 

「こういう時は彼女を優先してあげなさい」

 

 なんて耳打ちが聞えたかと思ったら――

 

「では邪魔者は退散するとしましょう。じゃあまた明日ね、阿良々木くん、戦場ヶ原さん」

 

 声を掛ける暇もなく羽川は一人夜道を走り去っていく。

 

 

 

 かくして――羽川の気遣いもあり、戦場ヶ原を自宅まで送り届けることになったのだが……。

 

 夜道を二人。恋人同士。無言で歩く。歩き続ける。

 

「………………おーい、戦場ヶ原さーん」

「……………………」

 

 正確には僕が再三何度となく話しかけているのだが、無視され続けていた。

 僕の自転車で二人乗りしたら、わざわざ歩く必要もないというのに、その誘いも当然無視されている。

 

 何か怒らせるようなことをしてしまったか? 

 真っ先に自分から戦場ヶ原を送り届けると宣言しなかったことが不服だったのか、それとも昼間のランチをすっぽかしたことへの仕返しか?

 この女の心情を正確に推し量ることは難しいのだ。

 

「なぁ戦場ヶ原。いい加減反応してくれよ」

「なに、どうかしたの?」

 

 と、前兆もなく言葉を返してくれた。

 さっきまで無視されていたことが僕の勘違いだったのではと思う程、態度が普通過ぎて逆に困惑してしまうほど。

 

「…………どうかしたって、ずっと僕、話しかけてたんだけど」

「あぁ耳元でずっと虫の羽音がしていると思っていたけれど、あれ阿良々木くんだったの」

「どういう耳の構造してんだよ!」

「大きく分けて、外耳、中耳、内耳の三つに分けられているわね。内耳をさらに細かく分類すると蝸牛と前庭と三半規管あって、そこから聴神経脳へと繋がっているわ」

「………………」

 

 したり顔で、挑発的な視線を寄越す戦場ヶ原。言い返せるもんなら言い返してみろと言いたげだ。

 分類とすれば『子供の屁理屈』のはずなのに、中身は『知的な大人の屁理屈』だ。

 くそ……こんなの、ある意味暴力だよな。理論武装が半端ない。

 

「ったく……んな下らないネタの為だけに20分も無視し続けやがって……」

「ちょっとしたお茶目心じゃない。笑って流しなさいよ」

「お前のネタは恐怖でしかない。笑えたとしても苦笑いだけだよ!」

「もっぱら阿良々木くんは嘲笑の的なのにね」

「うるせーよ!」

 

 ずっと無視され続けた方が、精神的被害は少なかったのかもしれない。

 

「そう言えば、傍から見ていて感じたことなのだけど」

「ん? それって忍野とかと話していた時のことか?」

「ええ」

 

 わざわざあんな場所までついてきたというのに、一切会話に参加しようとしなかった戦場ヶ原ではあるが――何か言いたいことがあるようだ。

 

「よかったよ。お前もちゃんと心の中では参加してくれていたんだな」

「そうね、終始阿良々木くんの無能ぶりを堪能させてもらったわ」

 

「……なんだ、ここからずっと僕の悪口が続くのか!? だとしたら胸の内に留めておいてくれ!」

「被害妄想が過ぎるわよ」

「……ならいいんだけどさ」

「9割ぐらいよ」

「ほとんど悪口じゃねーか!! やっぱりお前は黙ってろ!」

 

「そういう訳にもいかないわ。だって羽川さんから………………」

「羽川から? どうしたんだよ?」

「ニュアンスが難しいのだけど――羽川さんから命れ……いえこれは聞かなかったことにして頂戴」

「いま、お前、命令って言おうとしなかったか?」

 

「指図を受けたから」

「いや、印象が幾分悪くなっているんだけど」

「指令を受けたから」

「それも表現としてどうなんだろうな」

「お願いされたから」

「……初めからそう言ってくれよ」

 

「汚れ役を押し付けられたということね」

「言葉のチョイスに悪意があり過ぎだろ!!」

 

 折角綺麗に収まったのに、なぜ再度ひっくり返す!

 

「つーか、お前楽しんでいるように見えるけどな。汚れ役なんて、それそこはまり役じゃねーか」

「あらあら、言ってくれるわね」

「いいから本題に入ってくれよ。で、結局お前は羽川にどういったお願いをされたんだ?」

 

「どういったと言われれば、こんな感じよ。『何か気づいたことがあれば、阿良々木くんに教えてあげてね』そんな風に強要されたわ」

 

 全く似ていない羽川の声真似を挟み、戦場ヶ原は言う。

 なぜ、それが強要として処理されているんだと、突っ込みたいところだが、もういちいち構っていたら先に進まないのでここはスルーしておく。

 

 そういや僕と忍野が忍のことで、話し込んでいる最中、羽川が何やら戦場ヶ原に話しかけていたのには気付いていたが、その時に言われたのだろうか?

 

 

「それで、気付いたことって?」

「うーんと、そうね。ただ気付いたという表現よりは、阿良々木くんの言動を傍から見ていた感じたこと――感想と言った方が正しいわね」

 

「ふーん……じゃあ、その感想ってヤツを訊かせてくれよ」

 

「仕方ないわね。まぁ一言で言ってしまえば、阿良々木くんが馬鹿ってことよ」

「…………もっと段階を踏んで説明してくれないか」

 

 言い返したい場面ではあるが、ここは耐え忍ぶ。

 ……ほんと話が進まねぇ。

 

「あら、そう? 阿良々木くんにも理解できるよう噛み砕いて説明したつもりなのだけど、どうやら伝わらなかったようね」

「お前の悪意は存分に伝わってるけどな」

 

「では改めて――阿良々木くんは絶対的な目標として、『魔法少女を元の身体に戻すこと』が必要不可欠だと考えているわよね」

 

「ん? そりゃ勿論そうだけど。お前はそれが馬鹿な考えって言いたいのか?」

 

「ええ、概ねその通り」

 

 ……肯定しやがった。

 

「阿良々木くんはね、いきなり高い目標を設定し過ぎているのよ。言うなれば、走り高跳びでバーの高さを10メートルにするようなもの。自分自身で無茶な設定をして、それを見て飛びこせないと嘆いている馬鹿なのよ。典型的な駄目な思考パターンに陥っているわ」

 

 元陸上部らしい比喩表現で、駄目だしされる。

 戦場ヶ原の言わんとすることは、何となく理解できたが……。

 

「そうなんだろうけど、僕なりに色々考えてはいるんだぜ」

「出ない考えなんて何の価値もないわ。テストを白紙で提出してなんになるの?」

「…………」

 

 気持ちのいいぐらいはっきり言ってくれる。

 

「じゃあお前はどうしたらいいと思うんだ?」

「そんなこと言われても、別に代案があるわけでも、解決策を提示できるわけでもない。私ができるのは忠告だけ」

「忠告だ?」

「阿良々木くん、あなたは身の程を弁えて、解決できる範囲に問題を落とし込むことを知りなさい。妥協点を模索するべきね」

 

 先ほどの戦場ヶ原の例えを引用するなら、バーの高さを自分の飛べる範囲に調整しろってことなんだろうけど…………。

 

「でも、お前がさっき指摘した通り、『魔法少女を元の身体に戻すこと』が必要不可欠だって僕は考えている――これは絶対に無視できない問題だろ」

 

「そうかしら? 別に魔法少女の身体でも生きていくことは可能でしょ。だったら“魔法少女のまま生きて貰えば”いい」

「魔法少女のままって――あのな戦場ヶ原。お前はもしかして聞き逃していのかもしれないけれど、魔法少女はいずれ魔女になっちまうんだよ!」

 

 それがインキュベーターによって仕組まれた、魔法少女の逃れられない運命なのだ。

 少々議論が熱くなってきたこともあり、僕達は歩みを止め、外灯の下で向かい合う。

 

「そうだったわね。でもそれってどうして魔女になるの?」

「どうしてって…………ソウルジェムに穢れが蓄積されていって、その許容量が超えてしまったら魔女になるって話だ」

 

 実際見たことはないが、これは確かな情報だ。

 

「ふーん、じゃあ言い換えてみれば、"穢れが溜まらなければ、魔女にはならない"ということよね」

 

「いや、それは無理なんだ。魔法少女への変身や魔力を行使すれば勿論穢れが溜まるし、普通に日常生活を送っているだけでも、微量ながら穢れが溜まっていく。だから……最終的にどうしたって魔女になっちまうんだよ」

 

「それで阿良々木くんが出した解決策――結論が『魔法少女を元の身体に戻す』しかない、そういうこと?」

「…………ああ…………そうだけど」

 

 なんださっきから。どうも会話が噛みあっていない。論点がずれているような気がしてならない。

 

「ふー、これだけ順序立てて説明しても、私が伝えたいことが全く理解できないなんて、ほんと呆れるわ」

 

 いやこれはただ単に――込められた意図を、僕が読み取れていないだけなのか。

 

「阿良々木くん。確かに現状、魔法少女が生み出す穢れを止めることはできない。それは確かよ――でも考えてみて? 『魔法少女を人間に戻す』ことと『魔法少女が生み出す穢れの進行を抑止する』こと。この二つを比べてみれば、難易度の違いに明確な差があるんじゃないのかしら? 攻略難易度的には多少なり現実味が帯びたと思わない?」

 

 ああ、なるほど、これが戦場ヶ原のいう――妥協点。解決できる範囲に問題を落とし込むってことか。

 

「…………うん、戦場ヶ原の言いたいことはよく解かった。…………でも、どうなんだろうな」

「というと?」

「魔法少女である彼女達の心情的な問題…………魂が抜き取られて……自分の身体が抜け殻にされていること……それを受け入れることができるのかなってさ」

 

「そんなこと知らないわ。まして阿良々木くんがそこまで面倒みる必要なんてないでしょ。メンタルケアなんてカウンセラーにでも任せとけばいいのよ。そもそも、懇切丁寧に伝える必要なんてないのだしね。そうそう気付くこともないでしょうよ」

 

 知らぬが仏…………ってやつか。

 まぁ知らないでいられるのなら、そっちの方がいいのは確かだ。

 僕も巴さんや美樹や杏子に、知られないよう口を閉ざしているのだし。

 

「……それでも少なからず、気付いている子もいるだろ」

 

 暁美ほむら。彼女は自身の辿る運命を知っているはずなのだ。

 まだ怖くて本人には聞けていないが、彼女は受け入れているのだろうか? それとも諦めているのだろうか? 

 

 しんみりと感傷に浸る僕ではあるが――

 

「は? もし真相を知ったとしてもそれが何? 忍野さんが言っていた通り、前倒しの対価を得たんだから、それぐらいの代償甘んじて受け入れろって話よ。もし受け入れることができないのなら、勝手に死ねばいい。自殺でもすれば魔女になることもないんでしょ?」

 

 吐き捨てるように戦場ヶ原は言う。この女は本当に…………。

 

「……お前な……他人事だからって」

「そうね。他人事よ。でもこれは阿良々木くんの事でもあるわ。なんで私に関係もない赤の他人の為に、私の彼氏が苦しむ必要があるのよ」

 

 む……これは些か返答が難しいぞ。

 

 

「まぁなんだ、僕のことを慮ってくれるのは有難いことだけど……やっぱ、どうしたって割り切れるもんでもないだろ。お前だって怪異に絡んだことで、似通った経験をしたわけじゃないか! 普通でいられなくなることの苦しさを、お前はちゃんと知っているはずだろ!?」

「……ま、そこをつかれると、私としてはもう黙るしかないわね」

 

 攻め口としてこれは少し卑怯だったか。

 戦場ヶ原も別に悪気があって言ってる分けじゃ…………ないはずなのだ。うん。

 

「悪い。別に責めるつもりじゃなくて」

「気にしてないわ」

 

 何にしても、戦場ヶ原は魔法少女を救う手段を考えてくれたのだ。

 元の身体に戻してあげることができれば、それに越したことはないが、それが無理だった場合、次善の策を用意しておくことは極めて重要である。貴重な意見だ。

 

「でも、ほんと嬉しいよ。お前が魔法少女のことを、こんなにも親身になって考えてくれてさ」

 

「勘違いしないでよね。私は別に魔法少女のことなんて全くもって考えてないんだから!」

 

「んな取って付けたよう なツンデレ発言されても」

「いえ、実際問題、本当にどうでもいいのよ。これは阿良々木くんが無茶をしでかさないよう、布石を打っておいただけなのだから」

 

「なんじゃそりゃ?」

「阿良々木くん、最終的にどうにもならない状況に陥ったら、アイツとの契約だって厭わないでしょ?」

 

「いやいや、僕だってそれぐらいの分別――」

 

「いえ、絶対に契約してでもどうにかしようとするわ」

 

 僕の反論を遮って戦場ヶ原は強く断言した。

 

「だって阿良々木くんはそういう人だもの。吸血鬼に自身の全てを差し出したように。だからこそ、妥協案を設けて、阿良々木くんが無茶しないで済むよう取り計らった。だから徹頭徹尾、私が考えているのは阿良々木くんのことだけなのよ」

 

 ……また、反応に困ること言いやがって。

 

「あと、そうね――これは念の為。耳の穴かっぽじってよく訊きなさい」

 

 大股でぐっと接近してきた戦場ヶ原は、僕の耳元に顔を近付け告げる。

 

「阿良々木くんがもし契約しようものなら、その時は、私も一緒に契約して心中を選ぶわよ」

「は? んな馬鹿な真似」

 

「なら、そうならないようにすればいいだけのことでしょう。これは私からの命れ……もといお願いよ。わかったわね。このことをよく肝に銘じておきなさい」

 

 

 

 


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